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Life 62 We leave our dreams to you. 夢はおっきく

さすがにそろそろ夏...というか、この国において、四季というものはほぼなくなってしまった気がする。

春が来るのは桜の季節。すぐに夏が到来し、気温は10度台から一気に25度ぐらいまで上がる。そりゃ、熱中症で死ぬやつが出てくる。


肝心な話はそこじゃなくて、いよいよ娘がオーストラリアに短期留学することになった。短期と言っても、1ヶ月ぐらいらしい。

「そっかー。今年の夏は、二人と遊べないのか。」

「南半球だから、そもそも夏じゃないしね。まあ、帰ってきても、まだ夏だろうしね。」


娘は色々準備をしている。何より、僕らから完全に離れて暮らすというのは、タイムスリップ前を含めて、生まれて初めての経験。

ま、出来なくはないだろうけど、さすがに留学先が大学の寮であり、身の回りの世話をしてくれるらしいので、そこは心配ない。

この娘が問題を起こすとすれば、それはホームシックだろう。まあ、それも友人が選ばれたってこともあって、なんとかなると思いたい。


さて、それはそれとして、問題は僕ら二人にもある。

さっきも言った通り、僕ら二人で1ヶ月も暮らさなければいけない。まあ、分担は変わらなくとも、この前のような、二人で甘い生活を送れると、一番いいんだけどね。

「やっぱり心配よね。私も付いていこうかしら。」

「いやいや、それじゃあ、留学の意味がないし。大体1ヶ月も有給休暇なんて取れないでしょ?」

と、親バカを発揮してる彼女。彼女の場合、身近な友人を失うようなものに等しい。家族であり、友人であり、自分でもある。この難しい関係。


「君のことだから心配はしてないけど、僕らと離れて暮らすのって、本当に大丈夫?」

「私は大丈夫だと思ってるけど。でも、行ってみないとわからないよね。コインランドリーの使い方ぐらい教えてもらおうかな。」

「そういう資料とかは配布されてるの?」

「一応、大まかな行程表はあるよ。でも、基本的には大学で講義だったり、現地の大学生と共同授業だったりが中心。休みは自由にどうぞって感じみたいだから、コアラ見に行きたいよね。」

「じゃ、そんなに心配ないかな。何よりアメリカと違って銃社会ではないだろうし、オーストラリアの人は僕が勉強した限りだと、穏やかで争いごとはそれほどないらしいから、そこは心配しなくていいのかなって思ってる。」

「アレ、オトーサンはオーストラリアの勉強をしてたの?」

「大学の講義で、オーストラリアの文化や人柄に関して学習したんだ。ま、それほど詳しくはないけど、優秀なのに劣等生意識が抜けない人とかも多いらしいから、日本人に似ていて、面白いんじゃないかと思うよ。」

「意外ね。もっと狩猟民族みたいな感じかと思ったら、そういうわけじゃないんだ。」

「オーストラリアも植民地時代みたいなものがずっと続いてたけど、それは本国では成功を収められなかった人が移住したと聞いている。まあ、それも今から200年近く前、もともと囚人がイギリスから入っていったと言われてるし、まあ、対抗意識みたいなものが薄いんだろう。でも、近年ではその意識も薄れてきてるじゃないかな。200年も経てば、大体5世代ぐらい。もう、完全にオーストラリアの人と言っても差し支えないと思う。あとは、移民も受け入れてるからね。色々な人がいる社会なんじゃないかな。」

