Life 79 The more fascinating a secret meeting is, the more enthralling it becomes. おしゃべり好きな中年の話
それは、ある休日。10月にも入り、朝晩は冷えるけど、まだ昼間の気温は25度ぐらい。
「う~ん、今何時だろ?」
私は壁掛け時計に目をやった。なんだ、まだ9時だ。もう少し...あれ?オトーサンがいない?珍しいこともあるんだな。
とりあえず寝室を出て、リビングに移動した。
「おはよう。」
「おはよう。おねえちゃん。...あれ?オトーサンは?」
「なんか、あの人の実家で、ネットが使えないとか、なんかそんな理由で、野木に行ったわよ。」
「ふむ、なんか、それにしても朝早くない?」
「早く戻ってきたいって言ってた。どうせ大したことじゃないからって。それにしては、大荷物で出掛けたけど。」
「怪しい。なんかあったのかな?」
「大丈夫じゃない?それに、アンタを連れて行くと、作業どころじゃないでしょ。」
「そういうものかな。ま、いいや。」
「あ、そうだ。こっちはこっちでデートしましょうか。一緒に、ランジェリーショップ行って、ちゃんとした下着買おう。」
「うん、じゃ、そうする。とりあえず、着替えてくるね。」
心配のしすぎかな。なんか嫌な予感しかしない。無事に帰ってくるかな。
「ヘックション。う~、さすがに半袖は寒かったかな。」
僕は実家に向かっている。なんのことはない。多分、ルーターが壊れたとか、そんなところだろう。
しかし、ネットが使えないぐらいで、わざわざ呼び出してくるほどのことなのか。いや、まあ、理由は分かるけど。
「相変わらず、駅前は変わらないな。」
野木駅を出ると、特に何があるわけでもなく。
「あれ、なんか店が出来てる。」
なんの気なしに、ちょっと横を通ってみた。
「ラーメン屋なのかな。さすがに朝早いから、開いてないか。」
とはいえ、こっちに戻ってきたら、そもそも寄ることもないだろう。それにしても、いつ出来たのかな。たまたま夏休みに来た時に気付かなかったのかな。
「ただいま~。」
玄関を入って、5歩ぐらいのところに、居間のドアがある。
「あら、早かったわね。」
「なんとなく嫌な予感がして、ちょっと早めに来た。それに、スマホのパケット容量が無くなって、遅いってクレームが入ったし。」
「まったく、迷惑な話だね。お父さん、ずっとスマホで動画見てるから、ネットが遅くなったって大騒ぎだったよ。」
「で、その本人は?」
「台所でパンを焼いてる。もう、朝ごはんは、自分で作ってもらうようにしてる。」
「仕事を辞めても、居場所がないから、結局自分の部屋で引きこもりか。」
そんな話をしてると、
「おう、ご苦労さん。」
「そう言われても。これから調べてみるから、ちょっと待ってて。」
あんまり、年寄りに通じる話はないから、結局来ないとわからんのだよ。オトンも、オカンも、その辺覚えろとは言わないけど、せめて電源の入り切りぐらいはやって欲しい。
この家、実はADSLのサービス終了まで使ってた関係で、今はSIMカードが入るルーターに切り替えた。そんなもの、この近辺の電気屋で売ってないだろう。
「ん?」
電源がそもそも入ってない?でもコンセントは繋がってるし、スイッチも入ってるけど、インジケーターランプがついてない。
参ったな。ACアダプターが死んでるか、本体が死んでるか、とりあえず手持ちのACアダプターを繋いでみよう。
「直りそう?」
「わかんね。最悪、午前中に原因が特定出来れば、なんとかなると思うけど。アマゾンの在庫次第って感じかな。」
「そんな簡単に壊れるもんなのかよ。」
「電気製品なんて、そんなもんだよ。突然壊れる。僕も、スマホが突然壊れたことがあったから、何が原因なのかは良くわからないんだよ。」
「早く直してくれよ。スマホが遅くてしょうがないんだから。」
色々語弊がある言い方。それを言うなら、スマホの通信速度制限にかかったって言え。一晩で1GB溶かすほど、何を見るんだよ。
「...本格的に壊れてるっぽいね。電源が入らない。」
「じゃあ、どうするんだ。買いに行くのか?」
「そもそも売ってない。だから、さっきアマゾンで買うって言った。」
「いくらぐらいするの?1万ぐらい?」
「わからないけど、これって元値2万ぐらいしたんだっけ。そのぐらいは覚悟したほうがいいかもね。」
そういいながら、壊れたルーターから、SIMを取り出して、モバイルルーターに挿した。やっぱり、こういう時は誤魔化しの利くほうがいいだろう。
