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Life 86 そして僕は悲観的になってしまった。

思うより、生きているのは難しいと感じるようになっていた。

生きてることが楽しいと思えたのはいつまでだったんだろう。今は、むしろ悲観的にすらなっている。そんな自分に抗って、二人と一緒に暮らしている。

僕の弱さを、二人は理解してくれていると思う。だけど、僕が怯えているのは、この生きている感覚。

今までは思っていなかった。けど、急にそう思うようになってしまった。僕は、どうしてしまったんだろう。


目を開けると、僕は今日も生かされていると感じるようになった。非常に苦痛になった。理由はわからないけど、やはり、3日そこらでは、僕の感覚が戻ることはなかったようだ。

「あなた、今日は大丈夫?」

「あ、うん。だけど、やっぱり外に出たくないかな。外に出るのが本当に怖い。」

「そうねぇ。そうしたら、とりあえず今日は会社を休もう。外に出るのが難しいかもしれないけど、お医者様に行きましょう。私も心配だけど、ここ2日、私も無力さを感じてる。本当はよくないけど、私も適当な理由を付けて、会社を休む。あなた一人で背負ってきたものを、二人で一緒に考えていこう。」

「いいの?必ず良くなるとはわからないんだよ?」

「あ~、まあ、本音を言えば、もう40過ぎたオジサンがウジウジしてるのを2日も見てるとね、なんか哀れに見えちゃうのよ。ここ2日、食事すらマトモに取ってないし、泣くことと怯えることしか出来ない人をどうすればいいか、私にはもうわからないの。突き放すようで悪いけど、私はそういうことを知らないと、あなたと一緒に考えることも、その先に行くことも出来ない。そのための時間と、知識が必要なのよ。私に本心を打ち明けられるように、先生にもしっかり打ち明けて、解決すればいいわ。いいじゃない、一生のうちのたった3日間であなたを深く知れて、あなたの置かれた状況をしっかりと理解して、その上であなたに寄り添う。私だって、ただ感情を受け止めるだけじゃ、もう無理なのはわかったわ。」

「そうか。今までは二人に迷惑をかけないようにって思ってたけど、やっぱり僕から潰れてしまったら、頼りにしたい。」

「そ、それでいいの。なんのために一緒に住んでいるのよ。あなたは、変なところで甘えるくせに、自分のことは絶対に私達に明かさなかった。でも、もういいんじゃない。」

そこで、娘が起きた。

「オトーサン、大丈夫?」

「あ、うん。ダメだけど、とりあえず生きてる。」

「はぁ~。そういう答えが聞きたいんじゃなくて...まあ、いいや。」

「ごめん。あなたは今日は大学よね。私、ちょっとこの人をいつもの先生に連れて行く。ちょっと、私も出来ることがあるかを、相談してくるわ。」

「わたしたちは何も知らないもんね。教えてもらったこと、私にも伝えてくれると嬉しい。こういうときは、子供扱いしないでね。」

「頼りにしてるわよ。私。」

「もちろんだよ。私。」

なんか久しぶりにこのやり取りを聞いた。そうか、僕がそういう状況にしてしまったのか。

「なんか、ごめん。僕が足を引っ張ってる。」

「そんなことないよ。オトーサンが元気じゃないと、私達家族が健康じゃないんだよ。私も、たまには心配したいんだよ。」

「情けないよ。やっぱり僕も男だから。」

「いいじゃない、情けないあなたも、全部まとめて愛してるって。朝からなに言ってるんだろ、私。」

「嬉しいよ。そういう気持ちを持ってくれてる。それだけで、僕は幸せだったはずなんだ...。」

「あなたがそうなってしまった原因より、あなたの感情の起伏のなさをどうやったら上げていけるのかを考えるのが先。いい、あなたは今、病気なの。心の病気。それが薬で開放されるのか、それとも私が手助けをしないとダメなのか。場合によっては、あなたを私が支える生活になるかもしれない。そうなっても問題ないにしろ、あなたが元気でいてくれて、初めて家族。だから、あなたは心配せず、まずは今の状態から脱する方法だけを考えよう。」

「うん、わかった。でも、外には出たくない。」

「いいわよ。病院までタクシーで行くわよ。それぐらいは出来るでしょ?」

「ありがとう。君がいてくれて、僕は本当に救われてる。感謝しないと。」

「それにはまだ早いわよ。あなたとのこれからの接し方、それが、私達が知らなきゃいけないこと。それを聞いて、初めの一歩よ。あなたが明日死ぬならそんなことしないけど?」

「うん、もう少し、三人で生きていたい。」

「そう。それでいいわよ。だから、教えてもらおう。私達に今できること。そして、私達も、家族として、また成長しよう。」


前に、同じような思いをしたことがある。直接の原因は、電車に轢かれかけたことだったけど、その後、外に出ることがしばらくできなくなってしまった。幸い、当時所属していた会社では、そのような理由を汲んでくれて、1週間の休みをもらった。そして、同じように精神科に行き、常に興奮状態でありながら、強い死への渇望を抑えるべく、薬で強引に抑えることをした。だけど、それが原因となって、僕は失踪することになる。最後は、やはり生への執着で生き残ったというが、あれから僕は変わっていない。ただ、生まれてきてしまった以上は、死を受け入れられるまで、ただ生きることだけを考えるしかないという、人間としてはいびつな存在となってしまった。それは、あの娘と一緒に暮らし始めても、伴侶を迎えて、今の生活になっても、結果的には僕の中に、普遍的な考え方として残ってしまっている。穏やかであることの裏返し。死という恐怖と、生という絶望を一人で抱え、そして底へ落ちていく。自覚はあるが、そうなるきっかけを僕は知らない。だから、金曜の夜までは問題なかった。そして、そうなったら、今までは自分で立ち直るしかなかった。

