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Life 74 Parents and children come in many forms. 親子の形は色々

その日も暑くなりそうな1日の始まりだった。

8月15日。戦後とは言うが、日本ではずっと戦後は続く。次に戦前と呼ばれる頃には、僕は死んでいるのが理想だ。

まあ、そんなことは些細なことで、なにやら僕の部屋から物音が聞こえて、目が覚めた。


「ん~~、なんか、うるさいわね。」

彼女も起きてしまったようだ。時計を見るとまだ7時前だ。

「なんだろな。僕の部屋から聞こえるけど、あの娘がなんかやらかしてないといいんだけど。」

「ごめんなさい。私、二度寝します。」

「僕もそうする。さすがに休みだし、昨日は案外疲れてたんだなって思った。次の日に障るって、もう老化だよね。」

「そういう歳にはまだ早いわよ。じゃ、おやすみなさい。」

「おやすみ。僕も寝るか。」


「...きろ。ねぼすけ共。」

ああ、あの娘の声だな。仕方ない。起きるとしようかな。

目を開けると、夏の装いな娘が見下ろしてた。

「ようやく起きた。しかし、よくそんなに寝られるね。」

「う~ん、二度寝だからかな。あ、スカートの中身が見えてるよ。その体勢。」

「減るものじゃないし、見ててもいいよ。オトーサンしかスカートの中身も、そのさらに中身も知らないもんね。」

「そういうところ、羞恥心を持たないと、いい女にはなれないぞ。」

そのやり取りを聞いてか、彼女も起きたらしい。こっちを向いて一言。

「あら、朝から誘惑なんて、破廉恥なのね。」


「で、今朝、ドタバタしてたのは?」

「とりあえず自分の荷物を片付けて、布団をちゃんと整えて、キャリーケースをここまで持ってきて、そのままおかーさんのお手伝いをしてた。」

「あ、そういうこと。」

「私のせいで、部屋で寝られなかったからさ、ちゃんと片付けてたんだよ。」

「ありがとう。まあ、それは嬉しいんだけど、今やってても、夕方やっても、別に良かったんじゃない?」

「おかーさんが起きるのが7時で、掃除とかを教えてもらってたから、その前に片付けようと思ったの。」

「随分時間を有効活用するのね。たまの休みなんだし、この人の実家なんだから、もっとお客さんでもいいんじゃないの?」

「一宿一飯の恩義ってやつだよ。あ、でも昨日の夕飯はおねえちゃんが奢ったのか。」

「そうねぇ。気持ちは分からなくないんだけどね。アンタはちょっと色々詰め込み過ぎな感じよね。」

「それに、自宅に帰れば暇を持て余してるときもあるし、どっちが本当の君なのかな?」

「そりゃあ、私もオトーサンの娘ですから、祖母の手伝いをするのがいいと思ってるよ。」

「まあ、働かないよりはずっとマシか。あなたも、掃除の方法とか実践してもらったら?」

「どうせ部屋を丸くしか掃除出来ませんよ。まったく。」


「おかーさん、起こしてきたよ。」

時間を見ると、12時近かった。実家にいると、安心感があるのだろうか。寝坊することが多い。

「おはようございます。お母さん。」

「おはよう。案外、あなたもねぼすけさんなんだね。」

