Life 65 That hot summer for the two of us! 大人の夏休みは短い
土曜日。多少は雲がかかってもいいだろうに。古い表現だと、ピーカン照りと言うやつ。雲ひとつない。
「晴れたわねぇ。これも、私達の日頃の行いがいいからかしらね。」
「正直、心底行きたくない。死にに行くようなもんだもん。こんな天気。」
僕の理想は、やや曇りで、多少の青空。気温33度ぐらいが理想だった。まあ、7月も後半だったら、そんなもんだろう。
だが、目の前には、快晴。気温38度にもなりそうな天気。そもそもに、もう部屋が暑い。エアコン付いてて暑いって、どうかしてる。
「さ、じゃあ、準備しようかな。寝汗を流してから行くから、また髪の毛、お願いね。」
「暑いのに、髪の毛を整えるとか、もうありえないだろう。どうしてこうなった。」
で、彼女がシャワーを浴び、涼みつつ髪の毛を整えてあげる。時刻は9時半ぐらい。
「本当に行くの?僕、焼け死んだりしないかな?」
「熱中症対策にいいモノを持ってるじゃない。肩にかけるファンとか。」
いや、これ、付けても多分熱風だと思うし。
「とりあえず着替えるね。さすがに下着だと、家の中でも痴女みたいだし。」
そう言って、ベッドルームに入って行ってしまった。う~ん、どうしたものかな。
とりあえず、僕も昨日出しておいた服に着替えた。サイズ大きめのポロシャツだし、多分大丈夫だろう。
「おまたせ。どうかな?」
珍しい、白いノースリーブのワンピース。そしておなじみの白い帽子。あ、ジョーダンのキャップは、現在オーストラリア出張中です。
「またまた、本当は30そこそこなんでしょ?お嬢様?」
「褒めたって...アイスぐらいは買ってあげようかな。」
しかし、この人は本当に、毎日可愛いか、綺麗かを更新してるような気がする。さすがに160cmもあると、少女とはいかないだろうけど、可愛らしい格好だ。
対して...う~ん、ユニクロだけどポロシャツだし許して欲しい。本当にごめん。
今回は完全に準備を当日するという小旅行なので、まだ切符すら買ってない。
「とりあえず、田端駅で切符を買って、行きましょう。」
「そうだね。まあ、三島まで。そのあと電車で一駅だし、港まではバスが出てるから、まず迷うことはないと思うんだよね。」
「遠目のランチってわけね。ついでだし、新鮮なあても買ってきましょうかね。」
「今日はお店で1杯、帰ってきてから1本だからね。守ってね。」
「わかってます。もちろん、夕食にも買うのよ。立派なお作りとかあるでしょう。」
ガチャ
「ねぇ、これ、本当に行く暑さ?なんかおかしくない?」
「いや、多分大丈夫。平気よ、へいき。」
とにかく日陰を選びながら、駅へ行く。正直、体温以上の状況で、手をつなぐという選択肢はあまりなかった。
最近はみどりの窓口も減り、特急券も買える券売機に変わっている。
「え~と、新幹線で、田端から東京っと。で、こだまの自由席、三島まで、乗車区間は沼津と。」
「片道5,000円ね。なんか、キリがいいわね。これを往復で買えばいい?」
「そう。ごめんね。ATM行き忘れて、本気でお金持ってなかった。立て替えるか、最悪払っておいて。」
「あなたにはいつもお世話になってますからね。交通費ぐらい、ポーンと出してあげるわよ。」
「さっすが、僕の奥様。そういうところは気前がいいね。」
「で、この切符で入るわけね。」
「そう。Suicaで入っても、東京駅までの料金取られるだけだからね。」
「東京都区間内って運賃があるのね。私も、覚えておこう。」
まずNEWDAYSのATMでお金を下ろす。ま、2万もあれば、多分大丈夫だし、彼女もなんだかんだでお金は持ってるから心配ない。
そして、二人で東京駅へ。時刻はだいたい10時半ぐらい。15分もあれば東京駅に着く。
「さてと、僕はアイスを買ってもらいたいんだなあ。」
とりあえず、東京駅の東海道新幹線の改札に入り...あ、ひかりの止まるやつあるな。
「こだまじゃなくて、ひかりだけどいい?」
「早く着くなら、いいんじゃない。ちょうどあるんだし。」
ひかり509号。定刻11:03分発。15番線発らしい。
