Life 73 I'll make sure to say hi. ようやくあなたの義親へ
「しかし、暑いわね。今年に限った問題じゃないけど、毎日暑くて家から出たくなくなるわよ。」
「暑いのは夏だからだけど、僕らが子供だった時代から、平均気温が5度ぐらい違うんじゃない。めったに35度なんてならなかったし。」
「言えてるわね。温暖化と言われて久しいけど、人間は順応する生き物だから、温暖化も順応しちゃってるのよね。自分で、厄介な生き物だと思うわ。」
「ははは、そうは言っても、向かってるじゃない?あの娘も待ってるだろうし。」
「...あなただけ行ってくればいいんじゃない。私は、帰るとちょっと面倒な話になるし、あなたにも迷惑を掛けちゃうと思う。」
「君の親戚への挨拶だろ。大丈夫。あの娘と3人で行けば、それなりに歓迎はされるんじゃない?」
「そうかしらねぇ。あの人達にあの娘を見せたら、私が色々追求されそうで怖いわ。」
「ま、まあ、僕の連れ子ってことにすればいいだけだから。なんとかなるって。」
両親と、実家で迷惑を掛けているあの娘と合流するために、今まさに僕らは電車の中。これで座れなければ、地獄のような形相になっているに違いない。数年前なら上野駅まで出れば始発の乗り放題だったものを。今や、赤羽まで出て、湘南新宿ラインか、上野東京ラインかを見て、帰らなければ行けない。正直、面倒くさい。
「まもなく野木、野木です。お出口は、右側です」
自動放送というやつだ。音声がクリアに聞こえる反面、18歳までは定期的に電車に乗って、学校に通っていた身としては、やはり雑音まじりのマイクの音が、やっぱり聞き馴染んでいる。今やどこもかしこも移動手段はほとんど自動放送だから、逆にわからなくなるんだよな。まあ、景色で察してほしいということ、もしくはスマホのアラームでも鳴らせということなのだろう。
セミも鳴かない暑さだな。
いつからセミは鳴かなくなったのだろう、如何に今が異常な暑さかというのが身にしみてよく分かる。
モバイルSuicaで改札を出る。そして迷うことなく西口のエレベーターを使って降りていく。
「あ、オトーサン、おねえちゃん、こっち。」
セブンイレブンの方から声がした。相変わらず、元気な娘だなと思いつつ。
「それより、あなたもこっち来て荷物持つの手伝ってよ。」
そしてこっちも荷物...う~ん、大体、泊まるにしても2泊3日。そんなに大きいトランクいるのか?って感じ。あ、僕は実家に衣類をおいてあるので、特に必要ありません。
「ねえねえ、アイス買ってよ。昔みたいにさ。」
この娘にとって、あの出来事はやっぱり大きなことなんだろうな。20年後に飛ばされ、そして、なぜかあの時、二人でアイスを食べた。それぐらい暑かった。
「じゃあ、3人分。好きなのを買ってきていいよ。」
そうして、僕は1000円を渡してあげた。あ、そういえば現金がもうないな。ま、いいか。
「お待たせー。」
別に3人分だから袋いらないのに、なんかそういうところは僕に似てるんだよね。
袋を開けると、中にはガリガリ君が3本入っていた。
「あの時、ガリガリ君が私を救ってくれたの。今日も救われよう。」
「実家で涼しくやってた癖に?」
「まあ、いいじゃない。そこのタクシー乗り場のベンチで食べちゃいましょう。溶けたら残念だし。」
「おねえちゃんは分かってるね。ほら、オトーサンも。」
「あ、いや、炎天下でアイス食うのはどうかなって思うけど。」
しかし、このベンチはいい加減新しくしないのかなと思いつつ、タクシーの来ないタクシー乗り場で、親子3人でガリガリ君を食べている図がちょっと異様。
「あの時って、駅の中のベンチだったから、それほど暑さを感じなかったけど、炎天下でアイス食べるとはねぇ。」
「ねぇ、やっぱり日傘さしていい?どう考えても死にそうな暑さよ。なんで彼の家まで待てなかったの?」
「それはね、ここがオトーサンと再会した、最初の場所だったから。あ、ベンチには座ってないけど。」