「二度寝することなんてあんまりないもので、ついつい寝てしまったんです。申し訳ありません。」

「いやいや、謝ることじゃないから。ただ、ダメな息子と一緒に付き合うことはないからね。」

「その割に、この娘を使って起こそうとしたじゃない。いつもだったら自発的に起きてくるのを待ってる癖に。」

「昼食を一緒に食べて欲しいからね。お父さんもいるし、おっきな子供を何人も置いておけないから、しょうがないでしょ?」

「そりゃあ、まあ、その通りです。」

「さ、アンタは着替えて。娘ちゃん達は昼食の手伝いでもしてもらおうかしらね。」


「嫁、姑の関係で一番やっちゃいけない感じのことだと思うけどね。」

「私は大丈夫。むしろ、なんかやらなきゃいけないでしょ。この娘ばっかり働かせるのは、親として許せないし。」

「そう。じゃ、よろしく頼みます。」


ガラガラガラと、玄関の開く音が聞こえた。おそらくオトンが、友人の墓参りから帰ってきたのだろう。

「いやあ、暑いな。さすがに堪える。」

「ご苦労さまだな。僕も、友人が亡くなったら、そういうふうになるのかな。」

「こういうことはしっかりやっておいたほうがいいぞ。彼らの分を、自分たちが生きてると思わないと、やっぱりやりきれないからな。」

「...自殺だったんだっけ。いい死に方じゃなかったよね。」

「いや、周りはもうがんだので死んで行く人が多い。俺もどこまで生きていられるかわからないから、その時までは、毎年御霊前に挨拶をしに行くまでだ。」

「ごめん。嫌な話になったな。」

「いや、そういうことを考える歳になっちゃったんだよ。お前も、少し覚悟はしておいたほうがいいぞ。」

「肝に銘じるよ。」

30年後、想像がつかないけど、僕もそのような感じになるんだろうか。複雑な心境だけど、会えるうちに会いたい人は、まだまだ多いな。


そして、みんなで昼食。とはいえ、珍しく失敗したような料理が出てるのが気になる。

「手伝った結果がこれ?」

「知ってるでしょ。私にそういうセンスがないってこと。」

「いや、君は別に知ってるからいいんだけどさ。もう一人の言い分を聞きたいな。普段はもっとうまくやるじゃない。」

「私の料理は、お母さんには絶対に勝てない。そう思ったら、なんとなく焦がしちゃって。」

「料理も出来ないって言うのが驚いたよ。ふたりで暮らしてたときには、どういう生活をしてたんだい?」

あ、そういえば、この二人で暮らしてたということはないのは、秘密だったんだっけ。

「下手なりに、料理は作ってましたけど、この娘が大きくなるにつれて、だんだんと舌が肥えてきたみたいで、スーパーのお惣菜のほうが美味しいって言い出したので、そこからは私もスーパーに頼り切りになりました。」

「不思議なものだね。じゃあ、家庭の味っていうのは、あんまり知らないってことかい?」

「知らないんじゃない。自宅だと、僕が料理係だから、作っても汁物とか、簡単にパスタとかだしね。」

「...出来ないわけじゃなさそうだけどね。」

「思ったより出来ないよ。この二人。」

娘が出来ないのは、一緒に暮らし始めてからすぐにわかった。でも、うちの奥様は、自宅ではそれなりの料理が作れるはずなんだけどね。やっぱり姑のプレッシャーにやられたか?