APNは設定してあるから、ちょいといじって、通信出来るとは思う。
「とりあえず、簡易的にモバイルルーターで通信出来るようにしたから、ふたりともスマホを貸して。」
「それで、ネットが見られるようになるんか?」
「入れ物が変わっただけだから、ここでなら見られる。が、このルーターも、電波は強くないから、その辺は予め覚悟して。」
「俺、パソコン持ってくるから、そっちにも設定してくれ。」
「うん、分かってる。」
いや、だけど、別に今日1日ぐらい、PCでネットを見る必要はないと思うんだよね。どうしたものか。
「あ、もしもし。......うん、......。そっか。僕は明日の夜までに帰るから、二人で楽しんで。......うん、ごめんね。」
連絡はした。なんか、楽しそうな声だったな。
「じゃあ、とりあえず明日までにアマゾンが配達してくれるルーターを買って、設定したら帰るから。」
「面倒かけるね。」
「ま、しょうがないよ。壊れた時は、こんなもん。早く来て正解だった。」
さて、どうしたものかな。
「おう、パソコン持ってきたぞ。」
「んじゃ、起動して。」
すべて僕がやるのか?というか、WiFiの設定なんかどうでもいいだろうに。
「起動したぞ。」
「じゃあ、そのまま置いておいて。」
何をしているわけでもなさそうだが、WiFiを接続して、とりあえず使えるかな。
MS Edgeは使ってないけど、ブラウザはこれだけっぽいよな。
「ああ、そう言えば、インターネットの起動画面、ヤフーにしといてくれ。」
「前にも設定したけど、なんで変わったの?」
「知らん。気づいたらヤフーじゃなくて、ずらずらとニュースが出るようになった。」
多分、Edgeのバージョンアップかなんかで、起動時ページがMSのページのスタートページにでも変わったんだろう。
大した問題じゃないけど、なんかヤフーにこだわるよな。インターネット老人会は。あ、僕もか。
「ほい、じゃ、これで今日は乗り切ってください。明日、また設定をします。」
「おう、サンキューな。」
長嶋英語なんだよな。ま、どうでもいいけど。
「暇だなぁ。」
この家に帰ってきても、僕はやることが特にない。
と、急にLINE通話が来た。ん、誰だろ。僕を知ってる人でフレンド登録してる人...。
「はい。」
「あ、元気?さっき奥さんに聞いて、相手をしてあげてって言われて、連絡してみたよ。」
「え、君だったんだ。なんだ。LINEは使わないって言ってたのに。」
「まあまあ、通話だから、それならいいでしょ。」
彼女もまた、中学の同級生。2年のときに、世間話をしていた仲だった。この前、こっちに帰ってきた時、偶然会って、奥様と意気投合しちゃって、そのあとは頻繁に連絡をする仲になった。僕より、奥様のほうがお気に入りの友人。あの人は、僕と違って、このあたりが社交的なんだよな。
「で、連絡してきたってことは?」
「ちょっと会って話をしよう。あ、浮気とかじゃないから、安心して。彼女から任された立場だから。」
「それはいいんだけど、君の旦那さんはいいの?」
「今日も息子とスプラトゥーンやってる。なんなら、相手になってくれる君によろしくとも言ってるよ。」
「ますます立場がわからん。僕は、君達家族の、どんな存在?」
「ま、いいから。とりあえず、迎えに行くよ。」
「分かった。んじゃ、駅前にいるから、よろしく。」
「ちょっと出掛けてくるよ。」
「その格好、寒くないかい?なんか羽織っていく?」
「そんな服、あるんだっけか。」
と、なんかこの時期には暑そうなジャケットがかかってる。
「いつだか置いて行ったジャケット、着ていきなよ。半袖じゃさすがに寒くなるよ。」
「そういうことであれば、まあ、友人と会うから、着ていくよ。」
で、駅前で待つ。どうせ車で来るだろうから、ロータリーの端の歩道にでもいるのがいいのかな。
「ラストオーダーが15時なのか。ずっとやってるわけじゃないのね。」
行きに気になってたラーメン屋の看板が出てたと思ったら、もうラストオーダー過ぎてた。ラーメンか。なんか、しばらく食べてない気がする。
そんなことを思いながら待ってたら、すぐに見覚えのある車が1台。彼女の車だ。
「いた。こっちこっち~。」
「うん。」
と、車に乗り込む。
「ごめんね。待った?」
「いや、さっきから、あそこのラーメン屋が気になって。」
「私も行ったことないな。駅に行くぐらいなら、車で直接お店まで行っちゃうからね。」