そうして、飲み物を買うために、ホームの売店へ。
「う~ん、アイスがないぞ。」
「アイス?新幹線で買おうとしてたの?」
「そそ、スジャータのアイス。シンカンセンスゴイカタイアイスってやつだね。」
「ああ、あの車内販売のやつ。確かに、あれは硬かったわ。で、それが売ってると。」
「はずなんだけどね。まあ、いいや。飲み物だけ先に買って、帰りにアイスは買おう。」
と、お会計をしてくれたレジの人が、いいことを教えてくれた。
「アイス、2号車のあたりまで行っていただくと、自動販売機がありますよ。」
「ああ、噂の。ありがとうございます。」
どっちにしろ、ひかりの自由席は、1~5号車なので、ちょうどいいだろう。
「おお、これがあの伝説の...」
「ちょっと、なに興奮してるの?そんなにすごいの。この自販機。」
「だって、スジャータのアイスってのは、一部でしか取り扱いがない、ほぼ業務用アイスなんだよ。それが、こうやって自販機で売られるなんて。」
「ありがたがってるところ、悪いけど、これ、電子マネー決済オンリーね。」
「じゃ、仕方ない。Suicaにお金を入れて、今日はモカを買おう。」
ぴっ、ぴっ、ぴぴっ、ガチャン。
「買っちった。」
「なんで、そんな満面の笑みを浮かべられるわけ?私も買ってみようかしら。ええと、バニラでいいか。」
ぴっ、ぴっ、ぴぴっ、ガチャン。
「ま、食べれば分かるし、この人が言うんだから、間違いないでしょ。」
さすがにこだまではなく、ひかりだなと思った。乗車率は、7割の窓際が埋まるぐらい。
適当に、12番のA/B席を取った。飲み物と、アイスをテーブルに置き、二人で並ぶ感じ。まあ、もうしわけないが、奥様に海を見せてあげたいしね。
「とりあえず、あんまり騒がないように、アイスでも食べましょうかね。」
「そうね。新幹線って、なんかうるさくしてたら、厄介認定されちゃうもんね。私も、アイス食べよう。」
モカ味...チョコ味ともちょっと違うんだけど、本質的にはチョコアイス。チョコアイスは案外あと引く感じの後味が多いけど、スジャータのやつは、割とスッキリしてる。
横を見ると、奥様もなんか幸せそうな笑みを浮かべている。ほらね。普通に美味しいんだよ。このアイス。
「あなたの言う、こういう細々したお菓子とかって、当たりしかないわよね。なんか、久々にこんな美味しいアイス食べたわ。」
「ハーゲンダッツとも違う感じでしょ。あっちも美味しいけど、アイスって感じなんだよね。こっちは乳製品を固めた何か違うものって感じがする。」
「なんか、言ってる意味がわかってしまう。乳製品を固めて冷やすとこんな感じなのかしらね。これ、帰りに買って行って、溶けないかしらね。」
「まあ、最悪は、向こうで新鮮な魚介でも買ったら、氷が付いてくるだろうから、それで冷やすしかないんじゃない。」
「そっか。残念。」
「まあ、田端に住んでる場合、マクドナルドのデリバリーで食べることが出来たんだけど、いつの間にかメニューから消えてるんだよね。」
「だけど、冷凍ボックスを持ってきて買うほどのものでもないしねぇ。」
「あ、ヤフーショッピングで売ってるね。注文して、あの娘が帰ってきたら、3人で一緒に食べようか。」
「そうね。日本のアイスが美味しいって、教えてあげないとね。」
「あ、そう言えば、あの娘にも、なんかお土産買っていかないと。」
「深海魚のデフォルメぬいぐるみでいいんじゃない。チンアナゴとか。」
「チンアナゴって深海魚?まあ、埋まってはいるけど。」
「人気だから、その辺出張ってるんじゃない。あったら、買っていこう。」
と、列車は品川駅を発車したところだった。僕ら、アイスに夢中で10分ぐらい経っていた。
ビニール袋にアイスのパッケージを入れ、ゴミ箱に捨ててきた。乗車率はそれほど変わらない感じだ。
と、オルゴールがいつの間にか変わったことに気がついた。
「そう言えば、オルゴールが変わるって言ってたけど、もう変わったのね。」
「僕が社会人になって、出張に行くようになって、AMBITIOUS JAPANしか聞いたことなかったからね。20年一昔とは、良く言ったものだね。」
「そっか、あなたは、出張に出る仕事をしてた時代があったんだもんね。」
