Life 68 My place is here after all. 帰ってきたよ
「んんん~!久々の日本だぁ。」
私は、ようやくオーストラリアから帰ってきた。あれ、日本って、こんなに暑かったんだ。あ、でも、オーストラリアはあんな気候でも冬だったしね。
「...どうやって帰ったらいいのか、よく分からない。」
そう言えば、行きは二人が送り出しに来てくれたんだよね。だからふわっとしか覚えてないけど...。
多分電車に乗った。いや、そんなこと言っても、どこで電車に乗ったら、田端駅まで行けるんだろう。
「あ、そうか。スマホ使えるじゃん。これで、経路検索しよう。」
「...すみません。」
「はい、どうされましたか?」
「東京の、田端駅までどうやって帰ったらいいか、教えてもらっていいですか?」
ちょっと泣きそう。私、なんでこんなに地図も読めないし、経路案内もわからないんだろう?
そうして、お姉さんに教えてもらった方法で、浜松町駅までモノレールに乗り、降りた改札で、また駅員さんに聞き、なんとか田端駅までたどり着いた。
みんな、元気にしてるかな。コンビニのみんなも、今夏休みなのかな?でも、私は家に帰ろう。
ガチャ
「よいしょっと。ただいま。」
なぜか、懐かしい気がした。たった一ヶ月なのに、自分の住んでた部屋じゃないみたい。
リビングに、PS5が置いてある。よかった。片付けられてたらと思ったけど、一安心。
キャリーケースをリビングまで引っ張ってきて、早速中身を片付ける。今帰ってこられても困るんだよね。でも、まだ16時だし、ゆっくりと整理していこう。
服...二人の言ってた通り、やっぱりちゃんと下着を付けて寝よう。やっぱり、無防備過ぎたんだね。
え~と、これなんだっけ?ユーカリの葉っぱ?なんでこんなのが入ってたんだろう。現地の人にいたずらされた?いやいや、部屋からトランク出してないし。
それと、お土産。マカデミアナッツはおねえちゃんがお酒のあてにでもするだろう。そしてオトーサンには、コアラのぬいぐるみ。なんだかんだで好きだもんね。
後はどうしようかな。洗濯物は洗濯機に入れて、キャリーケースはベッドルームに置けばいいか。
ガラガラ
「あれ、枕が2つしかない。」
そりゃ、ふたりで暮らしてるんだから、その通りだけど、なんか寂しいな。
クンクン。あ、こっちがおねえちゃん、で、こっちがオトーサン。また、中年の加齢臭がとか二人で言うんだろうなぁ。加齢臭みたいに臭いわけじゃないのにね。
ん、なんかよくわからないけど、チンアナゴのぬいぐるみ?しかもこっちは3つある。さては、二人でデートにでも行ったな。中年カップルめ。
「あ~あ、早く帰ってこないかなぁ。」
いつもの一人とは、なんか違う。私が海外に行ったから?それとも、私抜きの生活が、この部屋に馴染んだから?
とにかく、なんか落ち着かない。落ち着かないときは、落ち着くところに行こう。
リビングのこたつに足を入れた。オトーサンのおかげで、冷房はずっと25度をキープしてるけど、そんな中でこたつに足を入れるって、なんか変だよね。
でも、こたつに足を入れたら、なんか落ち着いてきた。私の場所はここだ。やっと、帰ってきた実感が湧いてきた。
「一人で空港から帰ってこられたよ。褒めてよ。」
それから、私はこたつによりかかり、気持ちよく眠ってしまっていたみたい。
ガチャ
「ただいま~っと。お、帰ってきてるな。」
僕は廊下を抜け、リビングに入った。
「寝てるか。そりゃ、フライトだけでも大変だもんね。」
とりあえず起こすことはしなかった。どれ、なんか汁物でも一品作ろうかな。
そう思い、台所に行き、冷蔵庫の中に、汁物の具になるようなものを探していた。
う~ん、そう言えば、二人だったから、思いっきり毎日お惣菜だったからな。そりゃ具もないよな。
ま、とりあえず豆腐はあったし、これで、和食を思い出してもらおうか。
「今は、戦士の休息かな。でも、夏休みはまだまだ残ってるもんね。君は。」
ガチャ
「ただいま。」
「はいはい、おかえりなさい。」
「あ、ちゃんと帰ってきたんだ。」
「そう。今は寝てる。良かった、いつものあの娘だった。」
「そりゃ、向こうでイメチェンしてるわけないって、写真で知ってたじゃない。」