「そんなもの?」
「そんなものだよ。車社会だしね。せいぜい、団地の人ぐらいじゃない?」
「まあ、個人経営でも、長くやってくれる店が増えるのはありがたいよ。」
彼女は気ままというか、特に飾り気があるわけでもない。だけど、僕には大人の女性に見える。
「なに?私のこと、そんなにまじまじと見ちゃって。」
「いや、ウチの奥様がやたら若作りだから、なんか、君のほうが大人な女性だなって。」
「見た目のこと?彼女、本当にどうしたらあんなに可愛いまま歳を取れるんだろうね。それは、私も疑問。でも、君がそう言ってくれるのは、嬉しいよ。」
「相変わらず、軽いね。」
「重い女になりたくないだけだよ。」
「ところで、なんか車を飛ばしてますけど、どこへ行くの?」
「う~ん、なんか、人目につかないように、小山のファミレスとかに行こうかなって。」
「もしかして、ココスで誰かに見つかった?」
「そういうわけじゃないんだけど、ほら、やっぱり、村社会だから。」
「噂されても困るってやつね。でも、君が住んでるほうの団地って、みんな引っ越して来た人じゃないの?」
「30年近くも住んでると、自然と横に繋がりが出来てくるもんだよ。都会じゃそういうことはないと思うけど。」
「ま、僕も余計な言われを受けるのも、良くないだろうしね。君の判断は正しいよ。都会に暮らすと、その感覚は麻痺しちゃうよ。」
でも、入るのはサイゼだったりする。ここは、あの娘と来たことがあったっけ。
案外空いている。まあ、この時間にサイゼに来るような人は、ショバ代を払っておしゃべりをする人ぐらいだろう。
「サイゼなんて何年ぶりかな。あんまり来ないというか。」
「意外だね。都会にはサイゼなんてたくさんあると思うんだけど。」
「僕の住んでるところは、本当に住むところで、コンビニも10分かかる。駅まで10分でコンビニも10分。あ、かろうじてファミレスが駅前にあるか。」
「ふ~ん、住みやすいのか、住みにくいのか、良くわからないね。」
「谷中銀座とかも20分あれば行けるし、スーパーも10分ぐらい。...なんか、言ってると悲しくなってくる。」
「でも、そんなところで暮らせるんだから、いいんじゃない。やっぱり、都会暮らしには憧れがあるよ。」
「僕にはこっちの生活が合うと思ってる。毎日、殺伐とした生活を送らないと行けない分、ストレスがかかるしね。」
「いっそ、三人でこっちに移住すれば?」
「定期代を出してもらえないよ。さすがに、持ち出しはまずいだろ。それに、車もない。車社会で車がないのは、致命的だよ。」
「君の家は駅に近いんだし、コンビニもスーパーも10分ぐらいでしょ?なら、そんなに暮らしずらい感じでもない気がするよ。」
「まあ、両親のどちらかが亡くなった時だろう。そこまでは都会暮らしかな。」
サイゼに来たんだから、せめてティラミスでも食ってみようかな。
適当にオーダー。彼女はプリンを食べるらしい。それと、長話の友、ドリンクバーは欠かせない。
「じゃあ、私が取ってくるよ。コーヒーでいいかな?」
「そのくだり、なんか懐かしい。でも、僕はコーヒーよりココアだな。」
「フフフ、分かった。ちょっと待っててね。」
そう言えば、コーヒーを飲んだのは、彼女に入れてもらったのが最初かもしれない。良くもまあ、頑張って飲んだものだと思う。カッコつけたかったんだろう。
「はい、おまたせ。本当にココアで良かった?」
「さすがにこの年齢で、コーラとも言えないし。」
「なんかへんなの。別にカッコつけるところでもないのに。」
「その辺、三つ子の魂百までとは言ったものだよ。君が相手だから、少しはね。」
「浮気のサインだね。彼女に連絡しようか?」
「...別にいいけど、そうして得する人間がいる?」
「え、本気にしちゃう人間もいないと思うよ。彼女はその辺、良く分かってるみたいだしね。」
「相変わらず仲がいいのね。結構頻繁に連絡取ってるじゃない。」
「私も、彼女も、久しぶりに出来た友人だし、まして40過ぎて、同級生と友人関係になるって、嬉しいことだよ。」
「で、僕の悪評も聞いていると。」
「甘えん坊なんだって?意外だよね。君は甘えられる側の人間だと、ずっと思ってたんだけどな。」
「無理なく気を張る必要がなくなってるからね。娘も大学に行ってるし、あの人とは持ちつ持たれつみたいな感じ。だから、たまに恐ろしいぐらい人格が変わる。」
「やっぱり、甘えてくるんだ。」
