Life 83 I am now who I have been in the past. そして僕は真実を(渋々)伝えた。
季節はあっという間に11月。酔っ払う奥様と、連れ添いの僕らが食べるだけ食べた、誕生日のオクトーバーフェスも、もう1ヶ月前になるのか。
「あら、あなただけで出かけるなんて、珍しい。」
「そう言われると、なんか出掛けるのをやめようかな。」
「いやいや、行ってきていいわよ。私が留守番してるから。」
ちなみに、娘は、友人と遊びに行ってしまった。僕は親だから、ちょっと寂しい気がする。流石に22歳にもなって、ベタベタするのもおかしいのか。
「んじゃ、ちょっと行ってこようかな。」
「一応どこに行くのか、教えて。帰りに色々頼むかもしれないし。」
「うん、今日は、ちょっと東京駅まで。」
「えっ、東京駅?あなたが秋葉原より遠くまで行くって本当に珍しい。」
「まあ、そんなもんだよ。それに2駅だけでしょ。人に会うんだ。」
「それも珍しいわね。普段つるんでる人じゃないでしょ?」
「僕も5年ぶりに会うのかな。僕にとって、東京でお世話になった人。足掛け15年か。」
「友人とかではないわね。もしかして、昔いた会社の人?」
「そうそう。流石に、世の中が色々変わってきてるし、そろそろ会おうって。」
「そうね。それなら、会うのも分かる。あ、じゃあ、もしかして夕飯も食べる?」
「どうだろうなぁ。もしかすると、そうなるかもね。」
「仕方ない。私は一人でデリバリーでも頼むわ。あの娘に夕飯を頼むと、ねぇ。」
「言わんとしてることは分かるよ。運動してるとは言え、それで、あの体形なのが若さだよね。」
「私も内臓は流石に衰えてきたのかもね。揚げ物が多いと、厳しいわよ。」
「なんか、嬉しい。僕だけが胃腸が弱いのかと思ってたけど、あなたもそうなってた。」
「それを喜ぶな。でも、私は好きなものを食べるから。」
「それが本当はいいんだよね。僕は、それが出来ない。臆病なんだよ。」
「臆病でも慎重でもいいじゃない。あなたは、きちんと私達のストッパーになってる。」
「そこを褒められるとは思わなかった。話が尽きなそうだから、僕もそろそろ出るね。」
「行ってらっしゃい。楽しんできて。」
「ありがとう。行ってきます。」
普段、東京駅に行くことはほぼない。昔は、あまり良くないけど、GRANSTAでご飯を食べるなんてこともやってた。でも、お金を出して行くほど、食べたいものもない。
不思議なもので、僕は美味しいものを食べることはしたいけど、お金の問題があって、食べないでウィンドウ越しにメニューを見ることのほうが多かった。
好き嫌いも激しいけど、毎日食べるものは飽きないようにする。豪華じゃないにしても、その生活が染み付いたから、食に無頓着になる。結果として、それが、あの娘のとんかつ好きに結びついてる気もする。さすがに、毎日食べるには辛い食べ物だけど、僕が3食カレーでも文句を言わない性格が、どこかで伝染してしまったのだろう。
「久しぶり。元気にやってた?」
「それなりに。それにしても、お変わりないですね。さすがというか。」
この人は、僕が長く努めていた会社で、経理をやっていた人。僕の親に近い年齢で、僕の中では、東京に出てきて、母親のような存在だった。
今もそうだけど、僕は生きることに、希薄で、どこか危うさみたいなものがある。性格の問題なのかもしれないけど、それを叱咤激励してくれた存在。
今でもAmazonのプライムデーで、ちょっと安くなったギフトビールを年2回送っている。代わりに僕もバレンタインチョコをもらったりする、そういう関係。
この5年ぐらいは、社会情勢等で、会わないようにしていた。実際には、両方とも忙しくて、なんとなく年末だったり、お盆の時期だったりに会って話をするべきだったんだけど、それは出来ないから、電話で近況報告をしていた。不思議なもので、双方ともそれで十分という感じもあったけど、やっぱり会って話をすることは、重要だなと思う。