「そう、止まる宿がなくて、名古屋から自宅に帰ってきて、翌日午前中に京都まで行くとか、無茶やったよね。」
「その仕事って、SEの仕事?」
「うん、僕は、特殊な業界のソフトウェア会社にいて、実働部隊が僕しかいなかったんだ。だから、多少の無茶はやったよ。毎日宿が違う状態で平日5日間も止まってたら、僕も良くわからなくなってくる。その切符は今も取ってあるよ。まあ、アニオタとして、当時やってたアニメの聖地を3つ回ったんだよ。仕事なのに、偶然ってあるよね。」
「勲章みたいなものだ。」
「あの時は、家に帰れて嬉しかったよ。でも、家で待ってる人はいなかった。」
「今は?あ、ごめん。あなたが待ってるほうか。」
「君と、あの娘が帰ってきて、一緒にご飯を食べて、一緒に話をして、一緒に寝る。当たり前になってしまったけど、今更一人は難しいかもしれないね。」
「私と一緒ね。まさか、眠れなくなるとは思ってなかったのよ。いかに、あなた達の存在が大きくなってたのか、改めて知ったかな。」
「でも、あの娘には悪いけど、今は二人きり。これにも慣れてきてて、あの娘が帰ってくる頃には、どうなってるだろうね。」
「見せつけてあげよう。私達、あまり考えてなかったけど、実は法的に認められた、夫婦なんだよ?」
「あまり活かしたことはなかったけど、そっか。あなたって僕の奥様だと、世間一般に見られてるんだもんね。」
「安心して。愛想を尽かして出ていくことはない。あなたに愛想を尽かすとすれば、あなたが私の静止を振り切って、何かを決意した時。まぁ、一つは覚悟してる。」
「その一つ、僕も心当たりあるけど、僕はおそらくそれを望まない。あると言えば、事故だろうけど、僕はしっかりと避妊してるからね。」
「お互い、あの娘には、やっぱり責任を感じてるのよね。」
「あなたは自分自身、そして僕は憧れられる父親。そりゃ、責任を持って、面倒を見るしかないだろうな。」
「まあ、それは、また戻ってきてから考えよう。せっかく二人きりだし、ね。」
そんな話、ゆっくり話してたら、小田原駅を通過したらしい。案外、というか一人で乗る新幹線より、全然体感で早いなって感じる様になっていた。
車窓は一気にトンネルだらけ。わずかに海の見える場所はあるものの、やはり話題は風景より、近づいてくるその先の話へと移っていく。
「あの海鮮かきあげって、二人でなんとか食べられるかな?」
「どうだろうね。いや、おそらく問題はないと思うんだけどさ。インパクトが強めだからね。」
ネットのメニューを見ながら、何を食べるか相談している。こういうときは、本来現地のインスピレーションに任せるのがいいと思う。失敗しても、それは良い思い出になる。
「でも、やっぱり僕は海鮮丼を絶対頼む。魚が不味くない限り、海鮮丼は絶対にうまいと考えていいはず。」
「安定志向よね。漁港でまずい魚を出すような店はチェーンにならないだろうしね。」
そんなことを話している間に、あっという間に三島駅。定刻通り11時45分。42分間の新幹線乗車だった。
「さてと、5分乗り換えらしいから、少し急ごうか。あれ、今日はもしかしてヒール?」
「そんなわけないでしょ。あなたといるときは、スニーカーよ。絶対、無茶するもん。」
そうして、来た電車は立ち席が出るほどの混雑だった。そういえば、昔青春18切符で大阪を往復したときも、なんかこの辺は立たされた覚えがある。
「ね、スニーカーで来てよかった。」
「そうでしたね。いや、やっぱり場所によって臨機応変に靴を変えるあたり、僕よりすごいよね。」
「男性はフォーマルとカジュアルがあれば、大体なんとかなるもんね。ま、あなたみたいにずっとナイキなのも困るけどね。」
「死ぬまで靴だけはナイキを履くと思うよ。多分ずっとエアジョーダン。」
「男の子だもんね。こだわりは大事よ。でも、TPOはわきまえてちょうだい。」
「わかってるつもりだけどね。」
そうこうしている間に、あっという間に沼津に到着。11時55分。あれ、真面目に昼飯旅になってるぞこれ。
で、スマホを見る限り、次は12時10分の沼津港行きバスだ。あれあれ、これ、結構な行列になっとる。乗れるのかな?
