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Life 91 Side my dear. 私だって女子よ(年齢不詳

「あのさ、いくらなんでも、顔合わせが多すぎない?正式に部長になるのだって、来年の4月よ。」

「何を言ってるんですか。部長代理と部長が同席するのは、当たり前のことだと思いますよ。もう半年切ってるんです。引き継ぎ事項も含めて、会える人には会っておく。人事部ですから、その辺は手を抜けないですよ。」

コイツ、人事部で何年やってるか興味はないけど、いわゆる今の部長の片腕。部長補佐というやつだ。本来、部長になるべきは、コイツだと思ってる。しかし、私の人事権は、あくまで会社が司る。結果、特に成果もあげず、愛想笑いだけで20年以上勤めてた、総務部の閑職の課長だった私が、大層な肩書を持ってしまったことで、犠牲になってしまった可哀想な奴だ。私の2つ年下。

「手を抜けないねぇ。私はお飾りの部長でいいんだけど。君とは、キャリアが違いすぎて、敵わないわよ。」

「それでも私は、部長代理の補佐役です。私は、私の務めを果たすだけです。立場はわきまえているつもりですけど、立ち会っていただく席には、必ずいてもらわないと、困ってしまいます。」

「真面目って言われない?」

「真面目の何がいけないのですか?」

「君が真面目だから、私が多少なりとも愛想笑いでごまかせるなら、君を最大限に使うわ。私はそう思って、今は仕事をしている。」

「いいと思います。ただ、部長になる方ですから、締めるところはしっかり締めて貰えれば、あとは私がなんとかします。そうしていられるのも、それほど長くは出来ませんよ。」

「じゃあ、あの子にも一緒に教えてあげてよ。どうも、人事部には、君と、あの子しか味方がいないように思える。そうなると、私は彼女を右腕にすることを選ぶしかない。私の懐刀が君なら、私の右腕となるのはあの子。」

「懐刀ですか。私を評価してくださって、感謝します。彼女も、これからは同席させていきましょう。他のメンバーは、いい顔をしないと思いますが、そういう方針であれば、私は代理に従います。無論、部長にも話はしますけどね。」

「ありがとう。済まないわね。素人のおばさんが、いきなり上司になって半年。人事部は、実質的には君が回しているのに、素人二人が押しかけてしまって。」

「会社が、血の入れ替えを考えたのでしょう?ならば、私は受け入れるまでです。それに、人事部はスリム化されるでしょうから、いずれにしても、残ったメンバーはあなたに従う方向になるでしょう。そのときまでに、説得力を持ってください。そうすれば、人事部は代理の部として、しっかり回り始めます。」

「努力するわ。だけど、私がその席にふさわしくなるまでは、当分掛かりそうよ。」

「そのための私です。懐刀は、忍ばせるだけでは、錆びついてしまいますよ。遠慮なく使ってください。」

「負けたわ。立場は上だけど、私はしばらく、君に従わせてもらう。人事部全体を把握できる君の力、存分に発揮して。」

「ありがとうございます。微力ながら、お力添えさせていただきます。」


今日は、人事部らしからぬ、外回りをしている。コイツは真面目だから、休憩を取ることを知らない。

故に、今の部長みたいな人でも、うまくコントロールして、問題を解決出来た。優秀なのは間違いない。だけど、優秀過ぎるから、時間に余裕を持たせない。

私は嫌気が差した。次の顔合わせに行く時間を調整して、スタバに入ることにした。もちろん、調整は私がやった。


「ところで、代理って、いつの間に結婚されてたのですか?」

「人事部に伝わってなかったのね。」

「世帯主なんですか?」

「いや、扶養控除等には入ってない。お互い別々の家計で同居してるから、戸籍だけなのよ。」

「でも、代理は、会社には名字変更を届けてなかったですよね。」

「私には、義理の娘もいるんだけど、その娘も名字が違う。三人とも別々の名字なのよ。問題にならないなら、それでいいかなって。」

「今は生き方も多様性を求められますからね。ですが、未だに代理に勘違いを起こしている連中が多いですからね。その見た目ですし。」

「そうなのよねぇ。君は、自分の娘ぐらいの見た目の人間が、上司になるって抵抗感はないの?」

「ないですよ。私より年上ですし、抵抗感はないです。」

「そういえば、あなたの家庭環境も知らなかったわね。結婚はしてるんだっけ?」

「ええ、私にも妻がいます。息子が4歳。少し、後悔しています。」

「後悔?家庭を持ったことに後悔することがあるのねぇ。」

「いえ、息子のことです。あの子が成人する頃、私は、この会社のルールで行けば、定年まであと3年です。まあ、嘱託職員として75歳までいようとは思っていますけど。」

「いいことじゃない。どこに後悔することがあるのよ?」

「恥ずかしながら、息子にとって、私はずいぶんと歳を取った父親だなって、周りに思われるのではないかと心配しているのです。」

「そういうことね。私は、41歳のときに結婚してる。その時点で、子供を生むことを諦めたのよ。旦那とは同級生で、仮に子供が生まれても、成人のときに、両親が60歳を超えているのは、可哀想かなって思ってね。ま、そうじゃなくても、成人してる義理の娘がいるしね。」