「と言っても、例えばお酒は1日1本350mlまでって娘に言いつけられるんだけど、娘がいない時は、僕は自己責任で飲んでいいって言ってるぐらいだよ。あとは、そうだな、突然可愛い仕草をし始めたら、甘えてくるパターンかな。ほら、あんな感じだから、僕も甘やかしたくなるというか。」
「分かるよ。彼女はどう見たって、20代だもん。美少女って言うほうがしっくり来るもんね。」
「そんな人だから、今は娘のほうが大人っぽいというか。なかなか訳の分からない感じになってるよ。」
「で、そんな人なのに、発情してる君もどうかしてると思うけど。」
「発情するも何も、そんな気になる時は少ないよ。でも、周りが見たら、いちゃついてるって思われるのかな?」
「ふたりとも仲がいいし、見た目はともかくとして、うらやましいよ。」
「なんか馬鹿にされた気分だな。そんなもんなのかな。」
「そういうものだよ。だけど、あんまり迷惑掛けちゃ駄目だし、甘えすぎても駄目。話を聞いてると、バランスは保たれてると思うけど、覚えておいたほうがいいよ。」
「...肝に銘じます。まあ、迷惑は掛けてなんぼだからしょうがないところもあるけどね。」
「そういうのって、結構チリツモな感じはあるよ。いつか爆発することがあるかもしれない。私も、前の旦那と別れたのは、息子への強烈な嫉妬心が強すぎたからだしね。」
「男の嫉妬は見苦しいからね。」
「あ、それは知ってるんだ。君は、娘さんだからいいんじゃない。」
「娘は、自分の子供ではないけど、僕を慕ってくれてる。だけど、思春期でも手のかからない娘だったから、逆に心配してるんだ。」
「養子...って言えばいいのかな。でも、彼女と両親は同じって。」
「歳の離れた姉妹みたいなものなんだけど、戸籍上は他人ってことになってる。でも、そういうことは気にしてないし、日々が楽しいって言ってるから、あまり気にしないようにはしてる。でも、親になると、やっぱり子供の心配はするんだなって。」
「そうだね。私も、息子が出来たときに、親になれるのかなって思ってたけど、普通の母親ぐらいにはなってると思うんだ。」
「そこは、いい母親じゃないんだ。」
「いい母親なのかな。でも、小さいころから、私の両親にも手伝ってもらってたし、落ち着いたら、今の旦那と再婚したし、そういう母親をどう思ってるかって、怖くて聞けないよ。幸い、今の旦那と意気投合してて、徐々に私の手からも離れていってるから、親離れはスムーズに行くと思ってる。」
「親離れか...。最近、娘が一人暮らしか自分の部屋が欲しいって話をされたんだ。めったに甘えてこないから、嬉しいことなんだけど、僕らから離れてちゃんと出来るのか、結構疑問に思ってるよ。」
「ねぇ、お互い、親離れの時の話しようか。」
「急だね。どうだったかな。僕は大学が東京だったから、嫌でも一人暮らしをしなきゃ駄目だった。だけど、親の目から逃れられると思ったら、自然と普通に生きていけるようになった。話したことないと思うけど、僕の家庭は、じいちゃんとばあちゃんがいて、両親がいて、妹がいた。僕は、出来のいい妹があまり好きじゃなかったし、何より両親が仮面夫婦を演じてるのが、ものすごく嫌だった。僕の目の前で、今だってしょっちゅう言い合いをしてる。喧嘩するほどとは言うけど、仕事しか顧みない父親と、メンツを気にする母親。どちらかに度胸があって、離婚すれば、僕の人生は多少なりとも変わったと思う。でも、そうはならなかった。そして、一人暮らしをしてて思ったけど、僕はまだ恵まれたほうだった。そして、適当に生きてきて、あの人と再会出来た。その時、ようやく親離れ出来たのかなって思ってる。」
「で、今は娘さんの親離れを心配してると。」
「僕も良くわからないけど、娘の本当の親ではないのに、あの娘がちゃんと出来るかどうか、心配してしまっている。あの娘はそんな心配をしなくても、まったく問題ない。でも、あの娘のことは、自分の娘みたいに愛してるから、やっぱり悩むよね。」
「そっか。ちゃんと親になってるんだね。」
「反面教師ってやつかな。僕は情が入りすぎてる。奥様はその辺、大丈夫って言ってるけど、やっぱり心配はしてるんだ。あの娘の聞き分けの良さ、それと素直な性格。騙される典型みたいな娘だからね。」
「彼女も苦労してるんだね。私と話してるときって、大体君のことしか話が出ないから、あんまり娘さんのことは気にかけてないのかなとも思ってたけど。」
「間違ってもいないんだよ。二人で、僕の取り合いみたいになる時もある。ほら、それに、姉妹みたいな感じだからさ。」