「まあね。」
「それより、私も疲れたんだけどなぁ。ぎゅーっとして欲しいな。」
「はいはい。今日もよく頑張りましたね。」
そうして、彼女にハグをしてあげた。
「今日も頑張った。生きてて良かった。」
「あ、いきなりごめんね。お寿司頼んじゃって。」
「ううん、別にそのくらい。というか、私達、この一ヶ月で、何回お寿司食べてる?」
「う~ん。思いっきり手抜きしてたね。とりあえず、豆腐の味噌汁だけ作っておいたから。」
「それじゃ、あの娘の寝顔を見に行っちゃおうかな。」
「まったく、幸せそうな寝顔ね。」
「こたつで寝てるってのが、この娘らしい。僕は、ベッドで寝てるんじゃないかって思ってたから。」
「もしくは、抱きついてくるか?」
「ああ、そう言われてみると、その可能性もあったのか。久々過ぎて、忘れてたよ。」
「長かったんだね。」
「長かったね。僕ら3人には長すぎる時間だった。」
「さ、じゃあ、起こして、団らんしましょうかね。」
「準備は僕がしておくから、君は着替えてくるといいよ。」
「鈍ってないわね。了解。着替えてくる。」
「......よう。時差ボケかな?」
私は顔を上げた。あ、見慣れたオトーサン。
「ただいま。オトーサン。」
「おかえり。僕の可愛い恋人さん。」
「あ、そうやって、不意に恋人になるのはズルい。」
「ははは。ちょっと焼けたね。まだ、日焼けができる年齢だ。」
「う~ん、日焼け止め塗っててこれだからね。ま、オーストラリアまで行ったんだから、お土産話はたくさんあるよ。」
「それは楽しみだね。でも、その前に夕食にしようか。」
「あ、起こされたか。ごめんなさいね。」
「おねえちゃん、なんか久しぶり。」
「父親にはただいまで、母親には久しぶりってか。なんなんだその差は?」
「ごめん。なんか不意に出ちゃった。友達と久々に会うやつみたい。」
「おねえちゃんが良くないのかな。私も、やっぱりお母さんと呼ばれるべきなのかしら。」
「何言ってるの、おねえちゃん。」
「ひとりごとよ。私にも、小さい悩みぐらいあるわよ。」
なんだ、簡単だった。顔を合わせて、言葉を交わすだけでいい。一ヶ月も経つと、そんなことも忘れてしまうんだなって。
ようやく、私は日本へ、自宅へ、二人の元に帰ってきた。そんな、幸せに満ちた気分だった。
定例会の時間
「よいしょっと。」
相変わらず、僕の右側により掛かる娘。
「なんか、この重み、久々に感じたな。忘れてたかも。」
「そうだよ。私も一ヶ月間、より掛かれなかったんだから。」
「それはそうと、いい加減、ノーブラとショーツ一枚はやめたんだね。」
「う~ん、あのカッコって結構恥ずかしいことやってたんだなって。留学先で指摘されちゃってさ。」
「ルームメイトに?」
「そう。オトーサンもおねえちゃんも、黙って私の自由にさせてくれてたんだよね。」
「昔は止めてたけどね。もう、それでもいいかなと思って、好きにさせてたんだよ。自分で気づくかなと思ってね。」
「確かに、向こうで最初はその格好だったんだけど、何でも胸の形が崩れるとか、そういう感じの話をされてさ。」
「なるほど、そういうことなのか。そういうところは敏感に思ったのね。」
「いや、どうせ私の裸を見るのは君だけだけど、やっぱりキレイな私を見て欲しいじゃん。」
「そう。いや、それでも、ちゃんとそう思ってくれるのは、嬉しいかな。」
「相変わらずだね。その八方美人っぷり。」
「八方美人かな?君がキレイになっていくことは、僕は嬉しいけどね。」
「もう、そうやって。照れるなよ。まったく、オトーサンは可愛いんだから。」
う~ん、いつも思うんだけど、僕の態度ってそんなに可愛いかな?よく分からないんだよな。
「よいしょっと。」
彼女もお風呂から出てきた。
「あ、そうか。今日はもう、髪の毛を乾かして貰えないんだっけ。」
「やろうか?もう、日課だしね。」
「じゃあ、お願いしちゃおうかしら。」
そうしようと思ったら、右側の重みがどんどん強くなってくる。
「ちょっとオトーサン。いつから、おねえちゃんの髪の毛乾かすの、日課になったの?」
「ああ、そうか。君がいなかったとき、手持ち沙汰で、やってたんだよね。」
