Life 63 I'm worried about you in front of me. また二人の生活へ
「それじゃ、行ってくるね。」
「元気で行ってきてね。何かあったら電話してくるんだよ。」
「無理しないでよ。元気に帰って来るのよ。」
羽田空港。今日は平日だけど、娘の留学の出発の日だった。
恥ずかしいかもしれないけど、やっぱりあの娘が海外に行くと言うと、一ヶ月といえど、名残惜しいもの。
二人で有給を取って、出発を見送ることにした。随分と暑い日だった。
「行っちゃったね。」
「行っちゃったなぁ。大丈夫かなぁ。」
「心配性ね。まだ、飛行機に乗り込む前の時間よ。」
「いや、搭乗口にたどり着けるか、そこから僕は心配だよ。」
「あ、そっちの心配。そこは...まあ、誰かが助けてくれるでしょ。」
「何か食べていく?」
「せっかくだから。と思ったけど、とりあえず東京駅ぐらいまで戻ろう。」
「グランスタよりこっちのほうがお店多いんだけどね。」
「ごめん。なんか、ここにいると、僕がダメになりそうなんだ。」
そう。あの日以来、僕の仕事で離れることはあっても、あの娘の意思で離れるのは、この前僕の実家に行った時。でも、目が届く場所だった。
「案外弱いのよね。ま、でも5年か。一緒にいた家族が一時的にいなくなるのは、つらいね。」
「ごめん。あの娘の前から離れると、急に寂しくなっちゃって。」
「分かった分かった。それじゃ、とりあえず適当に戻るとしますか。」
引っ張られるようにその場から立ち去る僕ら。そう。まだ始まったばかりなのだから、こんなところで感傷にふけている場合ではない。
「あなたの気持ち、わからないでもないのよ。本当に育ててきた子供だったわけだし。」
京急線に乗っていた。20分もすれば品川駅に着く。
「でもね、そうやって、君が悲しんで、あの娘は喜ぶのかな?」
「きっと怒られるだろうね。」
「一応、目の前にいる私は、アップデートされてないあの娘の20年後の姿。そんな私じゃ不満?」
「不満はないよ。ただ、僕の気持ちに整理がつかないんだと思ってる。」
「じゃあ、整理がつかないままでも、今日は整理を付ける日にするの。明日から、またいつもの日常に戻る。嫌でもそうなる。」
「ごめんね。こんなにいい奥様が隣に寄り添ってくれてるのに、メソメソして、今生の別れみたいな感じになっちゃって。」
「いいのよ。ただ、ないがしろにされてないか、私は気になるだけ。こういう時だから、あなたを試してるの。ズルいよね。」
「そうだね。君がいる。少し寂しいけど、打ちのめされるほどでもない。君と、乗り越えて行かなくちゃダメだよね。親として。」
「私達も人の親として恥ずかしくない生き方をしましょう。そして、大きくなって戻ってくるあの娘を待ちましょう。」
「ごめん、もう一つお願い、聞いてもらっていい?」
品川駅で京急線を降りた時に、彼女に言った。
「無理なことじゃなければ。」
「いつもの喫茶店に行きたいんだ。あそこなら、ちょっと落ち着けるかなって。」
「いいわね。どうせなら、昼間からお酒を入れておこうかしら。晴れの日だしね。」
「楽しそうだね。」
「誰のせいでテンションを上げてると思う?少しは罪悪感を持って、行動しなさいよね。」
「ごめん。今日は、ずっと謝りっぱなしになりそうだな。」
「知ってる。あなたのいいところよ。自分より、他人を思える心。ま、あの娘は他人じゃないか。そのことを思っての謝罪なら、何度でも聞こうかな。」
「ありがとう。強い人を奥様に出来て、僕は幸せだよ。」
そして、自然と手を繋いでいた。周りからしたら、面白く見えるかもしれないけど、あの時の僕は、それで自分の気持ちを保たせることに必死だった。
ガチャ
「ただいま~。」
「いつもだったら、おかえりって走ってくるのかな。」
「いや、最近はバイトも夜シフトになってきたから、いないときも多いよ。」
「妬けるわね。私達二人とそうやって相手してるんだもの。そりゃ、今日みたいに落ち込むわよね。」
「こういうとなんかおかしいかもしれないけどさ、あなたはどこに行っても、僕と一緒の生活をしてくれると思うんだ。」
と、座椅子に腰掛けながら。彼女も定位置に座った。
「そうかしらね。あなたが単身赴任で何処かに行くっていう場合、送り出すと思うけどな。」
「それは期限付きだからでしょ。例えば、今の生活をすべて捨てて、沖縄にでも行って、静かに暮らすって言ったら?」
「もちろん一緒に行く。あなたがそう決めたなら、私はあなたに従う。私とはそういう関係なのよ。」
「でも、あの娘は、一緒に来ちゃダメな気がするんだ。恋人としては嬉しいけど、親としては反対したい。」
「そうかもね。今日、改めて思ったけど、私達の娘は、すでに自分で進む方向を模索出来るだけの力があるのよね。」
