Period Life? I'm embarrassed, but I'll always love you. 照れくさいけど、ずっと大好きだよ。
「...ちゃん?」
誰だろ、僕を起こす声がする。聞き覚えのある、だけど懐かしさも秘めた声だ。
「おじいちゃん?」
「ああ、君か。振り袖着て、成人式に行くんだっけ?」
「なんでそんなことも忘れてるの。おじいちゃんも楽しみにしてたじゃない。」
やはり年齢のせいだろう。物忘れが酷い。でも、記憶の糸を手繰り寄せる。
「そうだったね。いや、年齢には勝てないよ。朝早く起きてしまうし、こうやって午前中から昼寝だ。」
「なにそれ。だけど、まだまだ現役で働いてるんだから、しっかりしなきゃ駄目だぞ。」
「分かってるんだよ。だけど、今日は休みだし、まだまだ正月気分が抜けないな。」
「それより見てよ、私の振り袖。おばあちゃんに借りてもらったの。似合うでしょ?」
「なんか、懐かしさを感じるよ。君のお母さんは、自然と20歳になってたし、おばあちゃんはその頃大学でどん底の人生だった。成人式なんて、誰も出てなかったんだよ。」
「可愛い?」
「可愛いね。まだまだ、元気が有り余ってるって感じだ。ま、あとは君が悪い男に捕まらないといいんだが。」
「何?今の彼氏じゃ駄目ってこと?」
「彼氏がいるんだ。そうか。だいぶ大人だ。」
「お母さんの彼氏っておじいちゃんだったんでしょ?」
「あの娘の彼氏か。なんか、懐かしいよ。あの娘には苦労をさせた分、君のような立派な娘を育てたんだから。やっぱり、強かったんだね。」
そうか。僕もおじいちゃんと呼ばれてもう20年近いのに、なんか未だに慣れない。しかし、長かったような、短いような、やっぱり言われているようなものなのだな。
68歳になった僕。相変わらず、あの人と二人で隠居したかったけど、僕は未だに働いている。彼女も嘱託社員として、定年まで働いた会社で働いている。
元気で何よりと言うが、生涯現役になってしまったこの国は、安らかな死すら許してくれない。まあ、それが生きがいになるのも皮肉なものだ。
「あなた、起きた?」
「うん、起きた。可愛い孫に起こされたよ。やっぱりもう一人の君の娘だよ。同じ顔が3つあるんだから。」
「似てるかしらねぇ。でも、少なくとも私の血は引いてるみたいよね。」
「不思議なもんだ。いや、それにしても、昔、プロポーズした時みたいに、髪の毛だけはキレイな銀髪になったまま、君は歳を取らないね。」
「それって皮肉?私も68歳なんですけど。まあ、今でも10キロのランニング出来てるしね。」
「タイムが落ちないんだから、大したもんだよ。羨ましいし、僕はもともとそれほど体が強くない。だから余計にそう思うのかもね。」
「あなたの願った通りの結末よ。未だに肌は20代前半らしいしね。本当に歳を取らない体なものね。」
「ははは、まあ、長生きしてみるものだよ。君がずっと変わらないのを見てるだけで、僕は嬉しい。」
「オトーサン、おねえちゃん、一緒に行く?」
「いやあ、孫の晴れ姿というけど、僕の目の前で振り袖姿を見られただけで、僕は十分。」
「おねえちゃんは行きたいって顔してるけど?」
「この人に付き添うわよ。一人じゃ、何をやってるかわからない人だから。」
娘、そう、娘とは言ってるけど、僕の伴侶と同じ人間。今はどういうわけかグローバルなIT会社の共同経営者として、忙しくしている。
今の時代でも、グローバルローミングだけでは足りない国が多く、そういった人たちに、MVNOサービスを提供する会社を起業した。発案は僕だったんだけど、それを面白いと、当時日本に来ていた留学生が、務めていた世界的な携帯キャリア会社から独立して、各国にいる友人達から出資を募り、そこに娘も出資し、共同経営者となった。親の構想したプランを彼女の友人向けに資料提案していなければ、今の会社はなかったかもしれない。そして、あの頃のコンビニバイトの留学生は、さすがにあの時代に留学していたこともあって、細いながらもコネクションを持っていて、そこをかろうじて繋いでいったら、各国のキャリアとも交渉が出来てしまった。