「羨ましい?」
「ぶー、私もやって欲しい。」
「じゃ、あとでね。まずは、彼女からだ。」
「お先に失礼。じゃ、お願いね。」
こんなところで場外乱闘が起こるとは思わなかったけど、やっぱりこの辺、同じ人らしい反応。
「そう言えば、下着も、短パンもはいてるのね。いい加減、自分が恥ずかしい恰好してたの、分かってきた?」
「うん。ルームメイトがね、体のラインが崩れたり、体調が悪くなったりするから、やめたほうがいいって。」
「そうなんだ。私達も、ちょっと考えてたんだけど、助かったわ。その子に感謝ね。」
ミディアムボブとは言えど、案外髪の毛が多いので、水気を取ってから乾かしたほうが速いことに最近気づいた。でも、これだとちょっと爆発するんだよなぁ。
「で、どうだった?あなたの見てきた、オーストラリアは?」
「うん、案外、日本と変わらないかなって感じがした。向こうは冬だったけど、寒いってほど寒くないしね。」
「エアーズロックに行ったんでしょ?」
「アレ、どうしたらあんなに大きな一枚岩になるんだろうね。やっぱり、地球は不思議だらけだね。」
「コアラは?イメージだとその辺ウロウロしてる感じするけど。」
「アレもめったに人目に触れない感じ。で、なんとなくそういう感じの生き物がいるなと思ったら、コアラだったりする。」
「ま、確かに奈良公園じゃないんだから、シカみたいにそんなにウロウロしてないか。」
「私、動いてるコアラ見たことないよ。ずっと木に乗ってるだけ。現地でも起きてる時間はほんの1~2時間ぐらいだって。」
「ずっと寝てそうだもんね。ある意味、オトーサンと波長が合うかもよ。」
「なんで僕?」
「いやあ、オトーサンって、なんかマスコット感あるじゃん。クマというか、レッサーパンダというか。」
「そんなに可愛い?」
「う~ん、言わんとすることが分かっちゃうのが、またあなたの特徴よね。確かに、コアラと言われると、生態系も似てるしね。」
「そんなに寝てるかな。」
「オトーサンは寝てるじゃん。どうせ、またおねえちゃんの胸の中ですやすや寝てたんでしょ。」
「すやすや寝てた?」
「う~ん、寝顔を見る限りは?でも、考えてみると、眠りが浅いのか、いびきを聞いたことはなかったりするよね。」
「可愛げがあって、大柄なところを考えると、パンダってイメージがあるよね。」
「でも、あんなにゴロゴロしてないと思うんだけどね。」
「いやいや、十分。そうか、穏やかなパンダね。なんかしっくり来る。」
パンダねぇ。笹ばっかり何十キロも食べてるような生き物だけど、あれはなんで可愛く見えるのかよく分からない。
まあ、クマよりは凶暴性は低いかな。いやいや、パンダもクマだよな確か。
「はい、これで完了。」
「ありがとう。あなたは相変わらず、よくまとめるわよね。」
「最近やり方を少し変えたから、キレイになってるとありがたいんだけどね。」
「そうなのよねぇ。乾かしすぎてしまってるから、寝癖は付くわよね。」
「ね~え、私は、やってくれないの?」
「ああ、君もやって欲しいの?」
「あったりまえじゃん。本来その位置にいるのは、私なんだから。」
ん?僕の伴侶ってことなのかな?いや、単純に、先に髪の毛を乾かす順番のことだよね。
「ちゃんと髪の毛の水分取った?」
「うん、これでドライヤー掛けてくれれば、きっと大丈夫。」
ドライヤーを掛け始めると、彼女がなんとなく眺め始める。
「あなたって、やっぱりこの娘には丁寧にあげてるよね。」
「そう見える?」
「見える。」
「オトーサンは、私が特別なんだよね。」
「いや、単純に髪の毛の長さが長いから、そういうことなんだよ。」
「なるほど。」
「本質的には二人共一緒だよ。ただ、細部が若干違うって感じかな。」
「え~、私そんなに大事にされてない?」
「そういうことじゃないよ。二人共、僕には一緒。」
「そうそう。私も、アンタも、この人には平等なのよ。」
「おねえちゃん、口が悪くなったね。アンタって。」
「ん?ああ、そう言えばあんまり使ってなかっただけで、実は言葉使いはあまり良くないのよ。」
「もしかして、それが素のおねえちゃん?」
「素というか...もう一つの人格みたいな感じ?アンタって、会社で後輩に使ってるのよね。」