「僕は弱いから、あの娘を説得しきれないと思うんだ。その時、あなたは嫌な役回りだけど、説得してくれる?」
「それは、時と場合による。私達が良くても、あの娘自身が決めたことなら、私は応援する。あの娘が迷っているなら、寄り添うことしか出来ない。そして、あの娘が間違った判断をしたと思ったときには、説得する。こんなところかな。だから、何でもかんでも説得するようなことは、するつもりはない。」
「父親として、僕は本当にあの娘のために動けるだろうか。心配で仕方ない。」
「それは心配してないわよ。なぜなら、あなたはもう、あの娘の父親だから。自分で気づいてないけど、あの娘があなたを父親と認め始めてるように、あなたはずっとあの娘を娘だと見ているはずよ。だから、毅然とした態度が取れると思うよ。」
「...親になるってことは、やっぱり難しいことだね。」
「それをまがいなりに5年もやっていれば、立派な親でしょ。もっと自信を持っていいのよ。」
そうして、冷蔵庫から、彼女が珍しく自分のストックしてるお酒を2本出してきた。
「ズルい大人は、そういう時にお酒の力を借りるの。まあ、娘の海外進出よ。立派なお祝い事じゃない。あなたも、一緒に飲みましょ?」
「ありがとう。今日は、そうさせてもらおうかな。」
そして、グラスにも開けず、缶のまま、乾杯をした。カンと鈍い音がなる。
一気に飲んでいく彼女。そして一口付けて、落ち着く僕。
「はぁ~~~~。やっぱり、お祝いごとのお酒っていいわよね。」
「僕には何がいいか良くわからないけど。」
「祝い事にはお酒って相場が決まってるのよ。気分も晴れるし、一石二鳥でしょ?」
「そういうものなのかな。僕は、君と同じでやけ酒しか飲まないからさ。」
「でも、少しは気分が良くなったでしょ?気分が辛いときには、無理して考えないの。気楽にお酒でも飲んで、明日を迎えればいいのよ。」
「そうかもね。考えたって、あの娘が戻ってくるわけないし、しばらくは、悪いけどこっちはこっちで楽しみながら生活しようか。」
「よし。ようやく吹っ切れたわね。こっちはこっちで、また二人の生活が始まるんだから。それも楽しみにしなきゃね。」
「じゃあ、今日は僕が甘える番。いいでしょ?」
「あーはいはい、いつものでしょ。でも、あなたが発作を起こしたら、今度こそ止める自信がないから、してあげるわよ。」
「若い人のような頼みをしちゃってごめん。それに、君を辱めるような感じで、」
「あら、恥ずかしいけど、辱めるようなことではないのよ。別に旦那様に見せることを、辱められてるとは思わないしね。ま、強いて言えば、エッチするなら、お風呂の時だけね。」
「そんなに元気じゃないよ。ん、いや、それ以前に、またお風呂も一緒に入るの?」
「初日なんだからいいじゃない。あ、でも、なんか酒乱な女みたいな感じなのかしら。」
「いいや、魅力的だから言えるんだよ。ま、でもまだ昼だし、しばらくゆっくりしながら、その辺は考えればいいよ。」
「昼間からお酒って嬉しいわ。しかも、有給を取ってお酒飲んでるって、なんて甘美なのかしら。」
「あの娘の代わりに、今日はもう1本だけだからね。しっかり酒量は守ってくださいよ。」
「え、もう一本飲んでいいの?さっすが、私の旦那様。優しいんだから。大好き~。」
そのあと、夕飯を買いに出かけ、一服したあとにお風呂で攻防戦。
彼女が、娘の競泳水着コスをしていた。なんでコスプレエッチってあんなに興奮するんだろうね。
そして、いつもの定例会の時間。
「やっぱり、あなたは変態なのよね。変態というより、変人?」
「え、どこが?」
「いや...その...私も年甲斐もなく、あんなピチピチの水着なんか着ちゃって、その姿にあなたが興奮しちゃうって。」
「すごく似合ってたし、なんなら、毎回、エッチのときには着て欲しいと思っちゃった。」
「褒められると、まんざらでもないことに自己嫌悪を抱かせる。私もオバサンの年齢なのよ。」
「いつも言ってるけど、僕にはあの頃の君にしか見えないんだよ。バイアスがかかってるかもしれないけど、若い頃の君を想像して、興奮しちゃうのかな。」
「着ている私のことも考えて欲しいけどね。言うて、40過ぎて、お互いがお互いに興奮する材料を見つけちゃうというのは、思わなかったかな。」
「背中が素肌な分、触れると興奮しちゃうんでしょ?そういうところが、本当に愛おしいと思うよ。
「楽しかった?」
「うん、僕は、全然知らなかったし。」
「あの娘の置き土産かな。前に、あなたが興奮した衣装だって。」
「...なんだかんだで愛されてるんだな。僕。」
そうして、お酒の缶を手に、彼女が、いつも娘がいる定位置である、僕の右側に来て、寄りかかってきた。
「こんな感じなんだ。」
「そう。こうして、毎日あの娘の重みを感じてる。」