「それにしても、結婚して、連れ子がいるって聞いたときには、心臓が飛び出るかと思った。」
「珍しいことですか?まあ、珍しいことなのかもしれないですね。」
「珍しいわよ。あなたに子供が出来るなんて、想像出来なかった。」
「成り行き上、親になっただけで、僕自体が変わってるわけじゃないですから。それに、今となっては、二十歳を過ぎた娘にベタベタされるのは、なんか変な感じがします。」
「ひとまず、どこかに入りましょうか。そこで話を聞いてからでも、遅くはないし。」
「あ、これって夕飯込ですか。そうだったら、家族に連絡しないといけないので。」
「面白い。あなたから、そんな言葉を聞くとは思ってなかった。本当に、結婚したんだって肌で感じたわ。」
「それも成り行きです。じゃあ、連絡だけしておきますね。」
早速、スタバに入って話をすることにした。お互い、声が大きいほうなので、こういう場所のほうがいい。
「それで、どうなの?結婚した感想は?」
「どうでしょうね。僕は性格上、あんまり頭が上がらないことが多いです。でも、二人とも、僕の気持ちはちゃんと汲んでくれる。だから、案外生活出来てますね。」
「あれだけ独り身で色々考えてた時期に比べれば、今のほうが楽しそうよね。」
「そう見えるんですか?僕も、結婚出来なければ、今頃は死んでた可能性もありますし。」
「ちょっと、縁起でもないことを言わないでよ。」
「事実ですよ。ほら、僕が死にそうになった時を知ってるじゃないですか。それを考える暇すらなくなっただけ、まだ生きてる感じはしますよね。」
「頼れる人が出来て、親にもなって、考え方も変わったんじゃない?」
「今までは、特にそういうことを思うことはなかったですけど、二人と暮らしてて、話し相手が出来たことが大きいんだと思います。本当に些細なことでも、話が出来る環境。一人だと、それは独り言で終わってしまいますから。変に悩んだり、くよくよしたりしなくなっただけ、儲け物です。」
「前向きになれたのね。それはいいことだけど、やっぱり薬は今も使ってるの?」
「それで緩和されるほどではないです。気の持ちようで変わるほど、僕は軽い状態ではないみたいです。」
「じゃあ相変わらず、病院には通院してるのね。」
「僕も正直なところ、これは一生付き合わないとダメなものだと思っています。まあ、発作の回数は減りましたけど、それでも自身で変わったとは思えないですね。」
「それで、家族には話してるの?」
「もちろん、それは話しています。ただ、最初は不眠症って説明してたんですけど、僕が発作で気を失ったことがあって、それで躁うつ病がバレました。でも、うすうすウチの奥様は分かってたみたいですね。理解してくれるのは嬉しいんですけど、なかなか、その辺は起こってからじゃないとわからないというか。」
「ダメなところは知ってもらってたほうが幸せになれるんじゃない。隠してても、あなたには隠し通せないわよ。」
「あ、やっぱりそう思うんですね。僕も、奥様もそうなんですけど、割と完璧主義なところがあって、二人揃って落ち込むときがあるんです。娘が明るいんで、そこに励まされることはあります。本当の娘じゃないにせよ、僕をちゃんと親として立ててくれてるだけでも、救われてる感じがします。」
「本当に出来た娘さんじゃない。なんでシンママやってたの?」
「あ~、もういいか。実は、娘は5年前から僕が育ててたんですよ。で、僕の奥様は、その親戚で、中学の同級生なんですよ。」
「なんか面白い話ね、聞かせて聞かせて。」
「娘と呼んでいる子は、ちょっとした事情で、僕が預かってたんです。同居というか、まあ、不自由を掛けたんですね。そこで、奥様がそれを知って、僕と結婚して家族ごっこをやろうって言ったんです。それが、彼女にとって運命だったらしいです、僕も、家族が増えるのは賛成でしたし、嬉しかった。で、今、僕と奥様は、今更ドギマギしてるんですよ。」
「不思議な関係ね。あり得る?そんな話。」
「現にありえちゃってるんですよね。だけど、2つ問題があって、一つは、娘が僕を異性として見てるところ。それと奥様とは、二人で家族から恋人になってしまってること。娘と奥様で、僕の取り合いをしてるんですよね。」