衰退しているとは言え、日本という国は、まだまだ世界では信用を得ることが出来た。そして、そこを切り盛りするにも、現地スタッフは良くて3人程度。いわゆるプリペイドSIM方式にして、販路はAmazonと、現地の空港の免税店だけに絞った。今は、物理SIMの存在しない時代。だから、QRコードを読み込んで、端末に登録すれば、誰でもその国のキャリアネットワークが使えるようになる。だから、実は一番の悩みは、そういうリテラシーを持たない日本人の対応らしい。かつては独自技術で世界の最先端を進んでいた携帯ネットワークを持つ国の、スマートフォンに対する知識の低さは、各国のスタッフも苦笑いするしかないらしい。
日本は、表向きには認めてないものの、もう世界の難民を受け入れ、更にビジネス街だった東京都心であっても、最近は超高層ビルやタワーマンションから、大正や昭和をモチーフとした、レトロと言えばいいのだろうか、そんな建物が出来ている。
過疎化は進み、東京一極集中とは言われているが、それもピークは過ぎた。富裕層は海外に住居を移し、今の日本は、もう外国人との共存、そしてかつては貿易で得ていた外貨を、観光で得るようになっていた。物価は一時からすれば落ち着いたけど、所得は50年以上上がることがない。つまり、僕らが新卒の時から、収入は上がっていないことになる。そういうわけで、あの娘の友人達が留学していた国は、今やこちらの国から留学するような時代。学資ローンによる破産も聞くし、細々と暮らしていくしかないのが、今の日本だ。
彼女は、僕とこの人の思った以上に、斜め上の生き方をしている。本当に、あのコンビニのバイトで培った各国からの留学生を通じて、今の会社の骨格を生み出したというのも面白い。あのコンビニバイトが、漫画家で言うトキワ荘みたいな感じで、あそこで働いてたバイトたちは、年月を経てその会社を共同経営しているのだから、驚きだ。
アジア圏だけではなく、イングランドやドイツ、スペインなどの欧州圏にも支部がある。ドイツ支部の代表が、彼女の旦那になった。最初に就職したグローバル企業で知り合ったようだ。今後は北米や南米などでもサービス展開を考えているらしいが、そこに至る人脈づくりが難しいようで、南米ではもうまもなくサービスイン出来そうだが、北米は事実上展開は不可能ではないかと、日本支部のアメリカ人スタッフは言っている。さすが、お国柄が出るようだ。
ちなみに、日本のオフィス、本社は偶然空いていた、そのコンビニの上階にこじんまりとしている。彼女が子育て出来たのも、最初に努めていた会社の育休や、テレワークによる支援を受けた人間だったからこそ。移動時間や労働時間の壁を超えたいという願いもあるらしい。したがって、彼女が定期的にしているのは、グリニッジ基準の午前10時からのミーティングだけで、日本の業務は、全て彼女と、そのアメリカ人スタッフがやっている。バイリンガルであるが、わからない国の人には、その国の言葉のわかるスタッフが、別の国の支部を経由して対応している。分刻みのスケジュールとは良く言ったものだが、それでも彼女は一人娘と上手いこと仕事と家庭を両立させている。
娘は、あの頃の時代に来た僕の年齢を超え、もう48歳になった。さすがにおばさんと呼ばれる年齢だ。しかし、銀髪なだけで、18歳の見た目である奥様の、本来変わっていくであろう歳の取り方をしている。ただ、48歳とは言え、親心がそうさせてしまうのか、やはり無邪気で警戒心のないところは治っていないし、それを奥様とそっくりだけど、瞳の色が青く、さらに色白になった孫にも指摘されている。この娘が海外に行くときには、現地スタッフと行動してることが多いけど、良く海外で強姦されなかったものだと思ってしまう。
「なぁに、オトーサン。またおねえちゃんを困らせてるんでしょ?」
「...そうかもしれないね。僕だけが、時代に取り残されている気分なんだ。でも、毎日自分の孫が様子を見に来てくれて、それが君がいたときの暮らしを思い出してね。」
「そんなことないじゃない。私の旦那がデュッセルドルフにいるだけで、いつも4人でわちゃわちゃしてるでしょ?」