「大丈夫かしらね。ちょうどお昼の時間に重なってるし、結構並んでるわよこれ。」
「まあ、悩んでてもしょうがないし、とりあえず10分おきにあるみたいだから。もしくは、最悪タクシー使う?」
「そこはバスにしましょ。別に急ぐ旅ではないし」
二人で列に並んだ。しかし、なんだろうな。この気持ち若めの奥様と並んでると、やっぱり僕はちょっと劣等感を感じてしまう。
「どうしたの?」
「いや、特になんでもない。言ってたってしょうがないことだしね。」
「なにそれ?なにか隠してるでしょ?」
「いやいや、今日も、僕の奥様は可愛いなって思っただけ。」
「ホントかなぁ。でも、褒めてくれて、嬉しいな。」
こうやり取りをしてるんだけど、傍から見た僕と奥様の並びは、完全にキモオタと美女にしか思えないと思う。まあ、キモオタなのは認めますけどね。
12時25分ごろ、到着。まあ、多少はロスしたけど、無事、沼津港へやってきた僕ら。
「まずはお昼。早速丸天に行きたいわね。」
「多少は覚悟...まあ、1時間ぐらいは見ておこうか。」
「ローカルとはいえTVCMやってるようなお店だから、そのぐらいの覚悟はできてるわよ。なんとしてでも、食べるから。」
お店に向かう。あ、そういえば深海水族館は結構手前だから、最後でいいか。
長蛇、とも言い難いが、おおよそ7組待ち、予測が難しいけど、メニューを見て、想像を膨らますしかない。
「せっかくだから丼もの頼んで、追い刺し身とかもいいんじゃない。きっとビールも進むわよ。」
「1杯だからね。そこだけ守ってくれれば、もう任せるよ、」
と、店の奥から、声がしてきた。
「順番前後してすみません。2名様、ご案内いたします。」
僕らのようだ。案外、運がよかったというか。
「よっこらっしょっと。」
「お年寄りってほど年齢行ってないでしょ?」
「まあ、なんか立ちっぱなしで、結構辛かったからさ。」
おしぼりが出てきたので、注文を一気に済ませてしまった。
彼女はわいわい丼というもの、僕は丸天丼。そこに刺し身の盛り合わせと海鮮かきあげ、そして生1杯である。
「お連れ様はお飲み物はよろしいですか。」
「あ、僕はお茶で結構です。慣れてますんで。」
雑談するまもなく、最初の海鮮丼がやってくる。
「やっぱり、生しらすに桜えびは外さないのね。」
「僕のは釜揚げしらすも乗ってるね。いや、これがまずいはずはないでしょ。」
「「いただきます」」
それからは、無心で丼をほおばる。美味いものに対しての礼儀である。そして、刺身の盛り合わせと、問題の海鮮かきあげ、何故か遅れて生ビールが出てきた。
二人で丼を平らげる。そして気づく。
「ビールはともかく、調子に乗りすぎた気がしない?」
「奇遇だね。僕も、どうやって食べようか考えているところです。」
刺し身はダラダラ世間話でもしていれば、アテにできる。問題は、20センチはあるであろう、海鮮かきあげ。
「半分だからね。」
「え、私、なにかから逃げようとは思ってなかったよ。」
「いや、なんかかき揚げに対して消極的な気がする。こんなことを言いたくないけど、半分は君の希望だろ?」
とりあえず、食べやすいサイズにかき揚げを崩していく。案外、えびや貝柱などが原型で入っているせいもあり、切り崩しても、なかなかのボリュームだった。少なくとも、僕は後悔していた。
その頃、奥様はというと、ビール片手に刺し身でテンションが上がっている。
「さ、崩したから、一緒に食べよう。あと、僕にも刺し身は食べさせてほしいかな。」
「わかりました。う~ん、名物だからと言って、やっぱり侮った私も悪かったかな。しょうがない、乗りかかった船だ。」
そして、あーだこーだ言いながらも、30分掛けて完食。前半の美味しさに比べ、後半の美味しいもの地獄は、なかなかいい大人が体験するものではないと思った。
支払いを済ませ、あたりを散策することにする。と言っても、ゆっくりだけど。いい思い出になると言ったけど、いざ、中年夫婦がそれを行ってしまうと、やはり悪夢に近い感じだった。