そんな昼食を取り、片付けは二人がやってた。

「アンタも手伝って来なさいよ。」

「僕は洗い物をほとんどしないから。作る専門。」

「大した料理も作れないで、割と言うじゃないか。」

「まあ、作れないけど、それでもうちの家族の中で、僕が一番料理を作ってる。」

「まさか、毎日レトルトとか、カップ麺とか、そんな感じじゃないんだろうね?」

「それは僕一人でいるときかな。二人以上のときは、お惣菜ぐらいは買うけど、汁物は作ってるよ。あとは、休みの昼食とかも、大体僕が作ってる。」

「どうせカレーとか、ミートソースとか、そんなもんでしょ?」

「やっぱり親なんだな。その通りだよ。凝った料理は作れないからね。良くて、麻婆豆腐とか、親子丼とか?」

「それだけできれば、まあ、困りゃしないか。」

「それに、今やスーパーの値引きの惣菜のほうが、コスト的には安い。夕食にはちと遅くなるけど、それもありだと思って買いに行くこともある。」

「やっぱり、ダテに長く一人暮らししてたわけじゃないんだな。」

「まあ、一人だと結構食べるものも偏ってたし、毎日半額の寿司を食ってた時代もあったしね。それでも作るよりは全然安かった。」

「主婦からしたら、それで良く生きていられると思うわ。でも、歳を取っても食べられることのほうが重要だから、しょうがない。」

「う~ん、まあ、僕も彼女も、やっぱりそういう暮らしが長かったから、夜に料理を作るって発想がないんだよね。あの娘には、申し訳ないと思うけどね。」


「おかーさん、終わったよ。」

「すみません、ちょっと時間がかかってしまって。」

「別にいいのよ。食器洗いは全部任せてるって聞いて、呆れてたところだから。」

「そうだぞ。食器洗いぐらい手伝うべきだよ。オトーサン。」

...やっぱり思うけど、オトーサンとおとーさんの区別が難しい。僕に言っているというのは分かるんだけどね。

「ありがとう。二人のおかげでオカンが休憩出来るし、本当に助かる。」

「優しいのか、サボり魔なのか、お前の本心が理解出来ないよ。」

「両方だよ。それに、オトンだってやってなかったんだし、時代は変われど、役割は変わらずってやつだよ。」

「言うわよね。あなたはちょーっと料理が出来るからって、後始末は私達に任せてなんかやってるのよね。」

「でも、普段だって、パックのままテーブルで食べてるから、食器とかそもそもないし、やったって休みの日だけだろ。」

「まあ、確かにそうね。でも、それで済むと思ってるあたり、あなたはなかなかしたたかなのよね。」

「特に何も考えてないよ。それに、ちゃんと役割分担出来てるし、特に困ることはないでしょ?」

「そう言われちゃうと、う~ん。」

「おねえちゃんの負けだね。こればっかりはしょうがないよ。本当に私達、料理に対するセンスがないもん。」

「試しにオカンみたいに、毎食自炊でもしてみる?そうすれば、もしかすると食べられるぐらいには成長するかもよ。」

「褒めてないよね。」

「褒めてない。でも、ふたりとも、センスがないけど、作ること自体はいくらでも出来ると思うよ。」

「一念発起して作ってみる?おねえちゃん。」

「う~ん、私はパスかな。会社から帰ってきて、そこまで元気がないわ。」

「君はどうだい?伸びしろはもしかするとあると思うけど。」

「知ってて言ってるじゃん。センスも無ければ、味音痴だから、私が美味しいと思っても、美味しいごはんにはならないんだよ。」

「え、味音痴だったの?」

「初めて聞いたかな。本当なの?」

「だってお惣菜のほうが美味しいと思うのって、味音痴じゃなくて?」

「それは娘ちゃんが料理を作りなれてないだけだと思うわ。」

「じゃあ、おかーさん。私に料理教えてよ。それなら、多分美味しい料理作れるようになると思う。」

「夕飯の手伝いでもしてもらおうかしらね。キッチンが狭いから、どうなるかわからないけど。」

「で、あなたは?」

「私はもう諦めてますから。この人のほうが、よほど料理が出来ます。それに、残念ですけど、やっぱりお惣菜を買ってくるほうが、毎日が楽なんです。」

「あなたの会社の立場を考えるとね。しょうがないと思うよ。出来て当たり前みたいな感じじゃないのは僕も知ってるからさ。」