「そうですか。幸い、妻はまだ30歳なので、あまりいい父親ではないですが、対外的な子供の世話は、彼女に任せています。」

「ずいぶん年の差婚ね。いや、君が真面目だから、奥様も安心して子育てしてるんじゃない?」

「共働きです。二人で家計を支えています。郊外に、庭付きの戸建てを買おうとも思いましたけど、二人で35年ローンを考えた時、どちらかが倒れてしまったら、返せなくなると思い、諦めました。でも、狭いからこそ、慎ましやかで楽しい生活があるものだと知れました。」

「真面目よね?」

「私は当たり前のことをやっているとしか思ってないのですが。」

「真面目よ。私の家族は、やっぱり普通の感覚じゃないって、君の話を聞いて、よく分かったわ。」

「そうですか。代理のお心遣い、感謝致します。」


私は、コイツが頼りになることを知っていて、自分の駒として使うことに、若干の抵抗感が生まれた。

懇切丁寧に、私に仕事を説明して、その上でリスクマネジメントを行いつつ、私の立場をしっかり立てる。出来過ぎだ。

上層部は、私みたいなのを、なぜ部長にしたがるのか。理由があったとは言え、文句一つ言わず、仕事をこなすコイツと比べて、私が優位に立てる場面があるとは思えないのだけど。


「帰ったわよ~。」

「ただいま戻りました。部長。」

「どうだった?やっぱり、ウチの会社のアイドルと顔合わせさせると、相手も和むだろう?」

前時代的な考え方だ。早期退職するとはいえ、未だに昭和末期か、平成初期のような感覚で生きている人間の言う事だ。悪い人ではないのだけど、こういう時代錯誤な発言をしてしまうあたり、人事部の部長から引きずり降ろすために、上層部はお金を積むのだろう。無駄な出費とは言えないが、妥当性はある。

「どうですかね。見た目どおり、小娘に見られてるんじゃないですか?誰も、私を部長代理だと思ってませんでしたよ。」

「ハハハ、相変わらず、手厳しいな。」

「部長、先程の発言は、ちょっとコンプライアンス違反になりそうですよ。注意してください。」

「済まないね。でも、彼女をウチの会社の看板にしたいと思う気持ちも分かって欲しいな。」

「その考え方、いい加減やめませんか?私も年齢のこと言いたくないですけど、なんやかんやで42歳ですからね。」

「気を付けるよ。頼もしい後任が来てくれて、俺も心配なく早期退職出来る。ありがとう。」

「お礼をいうぐらいなら、部長も一緒に来てくださいよ。正直、私はしんどいですよ。こんなスケジュールを組んで、回らせるとか、配慮に欠けると思いません?」

「申し訳ありません。それは私が組んだスケジュールです。しんどいのであれば、今後はもう少しゆとりのあるスケジュールを組ませていただきます。」

「そうだと思ったわよ。君が組んだスケジュール、人間の体力も考慮しないと、どこかで破綻するわよ。」

「まあ、今だけだと思って、しばらくは頑張って。人事部の将来に備えた行動だから、我慢して欲しい。」

「...分かりました。じゃあ、今後は同行してくださいね。小娘だと泊が付かないので。」


ようやくデスクに戻ってくる。私は今、アイツのせいで、会社のモルモットになってるから、一人ペーパーレスなデスクになっている。

社内における、ベンチマークも兼ねてるわけだ。部長代理なんて役職だけど、人事部のいち社員の仕事もこなしつつ、実証実験にも付き合ってる。まあ、もうこのPCは、非常時でもない限りは、電源が落とされることなく、私の旦那様が構築を手伝ってくれた、自分のPCから、どこでも仕事が出来る。事実として、ホテルでリモートワークのほうが、書類仕事は捗る。適当に定時になったら、ホテルに帰ろう。

