#6「一人を謳歌するには」
卯が去り、一年の内で最も長い、連休がやってきた。
この日、雪月は暇を持て余していた。
「……暇だなぁ」
午前十一時過ぎに目覚め、そのままベッドの上で
スマホを使いネットサーフィンをしていた。
「どこか出かけようかな……」
友達といるよりも安心する家にずっと居ても、息が詰まる。
「……でも、GWだもんね〜」
「どこ行っても同じだろうな〜……」
GW中はどこもかしこも、人は混み合っている。
そのため、外出するのを諦めた。
「……リビングに行ってみようかな」
ベッドから起き上がり、部屋を出て、リビングへ移動する。
「……誰も居ない」
扉を開けると、そこには誰も居なかった。
普段は家族がいるはずだが、目に映るのは、背を向いたソファーにテレビ、四人用にしては少し大きいテーブルたちだけ。
なんとなく台所の方に行ってみると、文字の書かれた黄色い付箋が、冷蔵庫に貼られていた。
――二泊三日、温泉旅行に行ってきます。
「温泉旅行か、私も行きたかったんだけど」
温泉旅行なら行きたかった、けれど今はGW中。
人はものすごい多く、逆に疲れるだけかもしれない。
「まぁ、行っても、人が多いだけだよね……」
きっと今頃、人混みに呑まれて、疲れ果てていることだろうと思う。
リビングに戻り、ソファーに座って、テレビを点けると
午後のニュース番組がやっており、巷で話題の温泉街から生放送をしていた。
『ここ、温泉街には、こんなにもお客さんが――』
「うわぁ……やっぱり人すごいなぁ」
現地にいるニュースキャスターの後ろには、なにかしらの大行列が映っていた。
「やっぱり、私はお家の方が好きだな」
改めて、自宅が好きになった。
「……なにしよう」
ニュース番組を見続けること数分。
テレビを点けていても、家にいるのは雪月、一人。
特に何もすることがないが、せっかくだから、一人を謳歌しよう。
「そういえば、今何時……?」
時計を見ると時刻は十四時を過ぎていた。
「……とりあえず、昼ご飯、食べようかな」
起きるのが遅くて、まだ取れていなかった昼食を取ることにした。
手に握っていたスマホは、ソファーの上に置きっ放しにして、とりあえず、台所の方に向かう。
「昼ご飯、なに食べよう。なにかあるもの……」
なにかないかと、いろいろな食材が保管されている、冷蔵庫を開いてみる。
「――あ、」
すると、中には、透明なプラスチック容器に入った、作り置きが用意されていた。
「合計五つ……今日の昼と夜、明日の昼と夜、そして明後日の昼の分……?」
雪月は休日、起きるのが遅いため、朝食を取らない。
なので、それを除いた分だけが用意されていた。
「――全く、用意周到なんだから」
ここまで準備をしていたとは、前日は全く気づかなかった。
冷蔵庫から好きなのを取り出し、電子レンジで温める。
『チンッ』と音がなり、取り出して、四人用のテーブルに持っていく。
「いただきます」
ソファーに座り、テレビを見ながらいただく。
本日一食目は、作り置きのオムライスだ。
「おいしい」
モグモグしながらテレビのリモコンを手に取り、番組を変える。
『見てください‼️、こちらには白い菫が――』
別チャンネルに変えると、キャスターは、お花畑に来ていた。
「へ〜、菫か。他にも咲いてるみたいだけど、全然わかんないなぁ」
注目されている白い菫の他にも、赤っぽい花や、紫っぽい花が咲いてあるのが見える。
『……こちらの白い菫、花言葉は「純潔」「あどけない恋」なんですって』
キャスターが花言葉を紹介する。
「へ〜、『純潔』『あどけない恋』か……」
食べながら、耳にした花言葉を繰り返す。
「――あ、」
スプーンで掬った、最後の一口は、谷間の上にこぼれ落ちた。
「も〜、シミになっちゃう」
テーブルに置いてあったティッシュで、すぐさま拭き取るも、白いパジャマにはもう、汚れが染み付いていた。
「どうしよう。洗おうかな……?」
パジャマは洗濯機に入れ込み、下着全体がギリギリ隠れるくらいの、薄青いTシャツ一枚に着替えた。
「せっかく一人なんだし、やっぱりこのくらい、さらけ出さないとだよね〜」
さっきよりも身軽になった雪月は、リビングでグルグル回っていた。
回るたびにTシャツが、ひらりと捲れ、黒い下着が見え隠れしている。
ふと時計に目が行くと、時刻は十六時前。
「……もうこんな時間」
これからなにかするには、少し遅い。
「――また暇になっちゃった」
昼食を取り終え、洗濯機を回して、またやることがなくなった。
「一人のときにしか、できないことってなんだろう……?」
一人でできることは限られているが、一人のときにしかできないことだってある。
しかし、一体なにをすればいいのか。
「……誰かに聞いてみようかな」
ソファーに置いてた、スマホを手に取り、連絡アプリを開く。
友達のリストを下にスクロールしていると、そこに若葉の名前が出てきた。
「うーん、若葉さんは、まだ一回しか会ったことないけど、せっかくだし?」
若葉とは、あの日以降、一度も会っていない。せっかくだし、この機会で少し話しておこうと思い、メッセージを入力し、送信する。
――若葉さん、いきなりですが、お家で一人のときってなにされていますか?
「あ、来た」
送信して二分も経たない内に、返事がきた。
――若葉でいいよ。一人のときはずっとダラダラしてるかな。
『呼び捨てでいいよ』のメッセージと一緒に、答えが返ってきた。
「あ、じゃあ、これからは……」
返事を打っていると、もう一つ若葉からメッセージが送られてきた。
――あと、音楽聞いたり、イブちゃんと電話したり、かなり長い時間一人のときは、家に呼んだりしてるよ。
「なるほど、音楽を聞いたり……と、『イブちゃん』……?」
読んでいると見慣れない名前が出てきた、若葉の友達だろうか。
――あ、『イブちゃん』ってのは八雲ちゃんのことね!
答えを聞くよりも先に、答えを教えてくれた。
「あぁ、八雲、ね……」
言われてみれば、名字の「指宿」からかと理解した。
一応、聞きたいことは聞けたので、お礼を送信する。
『ありがとうございます』
すると、若葉から優しい返事が来た。
――タメ口で全然いいよ!
「……優しい」
『ありがとう』
次はタメ口でお礼を送信した。