「えらい懐柔されてるんだな。ヒエラルキーがよくわからない家族だ。」

「それぞれに役割があって、それで生活してるからね。オトンとオカンみたいな感じではなくて、この娘も入れて、3人の役割分担ってやつだよ。」

「うまいこと言っちゃって。あなたはずるい人よね。」

「そう?事実を述べたまでだけど。」



さて、また午後が暇になってしまった。

「う~ん、どうしようか。なんにも考えてないけど。」

「それじゃあ、私達は、ちょっと宇都宮へ行ってみようかなって。」

「ね~。お正月のときはお店も開いてなかったし、もう一回行ってみようって思ったの。」

まあ、それも悪くないな。でも、僕は行ったところでまたラーメンを食べるだけになってしまうよなぁ。

「あ、君はお留守番ね。たまには二人でデートさせてよ。」

「うん、分かった。行ってきなよ。あ、でも夕飯の手伝いまでには戻ってきなよ。僕は僕で...どうしようか?」

そこにオトンが割って入ってきた。

「それじゃあ、ちょっと付き合えよ。男同士。」

「うん、別にいいけど。」

「それじゃあ、準備をしてくるから。ちょっと待ってろよ。」

と、2階の自分の部屋に着替えに行った。


「あれか、女性ばかりで、困っちゃってるのか。」

「お父さんはあれでシャイなところあるものね。」

「へ、そうなの?私とはすぐ仲良くなったけど。話してみたら、いい親だったし。」

「いや、君の親じゃ...じゃなくて、そりゃ、孫だし、こんなに可愛い娘が自分の孫なのが、嬉しいんだよ。」

「でも、そうかもしれないわね。私にはそこまで話し掛けてくることが少ないけど、孫だったらってことなんだろうね。」

「えへへへ。なんか、ちょっと嬉しいかも。」

なんかよくわからないけど、本当に懐に入るのがうまい娘なんだよな。この娘は若いってのもあるのだろうが、あの人とは若干違う空気を纏うようになった。誰にでも愛されるような空気を纏って、積極的に話をしようとする。よほど相手に問題ない限り、この娘は親しみやすい人間なのだろう。


「じゃ、行ってくるね。」

「あんまり困らせるなよ。いや、そんなに子供じゃないか。」

「そうそう。私も親だし、この娘も大人だから、楽しく行ってくるわよ。」

「オトーサンは心配しがちなんだよ。実家に帰ってきたときぐらいは、子供でいるのもいいんじゃない?」

「そう言うなよ。これでも、君の親なんだけどね。」

「知ってるから、わざわざ気を張る必要はないんだよ。お父さんとおかーさんに甘えてもいいんじゃない。」

「そうだね。40過ぎたとはいえ、僕はあの人達の子供だからね。」

「それじゃあ、行ってきます。」

「行ってらっしゃい。楽しんで来なさい。」


と、2階からタイミングよくオトンが降りてくる。

「行っちゃったか。駅まで送っていこうと思ったのに。」

「いやいや、そんなに大変じゃないよ。大丈夫。」

「そうか。じゃあ、俺たちも行くか。」

「ああ、そういうことなのね。ちょっと財布とケータイを取ってくる。」


なんとなくオトンと二人でドライブ。

「しかし、お前が連れ子とはいえ、人の親になるなんて、俺は思ってなかったよ。」

「僕もそれは思う。おまけに娘はしっかりと大学へ行っているあたり、僕より優秀なんだよ。」

「お金はどうしてるんだ?」

「学費は自分で稼いだらしい。今、彼女は21歳だけど、18歳のときからバイトして、大検を受けて、そして大学に入った。」

「手のかからない子なんだな。素直で、今が楽しそうに生きてる。」

「本当に今が楽しいんだろう。毎日、いろんなことを話してくれるし、僕もちゃんとそれを聞く。親子というのは、それが一番重要だって気づいたよ。」

「反面教師か。俺がお前にできなかったことを、今、彼女にしてあげているんだな。」

このオトン、実は仕事でお金を稼ぐことぐらいしか出来ない人だった。短気で、ぶっきらぼう。それでもって、知的でもない。いわゆる昭和の怖いオヤジだ。しかし、責任感はあるし、元々性格が合わないオカンとは、何度となく離婚の危機があった。でも、世間体を恐れた末、結局ここまで来た人だ。