「君が17だっけか。制服着てたんだもんね。あの頃は、僕も色々悩んだよ。」
「そうなんだ。ごめん、迷惑掛けちゃってた?」
「いや、僕が誰かと暮らした経験がなかったし、まして娘ほどの年齢差があったんだから、そりゃどうしたら良かったのか分からなかったんだ。」
「あなたって、よくこの娘を大学に行かせたり出来るなんて、本当に出来た親だと思うわ。」
「いやいや、お金を稼いで自分で頑張ったからだよ。僕は暮らす場所を与えただけだよ。」
「そう?色々面倒掛けたと思ってるけど。」
「子供の面倒は面倒じゃないんだよ。僕もいい経験が出来たから。」
「まあ、中身は私だし、あのときの気持ちが強かった年齢だったから、仲良く暮らしていけたわけよね。私がある程度経ってから知ったことが、功を奏する感じよね。」
「あなたが来てくれたことで、ちゃんと家族になれた。今でも知らなかったら、この娘と結婚してる可能性は高かっただろうしね。」
「この~。惚れてるな。私に。」
「いつも言ってるでしょ。君のことは死ぬまで好きだと思うよ。」
そんなことを言いつつ、頭を撫でてあげた。
「撫でてもらうのは嬉しいけど、もう私も21歳なんだよね。そういうのは、家でやって欲しい。」
「羞恥心が芽生えたのね。私が会った頃は、この人にべったりだったのにね。」
「大人になったんだよね。君は、もう立派に大人になってるよ。だから、僕も頼りに出来る。そうじゃなきゃ、先に実家に行かせるようなことはしないよ。」
「信頼されてるんだな、私。」
「思ってる以上にあなたは大人なのよ。でも、落ち着いちゃったらあなたじゃないから、これからも同じでいいんじゃないかな。」
「そうする。私は、私だもんね。おねえちゃん。」
炎天下でそんな会話をしてるだけ、僕らは元気なんだろうけど、それにしても暑い。そりゃ熱中症で死ぬ人もいる。
たった5分の自宅まで帰れば、ガリガリ君も溶けなかっただろうに、でも、この娘の想いを汲み取ってあげようと思うと、この場所は特別なんだ。
あ、でも特別でもない人が一人いたのか。
「ねぇ、そろそろ行きましょう。やっぱり厳しい暑さよ。本当に熱中症で倒れちゃうかな。」
「そうだね。悪いけど、君は彼女のトランク以外の荷物を持って上げて。」
「うん、おねえちゃん、手伝うよ。」
「ありがとう。それじゃ、トランクの上に乗ってるお土産を持って。」
こうして、5分あまりではあるけど、親子3人で実家へ向かった。
「ただいま~。」
「あら、おかえりなさい。」
僕の母親。やっぱり僕に似ているのだそうだけど、うちには同じ人が二人いるからなぁ。
「おかーさん、今日はお昼なに?」
「なんだろう、特に作ってないよ。」
「お母様、お久しぶりです。」
「おかえりなさい。いつ見ても、この娘と顔がそっくりね。いつも迷惑を掛けて、ごめんなさい。」
「いえ、彼はちゃんと父親やってますから、お母様が思ってるより、ずっと立派ですよ。」
「そうかい。さ、じゃあ上がって。」
実家に帰って来たとして、僕はやることがない。まあ、別にいいけどね。
「お、おかえり。」
「なんだ、いたんだな。オトン。」
父親はお盆時期には家にいるんだな。まあ、そりゃそうか。
「おとーさん。ただいま。」
「おう、ご苦労さん。随分時間がかかってたけど、電車が遅れてた?」
「ちがうよ。3人でアイスを食べてた。」
「そういうときは家に戻って来なさい。炎天下でやることじゃないよ。」
「分かった。ごめんなさい。」
あれ、意外と父親やってるな。まあ、本当に僕の親だしな。
「お久しぶりです。お父様。」
「ああ、久しぶり。しかし、いつ見ても、娘ちゃんと本当にそっくりだな。」
「ね、よく言われますけど、しょうがないんですよね。」
そりゃそうだ。年齢は違っても同じ人だし。
しかし、やっぱり慣れないものだな。僕が結婚して、娘がいて、そんな当たり前のことなんだけど、僕の実家にいるってのが不思議にしか思えない。
「じゃあ、ようやく彼女の親に挨拶に行くのか。」
「あ、私の育ての親ですね。生みの親はもういないんです。」