「今度会うのが楽しみなんだよね。君の娘さん。」
「本物を見ると、本当に驚くよ。そっくりだから。」
「お互いって言ったんだから、君も話して欲しいな。」
「あ、スルー出来るかなって思ってたけど、残念。私は、未だに親離れ出来てないなって思うときがあるの。今も実家暮らしで、両親と同居してる。前の旦那と結婚した時は、旦那のアパートに住んだけど、子供が生まれて、旦那が女々しくなった頃から、実家にまた住むようになったから。」
「気になってたんだけど、子供が生まれると、普通は二人で育児するものじゃない。そうはならなかったの?」
「あ~、うん、前の旦那は、子供の認知を認めようとしなかったの。私も、今になって思うのも変だけど、彼、性欲が強すぎて、子供が生まれても、アパートに戻ってくれば、子供が寝てる時間と、私が仕事や家事をやってない時間は、毎日のように性行為を求めてきた。隠してるわけじゃないけど、息子が出来てしまったのも、そういう理由だったりする。」
「性的DVってやつなのかな?」
「う~ん、どうなんだろうね。でも、ちゃんと仕事には行ってたし、ギャンブルとか散財も特にしない。ただ、養育費は払ってもらってないの。もう関わりたくないのが本音だし、彼も、息子も、会いたいって話はしたことがない。結局、結婚生活は2年で終わり。私が31歳、息子が1歳の時だね。浮気でもないし、性的DVが原因だけど、慰謝料も特に貰わなかった。それに、私も求められてて、嫌じゃなかったことが、やっぱり大きかったのかな。」
「君って、そんな感じの性格なんだっけ?」
「だから、重い女になりたくないって言ったよ。今考えると、私も女として思われてたのが嬉しいままなのかもしれない。その後は、実家に戻って、私は仕事をしながら子育て。幸い母親が専業主婦だったから、面倒は見てくれたし、父親も援助してくれてた。私は守られてるのかなって思ってる。で、そのうちに職場で今の旦那に熱烈なアプローチをされた。彼も不思議な人で、私の実家に住むことを嫌がらなかったし、両親を助けてくれたりもする。まあ、あんまりカッコよくないけどね。」
「格好の問題じゃないと思うよ。彼は、十分カッコいいと思うけどね。」
「彼はギリギリ30代なんだ。だけど、私の息子が小学生になってから結婚したから、息子とは兄弟みたいになってる。でも、ちゃんとパパっ子になってる。母親としては、ちょっとさみしい気もするけど、男の子だから、心配しちゃいけないかなと思ってるよ。」
「あとは、素直に大きくなってくれればいいよね。」
「心配ないと思う。私だけだと、父親の役目は出来ない。だけど、今の旦那は、しっかり父親をしてくれる。それに、彼が両親を助けてるのを見て、息子も一緒になって助けてるし、家のこともみんな一緒にやってる。まあ、私の父親は、あんまり色々なことはしないんだけど、雰囲気はいいから、大丈夫だと思う。」
「そうだなぁ。思春期前ってのがちょっと怖いところだけど。」
「君って、そもそもに思春期はあったの?」
「う~ん、言うほど親に反抗はしてない。でも態度は反抗的だったかもしれない。なんとなく分かるでしょ?」
「勉強の成績?それより、君は色々なことを知ってたじゃない。あの頃から、少し変わってると思ってたし、今も、彼女と話してると、変わってないなって思うよ。」
「実際、成績は悪かったけど、大学まで一応出てるから、ま、劣等生ぐらいのレベルなのかもしれない。」
「私の中では、やっぱり君が一番面白い人間だと思ってる。こうやって、ちゃんと話のラリーが出来る。男の人で、口達者はいるかも知れないけど、適切に言葉を返せる人は少ないと思うの。だから、君が彼女と結婚してるっていうのも納得出来たし、今、ちゃんと娘さんのことで悩んでるのも分かった。言霊というか、君はそれを持ってると思うよ。」
「そうかな?僕は、そこまで考えを巡らせてないんだけど。」
「だから、言霊って言った。説得力があるんだよ。出来るできないはともかく、そこに、君の不思議な魅力があるよ。彼女が、君のことばかり話す理由は、手のかかる旦那であると同時に、説得力があるし、欲しい言葉をくれる。そういうところが、彼女を結婚させるだけの理由になったって思う。」
「お褒めに預かり、光栄です。」
「そそ、そういう返しだよ。君の面白いところ。おしゃべりなおばさんには、相性がいいのかもね。」
デザートを食べつつ、話は続く。
「話し相手か。案外、そういうものっていそうでいないかもね。」