「出た。オトーサンの訳わからない豆知識。」

「ためになるのよね。やっぱり、あなたは文化人で趣味人なのよね。ちょっと面白い。」

「というわけで、日本にいるよりは面白い経験が出来ることは間違いないでしょう。コアラの爪と、飲水に注意しておけば、おそらく問題ないはずだよ。」

「ああ見えて凶暴なのよね。コアラって。」

「飲水は海外に行ったら、必ず確保したほうがいいっていうよね。日本の水道はちょっとおかしいって。」

「蛇口をひねるだけで飲水が出てくる国なんてのは世界中でも日本の水道ぐらいだから。飲水には本当に気をつけてね。」


「しかし、君が留学か。なんか、親バカで悪いんだけどさ、大きくなったんだなって。」

「そりゃあ、黙ってても私も21歳ですし、大学2年生にもなりましたし。」

「君が努力して来たから、こうやって道がどんどん開けていく。自分でも面白いくらいじゃない?」

「それは、オトーサンとおねえちゃんがいつも支えてくれてるからでしょ。私はただそれに乗っているだけだと思うよ。」

「でも、大学を受験してたことも知らなかったし、入学手続きまで自分でしてたんだもの。それは自分で切り開いていった結果だよ。」

「ほら、あの時は、オトーサンにも言えなかったし、おねえちゃんはまだ別居してた時期だから。自分でやらないとって。」

「20歳ぐらいでそれを考えられるのが、やっぱりすごいと思うのよね。申し訳ないけど、今の20歳じゃそこまで行動出来ないよ。」

「そうなのかな?まあ、でも確かに友人と話してると、私って変わってるのかなって思うことは多いよ。」

変わってるのはウチの娘なのか。でもそれはいい意味で変わってると思う。多分、2年ぐらいアルバイトをフルタイムでしてた分の経験が、今の大学生より聡明に感じるところなのだろう。でも、それを自分が変わってるんだと自覚してる娘も、なんだか彼女っぽい。

「別に君が変わってるわけじゃないんだよ。経験の差がモロに出る年代だから。僕もその頃大学に行きながらアルバイトでしごかれてた時代だったから、なぜか大学の後輩に苛ついたりしたことがあったんだ。でも、それは僕が社会に片足を入れていたということなんだなって思うところなんだよ。だから、両方を知っている君はすごく強い。」

「前にもそんなこと言ってたよね。そっか。私、知らなくていい世界を、もう知ってるのか。」

「知らなくていい世界じゃないよ。あと数年後、人生の大半を相手にしなきゃいけない世界だよ。」

「心配することはないかな。あなたが出来ることをしっかりやっていけばいい。それに、違う意味で私達とは違う個性もちゃんと生まれてきてる。あなたの人生は、もっと面白くなるはずよ。」

「あれ、私ってそんなに二人と違う?」

「違うよ。私とこの人、そしてあなた自身の個性がちゃんと両立出来ているの。すべてにおいてベースは私。でもロジカルなところや冷静なところがこの人の考え方、そして他の人を引っ張るだけの説得力は、私達のもっていないもの。つまり、あなたの個性なのよ。」

「そうだね、ダメな親だったかもしれないけど、君に色々説得されると、納得することはちょくちょくある。今は、本格的にそれが芽を出してきているところ。でも、それを潰すような大人が出てくるかもしれない。多分、自分では守りきれない。そういう時は、僕らを頼って欲しいんだよね。大きくなったからこその、親としてのお願いだよ。」

「そういうこと、あるのかな?」

「まあ、大学生の時期ではないと思うし、あのバイトを続けるなら、おそらくはないと思う。ただ、あと2年以上先だけど、君は社会に本格的に出て、働くことになる。まあ、25歳にもなってる娘を過保護に守るというのは、ちょっと考えてないけど、そういう時は必ず来る。日本の社会と言うやつは、まだまだ陰湿で、派閥争いやら、個人の気分やらで、人生が変わってしまう社会だ。もちろん、僕らの予想を超えて、君が例えば外資の一流企業とかに入ってくれる、しかも現地で採用されるとかなら、心配はしない。でも、君がマッキンゼーやらインテルやら、シーメンスやらで働いてるってイメージは、やっぱり僕には浮かばないんだ。結果、漢字の社名な会社か、良くてカタカナ英語の会社だと思ってる。そこでの人間関係如何によって、君の人生を変えてしまうことは、よくあることだ。それを君は、知っておくべきだと思う。」