正直を言えば、僕はこのオトンが好きではない。だけど、家族であり、この人の息子である。それだけ。だから、ちゃんと話しが出来るようになった。


「反面教師というより、僕もあの娘に色々教えてもらっているんだよ。あの娘がいるから、僕は、家族を持てた。そんな気がする。」

「自分の奥さんのことはどうなんだ?」

「そうだなぁ。僕より聡明で、おそらく賢く生きて来たのだと思う。でも、娘が大きくなって、片親というのは、辛かったのかもしれないね。」

「知ってる同士だったんだろ?」

「知ってるって言っても、中学校の同級生だからさ。それに、未だになんで僕だったのかがわからなくなる。でも、今は彼女の伴侶だから。」

「そんなに卑下することでもないだろ。お前はお前。彼女がお前と一緒にいるって言ってる以上は、胸をはって、自分の伴侶ですって言わなきゃダメだ。」

「事実はそうだけどね。まあ、うまくバランスが取れて、そこに娘が入って、家族になれたことは、素直に嬉しいよ。」

「それならそれでいいんじゃないか。自信を持って生きられないと、生きるのは辛いかもしれないからな。」

「......なんか、やっぱり父親なんだな。」

「お前より30年も多く人生を生きてないよ。それに、お前が家族を持ったことが、やっぱり嬉しいよ。ようやく、俺も努めを果たしたって感じで。」


「前から思ってたんだけど、彼女と娘ちゃん、同じ両親から生まれてるだろ。」

「やっぱりそう思うんだ。正確に言えば、おそらくそうじゃないかと思う。でなければ、42歳で21歳の子供をワンオペ育児で育てられるわけがない。」

「お前は知らないのか?」

まあ、推論はあっているけど、まさか同じ人が二人存在しているっていう話を信じてもらえるとは思えないからね。

「あんまり聞くのも野暮だから、特に聞かない。それでも、あの娘が僕の娘なのは本当のことだから。」

「ま、話したくない事情もあるだろうし、大体にして、お前にはそぐわないぐらい、キレイな奥さんと、可愛い娘ちゃんだし、いいんじゃないか。」

「それは、僕に対してなにかあるの?」

「いやいや、お前には過ぎた娘さん達だと思うだけ。でも、お前の話を聞いて、お前も彼女達が大切なのは十分にわかった。」

「僕もよく分かってないけど、あの二人には、頑張る姿を見せてあげたいかなって思ってる。」


「で、それはともかく、下世話な話だけど、奥さんとは、子供を作らないのか?」

「僕も彼女も若くないし、さすがに20年後を考えると、自ずと今の娘だけで十分だと思う。彼女も高齢出産になるだろうし、マイナスが大きいよ。」

「生む責任もあれば、産まない責任もあるってやつか。こればっかりは、当事者同士で決めたことだろうから、俺も口を挟まないようにする。」

「運が良ければ、ひ孫が見られる可能性もあるからね。最も、あの娘には彼氏はいないけどね。」

「運が良ければか。俺ももう少し、長生きできればいいけどな。」

僕が知らないうちに、オトンも歳を取ってしまったらしい。随分穏やかな考え方になった。でも、やっぱり好きではない。多少なりとも、自分本位なのが気になった。


「そういえば、娘ちゃんは、どことなく考え方がお前に似てるよな。」

「やっぱりそう見えるんだ。僕も、たまにそう思うときがある。この娘は、本当に僕が長年育ててきたんじゃないかって。親に似てくるのは、子供としては当たり前かもしれないけど、僕にルーツがないまったくの他人が、僕と同じことを考えられることが不思議なんだよね。」

「それは、やっぱり親の背中を見てるんだよ。まあ、背中を見ても、変なやつになってしまうやつもいるけどな。」

「僕のことか。まあ、僕はこの家では、異端児だからな。一番近いのは、親戚のじいちゃんだったと思うんだよね。」

「ああ、言われてみればそうかもしれない。兵士としてフィリピンに送られ、終戦後に引き上げてきてからは、仕事をしつつ、割と自由に生きてた感じだもんな。」

「理詰めだとか、機械いじりだったりとか、僕はあの人の生き写しみないなもんなんだろう。顔もオカンに似てると言われてるしね。」

「穏やかな人だったし、感情的にもならない。お前もそんな感じだし、何を考えてるかわからないからな。」

「その点、あの娘はストレートに感情を表現できる。ある意味、羨ましいよ。僕とは随分違うはずなんだけど、最終的に考えてることが一緒だったりするのがね。僕の代わりに、感情を出してくれていると思えば、それはそれでいいのかなって思ってる。」