「同性同士だと、めちゃくちゃ深いか、上辺だけか、そういう感じになるけど、異性同士で話をするって、気を使う。でも、昔から君は、気軽に話が出来た。そして、ちゃんと合わせて会話が出来る。昔言ったまんまかもしれないけど、男子には、女子に話しかける度胸はないけど、女子は、その辺は割り切れるし、声もかける。その中で、15歳?ぐらいだっけ。その頃の君は、そのスキルがずば抜けて高かったと思うよ。」
「そこまで度胸があるわけでもないんだけどね。なんだろ、話してて楽しいなら、別に異性でも気にすることがなかった。だけど、周りの男子は、それが出来ないって言うんだ。それが理解できなかったままなんだよ。君はそうやって褒めてくれるけど、僕にそんな大層なスキルがあるとは思えないよ。」
「だから、君は面白いんだよ。自覚があったら、それはそれで意味が変わってくる。単なる軟派野郎になっちゃう。喋る時って、あんまり考えてなさそうだもんね。」
「情景反射で出ちゃう感じかな。いいことも言えないし、悪いことも言わない。それに、重要なことは、やっぱり考えちゃうけどね。」
「私達の話した内容とか、明日には忘れちゃうでしょ?」
「多分。なんとなくそういう感じなのかって捉え方しかしないと思う。」
「それでいいと思うよ。それに、今話したことだって、覚えてる必要はないし、細かく掘り下げようともしないでしょ?」
「僕は昔から、話を聞いた上でリアクションをする人間だから。無理に話を引き出そうとはしないし、君がそうだと言えば、そうだねと返すと思う。」
「なるほど。それで、相手にしてる、されてるの関係なんだね。」
「あ、それってうちの奥様じゃない。ウソは言ってないにしても、そういうことは話さないで欲しいけどね。旦那としては。」
「でも、思ったことをちゃんと話してる感じで、今の会話とは重みが違うでしょ?」
「ウソはないから、そういうことになるのかな。」
「ね。そういうことなんだよ。君を好いてくれる人は、君がウソを言うことを考慮してない。全部事実、全部思ったまま。素直な性格で、良かったね。」
「褒められてる?」
「褒めたつもりだけど。あ、そこはちゃんと感じないと。そういうところって言われない?」
「言われるかも。でも、僕はなんとなく喋ってるときのライブ感みたいなもの?を重視するから、裏表ないというより、そういうものとして捉えられるとありがたいかな。」
「彼女がうらやましいと思うことがあるんだ。あの外見もそうだけど、何より君を独占出来るってこと。」
「う~ん、でも、君と僕だと、両方ともしっくり来ないんじゃないかなって思うよ。」
「さすがに返してくるね。どうして?」
「みんなには仲がいいと言われても、僕らは上辺だけの会話が好きなだけで、それを二人でどう捉えてるかってことに行き着く人は少ない。面白いから話してる。この感覚がわからない人は、中学生じゃないけど、付き合ってるとか言われちゃう。でも、いざ本音をぶつけ合ったときに、必ずすれ違いが起こる。」
「私も、君も、それが一番怖かったことなのかもしれないね。」
「あの人は、僕が話すことに対して、ただ頷いて、聞き終えたあとに、自分の思いを伝えてくれる。だから、信用はしてるし、二人で双方の問題を受け止められる。終わりが重くても、それが結論であると分かる。君が信用出来ないとかじゃない。あの人と、話してるモードが違う。だから、楽しいおしゃべりで終われる。」
「それが、君の本音だね。そう、私も、君も、おしゃべりを楽しみたいだけなんだよね。彼女と話してると、嫉妬とは違うけど、それを感じることはあるんだ。だけど、それを思っても、別に君と親密になりたいとか、浮気相手になって欲しいとか、そういう感じに思うことはないの。不思議なんだよね。」
「まあ、でも、君と彼女の通話を聞いてると、結構本音で喋ってるんだなって思うよ。あの人が、ああやって本音を言ってる相手って、僕が知る限り、君が初めてな気がする。」
「家族の会話でもそうなの?」
「多分、本心は見せてないんじゃないかな。でも本心を、僕も、娘も知ってるから、特に気にも留めない。そして、大事な時に、その本心を見せてくる。その点、君と彼女の話し方って、親友と会話してるって感じがする。」
「君って言う共通点が出来たからかもしれない。いや、もしかすると光一君のほうが強いのかな。ともかく、私は、君がいつもどんなことをしてるか、彼女から聞くし、結構恥ずかしいこともしてるんだってわかったよ。」