「あんまりデリケートなことを聞くんじゃないわよ。ねぇ。」
「そうそう、おとーさん、そういうのはこっそり聞くもんだよ。」
「大丈夫ですよ。よく聞かれますから。」
「そうは言っても、僕も詳しく聞いたことないかもしれない。」
「あなたは知らないほうがいいんじゃない。でも、私の旦那様は、どこに出したって恥ずかしくないんだから。」
「そうですか。んじゃ、ま、会ってからそこらへんは考えるよ。」
「コイツのどこが、そんなに立派なのか。親でも知らないことがあるんだな。」
「すでにこんなに可愛い奥さん連れて、連れ子とはいえ親をやってるんだから、立派になったもんよ。」
う~ん、僕の親は、信用してないよな。きっと、今でも本当か分かってないのかも知れない。
「まあ、お前の人生、少しはいいことがあってもいいのかもな。」
「いいことか。う~ん、そりゃいいことではあるけど、僕も実感はないんだよ。普通に暮らしてるし、未だにお互いのことも良く分かってないし。」
「いやいや、そんなことないよ。オトーサン。私はもう、十分知ってるし。」
「この人は、本当に色々なことを教えてくれて、刺激を受ける人です。そうでもない限り、中年になって結婚はしませんよ。」
「そうなの?」
「だって、あなたの考えること、思うことは、やっぱり独特よ。だから、あなたは私の旦那様にしたかったの。」
「親としては、正直頼りがいがイマイチない子だからね。とはいえ、しっかりと20年も一人暮らししてるんだから、十分頼れるようになったんでしょう。」
「そうそう、おかーさん、いいこと言うね。私は、オトーサンを自慢のオトーサンだと思ってるから。頼りにしてるぞ。」
「今何歳になったんだっけ?」
「僕?間違いがなければ42歳だけど。」
「そうだよな。俺が76になってるわけだよ。十分、大人になったもんだな。」
「ま、それでも、子供は子供なんだろ。少なくともオトンが死ぬまでは、人の子でいるつもりだよ。」
「子供が家庭を持って、子供を連れて帰ってくる日が2回もあると、さすがに歳をとったと実感出来るよ。」
「まあ、あっちはあっちで色々問題はあるけど、僕らは一応、全員大人だからね。」
「それにしても、娘ちゃんにデレデレなんだから。歳を考えなさいって思うよ。」
母親からしたら、そういうふうに見えるんだな。なんか不思議な感覚だ。オトンのそんな姿は、見たことがない。
「あんまり面倒をかけるようでしたら、怒ってもいいんですよ。なんだかんだで、まだまだ子供ですから。この娘は。」
「いやね、向こうは3歳、こっちは21歳なわけだから、話が通じる分、楽なんだよ。意思疎通が取れるだけでもね。」
「そういうこと。まあ、息子くんには悪いけど、今はこの家で、一番若くて、子供だから、私。」
天性の人たらしというか、この娘は、懐に入ることに躊躇がないのだろう。だから、みんなに可愛がられる。愛される要素があるんだろう。
「しかし、オトーサンとおとーさんってのは、なんか紛らわしい。」
「う~ん、じゃあ、また前みたいに、君って呼ぶ?」
「なんだそりゃ。自分の子供に、君って呼ばれてたの?」
「まあ、その辺は諸事情ありまして、この娘が懐くまではそんな感じだったんだよ。」
「仲良し親子というか、バカップルみたいな感じですからね。今の二人の関係性。」
「そんなことないと思うけどなぁ。どう思う?」
「いや、君とカップルって見られてたら、私は嬉しいぞ。」
「あなたがいらないこと言うから、またこの娘が図に乗るんだよ。」
「楽しそうね。本当に仲が良くて、安心したよ。」
「そりゃね、この歳になっても言い合いしてる人たちよりは、仲良し家族ではあるかな。唯一の自慢だよ。」
「家族円満。それで、大抵のことは問題ないよ。ただ、あなた達を見てると、なんか年相応に見えないというか。」
「お互い、家族から入ってるからだと思いますよ。私も彼も、ようやく恋人って実感を持てるようになりましたから。」
「そうだね。結婚するとき、やっぱり大丈夫なのかなって思っちゃったからね。」