「あなたが自傷するような人じゃないことはわかってるけど、私は表面的なあなたしか分からない。あの話を聞いたあとだから、あなたはもしかすると死ぬことを望んでいるんじゃないかと、心配になるのよ。今のあなたには、その危うさがある。私は、そんなあなたを支えることしか出来ない。辛いかもしれないけど、あなたもゆっくり出来るような立場じゃないの。残酷だけど、理解してほしい。あなたは一人じゃないけど、あなたの行動一つで、あなたは永遠に孤独になってしまう。お願いだから、そうならないで。」

「うん、僕には、そう答えるしか出来ないけど...。」

「我慢して、生きることを止めないで欲しい。励ますのも、あなたへの負担であることは分かる。でも、こういうときに、掛ける言葉は、そんな陳腐なものしかないの。」

「うん、頭では分かってる。あなたが見ている前で、なるべくあなたへの負担は掛けたくない。」

「辛いことを聞くけど、あなたは、今何を考えている?」

「辛いのは嫌なんだ。だけど、それ以上に、僕がなぜ生きて、辛い目にあっているのか、それがずっと怖いんだ。」

「生きることは辛いことか。うん、そうね。あなただけではない、と言いたいけど、今のあなたは、誰よりもそのことに恐怖している。私と一緒だったら、我慢出来る。」

「離れないで欲しい。僕を一人にしないで欲しい。自分でもわからないけど、誰かがいないと、僕は、僕に潰されてしまう。」

「今はそれでいいよ。大丈夫、あなたは頑張って、生きようとしてる。今はそれだけを信じて、耐えていこう。」


ものの10分、タクシーは、いつも薬をもらっている精神科に着いた。あ、私も、1度は来ているの。この人が入院したときに、一緒に話を聞いた。でも、そのときはこんなに深刻な状況になるとは思っていなかったから、ちょっと驚いている。

「着いたわよ。さすがに、タクシーからは降りられるわよね。」

「うん...。」

「躊躇があるのね。まあ、仕方ないか。大丈夫、周りをみても、あなたに危害を加えそうなものがある?」

「ない...と思う。」

「降りても大丈夫よ。ほら、目の前に病院の扉があるんだから、それぐらいは歩けるでしょ?」

「うん...。」

それぐらい、彼に現状を理解させないと、彼は行動を起こせない。励ますなんてもってのほか。まずは、彼が抱えている恐怖を、とにかく取り除いていくしかない。

正直、私にその役目が務まるだろうか。でも、この人は私の伴侶であり、生涯を、未来を約束した人。私が支えないで、他に誰が支えるというの?