「...あの人は、何を話してるの?」
「甘えん坊なんだってね。その割に相手にすると、誘ってくるとか、そういうことはしないんだって。」
「合ってる。やっぱり、あの人と本心で話してるんだね。」
「そっか、君は甘えん坊なんだね。じゃあ、甘えさせてあげようか?」
「それで君と体を重ねることになったら、それはそれで問題だよ。僕でもそれは分かる。だけど、君が許してくれるなら、そうして欲しいと思っちゃう自分が嫌。」
「私は許しても、周りが許してくれないだろうしね。それにしても、本当に好きなんだね。彼女のこと。」
「そういう運命だったって話らしいよ。あの人が最初に言ってたこと。なんで40歳まで結婚しなかったのか、それは、僕と会うためだったって。」
「言ってて恥ずかしくない?」
「そう言われてもなぁ。僕だって、そういう運命だったと思ってるしね。」
「私が恥ずかしくなっちゃうよ。彼女、案外可愛いこと言うんだね。」
「だから、可愛くなったときの奥様は、思いっきり甘い。それこそ、10代ぐらいの、理想の甘え方みたいなことを平気で言ってくるし、僕に尽くしてくれる。まあ、狂気じみてるときもあるんだけどね。」
「猟奇的な彼女ってやつ?へぇ~、今度、話題にしてみようかな。」
「ごめんなさい。それは絶対しないで。色んな意味で僕が殺されちゃう。」
「しないよ。本当に、何も考えてないのかもね。私が相手で良かったね。あ、でも、今日話した内容は、夜に彼女と共有するから。頑張ってね。」
「いらないところは削ってよ。お願い。」
「じゃあ、ケーキをもう一個、おごりね。」
ケーキ1個で僕の失言を取り消せるなら安いものだ。しかし、二人がそんなに親密になってたとは、僕も知らなかったな。
カランカラン
「ありがとうございました~。」
いやあ、サイゼで何時まで話してるんだって話。気づくと19時を過ぎてた。あ、そう言えば実家に電話してなかった。
彼女の車で送ってもらう。なんか、立場が逆なんだよな。でも逆だとそれはそれで勘違いされるかな。
「君は大丈夫なの?」
「なにが?あ、家のこと?こうなると思って、昼間に夕飯作って、遅くなったら食べてって言ってあるよ。」
「予想出来てたの?いつもだけど、そういうところはしたたかだよね」
「私も自分のことぐらい、理解してるよ。あ、でもさすがにここまで話してたってことまでは予想してなかった。」
「それだけ盛り上がってたということで。それでいいんじゃない?」
「いっそ、このまま、いかがわしいことしちゃう?」
「それもいいって思っちゃうから困る。君は、本当に魅力的だもん。」
「人妻を口説こうとしてる。無意識にそういうこと言えるのは、天性だよ。」
「そうなのかな?...娘によく言われるか。その気になっちゃうって。娘なのにね。」
「娘さんも女の子だから、嬉しいのかもね。普通だったら、キモいって言われるよ。」
「そうだろうなぁ。でも、あの娘が将来、同じような言葉で口説かれるのかなって思うと、僕もキモいって思っちゃうね。」
「反面教師だね。本当、君の家族は仲良しなんだね。娘さんと会うの、楽しみ。」
「期待値上げちゃってる?あの娘、多分君に興味津々だと思うよ。僕と、奥様を手懐けた人って認識らしいから。」
「手懐けてないよ。ふたりとも、私と気が合うだけ。君は、手懐けたって言ってもいいのかな。」
「誤解を生むから、絶対に言わないでね。ああ見えて、信じちゃうタイプだから。」
「今日は楽しかった。またお正月にでも話そう。今度は娘さんも一緒にね。」
「あ、うん、善処します。奥様のこと、悪いけどよろしくね。」
「ううん、全然。私も時間が出来るようになったから、いつでも付き合うよ。じゃあね。」
また駅前に降ろされた。今なら、ラーメン屋に入れる...あれ、今日は完売。
「で、人妻を連れ回したんだ。悪い人。」
定例会の時間。僕は自分の部屋に戻ったけど、なんか娘の置いていった荷物とかある。いっつもでっかいキャリーケース持ってるけど、そういうことなのか。
「どうせ、またオトーサンが天然ジゴロを発揮しちゃったんでしょ?」
「それはない。もし発揮してたら、今頃僕の奥さんになってる可能性すらある。」
「まあ、彼女だったら、あなたを任せてもいいわよね。旧知の仲でしょ?」
「君と1年違うだけで、継続的に会ってたわけじゃないこと、知ってるでしょ?」
「どうかしらね。昔の関係から、一気に燃え上がる恋、素敵じゃない。」
「...どの立場で、それを言ってる?」