「でも、あなたは私のこと、好きでしょ?」
「誰にも渡したくない程度には好きです。」
「おいおい、世間じゃ、そういうのはバカップルなんじゃないの?」
「違いますよ、お父様。自然と、そういう思いが強くなってきてるんです。最初は他人の集まりみたいな感じでしたからね。ちょっと変わってるとすれば、この娘のことも、お互いに好きだから、私達は3人で家族なんですよね。ただ、生活を教える対象がいないだけで。」
「運が良かったな。ふたりとも、しっかり稼いでいるんだから、お前もやっていけてると感謝しなきゃな。」
「僕には過ぎるんだよ。この二人は。」
和やかな昼食を挟んで、午後はどうしようかと話をする。
「どうしようか、あなたの実家に挨拶に行ってみる?」
「う~ん、ちょっと電話をしてみようかな。」
そうやって、スマホで電話をかけている。どうも、立場的に弱いのか、彼女がヘコヘコしてるのが、ちょっと新鮮だった。
「なんか、おねえちゃんって、親戚と話すと緊張するんだって。」
「え、そうなの?一応、高校時代に住んでたんじゃないの?」
「でも、おねえちゃんの敬語って、親戚の人と話すときにしか聞いたことないよ。」
「少なくとも家族では聞かないもんな。」
...カチャっとスマホのロック音がした。話がついたらしい。
「うん、来てもいいって。」
「もう諦めたら?」
「僕も会ってみたいし、きちんと挨拶しておかないといけない気がする。」
そこにオトンが入ってくる。
「え、相手の親御さんに挨拶してないのか?」
「まあ、そういうことになるけど、経緯が色々あって、彼女は両親と死別してるんだよ。」
「そりゃ悪かった。聞いた俺が謝るべきだな。」
おいおい、オトンよ、昼飯前に話した内容だぞ。覚えてないのかよ。
「んで、育ての親に挨拶ってことになるわけなんだよ。僕も会ったことないからさ。」
「とりあえず行って来いよ。彼女の育ての親なんだから、しっかり挨拶しないとな。」
「簡単に言ってくれるよな。ま、でもこういう機会にしか行かないだろうしね。」
こういうときにしか車を借りることはない。彼女の親戚は、意外と近くに住んでいた。
「僕の知る限り、転校してきたんじゃないんだっけ?だから、別の県とかなのかなと思ってたんだけど。」
「実は小山に親戚がいたんですね。あなたも、覚えてない?」
「確かお父さんのお兄さんだっけ?なんか、本当に小さい頃に会ったことがあると思う。」
「そう。他の親戚は、みんな私を厄介払いしてたんだけど、あの人達だけは、引き取ってくれたの。」
「それが、私の選挙権の話になるんだ。」
「今も私達の本当の実家の手入れをしてくれてる。内心、早く売れないかなって思ってるんだろうけどね。」
「いい親戚じゃない。たぶん、殴られたりとかはしないだろう。そこは安心した。」
「君は殴られると思ってたんだ。うちの娘と勝手に結婚して、とか?」
「僕はそこらへん、悲観的に考えちゃうタイプだからさ。」
「ね、もし、私が婚約者を連れてきたら、殴る?」
「今の時代に殴る親がいるとは思えないけどなぁ。でも、気持ち的にはそういう気持ちもあるかもしれない。」
「あなたが可愛いのよ。親としても、恋人としてもね。」
「そんなもんなのかな。でも、今は君が恋人だもんね。」
「いいか、その発言、親戚の方々にはしちゃダメだからね。」
「確かに、この娘は今日、あなたの連れ子ってことになるわけよね。一応設定に矛盾があっても困るわね。」
「大丈夫。オトーサンの娘だよ。私は。」
「それは口八丁まで似てきてるってこと?」
「ま、そういうことにしておいてよ、ね。」
車を走らせること40分。
「しかし、大きな家だね。」
「今はみんな家庭を持ってるからだけど、私がいた頃は、兄が一人、弟が二人、それと妹が一人いたのよ。」
「どこも巣立っていって、空き部屋が増えていくわけだ。」
「ここは車がないと不便だし、みんながみんな、県外で就職しちゃったから、今は親戚の夫婦が住んでいるだけなのよね。」