「はぁ~。足がむくんでるわよ。フォーマルで外出する時、靴は女性にとってハンデよね。」

「あ、先輩、戻ってたんですね。今日も直帰かと思いましたよ。」

「いいところに来てくれたわ。あなたの可愛い顔は、本当に癒やしよね。」

「オジサンみたいになってますよ。なにかあったんですか?」

「言いたいことは山程あるけど、私も組織の一人だから、黙っておくわ。」

「あ、そういえば、昨日メールで指示されていた書類、各所に書面にして、回しておきましたから。」

「済まないわね。雑用みたいに使っちゃって。」

「いいですよ。旦那さんが回復しないと、先輩も心配でしょう。」

「そうでもないのよね。言ったっけ、昨日からホテルに泊まって、会社に出勤してるのよ。」

「ケンカでもしましたか?」

「仕事にかこつけて、逃げてきたっていうのが正解かな。でも、こんなに立て込んでるスケジュール組んだ犯人も分かったし、仕事に集中出来る環境が出来たから、あんな無茶なスケジュールもこなせたわけだし、悪いことでもないのよね。私、奥様失格かしら。」

「先輩がホテル住まいとなると、娘さんが旦那さんを見てるんですか?」

「そうしてもらってる。本人が楽しそうだから、今週は任せてる。病人を看護しながら、仕事をするって、気が気じゃないしね。ところで、今日はこれから、予定ある?」

「ないですけど...もしかして、羽根を伸ばしに行くんですか?」

「いつものメンバーで、突発的だけど女子会するわよ。色々、めげそうなのよ。」

「弱気な先輩なんて、らしくないですよ。私はお付き合いします。」

「ありがとう。アイツらには、グループLINEにでも連絡しておけばいいかしらね。」



「「「「カンパーイ」」」」

仕事を半ば放棄して、私はいつものメンバーで、女子会を始めた。私は特例で女子になる年齢なんだそう。

この中に入ると、私より可愛い後輩がいるので、私が変に浮くことはない。あ、外見的にね。

「ごめんなさい。急に召集しちゃって。」

「大丈夫です。それに、先輩は今のところ、総務部の実証実験に付き合ってくれていますし、息抜きぐらいなら、私達も喜んで集まりますよ。」

「そういう立場で申し訳ないですけど、私はちゃんと門限には帰りたいですよ。センパイ。」

「あ、そうか。アンタは同棲始めたんだっけ。部署が同じだったら、嫌と言うほど自分たちのこと話してたけど。」

「ようやくですよ。私もあっという間に32ですよ。あれ、私ってまだ女子だよね?」

「ふふふ、センパイも私達と並んで、そんなに見た目も変わらないじゃないですか。そんなこと、気にしてるんですね。」

「この~、人事部に異動したら、余計に可愛くなっちゃってるよ。心配性だった君は、どこに行っちゃったの?」

「半年で自信が付いてきた...って言ったらいいんですかね。別に、お付き合いしてるとか、そういうことではないです。」

「癒やされるわねぇ。一生大切にするから、私の娘になってよ。お願い。」

「本物の娘さんがいるのに、私を娘にしてどうするんですか?」

「あら、じゃあ、旦那と離婚して、同性婚しましょう。あなたを公私のパートナーとして迎い入れるわよ。」

「先輩、もしかして本当に嫌なことがあったんですか?なんか、怖いです。」

「嫌なことだらけよ。備品係の時は、総務部とは言え、女の園みたいな感じだったじゃない。でも、組織は男女がいるのが当たり前だなって。」

「私、人事部に移ってからは楽しいですよ。みんな優しいし。」

「可愛いって得よね。人事部の人間、あなたには優しいもん。」

「部長代理、問題発言ですよ、って言われちゃいますよ。」

「アイツ、補佐も、もうちょっと砕けてくれればね。大して変わらない年齢で、こうも違うものかって思い知らされるわよ。」


「あ、そう言えば、私から報告です。実は、彼氏が出来ました。」

「え、そうなの?今日の一言目がそれって。塩過ぎない?」

「いえ、先輩の顔を見てたら、タイミングがなくて。」

「凛々しくて、さっぱりとした性格だから、モテそうだもんね。色々聞いても言いわけ?」

「答えられる範囲で。ちなみに、エッチはまだしてませんよ。」

「最初から釘を挿してくるねぇ。いやいや、私にも教えて欲しかったよ。」

「だって、センパイは、結婚前夜みたいな生活を送ってるんですよね。入社半年、彼氏持ちだと、生意気に見てきそうで。」

「そんなことあるわけないよぉ。同僚なんだからさぁ。」

「そんなことあります。知ってますよ。時間が空けば、会社で結婚式場探ししてるの。」

「バレてたかぁ。同棲してても、二人で話す機会がなくてさ。でも、ゼクシィとか見てたら、なんか浮かれてるって思われそうだし。」

「心配しなくても、センパイは浮かれてますから。人懐っこい性格に、ヘラヘラ要素が混ざって、愛着湧く顔ですよ。」

「...ごめん、明日から引き締め直す。」

