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Life 86-0.1 There's nothing scarier than your own fear すべてが怖い

その日は、休日なのに、ベッドから出ようと思わない日だった。

もちろん二人からすれば、どうせ遅くまで寝てるだけに思われていると思うんだけど、ベッドから出ることすら嫌だった。

多分だけど、なにか気が滅入ってしまったのだと思う。自覚はないけど、そういうことは、今までだってたくさんあったのだから、今回もそんなものだろうと思っていた。


「あなた、お昼ご飯出来てるけど、食べる?」

「ごめん。なんか、ベッドから出られる気分じゃないんだ。悪いけど、夜食べるよ。」

「そう。あんまり、無理しないで起きてくれればいいから。辛かったら、言ってね。」

「ありがとう。心配掛けてごめんね。」


しかし、どうしたものか、時間が解決してくれると思っていたけど、どうも悪い方へ思考が行ってしまう。

不思議な感じだった。体調は悪くないけど、起き上がるだけの勇気が出なかった。起きてもいいことがないと感じてしまう。どうしてなのだろうか。


しばらくベッドで寝ていた。でも、気分が晴れるわけではなく、どんどん悪化する一方だった。

僕には家族がいるけど、その存在を忘れそうになるぐらい、消えたくなっていた。久々に、死にたいと思っていた。

発作でもない、別の衝動。自分がなぜ生まれ、なぜ死ぬのか。そんな哲学的なことを、恐怖として捉えている、僕の本質的な生き物の性みたいなものだ。

そばには、彼女がいる。ただ、僕は彼女に声を掛けるだけで、解決できる問題であるとも思えなかった。

次第に脂汗が出てきた。もうすぐ冬にもなろうという時期。しかし、脂汗とは対象的に、体の震えが収まらない。極度の緊張状態に近い。でも、起きることが出来ない。


「あなた、大丈夫?」

「......」

「えっ、ちょっと、なんでこんなに汗をかいてるの?しかも震えてる。どうしたの?」

「怖いんだ。」

「怖い?悪い夢でも見た?」

「わからないけど、起きた時から、ずっと怖いんだ。僕は本当に生きているのか、わからないんだ。」

彼女はベッドに座り、僕の頭を撫でながら、

「あなたに今起こってること、言わなくていい。安心して。私がそばにいてあげる。今日が無理でも、明日も休み。それでもダメなら、私も付き添うから、一緒に精神科に行こう。」

「ごめん。怖い。わからないけど、怖い。」

「うん、怖い時は、ただ時間が過ぎるのを待つしかない。でも、あなたは出来る子よ。怖い時から、きっと起き上がれる。」

「そばにいて。僕を助けて。僕を守って。」

「うん、わかったわ。今日は、私があなたを助けて、あなたを守ってあげる。でも、添い寝してあげられるのは、夜になってから。夜になったら、あなたを包んであげる。」

「......。」

「無理して話さなくていいよ。きっと、あなたも疲れて、不安になってるのよ。私には寄り添うことしか出来ないけど、あなた自身で、立ち直って。」



私は今日はバイトの日だった。いつものように、家に帰ってきた。

「ただいま~。」

あれ?返事がない?いや、リビングで寝てるのかな?

「ただいま。あれ?誰もいない?」

となると、寝室か。真っ昼間から、お盛んですこと。中年カップルめ。

寝室の扉を静かに開けた。

「ただいま。」

「あ、おかえりなさい。」

ベッドに座って、ずっとオトーサンの頭を撫でながら、おねえちゃんの返事があった。

「オトーサン、どうしたの?」

「今は聞かないであげて。この人は、今自分の気持ちに潰されてるの。時間が解決するのを待つしかない。だから、ごめん。夕飯は、なにか食べてきて。」

「おねえちゃんはどうするの?」

「私は、この人のそばを離れられない。多分、私が離れてしまったら、この人は危険な行動に移ってしまう。それぐらい、心が疲れてるみたいなの。」

「わかった。じゃあ、おねえちゃんにはなにかお弁当でも買ってくるね。」

「ありがとう。あなたも疲れてるのに、ごめんなさいね。」

「しょうがないよ。オトーサンが元気にならなきゃ、私達も辛いし。」

そうして、私はまた駅前のガストに行くことにした。幸い、ecuteの中にはお弁当屋もあるしね。



「僕はもうダメかもしれない。なんで、こんなに怯えてるかすらわからないんだ。」

「怖いのは私も一緒よ。ただ、あなたは今まで、死に近い体験をしてきてるし、心も壊れてる。私は、そばにいるだけしか出来ない。それに、まだ人生は長い。あなたが一日ぐらい怯える日があってもいいわ。でも、一時の衝動で、死を選ぶことだけは、私が絶対に許さない。私が生きているのは、あなたと、あの娘と生きるためということを、もう一度知って欲しいの。今のあなたには重い言葉だけど、あなた自身で立ち直るしかないわ。私がそばにいることを、心強く思ってくれるなら、大丈夫よ。」