「もうすぐ診察だから。あなたは目の前のことだけを考えて。名前を呼ばれたら、診察室のドアを開けて、先生に挨拶する。今はそれだけを考えましょう。」

「...。」

私は珍しく弱気になってると思う。愛する夫がこんなことになった時、私はどう振る舞うのが、この人に取って最善なのか。久しく経験していない、初めての体験というものだ。

普段なら好奇心なども芽生えるのだろうけど、今の私に、そんなものはない。この人と、この先生きていく、そのアドバイスを、先生からいただくぐらいしか出来ない。

この人は自由人、でも、その自由な振る舞いの裏には、とてつもない恐怖を隠すための自衛だったのかもしれない。我ながら、それに気づかなかった自分を悔やむほかない。


「...さん」

「順番、回ってきたわ。入れる?」

「うん...。失礼します。」

「失礼します。今日は、私も付き添わせてください。」

「どうぞ。きっと、あなたも彼の助けになれますよ。」


しかし、この人は自分の置かれている気持ちを打ち明けてはくれなかった。完全に殻に閉じこもってしまった。

「先生、主人、こういう状況になっていたこと、過去にもあったんですか?」

「う~ん、ここまで何も話してくれないことは、過去にもなかったね。なにか、話せるようなこと、何でもいい、君のことを話してくれないかな?」

「今も、ずっと怖いんです。何にそんなに怖がってるのかわからないけど、不安に飲み込まれそうなぐらい、怖いんです。」

「それは気持ちがずっと不安で、怖いってこと?」

「怖くて不安なんです。なぜ、自分が生きていて、死んてしまうのか。それだけが、頭の中でずっと回っているんです。」

「確か、君は一度自殺しようとして、自殺出来なかった過去があったな。だとしたら、そのへんの記憶が、何かで戻ってきてしまったのかもな。」

「僕は、今、死ぬのが怖いんです。でも、生まれてきたことも怖いんです。不安でたまらないんです。僕という存在自体が、ものすごく怖くなってきてる。」

「自己否定...でも、君は生まれてきたのだから、もっと生きることを楽しむべきだ。あの時と違って、こんなに心配してくれる奥様がいるじゃないか。」

「...先生、この人は、前はどんなきっかけで死のうと思ったんですか?」

「得体のしれない不安。自己否定の連続。そして彼は、生きることに失望してしまったんだろう。私が知っているのはここまで。」

「...死ぬために生きているのが、もう嫌になったんです。でも、僕には家族が出来た。死ぬことが怖くなった。生きることも、死ぬことも、僕には苦しみなんです。」

「なるほどなぁ。だんだんと分かってきた。君は、今はすべてに失望して、君自身が行動を止めてしまった。そういうことだろう。」

「...そうなると、私達家族が出来ること、彼のために出来ることはどれだけあるんですか?」

「大変言いにくいことではあるんだが、前回も彼が自分で立ち直った。何が良かったのかわからないけど、立ち直ってくれた。だから、今は静かに見守ってあげて欲しい。」

「ずっと寄り添う必要とか、あるいは彼の希望を叶えてあげたりするのは、いいことなんですか?」

「少なくとも、彼の希望を叶えると、あなたが殺人をすることになると思う。突然やってきた失望感は、どこかで何故か消えてしまう。あなたは、普段通りに生活してもらって大丈夫だと思う。おそらく一人にしても、自殺するほどの気力もないだろうから、一人で自我と戦いながら、どこかで元に戻ることを見守るしかないだろう。」

「生活に関しては、どうすればいいですか?」

「本人がしたいことをやらせて大丈夫。ただ、刃物や、自傷行為をしそうなものは、極力置かない。万が一ということもあるし、その後に後遺症が残るのも、彼の人生にはきつい。あなたはとりあえず、明日からは自分の生活をして、過度な心配や気遣いをしないことかな。ある意味、自分で立ち直るということは、周りがいつも通りに振る舞うことで、戻って来ることが多いと思う。時間でしか解決出来ないけど、それであなたや、家族が病む必要はない。」

「あの、こういうことを言うと、ちょっと恥ずかしいんですが、娘がこの人にスキンシップを結構するんです。そういうものも問題ないですか?」

「別にエッチなことをするわけではないのでしょう?だから、大丈夫。むしろ、普段通りにしてあげることで、彼が立ち直るきっかけを作ってくれるかもしれない。」

「...僕は、そんなに立派な人間ではないです。でも、もう、どうしたらいいかわからないんです。」

「わからないなら、考える必要はない。申し訳ないが、生きている以上、時間の流れに身を任せるしかない。もちろん、君に今からバリバリ仕事しろとも言わないし、元のように振る舞えとも言わない。時間しか、君を解決させる手段はないよ。迷惑を掛けてもいいし、面倒を掛けてもいい。今は、静かに、ひっそり生きてみよう。」

「あとは、お薬は出るんですか?」

「ああ、薬ね。睡眠導入薬と、精神安定剤を処方してるけど、もう一つ気分を楽にする薬を処方しておこう。1日3回飲んで、しばらく様子を見てください。徐々ではあるけど、おそらく不安が消えていくと思う。そこから、彼がもう一度立ち直るか、それともまだ時間を必要とするか。それは次の話にしましょう。」

「...僕は、もうダメなんです。」

「言うほどダメじゃない。私に意志を伝えることが出来るだけでも十分だ。きっと疲れたんだよ。今は、ゆっくり休みなさい。そして、自分のことをなるべく考えずに、TVでも、ゲームでも、何か夢中になれるものに集中すれば、もしかすると少しは早く立ち直れるかもしれない。ま、人生はまだ長い。休んだって、問題ないよ。」

「本当にダメなら、ここに来てないわよ。あなたは大丈夫。私は、あなたから離れないし、あなたがいないと、私もダメになるもの。」

「うん...。うん...。」

「奥様、彼は今、おそらく迷い子みたいになってる。今の彼は、すべてを自分に転嫁して、自責の念にしてしまうようだ。だけど、あなたが無理して導く必要はない。あなたも、無理しないでください。あなたが疲弊していけば、彼は自分をどんどん責めてしまう。娘さんもそうだけど、二人で無理だと思ったら、様子を見ることも大事だ。」

「ありがとうございます。先生。」


病院から帰ってきた。僕は、それでもすべてが怖かった。恐怖と不安を消すにしても、やっぱり時間はかかる。

別に今すぐに僕が消えるわけでもない。それに死ぬわけでもない。それが理解出来るのに、そのことだけを考えてしまう。震えている。正体は分かるのに、得体の知れない恐怖に震えていた。