「なら、ちょうどいいんじゃないかな。僕らが顔を見せれば、その方々も喜ぶでしょ?」
「私は緊張するのよ。やっぱり、ここの娘じゃないから。」
「でもおねえちゃん、顔はニコニコしてるよ。」
「そりゃ、ニコニコしてますよ。私にとって、2年ぶりに会うんですから。」
ピンポーン
大きな家だと、外に出てくるレスポンスがあまり早くないんだよね。知ってる。
ちょっと間をおいて、僕からすると義理の父代わりの方が出てきた。
「久しぶり。ちゃっかり結婚して、ようやく挨拶に来たんだ。」
「お久しぶりです。報告が遅くなってしまって、申し訳ないですけど。」
「で、こちらの方々...え?」
「じゃあ、僕の方から。結婚させて頂きました、...と申します。そして、これが、私の連れ子です。」
「はじめまして。...っていいます。」
「驚いた、というか、母さん、ちょっと来てみなさいって。」
彼女の育ての母親、僕の義理の母に当たる人も出てきた。
「お久しぶりです。お母さん。」
「えっと、旦那さんはわかるけど、この子が連れ子?どう見ても、あなたじゃないの。」
「えへへへ、他人の空似ってやつなんですけど、名前も偶然一緒なんです。」
「それにしても、ここまで似るものなのかね。連れ子ということは、前の奥さんとは?」
「死別してるってことにしておいてください。ちょっと色々事情がありまして。」
「答えられない関係なのか。アンタも苦労して育ててきたんだね。」
「まあ、娘にはもう助けてもらうような歳になりましたから。」
「ささ、じゃあ、入って話でもしようか。面白い話が聞けそうだ。」
「はい、お邪魔させていただきます。」
日本家屋と言ったらいいのだろうか。横に長い感じの家。僕も知り合いに、こんな広い家に住んでる人は知らないレベルだ。
通る部屋それぞれが10畳ぐらいあるだろうか。そして、居間もすごく広かった。でもテレビは32インチだった。そこは安心するポイント。
「えーと、そうだな、まずは、義理の親として、娘と結婚してくれて、ありがとうと言いたい。ずっと一人だったこの子に伴侶が出来る日が来るとは思ってなかった。」
「お父さん、そんなに私が一人だったと言いたいんですか?」
「ごめんな。俺は一人で見つかったアンタの印象が強くて、そのまま大学に進学しただろう。だから、心配はしていた。けど、大丈夫だとも思ってた。」
「彼女は強い人ですから、今までも一人でやってこれたんです。」
「で、君との関係は?」
「中学生のとき、同級生でした。クラスが同じだったんです。25年ぶりに再会して、お互いにパートナーが欲しかったと思うようになって、結婚することにしたんです。」
「どおりで知らないわけだよ。ここに来た頃のこの子は、そういう感じの空気が一切なかったから。」
「でも、聞き及ぶ限り、彼女には友人がたくさんいたと思ったのですが。」
「話していいかい?」
「ええ、お父さん。」
「この子とは、実際に半年ぐらいしか一緒に生活していないし、それ以降は、彼女の両親の遺産で大学に行き、一人暮らしを始めたから、毎日懸命に勉強しているイメージしかないんだ。」
母が乗っかるように話してくる。
「そうそう、この子は、死別した両親との約束をきちんと守ろうとしてたから、浮ついた話は一切なかったのよ。」
「私が通ってたのが女子校でしたし、出会いもないですから、それは当然だと思いますけどね。」
「ああ、そういえばそうだったっけ。そりゃ、浮ついた話にならないわけだ。」
ここで娘がある疑問をぶつける。
「その頃の、私の母はどんな感じだったんですか?」
「今だから笑って言えるけど、本当に毎日一生懸命に勉強をしていた子だった。それに、ウチの子供たちと違って、家事も手伝ってくれてたんだよ。」
ん?それは初耳。家事が出来ないと思ってたけど、実は懸命にやってた時期もあるんだな。
「あんまり悲壮感はなかったんだけど、あまりに行き急ぐ感じがしてたのよ。そんなに、頑張らなくてもいいって何度も思ったわ。」
「彼女は、今もがんばり屋ですよ。事実として、うちの家庭の大黒柱ですから。」