「モテモテね。あんまり、こんなにモテたことはないって?」
「僕のどこがいいのかが理解できないですけど、二人はライバルらしいですから、いろいろ家族で笑ったりしてます。」
「あれ、ということは、娘さんは、養子でもないの?」
「本人がそれを望んでるなら、そうしようって言ってます。でも、僕らより、あの娘は色々なことが出来る子供だと思っているので。」
「色々大変よね。あ、顔見せてよ。可愛い人なんでしょ?」
「はい、じゃあ、いつも見せてるやつですね。これですけど。」
娘と奥様が大学の入学式に行ったときの写真を見せた。
「ふたりとも、まったく同じ顔。いい間違えたりしないの?」
「今は娘がセミロングになってます。しかし、奥様は最近驚く事実がありまして、あの人、18歳からスリーサイズどころか身長も伸びてない。やけ酒しても、ケーキのどか食いをしても、まったく体形が変わらない。すごくずるいですよね。」
「こう、あなたの周りって、斜め上になる出来事が多いわよね。」
「なんなんですかね。僕は静かに暮らしたいとは思いますけど、騒がしいのもありがたいです。ほら、結局追い詰められると、また自殺未遂とかしちゃうかもしれないですし。」
「...やっぱり誰にも言ってないんだ。」
「知らないことは知らないままでいいんです。電車に轢かれかけた時、そして僕が本当に自殺しようとした時、それを知ってるのはあなただけですよ。」
「死に切れる状態まで追い詰められたことが私はないから、下手に声もかけられなかったし。」
「冗談で富士の樹海で死ぬとか言ってたじゃないですか。僕のは、それを実際にやって、死に切れなかった。だから、今があると思ってます。」
「いいタイミングだったのよね、きっと。」
「めぐり合わせなんでしょうね。そこまで生きてたから、僕も世帯を持って、娘と三人で暮らしているんでしょうね。いつもですけど、僕は結果的に行き着く場所にしかいけないと思っていて、自分の意志で持って行った感じはほとんどないんです。だからこそ、もういっそ甘えちゃったほうがいいかなって。」
「思い切ったわね。でも、それぐらいしてもらわないと、生きられないってことよね。」
「奥様は、僕より稼いでますし、その分、僕が一番早く帰ってるから、家事をだいたいやってます。それぐらいしか対価がないのかなって。」
「出来るからなんとかなっちゃうって感じでしょ?」
「いや、なんというか、あの人達は、家事全般において、家族は衣類を洗濯機に入れて、乾いたものを畳むぐらいしか出来ないんですよ。適材適所とはいいますけど、部屋を丸く掃除する人が本当にいるんだと驚愕しましたし。」
「にわかに信じがたいけど、そんな人がいるのね。あなたの家族にしては、ちょっと頼りない?」
「娘を育てる前は思いもしてなかったですけど、自然と家族のためだったらそれぐらいやろうかなって思うんですね。毎日やらないから、いいんでしょうね。」
「そうなのね。まさかとは思うけど、料理とかも作ってるの?」
「まあ、限られてきますんで、スーパーでお惣菜を買うことのほうが多いです。でも、娘は不満みたいです。さすがに40過ぎで結婚した同士だと、変にお寿司とか、煮物とか、そういうものが多くて。でも、娘に頼むと、オリジン行ってとんかつとか買ってくるんで、それはそれで僕が無理ですよね。」
「若くないって思っちゃう?」
「だいぶ思いますよ。昔は何食べても問題なかったですけど、もう油っぽいものは完全にダメになりましたね。昔から油っぽいものはあまり好きじゃなかったけど、そうなるんだなって思いました。たまに、胃もたれ覚悟で食べてますけどね。」
「無理して食べるほどなの?そもそも、そんなに食にこだわりある方じゃなかったものね。」
「知ってるじゃないですか。僕が2ヶ月、ずっと富士そばだけ食べたとか、今考えると無頓着過ぎですよ。でも、今でも3日ぐらい連続ならカレーを食べてたりしますから、わからないものです。それで、娘が毎日とんかつ食べるようになったのかなって。」