「え、本妻の立場ですけど。」
「あ、じゃあ私、内縁の妻。」
「使い方おかしいから。まだ愛人のほうが可愛げがある。」
「ちょっと、本当に不倫してたの?怪しいなぁ。」
「そうだぞ。今言えば、温泉旅行で許して上げるぞ。私と二人で。」
「そりゃ、パパっ子って言われるよな、君は。」
「不倫といえば、温泉宿って相場が決まってるんでしょ?」
「何でその知識を得てるのか、僕には良くわからない。」
「なんとなく、私にとっては昔じゃないけど、二人が20年ぐらい前に見てたドラマって、不倫すると温泉宿に行くんでしょ?」
「偏った知識ね。どうして、そういうことになるのかしら。」
「不倫でビジネスホテルよりはいいんじゃない。でも、温泉宿でおっきな声は出せないよね。」
「何を発情してるの。まったく、とんだ変態なんだから。」
「笑いながら変態って、ひどくね?」
「でも、変態なのは自覚したでしょ?良かったわよ。あなたが普段やってるようなプレイとか話さないで。」
「彼女にそんなこと喋ってるの?」
「安心して。そんなこと話したら、私が恥よ。随分マイルドに説明してるわよ。」
「マイルドに?物言いのキツいおねえちゃんが?」
「アンタはどっちの味方なのかしら。まったく。」
「しかし、わざわざ僕のために、会う機会とかを連絡しなくてもよかったのに。」
「なんとなく心配だったのよ。暇を持て余してそうだし。それに、彼女にも息抜きは必要よ。」
「あなたがどっちの味方なのか、普通にわからない。」
「そうは言ってるけど、本当はオトーサンが一人でそっちに行ったことに、ちょっと怒ってるんだよね。」
「怒ってるわけではないのよ。本当に心配だったの。あなたが実家に帰ってるときにイライラして、あなたの両親に迷惑を掛けても嫌だった。」
「ごめんなさい。そういう配慮だったってことね。ありがとう。僕も、久しぶりに話して、面白かったから。」
「そこを生き生き話しちゃうのがあなたよね。正直過ぎて、逆に不倫を疑うわ。」
「そういう風に妬いてもらっても、僕が困るんですけど。それに、不倫してたら、こうやって話さないよ。」
「オトーサンが素直過ぎるんだよ。私達が心配してるのは、どちらかというと、そっちだよ。」
「安心していいよ。彼女とは、不倫出来ない関係だし、君達も、彼女も失うのは、僕にとって絶望でしかないからね。」
「で、楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。ただのおしゃべりなおじさんとおばさんの会話だったと思う。いや、中学の頃とあんまり変わってないかもね。」
「...ねぇ、おねえちゃんはどう思う?私達と話すってそんなに苦痛なのかな?」
「私達はあんまり冗談を言うような間柄でもないしね。あなたにダイレクトに言葉が響くのかもしれない。」
「そうだとしても、毎日こうやって三人で話すってことをしないと思う。別に気を使って話すことでもないし、思ったことを言ってるだけだよ。」
「だけど、オトーサンが苦痛だったら、私は黙ってるよ。」
「それは困るよ。君と話してて、色々気付かされることも多い。それに、娘の話を苦痛に思うわけないだろ。」
「やっぱりオトーサンのこと、私は大好きだぞ。」
「うん、ありがとう。」
「はいはい、バカップルバカップル。伴侶は私だって。でも、そういう関係だから、私達の家族は成り立ってるのかもね。」
「そうだね。普段、如何に二人と話してることが、大切なことって、ちょっと気付かされたしね。」
「はい、これで完了っと。パソコンは準備してあるの?」
「ああ、悪い、持ってくるわ。」
「私のスマホも、設定変えて。」
「スマホだけだから簡単でいいよねっと。これで家の中なら、大丈夫だと思う。」
「面倒掛けたね。あとで、アマゾンの明細、印刷しといてね。」
「分かった。あとで送っておく。」
結局、アマゾンのお急ぎ便を使っても、17時にしか荷物は来なかった。
まあ、いいか。夕飯食べて、適当に帰ろう。
「おう、パソコン持ってきた。」
「じゃあ、電源を入れておいて。」
しかし、これじゃあ、昨日と反復だ。それをなんとも思わないのか。この両親は。
「んじゃ、とりあえずこれで使ってて、なんかあったらまた電話して。」
「はいよ。さすがにそう簡単に壊れないと思うけどな。」
「二人にもよろしくね。お正月、待ってるよ。」
「分かった。じゃあね。」
そうして、僕は二人の待つ自宅へ帰った。正月か。はっきり言って、不安しかない。
今日は、この辺で。