「そういうのはいいです。人懐っこくて、愛嬌がセンパイのいいところですから。」

「微妙にかわしてる。塩対応ってこうやるんだ。」

「覚えておきなさいよ。あなたははっきりものが言えないタイプだから。言い寄ってくる輩も増えてきてるし。」

「そうそう、君は可愛い女の子の典型みたいな子だから。そうじゃなくても、噂レベルで、人事部に可愛い子がいるって共通認識がされてるしね。」

「先輩は女の子って感じですから、守ってあげたくなる男性も多いと思いますよ。」

「そうなのよ。私の目の黒いうちはいいけど。私がリモートワークしてた時とか、大丈夫だった?」

「そこは、皆さんでガードしてくれてるみたいです。でも、社内を移動してるときには、視線を感じます。」

「あなたには優しいのよね。やっぱり、私はお局様かしらね。立場も突然外部から来た部長代理だし。」

「センパイの場合、もっと根深い問題がありますよ~。勤続20年にして、未だに見た目が変わらないって、どうしたらそうなるんですか?」

「知ってたら、私だって大人になりたいわよ。あ、そうそう、それで、あなたの彼氏の話。」

「はい、大学時代の、同じゼミの人です。この前、ゼミ仲間の集まりに行ったんですが、そこで告白されまして。」

「淡々と言うけど、そんなもん?」

「私も告白を受けるのは初めてでしたし、経験も不足していますから、お付き合いしてみようと思ったんです。」

「なんか、すごく政略的な感じなんだけど。」

「私のことは、ゼミの2年間で見てて、ごく普通に話しますし、特に私が好きだったという素振りはなかったですから。いい機会かなと思っただけです。」

「なにで火がつくか分からないわよ。気づいたら、自分のほうが盛り上がってたってこともあるしね。」

「そういう部長代理、いつになく顔が少女ですけど、先輩もそういう顔するんですね。」

「...恥ずかしながら、旦那に惚れ直したというか、本当に好きになっちゃったというか。」

「え~、センパイ、それそれ、詳しく。」

「興味あります。先輩ほどの人が、こんなにニヤつくなんて思ってなかったですから。」

「といっても、私は旦那さんにお世話になりましたからね。そりゃあ、病人であれだけすらすらとSEと会話されちゃうと、いよいよ、何が病気なのか分からないですからね。」

「本当ですよ。挨拶して頂きましたけど、私には何の病気なのか、全く分かりませんでしたよ。それに、ドラえもんみたいで可愛かったですし。あ、ごめんなさい。」

「いいわよ。クマだのパンダだのって呼んでるぐらいだし。そうねぇ、何から話すべきなのかしら。」


それから私は、今の彼の置かれている状況と、苦しんでいる病魔に関して、簡単に説明してあげた。彼女たちに顔バレしちゃってる以上、隠す必要もないと思ったし。


「いわゆる、自律神経失調症というやつですよね。」

「そう言えば聞こえはいいけど、要は、一生完治することのない、うつ病を患っていたけど、何かのキッカケでそれが突然悪化しちゃったのよ。」

「それと、センパイがニヤニヤしてるのと、なにか関係があるんですか?」

「恥ずかしい話、私はあの人を愛してるけど、感情的に好きだって感じじゃなかったの。40過ぎて、籍を入れたのも、家族愛が心地よかったから。この人なら、安心して生きていけそうだなって。まあ、事実として、私が家族の大黒柱だしね。」

「で、どうしたんですか?」

「苦しむ姿を見て、急に愛おしい存在に見えちゃて。それに、彼は私の中学の同級生で、初恋の人なの。その時の私の気持ちが、急に思い出してきて。」

「今に至るわけですか。なんか、センパイって本当に年相応になっちゃったんですね。」

「どっちの年よ?見た目?」

「そうそう。この中で、見た目的には私が一番上に見られてると思うんですよ。でも、センパイは私と10歳違うじゃないですか。」

「なによ、私だって、好きでこの見た目が維持出来てるわけじゃないわよ。」

「まあまあ、二人共、落ち着いてくださいよ。私は、優しければ、どんな見た目でも、先輩を慕いますよ。」

「こういうのが可愛いのよね。ごめんなさい。私もなんか変よね。」

「いいですよ。センパイがそんなに感情的になることって、珍しいですし。」

「恋をすると、こんな感じになるんですね。私も少女みたいな顔になってます?」

「いんや。君はよく言えば淡々としてるけど、感情を読み取るのが難しいときもある。あ、別に気にしなくていいから。」

「ま、お付き合いしてみて、自分で分からない感情が生まれてきたら、多分それが恋心。で、気づくと、それに支配されてしまう。今の私みたいにね。」

「それで、部長補佐のスケジュール、しっかり守って行動してるんですね。」

「正直、自分でも無理してるって思うのよ。出来ることなら、ずっとあの人に寄り添って、あの人の不安を取り除いてあげたい。でも、そうしたら、家族三人とも、路頭に迷うわ。」