「親の立場である私が言うのもなんだけど、20年ぽっちじゃ日本の社会は変わらなかったの。相変わらず、学歴フィルターは存在し、ゴマすりする人間が上に行くようなのも日常茶飯事。本当の実力で勝負するんであれば、ある程度の学歴を得た上で、より社会的地位の高い仕事に就く必要があるの。だから、夢を託すようで悪いんだけど、あなたには、私達が叶えられなかった実力勝負をしてきて欲しいかな。別に、そういうところで戦って、負けたっていい。そこで勝負したという経験は必ず生きると思うのよ。」


続けそうな彼女を静止して、僕が静かに話し始める。

「...ごめん。僕らの期待を勝手に君に押し付けてしまっている。そこは反省しなくちゃいけないところだと思う。でも、君にかける期待が大きいのもまた事実なんだ。僕の場合は、親であり、恋人の立場であり。そして彼女は親であり、自分自身での立場で、そのことを言っている。君が意外なほどにしっかりしてるから、その分の期待も大きくなってしまう。申し訳ないけど、適当に受け流す程度に聞いてて欲しいんだ。そして、自分自身で物事を決める時、常に自分に最善であって欲しい。だから、海外を見てきて、色々学んで来て欲しいんだ。」

「そうね。あなたが感じたことをそのまま内に秘めて、自分の人生で使えると思ったときに、それを披露するの。常にその準備をしておく。そういう時に必要な経験になるかもしれない。単なる旅行じゃないのよ。あなたを磨いてくる場所。でも、帰国してへそ出しルックとかになってるのは、ちょっとイヤね。」

「私はギャルじゃないよ。あれ、ギャルじゃないよね?」

「ないない。アンタみたいなギャル、どこにいるのよ。」

「まあ、海外に出たことない僕が言うことじゃないが、日本と同様に、世界もまた広い。そこで知らないことを知るだけでも、行く価値はある。それで、帰ってきたときに、僕らに冒険譚を聞かせてくれれば、こんなにうれしいことはないよ。」

「分かった。しっかり見てくる。そして、色々なことを二人に話してあげる。あ、私、お風呂入ってくるね。」

「ちゃんと洗濯物は洗濯機に入れておいてね。まったく。」



「お互いに、自分の人生を、あの娘にブラッシュアップして送って欲しいと思ってるみたいだね。」

「私とあなた。おおよそ20年の生き方。あなたにとってはどうだった?」

「僕は、そうだなぁ。おそらく他人に真似の出来ない人生を送ってこれたとは思ってる。でも、苦労が多かった。」

「私は会社の中でずっと守られながら、そして守りながら生きてた。だから、あなたの人生は羨ましく思うことがあるの。」

「そうかもね。でも、年収もバラバラ、安定した人生ではない。日本ではそれは成功した人の生活ではない。それでもそう思える?」

「それは...難しい問題よね。いい経験=いい生活ではないものね。」


「僕さ、自分で話してて、なんであの娘が僕のことをそんなに好いてくれるのか、ある程度理解した気がする。」

「私も知りたい。どういうこと?」

「あの娘は、人として好きという他に、僕の生き方や、僕という大人に憧れを持って生きている。だから、愛着が持てるんだなって。」

「今までとは違う、論理的な話で攻めてくるわね。」

「ベースとなっているのは、15歳の時の思い。これは、多分君と変わらない。君が僕を愛してくれるのは、その人柄だったり、危なっかしい存在だったり、何より、運命の人だからって色々な理由付けがされている。でも本質は、単純に僕のことが好きだから、一緒にいて、愛してくれているんだと思ってる。」

「...。」

「あの娘もベースは15歳の時の思いだけど、運命的な出会いであるとともに、自分で言うと恥ずかしいけど、頼りがいのある大人としての憧れを僕に持っている。そこに僕自身の良く分からないけど、あの娘には来る魅力みたいなものが、僕のことを好きにして、愛してくれてる。この違いは、意外と大きい。」