「しかし、溺愛してるわよね。娘さんがいる生活で変化ばかりじゃないの。」
「自分ではそうしているつもりはないんです。ただ、色々甘いんでしょうね。奥様に言われるんですけど、僕のいいところは、その甘さだっていうんです。奥様も、娘には甘いですけど、僕はそれより甘いって言われるんですよね。まあ、僕は奥様にも甘いですけどね。」
「なんで自分の妻なのに、奥様って呼んでるの?すごく他人行儀というか。」
「立場が上なんですよ。僕や娘に毒は吐くし、娘が管理してないと、すぐにお酒を飲み始めるし、ダメなところはあるんですけど、責任感が強いですし、僕が惚れちゃうぐらいに好きにさせてもらってるんです。それに、家族の大黒柱なんで。」
「あれ、そんなに稼いでるの?奥様は。」
「僕の歳だと転職してなければ、勤続20年ですよ。氷河期世代で20年も勤続していれば、立派だと思います。それに、あの頃に募集して新卒取った会社だから、それなりに儲かってる会社なんですよ。僕のことを稼ぎ頭と思ってくれないだけでも、僕は気持ちが軽くなります。」
「責任感はあまりないけど、生活を支えるのが男の人になるのは、時代を感じるわ。」
「あれ、そう言えば一人暮らしとかしたことないんでしたっけ。でも、お子さんを育ててる時期はあったわけですよね。僕も、娘を一人で育ててる時は、どうしていいか毎日わからなかったです。わからないって言えばいいのかな。」
「私もその辺はわかるけど、ほら、言うと角が立つけど、その日暮らしじゃない。あなた。それで、よく子供を育てるって考え方が出来たなって。」
「単純に、趣味に使うお金を、あの娘に使ってあげただけです。でも、生活費は足りないですし、娘は大学に行きたいって言ってたので、その費用を稼ぐために、アルバイトをしてもらってたんです。まあ、今もですけどね。で、僕もそれ以外はすべて負担しなきゃと思って、結果として借金ですね。」
「無理してたのね。でも、お父さんとしては、そこは譲れなかったのよね。」
「結果として、それで僕の変なところが娘には伝染しちゃっただろうし、父親じゃなくて、男として見るようになってしまった。一応、釘は挿してるんです。君がどんなに僕を好いてくれても、君と結婚するとか、そういうのはもう出来ないって。それでも懐いて、好いてくれる。本当の娘じゃないから、そうなっちゃったって感じかな。」
「いいんじゃない。好いているから、娘さんも頑張って、大学なり、アルバイトなりやってると思うわよ。」
「だから不安なんです。あの娘は本当に聞き分けがいいから、僕らが心配しても、自分は大丈夫って言うんです。もちろん、甘えることはしてきますけど、弱音を聞いたことがない。親としては、心配なことは、言って欲しいですけど、それがあの娘には出来ないんでしょうね。僕みたいに、折れちゃうことは絶対に避けなきゃいけない。けど、そういうところが変に不器用と言うか、やっぱり僕に似てるんですよね。」
「あなたが無理して生活させてたことに引け目があるのかもね。色々言っちゃうと、頑張っちゃうのが分かってるのよ。無理させたくないんでしょうね。」
「優しいんですよ。僕は、色々付け込まれるんじゃないかって心配してますけど、あの娘は、色んな人に守られてて、あの娘が優しくすれば、周りも優しくなっていく。不思議な娘なんです。もっとワガママに生きてほしいんです。でも、それを言っちゃうと、あの娘は悩んでしまう。素直過ぎていい娘だから、僕たちはその先を悩んでいます。」
「普通の親なら素直に生きてるほうがいいと思うでしょ。やっぱり、溺愛してる。それが悪いとは言わないけど、若いうちに贅沢になるのも困りものよ。」
「贅沢させてあげたいですけど、それなら僕と暮らさないほうがよほどいいです。それに、奥様と二人で暮らしていけば、あの娘は幸せなはずなんですよ。でも、僕の言う事は聞くけど、奥様の言うことは半分ぐらいしか聞かない。そこでバチバチしてるんです。一応母子の関係で、バチバチしてるって家族としてどうなの?って思います。」