「そうなんだ。あなたの後輩は、やんちゃなの?」
「う~ん、愛嬌がいいのよね。10年も一緒にやってるし、ある意味ツーカーで通るというかね。」
「ふ~ん、親しみを込めた、アンタなんだね。」
「あ、それがちょうどいい感じ。さすがに理解が早いわね。」
「あー、抱きつくと火傷するよ。落ち着いてね。」
彼女が娘に抱きつくときは、なんか人形みたいに撫でたりしてるから、作業に支障が出るんだよね。
「で、どうだった?初めての海外生活?」
「う~ん、なんかさ、やっぱり日本っていい国なんだね。それはよく感じた。」
「やっぱりそういうものなんだね。」
「でも、夢の世界というか、なんていうのかな。やっぱり、私には地に足がついてない世界だったかな。」
「確かに、あなたみたいに20年も時代を飛ばして来て、更に海外に行くと、やっぱり差が出てくるわよね。」
「そうそう。私、21年しか生きてないけど、実年齢は41歳なんだよね。」
「それが、君の感じた海外か。どう?君は勝負出来そう?」
「そうだなぁ...。コミュニケーションは問題ないと思うんだけど、私には、アイディアをひねり出す才能が乏しいって。クリエイティブな部分がないんだよね。」
「つまり、意思疎通は取れるけど、新しいことは始められないって感じ?」
「もちろん、私にそういう意志があることもなく、留学に行ったってこともあるけど、それを差し引いても、オトーサンみたいなその場しのぎのようなアイディアが出ないんだよね。あ、別にオトーサンが毎回その場しのぎの話をしているってわけじゃないよ。」
「でも、言っていることはすごくわかる。私も同じ会社で20年だけど、特に工夫することなく、ただひたすらにレールの上を動くみたいな感覚がある。無論、私の職ではそういうことは強要されない。だから、震災のときにも、なんとなく知りたいと思ってボランティア参加もしてた。けど、分からずじまいなのよね。」
「マイナスをプラスに変えたという意味では創造だけど、その創造は誰かに指示された創造だったと。」
「こういうところだよね。オトーサンが変にインテリで、アドリブの凄さを感じるところ。」
「なんか変なこと言った?」
「いやいや、震災被害をマイナス、復興事業をプラスとして、それを創造するって考え、パッと出てくるのがすごいんだよ。」
「この娘の言う通りよね。あなたは本来、学芸員とか、研究者とか、そういうカテゴリにいる存在なのかもね。」
「でも、出来なかったから、今の位置にいる。それで幸せだよ。」
「私は、その発想力が欲しいと今回初めて思ったの。同い年ぐらいの向こうの学生と話していて、もっと夢のある話が出来なかったことに、ちょっと悔しさを感じてたんだよね。みんな、野心というか、未来を想像して、そこへアプローチをしている。そんな中で、私は二人と仲良く暮らしていければいいとしか思ってなかったから、悔しいの。」
「知れてよかったよね。あなたが行く前に、私達は過剰な期待をあなたに掛けた。まあ、この人に止められたけど。ただ、あながち逆算した人生というものは、間違ってないんじゃないかって思ったりするの。私の時代は、ただ就職さえできればという時代だった。でも、今は比較的余裕もあるし、具体的な方法を調べることだってできる。そういう時代だから、あなたにはまず、大学を卒業したときにいるべき地点を思い浮かべて欲しいのよね。」
「日々の生活は、楽しくやれればいいんだ。でも、人生には、勝負しなきゃいけないときがあるんだよ。行く前に、彼女が言ってたけど、そこで最善を取れるか、そこで最高のパフォーマンスをできるかで、君の人生は大きく変わってくる。本心を言えば、日本ではなく、グローバル企業へ就職して、外国人の旦那をウチに連れてくるぐらいのことを期待出来てしまう。親バカかもしれないけど、今の君は、そのポテンシャルがある。せっかく海外を知ってきたんだから、僕らと暮らすこともいいけど、自分をより高い価値で生きられるところに行って欲しい。」
「私にできると思う?」