「...怖いの?」

「...うん。ずっと怖いんだ。考えないようにしても、震えが止まらないんだ。情けないよね。僕はあなたの伴侶なのに。」

「情けないわけないよ。だって、そういうときは、私にも、あなたにも来る。怖くないわけないじゃないの。」


そして、リビングに座った。いつもの座椅子なのに、ここに寄りかかれば死ぬんじゃないかと思って、体を起こしている。そして、体の震えは、彼女にも見えているようだった。

「怖い思いをしてるんだよね。私はあなたの妻で、あなたの最愛の人であろうとしてるけど、こういうとき、どうすればいいのか、わからないの。」

「...うん。」

「でもね、今のあなたを見てると、私に告白してきたときに、期待と不安と、そしてちょっとした恐れを思った顔に似てるの。多分、本当にわからないことなのよね。」

そういうと、彼女は自分の体を、僕の体に寄せてきた。

「今になって、なんであなたが、あのときに告白してきたのか。そして、その思いを、私がずっと思い続けてたのかって。」

「...。」

「あなたは、誰かに助けてほしかったんじゃないかな。高校受験のときも、そして今も、自分の恐怖と戦いながら、自分からは助けを求めようとはしない。でも、それがあなたなの。15歳の女の子には、絶対にわからないけど、私の心に残ったのは、あなたと一緒にいる時間だけを、きれいな想い出に取っておくだけにしようと思っていたからなのかな。」

「...うん。」

「でも、今日、あなたの顔を見て、なんとなく、あの日の顔を思い出したの。あのとき、一緒に思いを共有したかった。だから、今も同じ顔をしてる。けど、あなたはそれを自分の問題だと思ってる。もちろん、半分はそうなの。そして、もう半分を受け止めて、あなたの思いに寄り添うことが出来るのは、私なんだって。」

「...。」

「あのときから、私はあなたに寄り添って欲しいと求められてた。きっと、あなたはそんなことを考えてもいないと思う。けど、迷い道をして、あの娘に導かれて、あなたの思いを共感したいと思い続けたから、今、隣にいられるのかなって思ったの。」

「...僕の怖さ、君は理解してくれる?」

「ごめんなさい。具体的にはわからないの。でも、一人で震えてるより、二人で、じっと過ごすだけでも、あなたには落ち着くと思うのよね。」

「...ひとつ、知ってほしいことがあるんだ。僕は、こうなるって知ってて、君と結婚してる。ずっと騙してたんだ。」

「違うわよ。騙してたんじゃなくて、怖くて言えなかっただけ。助けを求めていただけ。ずっと一人だったから、どうすればいいのかわからないだけ。それでいいじゃない。」

「...ずっと、こんな感じなのかもしれないよ?」

「ならば、余計に私がいなきゃだめよ。いい、あなたもなまじだけど、親になったから、あの娘が離れていくことで、またメンタルバランスが崩れることは目に見えてる。その時に、あなたを支え続けなきゃいけないのが、私の役目。そして、どんなにあなたが醜態を晒しても、私はあなたの妻として、胸を張って生きていくの。きっと、そうする運命だったのよ。」

「...君は、僕のこと、好き?」

「好きよ。大好き。さっきは運命と言ったけど、君が好きだから、私は君と一緒にいたいだけ。文字通り、健やかなときも、病めるときもってやつ。今の君は、病んでるだけ。だから、君が一人でも大丈夫なときまで、私が一緒にいる。そう決めたの。」

「僕はこんな感じだよ。嫌いにならない?」

「ふふ、本当に、あの頃の君なんだ。嫌いになるはずないって知ってるでしょ?私も、あのとき君が好きだったんだから。」

「うん、嬉しい。やっと君を見つけ出せた気がするんだ。本当に大好きだった君。でも、僕は今が怖いんだ。助けて欲しい。」

「助けられるかな?でも、私は君を見捨てないし、君が抱えている恐怖、言葉に出来るなら、聞いてあげる。そして、一緒に考えよう。」

「ありがとう。君が好きでいてくれることも怖いけど、今は嬉しい。だから、抱きしめて欲しい。」

「まったく。旦那様の言う事じゃないよね。でも、君がそうしてほしいんだもんね。分かったわ。」

君は、僕を包むように抱いてくれた。少しだけ、体のこわばりが解けていく気がした。そして、かすかにあの頃のような気持ちを思った。本当に君だけが好きだったとき、僕は君が言ったように、誰かに助けてほしかったのかもしれない。中学生における、受験とは、人生で始めて、自分の進む道を決めるための選択。そこに内心、恐怖を感じていたのかもしれない。

「ごめんなさい。僕のせいで、数日無駄にしちゃった。」

「いいって、それに、今日もまだ終わってないわよ。どうせ無駄なら、無駄遣いしなくっちゃ。」

「じゃあ、エッチなお願い、聞いてくれる?」

「お、だんだんあなたも戻ってきてるわね。いいわよ。多少は聞いてあげる。」

「じゃあ、いつものように、今日の残りの時間、また裸で抱き合いながら、添い寝して欲しい。」

「あら、そんなことでいいのね。私は、てっきり慰めて欲しいとかいい出すのかと思った。」

「...今は、性行為ですら怖い。君に抱きしめてもらうだけで、僕は十分なんだ。」

「じゃ、寝室でゴロゴロしましょう。大丈夫。あなたを離したりしない。今日は、ずっと抱きしめたままにしてあげる。」


自分で言っているのに、おかしな話だけど、全然いやらしい気持ちにもならない。目の前には、裸の君が添い寝して、抱きしめてくれている。僕が手を回せば、壊しそうなぐらいに繊細に見える。僕のように、君を壊したくないと思っているからなのだろうか。