「あんまりこういうこと言うと、あなたはしっくり来ないかもしれないけど、あなたも娘さんのこと、好きよね。悩んでる内容が、彼氏の悩みよ。」
「あ、やっぱりそう思うんですね。僕が5年も預かって育てて、その5年前にもあの娘は好きと言って迫ってくるような娘だったんです。その度に、僕は言い聞かせてて、娘はそれで納得するんですけど、それでも僕へのアプローチはやめない。僕も甘いから、無下に断ることはしないけど、無理だからと話す。本人は、多分言い続けないと、不安になってしまうかもしれない。その考えがあるから、強く言えないんです。これだと、親でもないし、彼氏でもない。どうしたらいいのかわからないままです。」
「ただ、一緒にいたいだけじゃない。だけど、娘さんはずっと一緒に暮らしてたから、これからもそうしたいってことでしょ。男冥利に尽きるじゃないの。」
「やめてくださいよ。恥ずかしい。おじさんが、自分の半分しか生きてないような娘にいいようにされちゃってるのが情けないですよ。」
「ところで、それを奥さんはどう思ってるわけ?」
「どうって...。それを見たら、僕のことをからかってくるだけですよ。最近は、夫婦ごっこもやり始めましたし。」
「夫婦ごっこ?あなたたち、夫婦じゃないの。」
「ややこしい話なんですけど、最初は二人でちゃんとした育ての親になろうって。もちろん、お互い好き同士だけど、二人ともピンと来てなかったんですよ。で、一緒に暮らして、もうすぐ2年ぐらいになるんですけど、だんだんとお互いが分かってきて、惚れ直すというか、愛するようになったというか。」
「恥ずかしいことをさらっと言うわね。どんどん好きになっちゃったんだ。」
「こういうこともあるんだなって思いました。奥様だけど、なぜか恋人同士みたいになっちゃってるんです。で、それが落ち着いたら、僕のことをお父さんって呼ぶんです。そりゃ、娘からしたら父親ですけど、奥様がニコニコしながらお父さんなんて呼ばれると、僕も奥様のことをお母さんって言い返すんです。その後は、二人で苦笑いですよ。この年齢だけど、お互いに慣れないし、それを娘も知ってて、冷やかしてくるんです。それが、なんとも恥ずかしくて。」
「可愛いわね。昔はそんなことをするような人だと思わなかったけど、人間は環境で変わるものね。」
「いやいや、勘弁してくださいよ。僕も大概大人ですよ。」
「大人って言うほど、大人じゃないでしょ。私だってそれぐらい知ってるわよ。」
「そういう目で見てるからでしょ?40超えたおじさんなんですよ。いい加減、気持ち悪いって言うぐらいにしてくださいよ。」
「そういうところよ。あなた、全然昔と変わらない。まあ、変わってたらそれはそれで問題よね。」
「三つ子の魂百までとは言いますしね。しかし、そんなに変わってないですか?一応、子持ちなんだけどな。」
「同じよ。連れ子でも子供だけど、あなたの話を聞いてると、二股掛けて三人で暮らしてるようにしか聞こえないもの。」
「そういうことなんですよ。僕はそう思ってないけど、僕を好いてくれる二人の顔を曇らせたくないから、とりあえず生きてるって感じです。」
「それぐらい気楽に生きてないと、またあなたはダメになってしまう。言いたくないけど、薬まみれで笑わなくなったあなたには戻ってほしくない。どうせ、それも話をしてないんでしょ?」
「教える必要がないです。バックボーンにあることをすべて話す必要もないですし、過度に心配を掛けるのも良くない。ただですら、未だにうつ病を患っていることを隠してたんですから、そんなことを話したら、負担になっちゃいますよ。」
「でも、正直に話すことも、旦那として、親としての努めよ。それに、それぐらいで壊れそうな関係じゃないでしょ?帰ったら、話してみたらいいんじゃない?」
「そうしますよ。なかなか難しいですけど、理解してもらえると少し楽になれるんですかね。」
「さぁ、それはどうだろう。でも、あなたを見放さない奥さんでしょ?そのぐらいは、分かってくれるわよ。」