「あら、尻に敷かれてるのね。」
「そういう関係じゃないですよ。私の稼ぎがいいだけで、代わりに家事をやってくれてるのが、彼なんです。」
「今の時代、そういう関係でも、生活が出来るだけいいよ。でも、君だって働いてるんだろう?」
「はい。でも、僕の仕事は、仕事と呼べるようなものじゃないですから。半分趣味みたいなものです。」
「どんな職なの?」
「とあるメーカーの社内SE、システムエンジニアをやっているんです。と言っても、基本は雑用係なんで、なんでもやりますけど。」
「あら、なんか儲かってそうな職業だけどね。」
「そんなに儲かる仕事じゃないですよ。日本はIT後進国になってしまって、エンジニアの立場も年々悪化していくばかりですから。」
「大変なのね。それをしながら子育てしてたんだものね。」
「幸い、この娘は素直でしたし、男一人で育てている割には、ベタベタくっついて来る感じで、非常に助けられたんですよ。」
そして二人の視線は、娘に行くわけだけど、
「本当に他人の空似なのかね。あまりにもそっくり過ぎて、驚くことしか出来ないけど。」
「偶然なんです。私も、母を見たとき、私がいると思いましたから。」
「で、それを見たアンタの感想は?」
「同じですよ。私がいるって思いました。だから、普段は母とは呼ばずにおねえちゃんって呼んでくれるんですよ。」
「二人揃うと、姉妹と言っても、いや双子って言っても通用するな。こりゃ。」
「本当、どうやったらこんなにそっくりな娘さんが生まれてくるんだろうね。」
「ははは、まあ、明らかに僕の血が薄いでしょうね。この娘の母親が美人だったから...といえば、説得力はありますかね。」
「そうか、さっきさらっと聞いてしまったけど、この子も母親とは死別してるんだっけな。」
「まあ、それぐらいで許してください。」
そうは言っても、まさか同じ人間で、あり得ないことが起きたから二人いるって、信じてもらえないもんな。
「また、顔を見せに来るといいよ。俺らはいつでも歓迎するよ。」
「無理して体を壊さないようにしてね。あなたの幸せを願ってるからね。」
「やだなぁ。お別れじゃないですから。これからは、彼が実家に帰るときに、こちらにも顔を出します。」
「君も、娘ちゃんも、体に気をつけなさいな。三人で仲良く暮らしていってな。」
「「ありがとうございます。」」
こういうときに、やっぱり娘なんだなと実感する。赤の他人だけど、この娘の親だもんね。
帰りの車中。
「はぁ~。なんとかごまかせた。」
「何。無策だった?」
「あったりまえじゃない。そもそも、あんまり会わせたくなかったって言ったでしょ。」
「まあ、僕はいいんだけどさ、やっぱり連れ子は無理があったかな。」
「そうねぇ。あなたの両親は私の連れ子で納得出来るだろうけど、さっきの説明だと、私がこの世界にあと一人いるってことになっちゃうじゃない。しかも死んでるし。」
「その辺は二次元嫁みたいなもので考えてくれればいいよ。」
「そういうおちゃらけた答えが聞きたいわけじゃないのよ。」
「でも、おねえちゃんも全然考えてなかったんでしょ?オトーサンばっかり責めても、しょうがないじゃん。」
「ま、そうよね。事実として、私がもう一人いるとは正直言っても信じてもらえないだろうし。」
「そうそう。ごまかせたんだから、もういいっこなしにしよう。」
「そうだね。しかし、時たましか顔を出さない娘が、急に旦那と連れ子を連れてくるって、結構衝撃かもね。」
「普通じゃありえないことがここで起こってるし、まあ、驚くのも無理はないかな。」
「さてと、んじゃ、僕の実家に帰る前に、買い物でもしていく?」
「そうね。たまのお盆休みだし、あなたの両親にもなにかごちそうしてあげないとね。」
オカンに電話をかけてみたところ、とりあえずオトンが寿司を希望していたので、5人前買ってきてと言われた。