「私ね、あの娘と生活するようになって、あの娘がだんだんと大人っぽい体つきになっていくのを見て、嫉妬してたの。」

「...。」

「でも、なんで私はこんなに中途半端な体つきのまま、この歳まで生きてきたのか、それは、今日みたいな日のためにあったんだって、今になって思ったのよ。」

「...どうして?」

「君が、精神的に壊れたときに、あの頃の君に戻ってしまう。戻った君が、一番落ち着くのは、あのときの私なのかなって。」

「...考えてもみなかった。でも、再会してからずっと、君はあの時のままだから。」

「好きな子の裸、興味はあったでしょ?その頃よりは、少し成長しているかもしれないけど、私は18歳から、体のサイズも、形も、すべてが変わっていないの。前にも話をしたかもしれないけど、そのままで、だんだんと女性特有の性欲が増していってしまった。それでも、体つきが変わることはなかったの。ほら、見てよ、私の胸。」

布団の間から、手のひらに収まるギリギリの大きさの胸を見せて来た。

「普通、30を過ぎれば、胸は垂れてくる。でも、私の胸、君が好きだった私のままのサイズも、形も、ずっと保っている。女子校生と呼ばれても、仕方ないぐらいのサイズ。正直、君には、もっと大人の私を見せたかった。君も、不思議に思ったでしょ?あまりにも、私の体つきが、あの娘よりも子供だって。」

「...そういう目で見てないからね。僕は、君のすべてが好きだから、それすら愛おしいと思ってる。」

「ありがとう。そう言ってくれるから、私は今の体つきのままで、君と同じ目線に立つことが出来てるのかもしれない。君が精神的に弱って、あの頃に戻ったとき、それを戻す手段の一つに、私の気持ちと、この体があるのかもって、今日思ったのよ。」

「...。」

「今まで、自分は大人の女性らしい体つきじゃなくて、未だに思春期の少女みたいな体が嫌いだった。だって、あんなに魅力的な女が、家族にいて、あなたとセックスしてる。それに比べて、私はいつまでも少女のまま。それでも、あなたは好きといってくれてた。私も一度はタイムスリップに巻き込まれて、おそらくは死んでいる。そのときに、神様が君と一緒になれるように運命づけた。そうして、あの時の君の願いを叶えた。私は、そう思いたいの。」

「...君があの頃のままだった、今でもみずみずしい体を、その前に僕が願っていたからって、それは、考えすぎだと思う。」

そういいながら、君に抱きついた。

「でも、僕は嬉しいんだ。君があの頃のまま、君の気持ちまで取り戻してくれたなら、僕は、少しだけ、あの頃に戻れる。得体の知れない不安は、薄れていくかもしれない。」

「震えてる。怖いのよね。今は、君が私のぬくもりで、少しずつ気持ちを落ち着けるとき。あ、なんなら、ちょっとおっぱいでも吸ってみたら?なんにも出てこないけど。」

「...エッチなのは君だよ。あの頃と違うのは、その性欲。僕がもう少し落ち着いたら、また二人でエッチなこと、いっぱいしよう。」

「考え方まで中学生なのよね。ま、でも、落ち着いたら、また私が迫るようになっちゃうのかな。ふしだらな女よね。私。」

「それは、大人になった僕らに任せよう。僕は、君とこうして一緒に寝ていたい。」

「寝ていたいって...、でも、ムチムチしてるわけではないけど、私も柔肌でみずみずしいんでしょ?出来れば、あの頃の私を思い出して...、ねぇ。」

「僕にその余裕がないんだ。それに、僕はその頃の君の体を知らないよ。君と、そんな関係になるとも思ってなかったし。」

「残念。あれ、でも、私ってその頃から、意外に自分で気持ちよくなってたりしてたのかな。そしたら、とんだ破廉恥な中学生だったわね。」

「...たぶん、あの娘が迷いなく一人エッチしてたんだから、きっとそうだったんじゃない。今は、僕に見る勇気がない。」

「しないしない。それに、君が不安になってるときに、エッチを迫っちゃう私が悪いの。でも、こうしてるだけで、やっぱり我慢出来ないのよね。」

「ふぅ~ん。でも、嬉しい。あったかい。君の体、本当に気持ちいい。少しだけど、前向きになれる。」

「あなたに本当に必要なのは、スキンシップなのかもね。前にそんなこと言ってたけど、体温を共有することで、自分の気持ちも、共有出来ているのかもね。」

普通の状況だったら、おそらく胸にあたっている、柔らかくもハリのある胸の先端で固くなった乳首や、お腹当たりで無意識に動かしている腰と、そこから少しだけ溢れてる体液を感じるだけで、エッチ出来るのだろうけど思う。優しくしてくれている、君ですら、今は恐怖の対象。それを解くために、君を辱めてる。情けない気持ちと、守られている気持ちが少しずつだけど、思うようになってきた。