「お辛い立場ですね。でも、気持ちを落ち着かせるのには、仕事をしてたほうがいいと?」

「そうね。恥ずかしい話、仕事でもしてないと、あの人のことしか浮かばないのよ。今日も急遽集まってもらったのは、私のわがまま。あの人に、私を潰されたくない一心よ。」

「潰されるって。会社にとっては大事な時期ですけど、センパイは寄り添ってたほうがいいんじゃないですか?」

「同棲してるアンタはわかるかも知れないけど、変にベタベタしてると、急に気持ちが冷めるときがあるのよ。愛してる反面、おっきな子供だと思ってやり過ごしてたけど、今のこの気持ちは、絶対に冷めたらいけないと思った。だから、一度距離を取ってみたのよ。」

「それでホテル住まいですか。1週間、家族に会えないのって、さみしくないんですか?」

「むしろ、いろんな感情に襲われる。今回は娘が代わりにあの人を見てるんだけど、それに対する嫉妬だったり、一方であの人を思いすぎてはしたないこともしたり。自分のこと以上に、あの人に尽くしてあげたいって感情が溢れ出すと、自分でもおかしくなってるって分かって、それでも止まらない。恋煩いというより、私もどこか、感受性が壊れてるのかもしれない。だから、常にその気持ちをキープする方法を考えながら、一方でリモートで事務作業をしてたりする。家でリモートワークしてるより、一人で黙々とやれる分、仕事が捗るのは皮肉よね。」

「いえ、先輩の考え方は、非常に合理的です。でも、表情が隠しきれていないから、若く見られるんじゃないですか。」

「言えてる。センパイ、死にそうな顔してるのに、ニヤけてるじゃないですか。」

「付き合いが長いと、やっぱりバレるものなのかしらね。反省するわ。」

「反省する必要ないですよ。先輩が愛嬌を振りまいてるのも、可愛いですよ。」

「く~、年下に可愛いって言われちゃうのか。私はそんなに幼いか。」

「雰囲気とのギャップがありすぎるんです。どっかの名探偵みたいなアレですよ。だけど、まとってる空気は、さすがに勤続20年以上のベテランの風格がある。」

「確かに、私達みたいにいつも一緒にいる人間は、センパイの人となりを知ってますけど、取引先の企業、まして、人事部交流となれば、センパイは甘く見られそうですよね。でも、話してる内容を聞いていると、見た目に反してる。どうなんだろう、ウチの会社は、本気でセンパイをアイドルにする気なんですかね?」

「その、アイドルってのが、どうも私は引っかかるのよね。仮に私が取締役にでも名を連ねるようになった場合、周りはアイドル社員と呼ぶのかしら?」

「ベンチャーじゃないんですから、一見するとミスマッチな人事だと思いますけどね。入社前の先輩のことは聞いてますけど、あくまで社内でカルト的人気だったって思うんですよ。」

「同士がいるわ。そうなのよね。私は20年、総務部務めだけど、社内での私の噂は知ってた。閑職に追いやられてると自分では思っていたけどね。」

「社長面談でどんなことを話したんですか?」

「絶対に秘密よ。ウチの会社、優秀な人間が引き抜かれたり、転職したりするケースが非常に多い会社なのは知ってるわよね。そこで、人事部のとある人間が、備品係の利用回数と、その利用回数の多い人間の業績を比較する資料を極秘に作っていたのよ。」

「あ~、言わなくてもわかるけど、読者サービス的には最後まで話してもらいたいなぁ。」

「アンタはどこと交信してるのよ?まあ、それはいいとして。それが去年の上半期であぶり出され、早期退職者ということで、実質的なリストラをしていくことになった。実は、ひどい人間に関しては、上半期で早期退職勧告を出して、3月には退職させられてるのよ。だけど、会社もリストラとして、かなりの予算を使ってしまった。特別損失としか書かれてないけど、すべて早期退職者に対しての退職金として計上されてる。備品係が総務部に戻れたのは、それが理由なのよ。だから、厄介な連中は減ったでしょ?」

