罪の報い
今日は月曜! お馴染みの“月曜真っ黒シリーズ”です!(^^;)
『……君の想いは間違いではない!!
だからこそ君は!!
君の想いを傾け、君の人生を歩き続ける事でその正しさを証明すべきだし、
オレはそんな人こそ素晴らしいと思う。
そうやって歩いて来た君が
オレの前に立ってくれたら、
オレの出した手紙が少しは役にたったのかなと思うよ。
だから頑張れ!!』
“人気俳優”如月秋馬がファンレターの返事をスマホに認め、専用の便箋にプリンターで印刷させる事はディープなファンの間では良く知られていた。
そう、最後に経年で色が変わるインクを使った万年筆でサインする事も……
そのサインには滲んではいないが、あちこちに落涙の跡が残っている便箋を名瀬抄子は愛おしく撫で、胸に抱いた。
抄子は10年前、“歯牙にもかけられない筈の”自分の想いをのせて秋馬へファンレターを出した。
「いつか私の書いた脚本を演じて欲しい!!」と
「きっと何の返答も無く、鼻で嗤われたら、それこそ『夢』と決別できる!!」
そんな覚悟で出したファンレターなのに……
秋馬から「書いたものを読ませて欲しい」と返事が届き、改めて、その当時の“渾身の一作”を送ったら、ひと月もしないうちに丁寧な感想付きで返送された。
その後に届いたのがこの手紙だった。
抄子はこの手紙に大泣きし、必ずや自分のこの“実名”で脚本家になろうと固く決心した。
その道は艱難辛苦の連続で……何度も自身の才能の壁にぶち当たったが、“鬼の執念”で突き進み、ついにゴールデンタイムのドラマの脚本を書く事となった。
テレビドラマも憧れの俳優も既に昔ほどの輝きは無いが、それでも命掛けの闘いの末に掴んだ明日の“初顔合わせ”!!
“新進気鋭の恋愛脚本家”のものとは思えない殺風景な部屋に相応しい“この住人”も……
今夜だけは少女の様に頬を染め一睡もできなかった。
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「私の名前はご記憶に無いかもしれませんが、10年前、3通のお手紙をいただいたのです。今日はその御礼を是非とも申し上げたくて……」
抄子が差し出した手紙の束を愛想笑いで受け取った秋馬は中をパラリ!と一読した。
秋馬の顔から怪訝な表情が消えないのを読み取った抄子は泣きそうになる心を必死で押さえて尋ねた。
「当時、幼い私の戯言にお付き合い戴いただけでも本当に有難いです。例え、秋馬さんがお忘れになったとしても……」
秋馬は抄子の言葉を手で止めた。
「名瀬さんのお書きになるドラマは……私はずっと好きでしたし、今回ドラマの主役を演じさせてもらうのをとても光栄に思います。きっと私のキャリアに輝かしい1ページを増やす事となるでしょう。その上で申し上げますが、私にはこの手紙をお出しした記憶が無いのです。確かにサインは私のものなのですが……10年前だって、私は自分の事を“オレ”とは書かなかった。夢を壊す様で申し訳ないのですが、私は当時、自分が着せられたキャラクターイメージが本当に嫌いだったのです。だからファンレターの返事にも、あえて“僕”と書いていたのです。だから……」ここまで話して秋馬は何かに気が付き、後ろに控えているマネージャーの方へ振り返った。
「今日、亀田はどこに居る?!」
「雄吾さんのロケで現場入りしてます」
「呼び出せ!!」
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呼び付けた亀田則夫共々如月秋馬は名瀬抄子の前に立ち、深々と頭を下げた。
「当時の私は移動中でもずっと色紙にサインをし続けていました。お陰で多少の振動では揺るがない程のサインの達人になりましたがね。それでも賄いきれないオーダーを亀田達が代筆していたのを、随分後になって知りました。やむを得ない事と周りから言われはしましたが、私はスタッフの交代を申し出ました……でも、それだけでは無かったのですね。今回の事の責任は私にあります。伏してお詫び申し上げます。」
名瀬抄子は薄くため息をついて言葉を返した。
「私はしがない脚本家です。様々な“意向”に左右されて、自分の意志を通すことなど有り得ません。でも、その前に! 私はあなた、“如月秋馬”の大ファンでした。
そう、ほんの昨日までは!!夜も眠れなくなるほどに……
こんな事実を知って、私は心底がっかりいたしました。
その気持ちを私は自身のSNSへ書くつもりですし、そこにおられる“実行犯”の事は絶対に許す事はできません!!」
抄子から睨みつけられた亀田はただ青ざめるばかりだったが、秋馬は微かに頷き、それに応えた。
「あなたのご意志について、私達は直ちにお止めすることなどできません。お書きになられた物については、検証の上、申し入れの必要があれば、然るべき手続きを踏ませていただきます。 あなたの想いに泥を塗ってしまい本当に申し訳ございませんが、私個人としては今回のドラマをあなたと作って行きたいのです」
この秋馬の言葉に丁寧に頭を下げ、抄子は言い結んだ。
「先程も申し上げました通り、私はしがない脚本家に過ぎません。元より私の意志など通す隙間も無いのですから、いただけた仕事にはただただ全力を注ぐ所存です」
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「待ってください!!」
亀田は駐車場へ向かう抄子へ駆け寄りながら呼び止めた。
「本当に本当に申し訳ございませんでした」と土下座をする亀田へ抄子は言い放つ。
「演技者で無い者の土下座ほど醜い物はございませんね。
所詮あなたは無力で、“虎の威を借る狐” !!
ひとのふんどしで相撲を取るのはさそかし気持ちが良かったのでしょう!
『オレ』と言う言葉がそれを表しています。
如月秋馬のファンすべてを愚弄したあなたの行為は絶対に許せません!!
あなたの左薬指の指輪、しっかり見ましたよ!
人並みの幸せを享受しながら厚かましくも孤高の人間の立ち位置に不正乗車しているなど!!
何と穢らわしい!!
私は一ファンとして!一人の人間として!
そして恋人すら持った事の無いオンナの嫉妬の情念をも加えて!!
あなたと刺し違えても絶対にあなたを排除します!!
アハハハハハ!
あなた方家族が路頭に迷うのを想像するだけで高揚感がたまらない!!
あなたにも少しは察しが付くでしょう!
私の様な“取り留めのない”者がここまで昇りつめる為には“鬼の執念”が必要だと!
そしてそれが今度はあなたに向かって注ぎ込まれるのです!
充分に震撼なさい!!」
そう言って抄子は踝を返し掛けたが立ち止まり、もう一度、亀田の方へ振り返った。
「けれども、あなたが寄越して下さった言葉の中には真実の想いもたくさん有った。だから私は救われたし、ここまでやって来れた。
もし、あなたが……“如月秋馬”を名乗る事無く、一人の男性として私の作品を読み、言葉をくれたのなら……
私はきっとあなたに恋したのでしょう。例えそれがあなたにとって迷惑だったとしても」
抄子の目から頬に向かって、涙が一筋だけ流れた。
「さようなら 私の愛した人」
おしまい
エチなしですが真っ黒だったでしょ?!
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