それから、なんとなくご飯を食べて、どうでもいい昔話をしてた。パワハラされてた時代の話。会社にいけばパワハラ、そしてその元凶がどうなっているのかを聞いてみた。
どうも、会社にはいないらしいが、相変わらず会社のお金を使っているらしい。名義貸しというか、個人経営というか、会社の体をなしていなかったのは、昔から変わらなかった。
別れ際、もう一度念を推された。
「いい、ちゃんと昔の話をして、今こうなってるってことを、ちゃんといいなさい。分かった?」
「逆らえないですもんね。分かりました。僕も腹をくくりますよ。」
「よし、また会いましょう。そのうち連絡するね。」
「連絡してこないじゃないですか。僕から、そのうち連絡しますよ。」
次に会うのはいつのことかな。昔は毎日会ってたというのが、にわかに信じられないよね。
それでも、僕には、母親に近い人だし、家族より親身に考えてくれる。僕の家族の関係と似ているかもしれない。
「ただいま~。」
「あ、お帰り、オトーサン。」
「楽しかった?」
「うん、久々に話すぐらいでちょうどいいのかなって思ったよ。」
「そんな人いたんだ。もしかして、私と暮らし始めてから、会ったことなかった?」
「そうだね。あの頃は、誰かと会うって考えられなかったしね。」
定例会の時間
「あなたが話したいことがあるって、珍しいよね。なにかあったの?」
「うん、ちょっと昔の話。知って欲しいことがあって、聞いてほしかった。」
「何?オトーサンの昔の話って楽しい話?」
「もしかしたら、僕のことを嫌いになっちゃうかもね。」
「そんなことあるわけないよ。話してよ。」
そうして、僕は、過去に自殺しようとして、死にきれなかったこと、そしてその衝動を抑える薬で感情がまったくなくなってしまったことを話した。
ふたりとも、神妙な面持ち。下手に空気を乱すような発言は出来ないという感じだ。だけど、口火をきるのは、たいてい奥様。
「だけど、あなたは生きてるのよね。考え方が雑で申し訳ないけど、あなたが生きたいって思ったから、そうなってしまうことも、生きるために必要なことだったと捉えたら、あなたの気持ちは、楽になる?」
「少なくとも、今は二人もいるし、発作は起こるにしても、僕は笑える。生きることを諦めなくなった。二人がそばにいてくれないと、またダメになってしまう。」
「だけど、その後にこの娘をしっかりと育てた...育てたのかな。それで、あなたが前向きになれたのなら、私じゃなくて、この娘のおかげよ。」
「もしかして、私のことを、重荷に感じてた?」
「重荷というより、君の気持ちに応えるように、頑張ったつもりなんだ。あの頃は、僕も父親というより、彼氏に近かったと思う。」
「大事にしてくれたのは同じでしょ。私は、あの頃、ずっとオトーサンが好きだった。でも、何も知らなかった。私、本当に娘だったんだよ。」
「うん、良かったと思ってる。だけど、僕は君のことを育てることで、色々なしがらみが消えるものだと、あの頃は思ってた。発作がバレた時、もうダメだと思った。君は、怖がって僕に近寄らないだろうって。でも、君はそれも受け入れてくれた。そばにいてくれたから、僕もだんだんと立ち直ってきた。」
「なんか、オトーサンって、こういう時、子供みたいになるよね。怖がるわけないよ。前は、何に怯えてるのかわからなかったけど、今なら分かる。不安だったんだよ。自分のことも、私のことも、いっぱい抱え込んで、一人でなんとかしようとしてたよね。」
「あなたは、いらない責任感を持ちすぎるのよ。それがいいところでもあるんだけど、変に真面目なところもあるし、変に頑固なところもある。いつか、あなたが追い詰められて、壊れてしまうことは、もう私達には耐えられないことになってる。一度壊れても、今は確実に良くなっている。今、話してくれたこと、私は知れて良かった。」
「生きることって、難しい。僕は何回も諦めてきたけど、やっぱり死ねなかった。死ななかったから、二人と生活出来てる。前向きに捉えることは出来ないけど、いつか壊れてしまったら、僕を助けてくれる?」