「私、きっとエッチな女なのよね。あなたと触れているだけなのに、股間を湿らせてる。」

自分のことをわざわざ僕に伝えてくる彼女。だけど、僕は、

「...うん、ごめん。応えてあげないといけないけど、今は無理なんだ。」

「知ってる。だけど、やっぱり君が好きだから、その、考えちゃうんだよね。私、40過ぎたおばさんなのに。」

「君も、遠慮なく、あの頃に戻ればいいんじゃない。別に、見ないよ。見る元気もないし。そういうことをしてる君が怖く感じちゃうぐらいだから。」

「なんか、はしたないよね。好きな人のことを思って、気持ちよくなっちゃうって。」

「僕は、そんなに愛されてると思って、嬉しいよ。でも、大きな声は流石にちょっと。平日の昼間だしね。それに、僕も驚く。」

「ちょっとは不安が解消されてる?」

「話すって大事なんだね。どうでもいいことでも、話すだけでこれだけやり取り出来るんだ。少し怖くなくなってきた。」

「震えがちょっと気持ちよかったのに。でも、今日はそういう日じゃないものね。15歳の私か。君が好き、だったんだよね。好きだったから、君を思ってたんだよ。」

「僕らは、あんまり変わらないような性生活をしてたってこと?君を思って、いかがわしい妄想したことあったのかな?」

「今やってることのほうが、よほどいかがわしいわよね。君と同じベッドで、裸で寝てるってね。」

「25年前の僕らに教えてあげちゃ、ダメな話だね。今、君が隣にいて、僕に温かさをくれてる。それだけでも、僕は落ち着ける。」


「ただいま~っと。」

大学が終わった今日は、友達とのアフターを断って、まっすぐ家に帰った。こういうとき、理解してくれる友人がいるのは嬉しい。

そうして、早く帰ってきたんだけど、あれ?リビングで静かにしてると思ってたけど。

「寝てるのかな。どれどれ。」

寝室のドアを開ける。オトーサンとおねえちゃんが、仲良く寝ていた。少しは落ち着いたのかな?

「...あ、おかえりなさい。ごめんなさいね。」

ベッドから出てくると、おねえちゃんは裸だった。

「それはいいんだけど、なんで裸?」

「この人を温めてた?抱きしめてると、落ち着くみたい。」

「う~ん、あれをやってほしいときって、実は寂しかったのかも。」

「とりあえず、私はこの人に寄り添ってるから、あなたは、好きなものを食べてきてもいいし、そこは任せる。」

そう言われちゃうとなぁ。でも、二人も何も食べてないんだろうし、何か買ってくるか。

「じゃあ、3人分、食べ物買ってくるよ。何か食べないと、もたないよ。」

「ありがとう。それじゃ、ちょっとお願いするね。この人が起きたら、私も一緒に食べる。」

「うん、分かった。じゃ、ちょっと待っててね。」


「私に切り替えできるかしら。君と、あの娘の接し方。混ざってもしょうがないけど、あの娘にまた誤解させそうかな。」

それにしても、我ながら面白いことを話すんだなって思った。この体、君が本当に私に願っていたなら、私のコンプレックスも解消出来る。それに、性欲こそ歳のせいか増してるけど、こんな体でも、君は好きと言ってくれる。いつも、愛してるって言われてるのに、大好きと言われたほうが嬉しいなんて、私も本当にあの頃の感覚に戻ってきているのかも。

最初はあの娘が心配だった。そして君が育ての親だったから結婚した。けど、私は、今が一番、あなたが好き。好きという言葉がしっくりくる。すでに体の関係があるに、今なら手をつないで街中を歩くのも恥ずかしいかもしれない。でも、それがあの頃、本当に好きだった君と、今は両思いになれたことに、私自身も充足してる気がする。

私達、本当に25年前から、好きという熱量がお互いに足りなかったのかも。結婚して、ドギマギしながら、ようやくそれに気づけたんだって分かった。本当に嬉しい。

「だけど、この人がまた平穏を取り戻したとき、私の気持ちは、今の君に向けられるかな?」

今を生きているのは、43歳になった君と私。そんなピュアな感情になってしまった私を、君は受け止めてくれるのかな。

ああ、君があのとき思っていたのは、こういう不安だったんだ。色々なものから助けてほしかった。それを好きだった私にだけ打ち明けてくれた。一緒に、辛いことを乗り越えて欲しかったのよね。そんなの、15歳の少女じゃわからないわよ。

「可愛い顔しちゃって。」

私は役者ではないし、器用なほうでもないと思う。私はこれから、あなたの妻、君の恋人、あの娘の親、あの娘の姉、そして私自身をすべて背負う必要がある。ようやく、あなたが背負ってきたものを、半分、いや、もっとかもしれないけど、分けて、一緒に背負っていくことになるのだろう。でも、あなたは許しても、君が許さないだろうね。