「しかし、どうしたもんかな。お前が甘やかしてない感じなんだろ。俺が甘やかしてないかなって。」

「ああ、それは心配しなくていいし、あの娘は甘やかしても、必ず返してくる娘だから。一宿一飯の恩義なんだと。」

「21歳からそんな言葉が出るなんて、本当によく出来た娘ちゃんだよ。お前のほうが、手にかかるぐらいだし。」

「それは、僕があなたの息子だからだよ。心配してくれる存在は、ありがたいよ。」

「大人になると、誰も心配してくれないからな。世の中は、やっぱり非情だよ。」

「そうだなぁ。まあ、僕らは適当に暮らしていければ、それで十分だと思ってるよ。」

「それも一つの幸せか。昔から、運がない感じだったもんな。」

それをお前が言うなと思ってしまう。実際に僕が子供の時に受けたしつけは、今で言う保護観察に当たるレベルの暴力だった。

僕が左目の視力をほぼ失っているのも、しつけのせいだった。だから、この人の発言には、耳を疑うレベルのものも多々ある。

でも、家族であり、僕の父親だ。この人の存在を認めざるを得ない。多分、その気持ちが晴れるとすれば、この人が亡くなった時なのだろう。その時が、この人が、本当の父親になった時なのかなと思っている。


「どうした?」

「いや、僕も歳を取って、なんとなく分かることが増えてきたんだなって、この歳で思うよ。」

「あまり考え方を押し付けたくないんだが、俺は歳を取って、魅力が減るほうの人間だと思ってる。でも、お前を見てると、歳を取って深みが増している気がするんだ。」

「そんなことを言われるとは思ってなかった。まだまだ、僕は子供なんだよ。」

「それでも、人の親になった。連れ子だとしても、あの子は、お前の娘なんだろう?」

「僕の娘にしては、出来過ぎなところはあるよ。あの娘は、僕の見られない景色を見ることの出来る娘だから。直感で分かる。僕とは、何か出来が違うって。」

「俺が少なからず後悔していることが、お前と、お前の妹の育て方。なんで、あそこでオカンに任せることが出来なかったか。」

「そんなことを思うんだ。そういうことは、あまり子供の前で言うことじゃないよ。」

「やっぱり、俺は不器用だったんだよ。だから、仕事に集中していて、家庭を支える稼ぎ頭だけをやっていればいいと思ってたんだよ。お前ぐらいの年齢で。でも、今のお前を見ていると、ちゃんと相手と向き合って、思いを共有することが出来ている。多分、家庭を支えるだけでは、家族にはならなかったのだろうと思ってる。」

「心配しなくても、僕はオトンを恨むことはしないし、僕なりに、あの娘に責任を持っている。だから、親として胸を張って生きていけるようには、成長しておきたい。」

「いっちょ前に、口を利くようにになったよ。心配しなくても、あの子の親は、十分努めてる。そして、お前自身も、深い人間になってきたなって思うよ。」

「ありがとう。褒め言葉として、取っておくよ。」


話の重さに対して、ドライブといえばいいが、その実態は単なるハードオフめぐり。

特に目的はない。なんなら、中古やジャンクの商品との一期一会を楽しむという話だ。この辺が好きなのが、かろうじて親子である証明になるのかもしれない。



「オトーサン達、どうしてるかな?」

「あの二人、本質的なところはあまり代わりはないと思ってる。だから、不器用同士、なんか話してるんじゃない。」

「おねえちゃんは心配じゃないの?」

「心配してもしょうがないこと。男の人は、やっぱり混ざることが苦手なのよね。だから、本心をぶつけることしか出来ない。でも、それが強固な関係になることも知ってる。」

「ふぅ~ん。色々難しいんだね。」

「私は、あなたとの付き合い方のほうが、よほど難しいと思うけどね。よりによって、朝から旦那を誘惑するような娘がいるかっての。」

「そりゃ、スキあらばってやつだよ。でも、私がどんなに手を伸ばして、オトーサンが手を差し伸べてくれても、距離は縮まらない。」

「現実を知っちゃったか。成長したんだね。そんなことでめげちゃ、あなたじゃないでしょ?」

「もちろん。スキあらば、オトーサンを寝取ってもいい覚悟ぐらいはあるよ。」

「その覚悟はいらないわよ。だって、彼はそれを受け入れるだけの覚悟を持ってる。その時に腹をくくったのよ。あなたを選ぶようであれば、その時は私が身を引く時。」

「私、結構信頼されてる?」

「してるわよ。だから、こういうことを打ち明けることも出来る。もっとも、あなたに彼を譲ることは、ハナからしないけどね。」

「ぶ~、なんか馬鹿にされた気分。」

「私も女ってことよ。同じ人を愛しているから、やっぱり自分が選ばれるように、磨いていなきゃいけない。あなたは、若いってだけで、すでに勝ちなのよ。でも、それを埋めるのが、自分磨きってわけ。彼は甘いから、そんなことをしなくても、きっと私を選んでくれる。でも、やっぱり努力して、見合うような人間にはなりたいのよ。」