「その前に、壊さないわよ。それに、前にも言ったけど、あなたが死のうと思うなら、その生命を拾い上げて、私が引っ張ってあげる。だから、そんなに不安を抱えないで。」
「おねえちゃんが引っ張るなら、私はオトーサンを支える。起こしてあげる。一緒に生きていこうよ。」
僕は、いつものように泣いていた。嬉しかった。僕は、まだまだこの病気と戦っていくことになるけど、二人がいるから心強いと思える。
「あなたは、こんなに感情を出せる人じゃない。作り物の穏やかさより、本心の泣き虫なあなたのほうが、ずっと魅力的よ。毎日泣いてもいいのよ。あなたは、私達をちゃんと支えてくれてるんだから、私達も、あなたを支えるに決まってる。」
「でも、毎日泣いてる男なんて、カッコ悪いよ...。」
「そんなところで格好つける必要ないわよ。やっぱり、あなたはちょっと変よね。一度泣いたら、もう何回泣こうと同じだから。」
ちょっと落ち着いた。泣くことで浄化効果があると言うけど、常に不安を抱えていると、そんな効果もなくなってくるのだろうか。気は晴れない。
「うん、いつものオトーサンだね。なんか、難しいことを考えてる顔。」
「僕ってそんなに難しい顔してる?自覚ないけど。」
「だからそういう顔をしてるんだよ。いつもニコニコしてるほうが、ずっと怖いよ。」
「えっ、そうなの?僕って、そんなに難儀な顔をしてるんだね。」
「悪いことじゃないよ。オトーサンは、常になにか考えてるほうが、似合ってるよ。」
「褒めてないよね?」
「褒めるところでもないと思うけど。それに、好きな表情だもん。」
「そうねぇ、真面目に話を聞いてるわけでもなければ、全然聞いてないわけでもない。感情の起伏があまりないけど、私達には分かる表情よ。」
「いや、言いづらいけど、別に何も考えてないよ。」
「知ってる。だから、ニコニコしてるより、普段からそういう顔をしてるんでしょ?色々悟られないようにしてるのよ。」
「いいのか悪いのかよくわからないな。それでいいなら、別に気にすることじゃないか。」
「私達にはそれでいいんじゃない。だけど、周りには違う顔をしてると思う。でも、文句を言われるようなことがないなら、そのままでいて欲しいかな。」
しかし、笑うことが出来るようになってるとは言え、ニコニコしてるほうが怖いと言われちゃうのか。
「一応ね、誤解してるかもしれないけど、ニコニコしてる時って、私の中では、いやらしいことを考えてる時って思ってるんだけど。」
「言われてみるとそうかもしれないわね。本能に忠実だから、自然と表情に出てくるのかも。あなたも素直だものね。」
「あのさ、全然褒めてない。表情を緩ませる時ぐらい、僕にもあるでしょ?」
「そういう時は、緩みっぱなしなんだよ。だから、思わず変態さんって言っちゃう。」
「くそ、なんか情けないような、恥ずかしいような。」
「だけど、あなたのいやらしいことなんて、もう恥ずかしいこともないわよ。だって、本当にアブノーマルだから。その割に、変に恥ずかしがるし。」
「そういうところが、オトーサンのいいところなんじゃない。最近は、本能に忠実過ぎるけどね。」
「...反省します。」
「別に、毎日エッチなことしてもいいけど、中学生じゃないんだからさ。」
「あ、そういうこと。もしかして、そういうことを考えてる時って、中学生のことを思い出してるんじゃないの?」
「そんなことは...うん、1ミリぐらいはあるかも。」
「やっぱり、男の人って、ちょっと思い出が入るのね。まあ、私達がその相手だから、仕方ないか。」
「いやらしい目で見てるんだね。そっか、あの頃もいやらしいこと、したかったんだね。」
結局、下心だけは分かってしまうようになってるんだな。それを許容しちゃってる二人が、僕には怖い。でも、救われる。きっと、二人に溺れてる間は、僕も大丈夫。
カッコ悪いかもしれないけど、ダメになった時も、僕は安心だ。もちろん、ダメになるつもりはないけどね。
今日はこの辺で。