「さて、どうしようかな。とりあえず、休憩しながらでも水族館を回ってみる?」
「そうね。どうせ、急ぎではないものね。でも、あなたは一度来たことがあるんでしょ?」
「まあ、特殊な場所だからね。なかなかどうして、難しいよね。普通の水族館デートとは違う感じを味わってもらおうかな。」
「ロマンチックじゃないのよね。」
「グロテスク?」
「...良かったわね、私と婚姻してて。普通なら、最後のデートになると思うぞ。」
「まあ、見てからでいいんじゃない。その感想。っても、たしかにそうかもしれないかな。」
沼津深海水族館。愛称はシーラカンスミュージアム。その名の通り、生きてはいないものの、冷凍保存されたシーラカンスを展示することをメインとして、駿河湾の深海に住む生き物にスポットを当てた水族館。
とはいえ、基本的には見た目がグロテスクな生き物は少なく、一般的な水族館とそれほど変わらない感覚で、巡ることができる。
「水族館って、飼育代なんかを入場料で賄わなきゃいけないのはつらいところよね。」
1800円という入場料に対して、シーラカンスを保管しているという名目にしては、安い気もするが、そこは来場客数でカバーなのだろう。
「案外、民間でやっている水族館ってのはそれほど多くないけど、ここはおそらく学術的なものが保管されているから、ある程度の保護はされているとは思うんだけどね。」
ここは、後半ほどディープな深海の生物を扱っている。ということで、おなじみのアイツも当然登場。
「チンアナゴって、どこの水族館にもいるわね。なんなら、名所で飼ってるわよね。」
「飼いやすいのかな。まあ、飼育とかは考えないけど、こういうスクリーンセーバーとかあると面白いのにね。」
「そういえば、昔のパソコンって、水族館のスクリーンセーバーなかったっけ?」
「あれ、よく覚えてるね。あれってWindowsのおまけソフトに入ってたんだけどね。」
「自分で持ってたパソコンかしらね。疲れたら、電源入れてぼーっと眺めてた時代が私にもあったかな。」
「黒歴史的な話をわざわざ暴露しなくてもいいのに。」
「あら、私だってそういう寂しいときがあったのよ。ある意味、私の命を守ってくれたのかもしれないわね。」
「感謝、かな。」
「しっかし、この、人の気持ちを読んでるような、ひょいひょいっとした動き、本当にかわいいものね。」
ふと、さかな~って言葉が浮かんだけど、それは心に留めておくことにした。いかんいかん。
「ま、人気者は人気者らしく、常に歓迎してくれると嬉しいよね。いや、彼らはそういう生態だから、歓迎とかではないのか。」
「なんか難しいこと言ってるな。いいじゃない、可愛いから展示されてるのよ。それで十分。」
やがて深海ゾーンへ。駿河湾大水槽というアトラクション。
ここは、駿河湾の深海生物をメインとした、シーラカンスに並ぶ展示物の一つだ。
「ねぇねぇ、不謹慎だけど、あのカニ、茹でたら何人前になるのかしらね。」
「カニって単位が1杯だから、茹でても1匹じゃ1杯なんじゃない。」
「そういうものなのかな。でも、宴会で出されたら、足1本でお腹いっぱいになる自信があるわ。」
「それは、今お腹いっぱいだからじゃなくて?」
「なんというか、カニの身って、タラバガニみたいに言うほど入ってなかったりするじゃない。でも、この大きさだったら、1本食べれば十分かなって。」
「僕は1本食べられるかなぁ。あんまりカニって、好きじゃないんだよね。というか、甲殻類が好きじゃないというか。」
「昔の、ザリガニの話?」
「よく覚えてるね。それもあるけど、こう、カニを無心で食えるって環境がよくわからなくてさ。エビは身がしまって美味しいとか、案外わかるじゃない。」
「...言われてみればそうかも。でも、カニって、身が締まってるというより、身が詰まってると言うのが正しいのよね。だから、質より量の食べ物なんじゃない?」
と、なんか周りの人に、なんか感心されている。小声で話してたはずが、割と盛り上がってしまったらしい。
僕と奥様は首を下げつつ、その水槽の中の生き物をまた見ていく。