「大人になるって、大変なことなんだね。私、イマイチそういうところがピンと来ないんだよね。」

「自然と分かるようになるわよ。まだ、色々焦るような年齢じゃない。でも、知っておいて損はないわ。そして、あの人は、ちゃんとそういうところに気づける人間よ。」

「うん、分かった。でも、私も少女みたいなおねえちゃんの表情も、好きだよ。オトーサンに甘えてるときの表情ね。」

「やっぱり見られてるのか。失敗したなぁ。私にもそんなスキができちゃってる。あの人は、喜んで甘やかすし、やっぱり気を引き締めていかないとね。」

「甘えてるときはいいじゃん。まったく、どうして、そんなに完璧になろうと思ってるんだろう。」

「それが私のスタイルなの。あなたもそういうモノを持ったほうが、人生に張り合いが出るわよ。」

「自分のスタイルかぁ。私は、素直に甘えるほうが、あってるのかもしれないかな。ねぇねぇ、どっちのほうが、私っぽいかな?」

「若いうちは甘えておいたほうがいいわよ。そうじゃなくても、あの人は甘いから、あなたは素直に甘えていいの。せっかく、娘なんだから。」

「おねえちゃんが娘になりたいって言っても、無理だもんね。」

「でも、あの人の娘って立場も、結構大変そうな気がするんだけどね。そこのところはどうなの?」

「う~ん、私は、本当にオトーサンのことが好きなだけ。大変だとも思わなかったし、一緒にいられるだけで幸せだよ。あ、もちろんおねえちゃんもね。」

「まったく。私も彼に育ててもらえたら、こんな感じになってたのかな。」

「その時点で、やっぱり、私とおねえちゃんは別人なんだよ。多分、おねえちゃんはスキを見せないと思うから。」

「あ~あ、素直に甘えて生きる人生も良かったかなぁ。やっぱり、変に責任感を持っちゃ、ダメなのね。」

「そんなことないよ。私はその責任感に守ってもらってる。それだけで、幸せだよ。」


「ところでおねえちゃん。せっかく宇都宮まで来たのに、私達はこのカフェにずっといていいの?」

「あ~、うん、理由はなかったのよ。昨日、なんとなくスマホでこのお店を見てて、フルーツサンド食べたいなぁって思ったから来たのよ。」

「え、じゃあ、わざわざ電車賃を掛けて、駅ビルから出ないってこと?」

「うん、そうだけど。あれ、なんか見たいところある?」

「じゃあ、近くだから、ロビンソンに行きたい。」

「今はロビンソン百貨店じゃないのよね。でも、専門店街みたいなものらしいから、ちょっと行ってみようか。」



こうやって、その年の8月15日は過ぎて行った。

僕らにとって、この日も平凡な1日だったと思うけど、普段の日常よりずっと濃い1日だったかもしれない。


ガラガラガラ

「ただいま~。」

玄関から家に上がる音がした。二人も帰ってきたんだな。

「おかえり。楽しかった?」

「そりゃ楽しいに決まってるよ。おねえちゃんに秋物の服を買ってもらっちゃった。」

「ただいま戻りました。」

「おかえりなさい。スポンサーは営業力が大事って言うけど、この娘には、スポンサー料を払いすぎてるんじゃない?」

「そうねぇ。でも、この娘にも、みすぼらしい格好をさせるのはいやじゃない。」

「お互い、娘には甘いか。」

「ま、本人が喜んでくれるんだから、それでいいのよ。」

娘は楽しそうに、オトンとオカンに、買ってもらっちゃった服を見せていた。こういう無邪気なところ、あと何回見られるかな。



今日は、この辺で。

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