「そうかな。君は、半分仕事みたいな感じ。そういう生き方もいいと思うけど、昔みたいに定例会をやってた頃も良かったなって。」
「あれ?今はやってないの?」
「いや、二人でなんか話してる。やっぱり人間というのは、歳を取るごとに、悲観的になりやすい生き物なのかもしれない。」
「心配し過ぎなんだよ。君は。おねえちゃんがなんかおかしいだけで、君はいい歳のとり方してるじゃない。それでいいんだと思うよ。」
「衰えを感じるよ。年寄りになると、昔話が好きになる。説教臭くなってるだろ。」
「君が説教臭いのは昔からだよ。でも、理解できるまで説明してくれたし、私の会社にも少し関わってくれたじゃない。それだけで、私は感謝してる。」
「そうか。それにしても、小さいとはいえ、グローバル企業の共同経営者の一人か。君と再会してから、20年で本当に大きくなったね。」
「オトーサンには感謝してる。血の繋がりもないし、戸籍上の繋がりもない。でも、私達には、一緒に暮らしてきたって事実があるもんね。」
「ああ、家族だったね。誰よりも家族として、暮らしてきたつもりだよ。あの人は戻る場所、君とは、やっぱり親子であって、僕を引っ張る恋人だったのかな。」
「おねえちゃんは伴侶でしょ。だから、やっぱり君の恋人は、私だったんだよ。今もそう思ってる。大好きだし。」
「その発言は、旦那さんに誤ったほうがいい。彼は日本人かと思うぐらいに礼儀を重んじるから、君がそう言ったと伝えると、本気で落ち込んでしまうよ。」
「あ~、まあ、そうなんだよなぁ。娘の成人式、写真でいいって言ってたけど、絶対に立ち会いたかったと思う。」
「でも、彼は僕よりずっと人間が出来ている。彼と結婚して、孫を生んでくれて、こうやって成人式を見られるだけで、君には感謝しかないね。」
「アンタ、そろそろ式に遅れるんじゃない。あの子を連れて、早く行ってきなさい。ほら、あなたも、一緒に見送りましょう。」
「忙しないな。君達にはかなわないよ。僕も残り少ない人生かもしれないけど、君たちのこと、照れくさいけど、ずっと大好きだよ。」
「オトーサン。そういうセンチな気分じゃないでしょ?ウチの娘の晴れ舞台なんだから。本当に、変だけど、私は大好きだよ。」
「まったく、こういうところが、この人の変なところよね。だから、ずっと不思議な魅力があるのよね。私も好きよ。」
「私もおじいちゃんのこと、好きだよ。好きじゃなきゃ、毎日会いに来ないよ。これからも、ずっと好きだから。毎日楽しく暮らそう。」
さてと、僕の人生はまだまだ続くわけだけど、ややこしいけど、娘も、孫も、まだまだ愛して行ける。
それが僕の幸せの形。言葉にすると、やっぱり照れくさい。だけど、このまま、ずっと大好きなままで、残りの人生も楽しむよ。
...って、この話はなんだろう。
ずいぶんとディティールの高い夢だった。なぜ、こんなに鮮明に焼き付いているのか、それがわからなかった。
これから起こる予兆。それとも単なる妄想。まあ、これが、僕の望む未来なのかもしれない。
なんとなく、そんな夢を見たことを、二人に話してみた。
「へぇ~、私って、ドイツ人と結婚して、娘がいるんだ。」
「変にディティールの高い夢よね。私は面白いと思う。」
「あ、良かった。共感してくれる人がいる。」
「私も、この娘ってそういう生き方をしそうな予感はする。誰でもない、もう一人の私だもの。しかも、私より出来た娘なんだから。」
「そんなに期待されてもなぁ...。でも、期待には応えないとね。」
「気負うことはないし、僕が勝手に見た夢の君だから。でも、照れくさいけど、ずっと大好きなのは、本当だよ。」
「うんうん、私も大好き。やっぱり、私の恋人は、君だけだよ。」
「ねぇ、私にも言ってよ。おばさんだけど、そういうところは負けたくないの。」
「あなたも、ずっと大好きです。これからも、添い遂げてください。お願いします。」
「もちろん。好きじゃないと、あなたとは添い遂げられないわよ。こちらこそ、よろしくお願いします。」
こうして、今日も普通の一日が続いていく。続いていくといいね。
つづく...。