「もしかして、戒めとかそういう感じで、あの格好を許してるの?」
「いや、なんでだったかな。最初はゼロ距離で引っ付いて来てたり、後ろから抱きついてきたり。でも、なんというか、制御出来ないほうの僕がいきり立ってしまって。」
「あなたって、やっぱりピュアボーイよね。そういうところではっきり性的に無理って言えるもんね。」
「さすがに我慢出来る範囲ならいいんだよ。で、寄りかかるならいいよって言ったの。そしたら、右側にピッタリ背中を付けて、寄りかかってくるようになった。」
「で、それで、いつものように頭に手を置くようになったんだ。」
「置き場所がなくて、ついでに撫でてあげようと思って。でも、最初は撫でるのも、ちょっと躊躇したんだよね。」
現に、今も彼女の頭に手は載せているけど、撫でるのを躊躇している。
「あなたは、天然なところがあるから、そうやって無意識にやってることも多いの。でも、意外とイヤじゃないことしかやらないのよね。今も、いいと思って、私の頭に手を添えてる。別に撫でてくれるわけじゃないでしょ?」
「うん、でも、強引にこっちを向かせたくて、手を添えてたらどうする?」
「そんなことしないの知ってる。それに、物理的に首を痛めちゃうでしょ?」
「君は、本当に僕のことを見透かせる。いつも驚くけど、君がいるから、僕は戒めてもらうことが出来ている。」
「違うかな。本当にあなたを戒める時は、あなたが間違った方向に行きかけた時。だけど、それは私にとって、あなたが間違ってると思っている時なの。」
「でも、あなたには助けられてるよ。なかなか、自分の行いというのは、自分では反省出来ても、その時はそう思ってやってしまうことが多いんだよ。あなたがいるだけで、それを防いでくれてる。それだけで、感謝してる。」
そうして、寄りかかってる彼女を起こして、こっちを向かせた。
「いつものことで申し訳ないけど、僕は寂しがり屋で、情けないけど、あなたの旦那として、やれることをやっていきます。」
「うん。それでいいよ。なんでもかんでも出来ると言わないし、情けない姿も可愛いのよ。あなたは、旦那様としては考えることはあるけど、純粋に人として愛してる。私があなたから離れない理由はそういうことかな。だから、明日も、明後日も、二人でしばらくは、それなりにやっていきましょう。」
「ありがとう。僕も、君のことを愛してます。」
そうして、不意打ちのような感じでキスをした。でも、そう来ると彼女にバレていたみたいだ。
しばらくそのまま、余韻に浸るような感じ。あ、彼女の飲んでるお酒の味までわかってしまうんだよな。
唇を離す。そして、二人でちょっと照れくさそうに笑う。
「なんか、いつものことなのにね。」
「あ、ごめん。私、お酒飲んでる最中だったわね。なんか、酒臭い女って思われちゃった?」
「いや、それもそれで魅力的じゃない。見た目とのギャップがあるよ。」
「ギャップかぁ。私も、40過ぎのおばさんなんだけどね。酒浸りしててもおかしくない歳よ?」
「どう見ても、いいとこ20代後半にしか見えない。君にしか出来ないことだよ。それは。」
「ねぇ?」
「うん?何?」
「どうせだから、この一ヶ月。デートに行ったりしましょう。さすがに、毎週末に、ベッドでゴロゴロするのはイヤじゃない?」
「...イヤじゃないけど。」
「そういうところだぞ。素直に、行こうって言えばいいのよ。まったく。」
「でも、そうだね。君の言う通り。どっかに旅行にでも行ってみようか。」
「いいわね、週末に旅行とか。私、一人でしか行ったことないから、興味湧くわ。」
「そうは言っても、1泊2日。手軽なところかぁ。まあ、当てがないわけじゃないんだけど。」
「あなたが面白いと思ったところに行くのがいいわよ。」
「んじゃ、静岡あたりに行く?熱海で一泊だったら、手軽でいいでしょ?」
「そうね。でも、熱海なんて、高いんじゃない?」
「そうだなぁ。案外、そういう時はビジネスホテルのツインとかに泊まるのがいいのかもね。」
「ツインじゃなくて、ダブル。私達、もう寝るのにそういう関係でしょ。」
「ははは、僕だけじゃないんだね。誰かがベッドで寝てることで、安心するのって。」
「お正月のときにわかったじゃない。まったく。」
まあ、でも旅行に行くのは、まだ計画段階だ。
この人とデートに行く。あんまり考えてなかったけど、この人が喜びそうなところってどこなんだろうね。
そう思いながら、今日も約束通り、二人で裸になって、ただ寝るだけ。何も考えず、この人のぬくもりだけで、安心して眠る幸せを噛み締めようと思う。
「でも、お腹のあたりに熱いモノが当たって来たら、私は避難します。」
「まあ、そう言わずに、生理現象だから、申し訳ないけど。ね。」
「あとで喫茶店。1回ごとにチーズケーキ1個だからね。この変態め。」
今日はこの辺で