「ただいま~。」

「おかえりなさい。食べて来なかったのね。」

「みんなでご飯食べたいじゃん。それに、オトーサンには、強引にでも食べてもらって、元気になってもらえないと、私が辛い。」

「そうね。あの人あっての家族って感じだしね。アンタも考えてるのね。」

「こうなってしまったのは、私のせいかもしれない。オトーサンは、いつも甘いから甘えちゃうけど、知らずに無理してるのかもしれないし。」

「普段、絶対にそういうところを見せないし、私達はあの人の考え方をすべて分かるわけじゃない。話してくれるようになると、すごく楽になるのにね。」

「今のおねえちゃんでも、それは出来ない?」

「出来れば、ここまで苦労しないわよね。でも、今日、見方が少し変わった。私達に救済を求めてたけど、そこにフタをしてたのよ。弱みを見せないようにね。」


「私達が助けることが出来るってこと?」

「う~ん、あの人が助けを求めるってことをしないじゃない。それを、私達が気付けるかどうかってことなのかも。」

「表情も読み取れないしね。ニコニコしてるだけで、辛そうに見えないからね。」

「そう。それがあの人の処世術。私は、それを見破れるほどの洞察力は持っていない。アンタのほうがそこは鋭いかもしれない。二人で分かればいいのよね。」

「...それでオトーサンが幸せなのかな。私には、私達を心配させないために、一人で背負うことを選んでるんじゃない。それで、オトーサンは幸せなんだよ。」

「そういうことか。助けて欲しいときでも、自分で背負うからこそ、喜びを得られる。確かに、そういうところはありそう。アンタ、本当に良く見てるわよね。」

「でも、今みたいになっちゃうと、助けを求めるんじゃなくて、自分からすべてを塞いじゃう。どこかでシグナルは出てたんだけど、気付かなかった私達のせいじゃない。それが本当のオトーサンが、本当にダメになっちゃう理由なんじゃない?私達が気づくのもいいけど、やっぱり言わせないと、根本的に解決出来ないよ。」

「あなたと一緒に暮らしていて、本当に良かった。私は、気付かない私が良くないと思ってたけど、あなたの言う通りよね。でも、無理強いは出来ないから、どこかで見逃さないようにしないといけないのよね。本人がもっと甘えてくれればいいのにね。」

「オトーサンは、本当に辛いときに、絶対に甘えてくれない。それが私達にバレないように、自分をコントロールして、今までは乗り切ってきた。まあ、発作は起こるから、そこである程度緩和されてるのかもしれないけど。」

「それでも、気づかないのは、やっぱり良くない。私は、もっとあの人を知らないといけない。あなたが娘なら、私は妻。必要以上に背負うつもりはないけど、あの人の背負ってきたものを、私も背負って生きたい。今の願いは、本当の意味で、あの人を支えること。私だけが出来ることなの。」

「...うん、でも、おねえちゃんも背負い過ぎだよ。私がいる間は、私も一緒に背負うよ。私なんだから、当たり前でしょ?」

「ありがとう。うん、あなたがいる間は、そうして支えていこう。彼は、私達が好きな人だもんね。」

あれ、おねえちゃんが、オトーサンを好きって言ってる。愛してるって言うのはよく聞くけど、好きって言ったの、初めて聞いた気がする。


「もう一つ、あなたに言っておこうって思ったことがあるの。」

「私に?なになに?」

「あなたに、宣戦布告しておこうって。」

「は?何言ってるの?いや、そもそもになんの宣戦布告?」

「彼のこと。私も、あの人が好きだって、ようやく気づいた。だから、宣戦布告。」

「いやいや、おねえちゃんは、もうオトーサンと結婚してるじゃない。愛してるって。」

「愛してるわよ。あなたのことも愛してる。でも、それは家族愛ってやつかな。昔の、彼と約束した時の気持ち、取り戻したのよ。」

「それって、私がこっちに来た時と、同じ気持ちになってるってこと?」

「そうなのかしら。聞くところ、あなたは彼にずっと好き好き言って、どうしたらいいかって困ってたって話。聞いてたわよ。」

「知ってたんだ。私、あの時は本当に少女だったから、そうしたら振り向いてくれると思ってた。その気持ちは汲んでくれて、私を導いてくれた。でも、一方的じゃダメなんだって気づいたころには、もうおねえちゃんがいたの。でも、やっぱり好きだから。彼の彼女は、絶対に私だと思ってる。」

「それよ。その気持ち、私も思い出したの。今日、あの人に付き添って、そして、私の体型が昔から全く変わらないのは、彼が、その時の私を思い出すためだったんだって、なんとなく思っちゃったのよ。変よね。でも今日の彼は、15歳のときの、私達に告白してきたときの、どこか期待と、不安と、救いを求める表情だった。私は、もう一度、彼と向き合うために、この体と、あのときの気持ちを合わせなきゃいけなかった。そして、思い出しちゃったのよね。あの頃、ずっと彼のこと考えてたんだなって。」

「そうだね。私も、こっちに来た時に、オトーサンにあった奇跡があって、また思い出した。どんな存在でもいいんだよ。私は彼のことが好き。」

「そう、どんな存在でもいいのよね。今の彼は、間違いなく病人。だけど、それでも彼のことが好き。だから、宣戦布告よ。」

「でもなぁ、恋のライバルって言うのは、良くわからない感覚。おねえちゃんは分かる感情?」

「う~ん、私も知らない感情ね。いうほど、相手を出し抜くとか、そういう気持ちはないのよね。言ってみたものの、負けを認めてあなたに託すってことをするわけでもないし。」

「例えば、私がオトーサンと子供を作ったとしたら?」

「嫉妬もそうだけど、あなたのことは見放すし、汚い女だと思うわよ。もちろん、彼の顔も、二度と見ない。失恋を許す年齢ではあるけど、モラルまで許せる年齢じゃないのよ。」