「建前はシステム化と、在庫のスリム化と言ってたけど、そもそもに来る人が減りましたからね。で、それからは?」

「会社のお荷物を切ったあと、次に取り掛かったのは、役職クラスの意識レベルの改善と、全体的な会社の若返りね。ここでも、人事部が大きく関わっていて、監査と呼ばれる人たちが、社員一人ひとりに聞き取りを行い、だんだんと問題になる人間が絞られてきた。だけど、彼らは大半が役職持ちであり、対外的な窓口でもある。役職がなくても、取引先には顔が利く。そこで、時間の猶予と、会計上の特別損失を翌年に計上したいという会社の都合をまとめて、問題のある人間の後任をリストアップしていた。今も問題を起こしていないベテラン層は残すけど、彼らに役職を与えた場合、組織としての体制が、数年ごとに変わっていってしまうから、向こう10年は同じ役職でも、少なくとも定年にならず、かつ優秀な社員を、各ポジションの後任に当てはめていったの。ベテラン社員には、人事部がきちんと説明して、そこで了解を取った。取れなかった社員は、同じように、若い後任の人間を配置していく。そこのリストに、私の名前があったわけよ。」

「会社の事情は分かりました。先輩の名前が入った理由は?」

「ここから一気に時代錯誤な考え方になるんだけど、私がリストアップされた理由は、備品係として20年のキャリアで、ある程度、社員には知名度があることと、人を見極める実力があること、そして、会社のイメージ戦略の中で、私みたいなのが人事部の部長をすることで、より広い年齢層で人材を求人したいと考えたかららしいのよね。まったく、私の見た目かよって。」

「あ~、やっぱり、この会社は昭和ですね。なんか納得しちゃいますよ。でも、センパイはよく、邪魔な社員をリスト化して人事に渡してやるって言ってましたもんね。」

「予期せず、そのリストはすでに出来上がっていたわけだ。あとは、このリストラの後任人事って、実は私が一番年上なの。さっき言った理由もそうなんだけど、文字通り、私は社内のアイドルとなるべく、年齢は考慮されずに選ばれた。取締役会でこういう発言が出たんでしょうね。ま、これで会社のイメージリーダーとなるわけだ。」

「人事部長がイメージリーダーっていうのが、この会社の考え方のおかしなところですけど、適材適所という点で、先輩が人事にいることは、人事査定なんかでは、ある意味正しく機能させる意味合いもありそうですけどね。」

「来年から人事部に来ない?総務部は私が説得するから。」

「また私だけ置いてけぼりですか?センパイ、私も連れてってくださいよ~。」

「アンタはアンタの役割があるでしょ?社内システムとベンダーのつなぎ役、しっかり務めてるし、備品係の係長なんだから。」

「彼女を連れて行くなら、新卒を入れてくださいよ。どうせなら、もっとシステムに詳しそうなオタク君とかがいいです。」

「ウチの旦那がちょうどいいけどね。残念だけど、私の立場では、身内を入社させるのは、もう無理なのよ。それに、アンタに身内が迷惑を掛けるのを、黙ってみてること出来ないし。」

「それにしても、こういう会社なんですね。なんか、私も考えるところはあります。もしかして、私も見た目で入社出来たんじゃないかって。」

「自信を持ちなさいよ。あなたが可愛いだけで世渡り出来るなら、もっといい生活をしてる。今のあなたは、自分の実力で会社にいるわよ。」

「甘いよなぁ。センパイ、私にもそういう励ましの言葉、かけてほしいです。」

「そういうことでモチベーションが上がるような人間じゃないでしょ?励ましより、雑談のほうが、アンタにはモチベーションになる。」

「敵わないですよね。センパイが人事に移動出来るのって、そういうところですよ。」

「それで、先輩はどうしてそれを受けようと思ったんですか?絶対に反発すると思うんですが。」

「条件を飲めば、私はその話を受けると啖呵を切ったのよ。一つは、この子を私の補佐として、人事部に移動させること。もう一つは、圧倒的に人事の仕事の経験が不足しているから、数年は私がお飾りの部長であることを了承すること。最後の一つは、会社が私を見世物にして、色々なところへ引っ張り出すのであれば、それ相応の手当が欲しいってね。」