「...深海魚って、身が締まってて美味しそうよね。圧力に打ち勝つような身の付き方をしてるんでしょ?」
「さっきから、食べる話ばっかり。もしかして、もうアテのことを考えてる?」
「それは最優先よ。日帰りとはいえ、せっかく海の近くに来たんだもの。美味しいものを買って帰るわよ。」
そう。まあ、この人の性格の割に、ちょっと急いでる節がある。まあ、気にすることではないと思うけど。
そして、冷凍保存されたシーラカンスとのご対面である。
「案外、普通の魚に近いのね。」
ふと、ちんあなご~って言葉が浮かんだけど、ま、それはそれで。
「でも、これが生きた化石っていうぐらい、昔から形の変わらない魚。まあ、なんかイメージ図ではよく見るかもしれないけどね。」
「冷凍保存だから、別に生きているわけではないのよね。」
「そもそもにシーラカンスの本物が見られるのは、世界でもここだけらしいからね。冷凍だとしても、見られないと言われれば、見たくなるものじゃない?」
「う~ん、そういうものなのかしらね。まあ、でも多分、私は普通の水族館デートのほうが合ってると言うのはわかったわよ。」
「いい大人がですか?」
「いい大人じゃないでしょ?まだまだ、好奇心旺盛なくせに。」
「でも、そうだね。わざわざ薄暗い海底水族館に連れてきたのは、シーラカンスを見せるためと、単に近くにあったから。それだけだしね。ごめんね。」
「ううん、そういうことじゃない。あなたと、あなたの興味のあるものを一緒に見ることが私の趣味みたいなものだから。それが私に合わないだけ。やっぱり、君は出来る子なんだよ。」
「出来る子ねぇ。そういうことにしておきましょうか。」
名残惜しいが、シーラカンスをあとにして、お土産コーナーである。
「言ってみるもんだな。本当に売ってるもんなのね。」
チンアナゴのだきまくらぬいぐるみである。人気銘柄を外さないお土産コーナーだな。
「どうなんだろうね、深海鮫ぬいぐるみとか、ダイオウグソクムシぬいぐるみとか、部屋においてあったら一番いいものは?」
「そりゃもちろん、チンアナゴでしょ?なんなら、3人分買って、ベッドに置いておく?」
「三人揃ってチンアナゴを抱いて寝てるの?なんか、イメージ湧かないけどね。」
「あなたのSuicaペンギンやら、イコちゃんだっけ?あっちよりは現実に即した形だと思うんだけどなぁ。」
くそ、形を馬鹿にされた気がする。アイツらだって、好きで抱きまくらになったわけじゃないのに。
「ま、でもファンシーグッズは僕好みだ。それでいいよ。なんなら三人分持って帰るよ。」
「あら、あなたはなんかそういうもの、本当に好きよね。そういうところもあなたの好きなところよ。」
というわけで、チンアナゴの抱きまくらを3つ買ってしまった。買ったときにしか生まれない後悔。でも家のそこら中にあるぬいぐるみたちと、仲良く暮らしてほしいものだ。
「眩しい。私達、本当に深海から出てきたみたいね。」
時刻は15時過ぎ。まだまだ夏の太陽は許してくれないらしい。
「それじゃ、酒のアテを見つけに行きましょうか。」
「せっかくだから生き作りとか作ってもらいたいわね。あ、でもここから2時間帰るのにかかるんだから、生きてないか。」
「それは気分の問題じゃない?まあ、でも欲を言えば、刺身の盛り合わせのほうが、僕は嬉しいかな。」
「大丈夫。美味しければ、何でもいいのよ。私のお酒には、なんでも合うわよ。」
言ってしまった。この人、本当にお酒が飲みたいだけの人になってる気がするんだよな。
「じゃあ、なんとなく目に入ったけど、みなと新鮮館ってのがあそこにあるから、ちょっと行ってみようか。」
「いくいく。待ってなさいよ。私のつまみ。」
急に本性が出てきた感じ。こういうときの彼女は、もう静止するのは無理なので、気が済むまで泳がせておこう。二人きりで、ギスギスするのも嫌だしね。
買い物の目当てはやっぱり生きの良い刺身であったが、やはり干物の有名な地域だけあって、いい干物は多い。だけど、このお店のテナントは、活き造りを作ってくれそうな店はなかった。