「そっか、少し安心した。女同士で揉めるって、ギスギスしてて、3人で暮らせるかなって思ってたけど、そこは心配なさそうだね。」

「それとね、これは私が気づいたことなんだけど、彼はヤマアラシのジレンマに近い状態で、唯一あなたにだけ、それを解いてる状態なの。私の当面の目標は、それを解くために、彼に近づいていく。膝枕とか、いいわね。」

「じゃあ、私は座椅子越しに、後ろから抱きついてみようかな。そういうの、絶対に慣れてないだろうしね。」

「あははは、やっぱり、私なんだよね。結局、私達って、知っているようで、あの人のことを知らないし、すべて好きと言っても、本当にすべてを好きになれるかわからないよね。」

「オトーサンの嫌なところか。もっと、私達に色々求めても、嫌がらないのにね。そういう遠慮するところが、あまり好きじゃないかな。」

「一人で生きてきて、そこからあっという間に娘と恋人が出来て、妻と彼女が出来て、そして、今は、あの頃のように、私達に助けを求めてる。なら、手を差し伸べて、一緒に支えていくことが、私達の今の役目かな。元に戻ったら、しばらくは私達に好きと言われる生活ね。でも、彼は何も知らない。」

「ひょうひょうと生きてるからいいんじゃない。それに、キッカケはなんでもいいじゃん、それが恋ってもんじゃない?」

「え、私、もしかして、彼のこと、もう一回好きになっちゃったってこと?今の彼に恋してるってことなのかな。」

「私はおねえちゃんじゃないからわからない。けど、今日がキッカケだとしたら、いろんな思いが、おねえちゃんにオトーサンを好きにさせる何かあったんだよ。」

「それが、私自身のことだったのね。灯台下暗しとは言うけど、あの人の妻だったのに、急に恋人になりたいって言うのも、なんか恥ずかしいわ。」

「いくつになっても、好きになる時は一瞬じゃない。まあ、おねえちゃんがそれを言っても、説得力がなさすぎるというか。」

「どうせ年増の小娘ぐらいに思ってるんでしょ?まったく。」

私は、おねえちゃんの体の秘密を知っているけど、それは本当に仕組まれたことで、オトーサンの伴侶になるためにそうなったとしても、おかしいことではないのかも。

オトーサンが好きだった頃の体を持って、さらにその時の気持ちまで戻ってきたら、私の入る隙間なんて、本当にないんじゃないかと思った。オトーサンは、私を恋人と呼んでくれる。でも、それもおねえちゃんに呼ぶ時がくる。私も、もうパパっ子は卒業しなきゃいけないのかな。パパじゃないや、彼氏だ。

「ねぇ、私、まだ、オトーサンに恋してて、いいんだよね。」

「さっきあなたが言ったじゃない。好きになるのは、一瞬だって。それに、あなたは今でも彼の恋人の立場。だけど、恋人になるのは私で、あなたは娘になる。あなたには辛い思いをさせるかもしれないし、私もそれを望んでたわけじゃないけど、自分の気持ちに気づいた以上は、やっぱり恋のライバルってことになるわね。」

「う~ん、オトーサンが体目当てだったら、断然私なんだけどなぁ。オトーサンは性欲も偏ってる感じあるからね。」

「言えてるわ。毎回思うけど、裸で抱き合って、ただ寝るだけなんて、普通はそういうことをするためだと思うものね。だけど、本当に寝るだけ。私も性欲があるから、もう少し相手をして欲しいって思っちゃうのよね。だから、体のこと、悩んでたんだけどね。」

「私はおねえちゃんの体、すごく羨ましいよ。だけど、今日の話を聞いてたら、昔の私と同じ体だったってことだよね。私、初体験の時って、おねえちゃんみたいにキレイな体つきだったのかな。そう思うと、恥ずかしくなってくるな。」

「ま、いいじゃない。今のあなたのほうが魅力的よ。女の私が言うんだから、間違いないわ。自信を持っていいわ。」



ガラガラと扉を開ける。

「さすがに、お腹が減りました。何か食べさせてください。」

「大丈夫?少しは落ち着いた?」

「うん、震えは収まった。けど、やっぱり怖い。でも、怖くても、お腹は空くんだね。」

「ちゃんとお弁当買ってきてるし、三人で食べよう。そして、三人でどうでもいいこと、話そう。」

「...ちゃんと相手出来るかな。ずっと黙ってたら、ごめんね。」

「そういう気遣いはいいわよ。ただ、黙って頷くだけ。それも立派な会話よ。今の君は、自分から話すだけの勇気を蓄える時間。話せるようになったら、色々話そう。」

「君...?あれ、あなたって、僕のこと、君って呼ぶんだね。今朝まで、あなただったと思ったんだけど。」

「心境の変化よ。それに、今の君は、君って呼ばれるほうが、しっくりくる。そういう顔をしてるんだよ。」

「オトーサンのこと、好きなんだよ。別に呼ばれ方が変わって、なにか変わるわけじゃないんだから、気にしないでおこう。ね、おねえちゃん。」


こうして、私には、すでに結婚している本妻が、恋のライバルになってしまった。

想い出の私と、今の私、君はどっちが好きなんだろうね。いや、どっちも私だし、きっと両方とも好きだって言ってくれるよね。



読んでくれてありがとうございます。また今度ね。

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