「理屈抜きの好きと、理屈で上げられてしまえる好きってこと?」

「あの娘はそう思ってない。多分、理屈抜きで好きと言う。でも、あの娘が僕を好いてくれてるのは、半分は親だからだと思ってるんだよ。家族として、甘えていい対象と見ている。おそらく他人だった場合、そこに行き着かない可能性が高い。」

「つまり、あの娘があなたを本当に父親だと認め始めてるってこと?」

「そういうことになるのかな。でも、彼女はそれを認めたくない。なぜなら、僕は初恋の相手であり、現在進行系で恋愛の対象だから。」

「親であり、恋人であり。でも、自分ではどうすることも出来ない気持ち。そのロジックを愛する人が紐解いてしまったら...。」

「もちろん、あの娘に言うつもりもないし、僕はあの娘の父親だし、恋人役でもある。だけど、そんな人間の奥様は、どういう思いを抱いてる?」

「...あなたの伴侶は私です。そこは曲げるつもりはないです。ただ、理想としては、やっぱりあの娘が娘として、生きて欲しいかなって。」

「歪な関係は続くと思うけど、君にばかり負担がかかってる気がしてしょうがない。そして、その話に気づいた時、君への後悔の念が出てきてしまって。」

すると、彼女は僕の手にスッと自分の手を添えてきた。

「何言ってるの。あなたは今まで通りでいいのよ。別に、あなたに後悔させられたようなことはないし、あなたには、もう一人の私の面倒を見てもらって、そして愛してくれてる。十分に二人分の愛情を注いでくれてる。まあ、それが、あの娘の教育に良くないことだったりするのも知ってるけどね。」

「謝る気はあんまりないかな。男の本能がそうさせると考えてくれていいよ。こればっかりは僕も悔しいけど、君じゃなく、あの娘を選んでしまうんだなって。」

「なんだかんだで、あの娘とは体の関係になっちゃってるじゃないの。本当なら、もっと怒らなきゃいけないところだぞ。でも、女の私から見て、生物的に負けてるって思っちゃうのも事実なのよね。若さもそうだけど、育ちも重要なのね。」

「あの娘の魅力、誰かが気づいてくれるといいんだけどね。」

「あの娘は、どんどん大きくなって行く。私達の想像を遥かに超えていく。むしろ、私達が親でいいのかなって思うかな。」

「そこは、本人が自分の親と言ってくれるまで、ずっと親でいるつもり。君も、もちろんそうだろ?」

「そうね。乗り掛かった船ですもの。あの娘の面倒が見られる限りは、親でいるつもり。」



ガチャ

「お風呂空いたよ。」

「...しかし、今更言うことでもないんだけど、そろそろ恥を忍ぶぐらいのことは出来ないのかな?」

「このカッコ?冬じゃなければ、私は裸でもいいかなって思ってるんですけど。」

「さすがに裸でウロウロされるのはね。一応、この人も男なんだし。」

「でしょ?だから、最低限服は来てるじゃん。大丈夫でしょ。」

「う~ん、海外に行くに当たって、一番最初に教えなきゃいけないのは、ルームウェアのことかもしれないね。」

「あ、さすがにこのカッコじゃ、海外だと襲われかねないのか。」

「それもそうだし、多分個室じゃなくて、ルームシェアだろ。ルームシェアで、女性同士とは言えさ、やっぱりそういうカッコじゃどうかと思うよ。」



ともあれ、この娘が海外に行って、何を感じてくるのか。それを僕らも楽しみにしている。

...そういえば、楽しみといえば、僕と奥様。また二人でしばらく暮らすことになるのか。


「というわけで、二人の時は、やっぱり甘える側になると思うけど。」

「おねえちゃん、なんでオトーサンは、二人の時にだけ、甘え役になるんだろうね。」

「きっと恥ずかしくて、他人に見せられないのよ。だから、二人の時だけ、甘えん坊。」



今日はこの辺で

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