「よく飲みましたよね。普通、そこまでいち社員に言わせたら、クビになると思いますけどね。」

「その通りよ。その場の私は、会社をやめようと思った。今は、この見た目にちゃんとした意味を見出したからいいんだけど、私は、自分の見た目を、ずっとコンプレックスに思っていた。スーツを着てても、未成年に思われるような、この容姿。好きでそうなってるわけじゃないし、いつか成長して、歳を取っていくのだと思ってたけど、この歳まで、見た目は変わらないまま。そこを利用する会社に、嫌悪感しかなかった。社長も困ってたけど、すべての責任を負う形で、社長はすべて飲むと言ってくれたのよ。小娘のわがままを、自分の立場を失う覚悟で、許してくれた。だから、私の居場所は、ここしかないと思ったのよね。」

「いやいや、小娘とか言ってますけど、ベテラン社員でしょ?」

「小娘のままよ。惨めな思いはなかったけど、備品係という閑職、やってることは、社内での受付のパートさんと変わらないようなものだと思ってた。20年も経って、就職氷河期だった私の同期は、誰もいなくなってしまった。私がここにいるのは、誰でも出来るような仕事を、ただ愛想笑いでやることのため。キャリアがあるかと言われれば、私のキャリアはただ20年同じ会社に勤めたという経験だけ。アンタには言わなかったけど、私はそう思って、仕事をしてたの。だから、アンタが入ってきた時、申し訳無さもあったけど、嬉しくなった。そしてこの子が入って来て、ようやく責任を持つことが出来たのよ。」

「それじゃあ、必要以上に私に目を掛けてくれてるのは、先輩の責任感なんですか?」

「そんなわけないじゃない。あなたが自信を付けてくれるのに、適した場所へ移してあげたの。おどおどしてた備品係より、今の人事部での仕事してる姿、いきいきしてる。それに、私の補佐って言ったでしょ?今後は、私と同行してもらうつもり。役職は付かないけど、部長補佐と同じ扱いをする。一緒に、人事のこと、勉強しましょう。」

「ごめんなさい。先輩。そんなに可愛く笑ったら、私、付いていくしかないですよ。」

彼女の目に涙が浮かんできた。泣かせるつもりはなかったんだけどなぁ。あれ、私が笑ったら可愛い?年下から可愛いって言われてる?そっちのほうが恥ずかしいわ。


「ところで、下世話な話なんですけど、その手当というのは?」

「私の外出先1件ごとに、いくらか発生するようにしてある。今後、求人サイトに載れば、掲載日を1件と換算される。ま、転職フェアみたいな、人事に関わる催事に関しては、ノーカウント。その代わり、人事部の仕事ではないけど、例えば展示会だとか、コンベンションなんかがある時は、プレゼンター役や、進行役として召集がかかるようになってる。ま、当然それも1件として換算されるけどね。休日なら休日手当、展示会なら出張手当も当然出るし、振替休日も取れる。だから、部長職じゃ、本当はまずいのよ。」

「今日はがっぽりもらったってやつですか?」

「1件につき、1000円よ。手当のレベルだと、これぐらいが限界じゃないかしらね。今日は顔合わせを6件してきたから、6000円。あ、今日はおごりよ。私が呼んだんだから。」

「だから、部長補佐に、部長になってって言ってるんですね。ようやく理由が分かりましたよ。」

「アイツは、リスクマネジメントは完璧だけど、無理難題をやってのける技量がある分、私にもそれを求める。私がフローするのは目に見えてると言ってるんだけどね。でも、もう8ヶ月この部署にいて、そこは一向に改善されることはない。つまり、今の部長は、体力だけある、ただの飾りみたいなものだったというわけ。早期退職する理由も分かったわ。で、フローしないために、あなたに助けてほしいと思ってる。」

「付いていくって決めましたから、頑張って出来る範囲で補佐します。」

「あと、アンタには悪いけど、私はこの子も人事に引っ張る。今決めた。出来るかどうかわからないけど、上に掛け合うようにする。」

「まさか、先輩と同じ部署に配置転換されるとは考えてませんでしたけど、買ってもらえるなら、お世話になります。」

「え~、なんか、私だけ総務部。さみしいなぁ。」

「そう言ってるけど、なんだかんだで、総務部の人間とも馴染んでるじゃないの。」

「元から知り合いですし、備品係は総務部の管轄でしたし、そりゃ馴染みますって。でも、後輩まで取られちゃうのは、納得いかないですよ。」

「んじゃ、アンタに関わる話を一つ教えといてあげる。総務部にもリストラ候補がいて、今人事が交渉してる。そして、備品係という閑職は、今年度で廃止になる。アンタが全く畑違いな社内システムの運用に一部絡むことになっているのは、その職務に当たっている人間をリストラするため。そして、対外的な交渉がある程度出来る人材だから、社内評価は案外高いのよ。今まで、嫌な奴の相手をやってきて、報われる形よね。」