僕ら夫婦が良くパック寿司を買って食べているけど、それは僕の家系のDNAなんだろうか。娘だけがブーブー文句を言ってたけど、特に不満がなかったので、途中スーパーで寿司を買った。やっぱりお盆休みらしく、ファミリーパックみたいな30貫入を2つ買ってみた。質は知らん。
まあ、そんな感じで1日目が終わった。
「はぁ~。疲れた。やっぱり親戚に会うのは、そんなに頻繁じゃないほうがいいわ。」
「いい人たちだったじゃない。僕は結構新鮮だったよ。あんなに大きい家。」
「そっちなんだ。私はともかく、おねえちゃんが緊張してたの、私は分かってたよ。」
「さすが私よね。アンタがいると、少し気が休まるわ。」
「私の扱いだもんね。オトーサンも、おねえちゃんも、連れ子って扱いにしてくれるけど、現実を知ったらどう思うんだろうね。」
「どうも思わないだろう。少なくとも、君はもう君自身になってしまったし、この人とは違う人生を生きてるから、そのまんまの関係だと思うよ。まあ、それ以前に信じてもらえないだろうから、話す必要もないよ。」
「そうね。私しか私をわかる人はいない。でも、この娘は、やっぱり私なのよね。だから、いい方に働いてることを願うばかりだわ。」
「そういえばさ、自分が自分の親っていうのは、どういう気持ちなの?」
「う~ん、別に考えたことなかったけど、大体の行動の動機みたいなものはわかるのかな。結構、お寿司反対派だと思われてるけど、私もお寿司は好きだし。」
「でも、アンタの年齢じゃわからないことも多いはずよね。そういうことまでわかるって感じなのかな?」
「もちろん、わからないこともたくさんあるけど、少なくともおねえちゃんの気持ちは汲み取れるのかな。喜怒哀楽すべてとは言わないけど、同感することばかりだしね。」
「考えてることは違うけど、感情面で共感出来るか。いや、案外相手を強く念じると、テレパシー的なことが出来たりするんじゃないの?」
「はいはい、ラノベみたいなことは出来ないよ。だから、共感という言葉になるのかもね。ねぇ、おねえちゃん。」
「逆に私はアンタの考えてることがわからないことが増えてきてる。きっと、私と違う人間として、歩み始めてる証拠なんだと思うかな。」
「ともあれ、私は、私として、オトーサンのこと、大好きだぞ。」
「そう。いや、そんな言葉を言われるように思ってなかったからさ。嬉しいよ。」
「なんかバカップルがやってるわね。あなたも、平気でそういうことを言ってて、歳を考えなさいって。」
「そう?大好きって言われて、嫌になる人っている?」
「あーあー、私が悪かったわよ。そういう人だって知ってたわよ。一瞬忘れてしまったことを恥じるわ。」
「そう言ってるけど、おねえちゃんも、オトーサンのこと、好きだもんね。」
「好きって言葉が良くないのかな。これから、愛してるって言おうかしら。」
「そっちのほうが恥ずかしいけど、なんか夫婦って感じするね。」
「ゴホン。じゃあ、あなた、愛してます。」
「は、はい。ありがとうございます。」
「ぎこちないよ。ふたりとも。」
「そんなこと言っても、いきなり受け答え出来るほど、僕だって器用じゃないよ。それに、愛してるって言われたこと、今までなかったし。」
「う~ん、まだまだ、私達は新米夫婦よね。なんでこんな当たり前の言葉が今まで出てこなかったのか、自分でもわからないかな。」
「本当だね。好きで満足しちゃいけないのかもね。愛してもらえるように、生きていかないと、だね。」
「ねぇねぇ、じゃ、私が愛してるってオトーサンに言ったら、どう思う?」
「ん?いや、別にそのまま受け止めるけど、僕が君を愛してるとすれば、それは親の愛情になってしまうから、気持ちの行き違いは起こるよね。」
「そうなんだ。じゃあ、私は好きって言おう。そっちのほうが、恋人っぽい?」
「聞き慣れてるから、別になんとも思わないんだよね。そりゃ、嬉しいけどさ。」
「愛情の表現って、やっぱり個性が出るから、その点で、アンタがこの人に好きって言いすぎたのかもしれないわね。日本の文化じゃないけど、親しい人にするフレンチ・キスみたいな感覚なんでしょうね。」
「なるほど。そういう感じで受け止めればいいのか。」