「うん、ごめんなさい。けど、僕はもうダメなんだよ。自分の愛する人に心配を掛けて、それしか出来ない自分に失望してる。」

「いいじゃない。失望しても、あなたは生きている。生き恥っていうとおかしいかもしれないけど、生きていることは何事にも勝るわ。恥ずかしいことじゃない。だけど、今日一日ぐらい、ウジウジしててもいいのよ。それが、生きていくということよ。私も、よくわからないけど、毎日生きてるから大丈夫。」

「ごめん、じゃあ、今日はこのままにさせて。」

「どうせなら、添い寝でもしてあげようか?」

「今の僕には、たぶん超えなきゃいけないことなんだ。だから、もう少し一人で考えさせて。」

「あら、残念ね。私の柔肌で、あなたを癒やしてあげようと思ったのに。」

「うん、でも、そばにいてくれる?」

「本当に可愛い人。あなたが悩む姿を、私が見届けてあげる。だから、答えはあなたが見つけてね。」



何時間経ったんだろう。僕は、相変わらずベッドで寝ていた。

僕の頭に手を置きながら、彼女がずっと付き添っていたみたい。彼女も寝ていたようだ。

「あら、起きた?」

「うん、ごめん。起きられた。迷惑ばかり掛けてごめん。」

「いいのよ。さっきも言ったじゃない。あなたが1日悩んだことは、無駄じゃないもの。」

「自分勝手でごめん。」

「気にする必要はないわよ。それに、久々にあなたの可愛い寝顔が見られたし、こういう休日もいいわ。」

「可愛い...?」

「可愛いわよ。私と、あの娘にしか見せない顔だから、より可愛く見える。」

「う~ん、僕、男なんだけどなぁ。」

「男の人でも、可愛い寝顔なのは間違いないわ。もっとも、私達だけかもね。」

「せっかくの1日、ダメにしちゃったね。」

「あなたには必要な時間だったのよ。悩みのないあなたは、もうあなたじゃないと思うの。でも、あなたはその苦しみを背負って生きるしかない。人間は不自由な生き物よね。」

「うん...。」

「いいわよ。一日ぐらいでくよくよしちゃダメ。ただでさえ、あなたは気分が落ちる人なんだから、もっとポーカーフェイスでボーッとしてればいいのよ。」

「...軽くバカにされた気分。」

「でも、それぐらいの気分でいられるほうが、気疲れしないわよ。大丈夫。これからも、私があなたを支える。一緒に老いていくんでしょ?」

「うん、ごめんなさい。」

僕は、どうしてか泣いてしまった。僕にとって、彼女に一番言って欲しい言葉を言ってくれたから、きっと安心したんだと思う。

「そうそう、泣きたいときは、気が済むまで泣くといいわよ。最後まで、そばにいてあげる。」



「ただいま~。」

流石にファミレスでドリンクバーを延々とのみつつ、スマホをいじるのにも無理があって、お弁当を2人分買って帰ってきた。

「あれ、まだいない。寝室か。」

そして、リビングを抜けて、そーっと寝室の扉を開ける。

「ただいま~。」

「おかえりなさい。あ、夕飯、ありがとね。」

「オトーサンは?」

「泣きつかれて眠ったわ。ここ最近で、なにか自身に死を感じることがあったみたいね。私達は、そっと見守ることしか出来ないから、しょうがないかな。」

「じゃあ、おねえちゃんだけでも、夕飯食べれば。流石にお腹すいたでしょ?」

「ベッドに座って、弱ってる子供を慰めてるだけだけだったから、そうでもない。昼食も食べてるしね。」


「だけど、あの人、久々に重症だったわ。昨日は特に変わった様子はなかったのに、こんなに気分が落ちるものなのね。」

「二人で暮らしてた時、3ヶ月に一回ぐらい、発作とは別に、どうしても起きられないって言って、布団から出てこなかったこともあったよ。」

「一種の保護回路みたいなものなのかしらね。いずれにしても、感情の起伏がほとんどないから、それに気づくのも難しい。妻失格かしらね。」

「本当はしょうがないで済ませちゃいけないんだろうけど、オトーサンの場合は、兆候もないし、あるいは体調とか、天気とかに紐づくものなのかもね。」

「厄介だけど、それもあの人の魅力と感じるべきか。悪かったわね、何時間もファミレスで粘らせちゃって。」

「気にしなくていいよ。それに、たまには一人でいるのも悪くないかな。私も少しずつ変わったのかも。」

「本当に、大人になったんだから。ここ半年で、あなたは変わったわ。私が心配する必要がないぐらい、あなたは一人でも十分やっていける。」

「そうなのかなぁ。でも、まだしばらくは、二人といっしょにいるよ。いいでしょ?」

「はいはい。いいわよ。あなたがいたほうが、あの人にとってもいい環境よ。ま、問題は、あの人がちゃんと子離れ出来るかって。」


結局、オトーサンは、その日寝室から出てくることはなかった。

私達も同じベッドに入って寝るけど、なんか不思議な気分だった。でも、明日は起きて、きっといつものように細々とやってると思うと、なんか可愛いかも。




つづく...

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