「うわぁ、嫌なことを知っちゃったなぁ。マジ、寿退職出来ないかなぁ。彼に相談しようかな。」

「あら、結婚式場探ししてる状態で、寿退職出来るほど余裕があるのかしら?」

「皮肉ですか?それなら、籍を入れたら、扶養家族に入りますよ。だけど、今の景気を考えると、やっぱり共働きしかないですよね。」

「そうねぇ。ま、ご祝儀袋は頑張って5mmぐらいにしてあげるから、婚期を逃す前に、結婚しちゃいなさい。」

「せめて1cmぐらいにならないですか?」

「その時までに手当をためておくわ。私が表に出れば、アンタのご祝儀袋が膨らむ。金じゃないと言われそうだけど、お金は欲しいでしょ?」

「私は複雑ですよ。センパイが世間にバレれば、私のご祝儀袋が膨らむって。これでも心配してるんですからね。」

「分かってるわよ。付き合いも長いし、アンタも大概優しい子よ。私は、同僚に恵まれた。」

「センパ~イ、大好きですよ。」

「そういうとこが可愛くないのよね。まったく。」


「今日は先輩が人事部に最適な人材だと分かってもらった会でしたね。」

「急に締め始めたわね。あれ、門限はどうなのよ?」

「え~と、まあ、少し危ないですね。でも、破ってもそんなに怒られませんよ。」

「結婚前に揉め事が起きるわよ。いい頃合いね。今日はありがとう。」

「やだなぁ、みんなセンパイのこと、心配してるんですから。」

「明日もお願いしますね。先輩。」

「ま、なんとか頑張ってみるわ。すみません、お会計お願いします。」


帰り際、総務部の後輩が耳打ちしてきた。

「旦那さんのことが落ち着いたらでいいので、ちょっと相談させてもらっていいですか?」

「私でいいの?アイツのほうがいいんじゃない?」

「あの人に相談すると、多分求めてる答えが帰ってこない気がするんです。先輩のほうが、私と境遇は似てそうですし。」

「分かったわ。私も裏取引する以上、あなたの相談に乗るぐらいするわ。」

「あの、本編じゃなくていいですから。番外編でお願いします。」

「備品係ってのは、何か別の役割があるの?いつもよくわからないコメントするけど。」

「メタ発言というやつです。」

「ま、いいわ。申し訳ないけど、タイミングは私から連絡する。」

「それで問題ありません。お手数をお掛けします。」

「世話を掛けてるのは、私の方よ。それじゃ、ホテルあっちだから。おやすみなさい。」

「お疲れ様でした。先輩。」




「あ~あ、一人になっちゃった。部屋で飲み直そうかな。」

そう言ってみてるけど、仕事モードから、簡単に君モードになってしまう。私も恋の病というやつなのだろう。

コンビニでお酒とおつまみ買って、部屋に戻って、一通り晩酌したら、...やっぱりどうかしてる。そう言いつつも、結局は溺れてしまう。私、ダメになっちゃった。

「そう言えば、ホテルに荷物が届いてるかしら。」

アマゾンは万能過ぎる。私達はアマゾンに頼り切った生活をしているけど、こんなに堕落したアマゾンの使い方をしちゃう私。君は本当に好きでいてくれる?



「あれ、なんだろこれ?」

「どうしたの?」

「いや、アマゾンの購入履歴を見ててさ、その、あの人だと思うんだけど、泊まってるホテルに、大人のおもちゃを注文してる。」

「またまた~。そんなわけないよ。」

「ほら、これこれ。」

う~ん、おねえちゃんが泊まってるホテルだな。支払いも、たしかおねえちゃんのカード。え、本当に大人のおもちゃを買ってる。

「見なかったことにしておく。それに、このサイズ。自信なくすよ。」

君が開いた商品ページを見て、ちょっと、いや、かなり引いた。

「測ったことないけど、こんなに大きくなるの?」

「他人のものを比べたことすらないから、僕もわからない。にしても、ホテル生活を満喫してるみたい。やっぱり、僕はもういらないのかな。」

「そんなわけないから。でも、おねえちゃんも、色々我慢できなくなってるんだよ。」

「我慢できなくなってる人がいるのに、片や満足させられないで悩んでる僕がいる。もう、求められてないんだよ。」

「まったく、面倒なものを注文してくれたな。私も恥ずかしくなっちゃうじゃん。」


残り2日。私とようやく落ち着いてきた君、目的は一つだけど、外的要因は考えてなかった。

自信をなくしちゃったら、私も気持ちよくなれないんだよ。おねえちゃん、頼むから、分かって欲しいよ。



つづく

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