「時間はまだまだある。あと1年ぐらいある。でも、人間の成長なんて、1年ではたかが知れている。だから、成長するより、色々な発想力だったり、それを表現するための言葉の技術を持ったり、そして、強い意志を持つこと。僕らと楽しく暮らすのは当たり前で、そこに何を上乗せしないと、ゴールにたどり着けないのか?それをしっかりと知る必要がある。その結果、色々な職を知るために派遣社員をやるでもいいし、あるいはハイブランドの店員とかでもいい。別に、フリーターでもいいとは思う。でも、それが自分自身にとって、幸せであるか?というのは、また別なんだ。僕らと暮らすのは、全然問題ない。でも、普通の会社で働くのか、フリーターで働くのか、それとも世界的規模の会社で働くのか。ま、ニートはちょっと勘弁してほしいけど、色々な道が、まだ選べる時間がある。だから、できるよ。」
「理屈っぽいけど、簡単に言うと、あなたの思い通りに、常に最善を尽くしなさいってことよ。」
「なんかバカにされてる?僕の言い方。」
「いい事言ってるんだけど、理屈っぽいのよ。あなたの言い方。」
「うん、私、もっとできる人になる。そのために、残りの夏休みも色々大学へ行って調べてみる。私にある選択肢って、どういうものなのかを知りたい。」
「あ、でも、もう一つ。大学生の夏休みも、思いっきり楽しんでおくんだよ。学生時代には、それぞれの時代に合う楽しみ方があるからね。」
「あなたはまだ学生なんだから、そこも楽しむ。毎日大学で調べ物なんて、面白くないぞ。」
娘は先に寝てしまった。久しぶりの我が家だから、安心したんだろう。
「いい刺激を受けてきてくれた。まさか、あんなに出来ないことを具体的に伝えられるようになってたなんてね。」
「親としては嬉しいけど、やっぱり複雑かな。自分の手の届かない場所に、子供が行ってしまうというのはね。」
「いや、あの娘はいつでも手の届く場所に居続けると思うよ。ただ、それが週末だけになったり、月イチぐらいになったりね。」
「なんか、寂しいね。」
「寂しいね。でも、それも親の役目だと思ってる。自分でこうありたいと決めたら、もう立派な大人だよ。」
「大人かぁ。今まで、体だけ大人だとずっと思ってたけど、こうやって人間って成長するんだね。」
「客観的に誰かの成長を見られること。これだけで、僕らは子育てをしてて、幸せなことなんだろうね。」
「案外、僕らの悩みは、取り越し苦労に終わりそうで、ちょっと安心かな。」
「どうだろうね。普通の男性には、君より魅力的に見えると思うけど?」
「そうじゃないだろ。あなたのことよ。」
「どうする?わけわからないぐらい世界的な企業に入って、1000万プレーヤーにでもなったら、僕なんかニートで十分暮らしていけるよ。」
「娘のヒモになるなんて、最低な発想。でも、あの娘にはなんとなく、そういう夢を重ねちゃうのよね。」
「幸せになってくれるといいね。」
「そうね。贅沢は言わないから、変な男に...私の旦那って、変な男だと今思っちゃった。」
「そんなに変かな。僕。」
「あの娘の親があなたで良かったのは、やっぱりあなたの理屈っぽいところで、色々理解させたところだと思うのよね。だから、自分が常に最適な立ち位置である場所に収まるように、うまく立ち回れる。驚異的だと思わない?21歳の小娘が、瞬時に状況を判断できるのよ。」
「それは、元々身についているものだと思うよ。多少なりとも僕が絡むとすれば、僕の行動を見て、真似をしていると思ってるところじゃないかな。真似ているはずなんだけど、あの娘には、きちんとした位置に修正できる能力を身に着けてる。そこは、あの娘が持ってるものだと思うよ。」
「ともあれ、そろそろ親って立場は卒業なのかな。特に私は。」
「強敵だぞ。我ながら、本当に良い娘に育ってくれた。あなたにも負けないと思うよ。」
「本当よね。どうやったら、私があんなに出来た娘に成長するのか。私にもわからないもの。」
「でも安心して。一番は、やっぱり君だから。」
「理由は?」
「そんなの、君だからに決まってるでしょ。あの娘じゃない。やっぱり僕には、君なんだよ。」
「恥ずかしいことを真顔で言っちゃうんだから。」
軽くキスをする。それ以上伝えることはないしね。
「私達も寝ましょうか。」
「そうだね。3人で寝るのは1ヶ月ぶりか。なんか、ドキドキする。」
今日はこの辺で、