「なんか、そういう感じのものはなかったね。」
「う~ん、干物はそれで確かにいいんだけど、臭いが気になるじゃない。」
「確かにね。部屋に臭いが付きそうな気がするよね。」
と、眼の前にまたよくわからん海幸市場というところがある。これも市場のショッピング施設なのだろうか。
「眼の前のところ、入ってみる?」
「そうね。このまま、チンアナゴのぬいぐるみだけ持って帰るのも、なんか馬鹿馬鹿しいものね。」
市場だけあって、流石にこっちでは活魚もやっているお店が何件かあった。そこで、奥様は豪華な盛り合わせを注文してた。
「あ、じゃあ、マグロと、キンメダイと、カツオもいいわね。あ、あとイサギと、イカ。それと生しらすもあれば。」
「奥さん、ちょっと時間かかるけど、大丈夫?」
「あ、大丈夫ですよ。待ってます。お願いします。」
「随分と思い切って買ってますね。」
「うーん、なんか、本能のままに買った感じ。最悪、明日の夜のつまみでも行けるでしょ?」
「僕らは大丈夫そうだけど、うん、まあ、どうなんだろうね。昼から学んでいないというか。」
「あなたも、美味しいお刺身食べたいでしょ?それに、量なんて、炭水化物を抜けば、意外と行けるものなのよ。」
「夕飯に炭水化物を食べているとき、見たことないですけど?」
「ああ、そういえばダイエット中だったわね。ま、大丈夫よ。」
「で、僕を一人ベッドに置いて、また走ってくるわけだ。」
「美味しいものを食べたら、その分運動。ごめんなさいね。今日は夜は普通に寝るからね。」
「いや、期待してないから。それに、僕も疲れてきてる感じあるよ。」
「お互い、もうちょっと無理が効く時代に会いたかったわね。」
「無理が聞いても、無理をしろってことじゃない。そこは別に今のままでも十分だよ。」
「そういうことにしておきましょうか。」
そこから、裏で刺身を捌く店主の技を見学しつつ、釜揚げしらすも結局1品買ってしまい、発泡スチロールの箱が登場した。
「とりあえず、奥さん可愛いから、サービスで8,500円ってところかな。」
「ありがとうございます。箱とか保冷剤とかの代金は?」
「それをサービス。魚はサービスしてないよ。ま、活きがいいから、そこは勘弁して。」
「ありがとうございます。いやあ、可愛く生まれてくるものね。」
「すみません。うちの奥様、あれで40過ぎてるんで、おだてると調子に乗っちゃうタイプなんですよ。」
「いやいや、旦那さんが羨ましい。若い子を引っ掛けたのかなと思ってたから、それで腑に落ちた感じですよ。」
「お父さん、僕の格好でそれは無理ですよ。」
「ハハハ、旦那さんも面白いね。ま、夕飯にうちで買った魚、美味しく食べてくれれば、ワシらは十分。」
「ありがとうございます。また、機会があったら、お伺いさせてください。」
「買っちった。」
「さ、かさばるけど、とりあえず、これで家に戻って、また昼の続きができるかな。」
「そうね。あとは、帰りにお酒を買って帰るだけね。」
「特別なやつ?」
「そ、プレモルがいいか、エビスがいいか。」
「350mlだよ。500mlはだめだからね。」
「わかりました。さ、帰りましょう。」
17時過ぎ、まだバスはピストン運行されてるようだ。僕らみたいに、買い出しのお客さんもいるみたいだ。
そして、沼津駅から東海道線にのり、三島からは、なんとこれも珍しいひかり号だった。
「今日はそういう運命なんだろうな。ひかりしか乗っちゃいけない日。」
「たまたまだけど、そういう日もあるわよね。不思議とそうなっちゃう日。」
帰りも、2号車の、A/B席。ちょうど、夕日が見られるかどうかだと思っていたんだけど、夜の太陽はまだまだ元気だった。
東京駅では、別のお客さんに起こされた。珍しく、ふたりとも寝てたらしい。18時42分着。
「アイス。アイス。」
「あなた、アイスに浮かれすぎ。そんなに食べたかったの?」
「そりゃもちろん。次に新幹線に乗るなんて、いつになるかわからないもん。」