「え、じゃあ、オトーサンは今まで私の好きをどう捉えてたの?」
「いやあ、好きなんだなって思って受け取ってたよ。当然、僕も好きだからさ。それに応えてたってところかな。」
「おねえちゃん、オトーサンがなんか冷たい感じなんだけど。」
「いい意味で、この人っぽい受け取り方だと思うわ。ポーカーフェイスで、何を考えてるかわからないけど、その奥にある優しさとか、愛情とか、そういうところは案外クールなのよ。だから、ドライな関係にはならないのよね。私ともかみ合うのは、そういうところなんだと思う。」
「そういうことだね。ごめんね。あんまり反応が良くないと思うかもしれないけど、僕はちゃんと応えてるつもりだから。」
「私の方こそこめんなさい。むやみやたらに好き好き言い過ぎてるって、自分でも分かってるんだけど、やっぱり好きなものは好きだから。」
「うん、別に重荷にはなってないから、安心して。君の好きに、僕も救われてきてるところはあるからね。」
「まあ、それはいいんだけど、あなたの実家で話すことなの?この話。」
「いや、ここに来たからわかったことなのかもしれないよ。緊張してる君も見れたしね。」
「前言撤回、あなたのことなんか、どうでもいい。この娘とベタベタしてればいいんじゃない。」
「そんなこと言っていいのかな?おねえちゃん。私はオトーサンと抱き合って寝ちゃうぞ。」
「はいはい、好きにすればいいじゃない。楽しくしてたらいいのよ。」
「でも、楽しくしたいのは、僕も、あなたも一緒じゃないとダメでしょ。」
「え、ちょっと、自分の実家で、始めるつもりなの?さすがに私も引くわよ。」
「いやいや、しないしない。だけど、あなたがその輪の中にいないと、僕らは楽しくないってことだよ。」
「そうそう、言葉通りに受け取ってちゃダメだぞ。」
「はぁ、なんか、おちょくられてばかりね。いい加減、あなた達のことは分かってるつもりなんだけどね。」
「家族のこと、色々知っていくには、まだまだ時間が掛かりそうだね。でも、それぐらいでちょうどいい。だって、僕らは三人で暮らし始めて、まだまだ日が浅いんだから。」
「やっぱり、この娘との生活分、あなた達にはアドバンテージがありそうね。」
「でも、オトーサンという人を知るってことは、私も考えたことなかったからなぁ。まだまだ子供なのかな。」
「君は、その時が来てから知っても遅くはない。無論、知っててもそれはそれでいい。だけど、僕をもっと知りたいと思う?」
「思うよ。だって、いつでも好きなんだから、好きな人のことは、いくらでも知りたい。」
「そうだね。君の言う通り、僕も、君を知らないといけないしね。もちろん、あなたのことも知りたい。」
「あ~、私のことは、そんなに知らなくてもいいんじゃないかな。なんか、はしたない女だと思われそうだし。」
「そういう部分があるとは思えないけどね。僕にとって、あなたは最愛の人なんだから。」
「...こういうところよね。うまいこと、いいところを取り入れて、その気にさせちゃうんだから。昔からそうよね。」
「そう?あんまり自覚はないんだけどなぁ。」
「いい方に考えようよ、おねえちゃん。オトーサンはこういう人って知ってるの、多分私達だけだしね。」
「へいへい。そういうことにしておきましょうか。私も、もっと最愛の人を知る努力をするわ。」
普段と違う場所だから、定例会も変な感じに終わった。けど、お互いを思いやる前に、お互いを知らなきゃいけないというのも、やっぱり大切なことだと思う。
「う~ん、昨日まで、どんな感じで寝てたのだろうか?」
「ごめん。なんか散らかしたままだった。今日はここで私が寝るから、オトーサンはおねえちゃんと寝て。」
「うん、そうする。散らかすなとは言わないけどさ、決して僕の部屋は広くないんだから、その辺はちゃんと考えようね。」
自分の部屋の惨状を見ると、やっぱりこの娘は家事も整理も出来ない娘になっていくのかもしれない。帰って、整理整頓をいい加減に教えようかな。
今日はこの辺で