このひかりは16番線到着。そして16番線にも、当然の権利のように、自販機発見。
「いっそ、抹茶以外は全部2つずつ買っていこう。」
「え、そんなに食べたいの?」
ぴっ、ぴっ、ぴぴっ、ガチャン。
ぴっ、ぴっ、ぴぴっ、ガチャン。
ぴっ、ぴっ、ぴぴっ、ガチャン。
ぴっ、ぴっ、ぴぴっ、ガチャン。
ぴっ、ぴっ、ぴぴっ、ガチャン。
ぴっ、ぴっ、ぴぴっ、ガチャン。
「買っちった。」
バニラ、モカ、ストロベリーを2つずつ買った。
「んじゃ、とりあえずお造りの箱を開いて...おお、全然溶けてないな。ここにアイスを入れてっと。」
「執念ね。ま、でもあなたが執着する理由も分かったし。当然分けてくれるんでしょ?」
「うん、だから2つずつ。」
「そういうところ、優しいのよね。」
「いや、辞退していただいて、僕がたくさん食べてもいいんだよ。」
「そういうものは、やっぱり家族で分かち合うものよ、私も食べるんだから、ちゃんと取っておいてね。」
ガチャ
「ただいま~」
エアコンは今日も26度で安定稼働中。流石に涼しい。
「いやあ、行ってこられるもんだね。」
「完全に新幹線の力でしょ。伊豆半島まで1時間なんて、時代の流れはすごいわね。」
「ああ、僕、将来だけど、伊豆に行く「サフィール踊り子」って列車に乗りたい。」
「乗るだけでいいの?」
「うん、だって、全席グリーン車、グランクラスみたいな座席とかもあるんだよ。」
「バブルな列車ね。片道いくらぐらい?」
「下田まで12500円。今日の往復よりも高いよ。」
「なんか妙なところに好みが出るわね。でも、伊豆半島も面白そうね。」
「いつか、また3人で旅行に行こう。今度は、あの娘も連れて。」
それから、プレモルにした奥様と、適当に入ってたほろよいを取り出して、晩酌しつつ、駿河湾の海の幸を堪能した。
お父さんが捌いてくれた魚は、どれも美味しかった。物量戦でもないので、案外一晩で食べ終わってしまった。釜揚げしらすは、あとでご飯のお供にでもしよう。
そして、定例会。
「あー、楽しかった。」
「ね。案外行ってみるもんだなって思ったよ。」
風呂上がりに、アイスを食べてみることにした。
「アイス食べる?」
「私はいいや。あなただけで。」
「それじゃ、ストロベリーを食べようかな。」
ストロベリーは、他のアイスと若干異なる。細かいクッキーが混ざっているのである、しっとりとしてるが、クッキーの食感は残っている。ストロベリーの果肉も合わさって、バニラやモカなどとは、また変わった食感。
「完食。」
「早いわね。あなた、どんだけアイス好きなのよ。」
「アイスも好きだけど、特に好きなの。スジャータのアイス。
「ま、東京駅の自販機であんだけ執念を見せられたら、美味しいと思っちゃうわよね。」
「ストロベリーは少し好みが分かれるかも。君も、そのうち食べるといいよ。」
そして、食べ終わった僕に、彼女が寄り添ってくる。なんか、左側に寄り添われるのは、新鮮な気がする。
「やっぱり、あなたは出来る子ね。行き当たりばったりかと思ったけど、大体の記憶で、これだけ楽しめる。そんな旦那様、私は知らなかった。」
「ま、たまたまだよ。こういうことも含めて、僕は半分は運、もう半分は下調べだけで行動してる。それを君が楽しめたなら、それで十分。」
「大好き。これは、ご褒美。」
そうやって、キスをしてくれた。唇と唇が触れ合うだけでも、やっぱりまだドキドキしちゃうよね。
そして唇を離してくれた。
「ストロベリーの味がした。これ、美味しいわね。」
「まだ残ってるから、あとで、気が向いたときにでも食べればいいよ。さ、今日はつかれたし、もう寝ようか。」
「なんか、名残惜しいわね。でも夜の生活をするほど体力も残ってないし、早いけど寝ましょうか。」
とりあえず、小旅行には行ってみるもんだね。
僕も、また休日に、どこか小さい駅で降りるような旅行で、リサーチしようかなって思った。
それ以上に、思いの外、幸運続きで、あなたにも、周りにも感謝しよう。今日は、ありがとう。
今日はこの辺で、本当に疲れた。