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Life 61 Do you have anything to spit out? 不満はないよ?

いつもの定例会である。

今日は、先に奥様の髪を乾かしていた。

「よしっと。しかし、ツヤツヤだよね。なんでこんなにキレイなんだろうね。」

「そうは言うけど、手入れしてないで、ツヤツヤになってるか、あなたのほうが不思議かな。」

本当に、そうは言うけれど、なのである。僕のこれは、昔から言われる。爪も磨いてないのにツルツルしてるし、肌も特に手入れなくきれいな肌らしい。

「ホント、なんでこんなに肌に張りがあるのよ。」

そうしながら、頬をぷにぷにしてくる。

「なんでだろうね。僕もこればっかりはよく分からない。見た目は老けていくのに、肌も髪も若いままなんだよね。」

「髪の毛は、まあ、スカルプシャンプーっぽいのを使ってるからかもしれないけど、ボディソープは?」

「僕も体臭が気になるから、柿渋成分の入ったボディソープ使ってる。」

「う~ん、女性は、その辺、保湿力とか、敏感肌対策とかだよね。それがたまたまいいのかしらね。」

「え~、僕の体臭防止ボディソープにそんな効果ないよ。」

「とか言って、本音は私に近づいた時の香りが気になるんでしょ?」

「僕は体臭が気になるから使ってるだけで、体臭云々がそれほど問題ないあなたが使ってもね。」

「でも、やっぱり女性にも加齢臭があるみたいだからね。いつかは、変わった匂いになるかもね。」

そうなのか。う~ん、やっぱり残念。


ガラッ

「オトーサン、今日も髪の毛。」

「はいはい。しかし、長くなってきたよね。ロングにはなってきたかな。」

「そうそう。自分じゃなかなか乾かしづらいんだよね。」

「そうなんだ。逆に髪の毛長いと、案外自分で手入れ出来るのかなって思ってた。」

「...半分はサボりです。」

「ま、そういうことだよね。」

「ねぇ、乾かしてよ。やっぱり、オトーサンじゃないと、あのツヤが出ないんだよ。」

そういうものなのかな?乾かし方あるのかなと思って、調べてみる。

「ふ~ん、まずは、しっかり乾いたタオルで乾かして行くと。」

娘の髪の毛から、水分をタオルで取っていく。僕流の方法は、あんまり髪には良くないようだった。じゃあ、なんでキレイに仕上がるのかな。

「なんか、結構ガサガサするんだね。」

「まあ、水分を取れって言うから、下の方はちょっと自分でやって欲しいかな。」

「うん、分かった。」

二人がかりで水分を取った。

「で、髪の毛の根本から乾かしていくと。ちょいと髪の毛を上に上げて、まとめてっと。」

玉ねぎ頭にした娘に、ドライヤーをかけていく。

「熱かったら、ちゃんと言ってね。」

「大丈夫。そんなこと今までなかったもん。」

で、ドライヤーを使いつつも、根本をタオルで拭いていく。で、乾いてきたら、今度は前髪を乾かす。

「今度は前髪らしい。ちょっと、熱かったら言ってね。」

前から見てみると、この娘はやっぱり可愛いなと思いつつ、

「やっぱり、君のぱっつんは、なんか昔から変わらないよね。」

「それって可愛いってこと?」

「そうそう。僕の大好きな顔。」

本音をポロッと言ったところで、

「で、今度はロングヘアーを下方向に乾かして行くと。もう、出来るよね。」

「後ろだけやってよ。」

「それじゃあ、うしろだけ。ちょっとブラシを通して行くよ」

と、ドライヤーを当てつつ、乾かしていく。後ろに関しては、これでツヤサラストレートになった。」

「ほい、じゃ、フロントは自分でお願いします。」

「ありがとね。オトーサン。」


「しかし、iPadでちょちょいと調べて、なんとなく真似して出来てしまうって、あなたのそれは特殊能力よね。」

「そうなのかな。読み込んで、イメージしたことをやってるんだけどね。」

「オトーサンは昔からなぜか80%ぐらいはすぐに理解出来るよね。それはどうしてなの?」

「う~ん、説明出来ないんだよなあ、基本的に、書いてあることをやってみてるだけだから、アレンジも何もしない。」

「つまり、理解して、その作業をイメージ出来るか?ってこと。」

「イメージなのかな。作業に対して、こういうことなんだろうというイメージを持って作業をする。それでうまくいくことが多いのかな。」

「う~ん、どうしてそうなるのか良くわからないよね。でも、イメージ補完の能力が異様に高いから、なんとなく上手くいくんじゃない。」

「...考えたこともなかったなぁ。確かに、そういう考え方もあるんだね。」

「おねえちゃん、逆に失敗したことを考えてみようよ。きっちり書いてあることのほうが失敗するんだよ?」

「あ、言われてみると、香辛料カレーを作った時とか、珍しく失敗したんだなって思った。」

「アレは大失敗だったなぁ。珍しく君とケンカしたけど、食べたことがなかったから、イメージが湧かなかったのかも。」

「じゃあ、やっぱりイメージで補完している能力が高いということなのかな。しかし、そんな能力があるのに、社会で役に立たないというのが、あなたらしいのよね。」

「下手に役に立つ能力だったら、絶対使わないよ。それに、そんなのを他の人に話して、誰か信じてくれる?」

「「う~ん」」

「ね、そういうことだよ。僕だって自分でこんなことが出来るって不思議に思うんだから、分かる人だけを幸せに出来る能力なくらいでいいんだよ。」

「確かに。オトーサンの能力は私達だけ、なぜか幸せに出来る能力だもんね。」

「ま、そういうことにしておきましょう。あなたといると幸せな理由か。それも、いいかもね。」


自身が出来ることなんてたかが知れている。でもそれが、家族の幸せになるなら、僕はそれでいいと思ってる。

でもなぁ、それでなんでもできちゃうって思われるのが一番プレッシャーなんだよね。僕は、本当に、何も出来ないからね。


「しかし、やっぱりあなた自身だからそうなんだけど、ロングヘアーも似合うよね。」

「私はあんまり似合うって思ってなかったのよ。昔の記憶があったから。でも、きっちり整えるとこんな感じなのね。」

「どう、オトーサン。私、大人の魅力あったりする?」

「昔に比べたらね。でもね、大人になってきて、やっぱり素直に空気を感じてることが減ってきてるのかなって思ってるんだ。」

「空気を読むってやつね。世渡りには必要なやつだ。」

「僕らみたいな中年だと、そうそうストレートに感情を表現することはない。何かしら、複数の感情が混ざるものなんだけどさ。君は、それをもう身につけてるよね。」

「う~ん、やっぱり、バイトだったり、大学の友人と付き合ったり、そういうところで作り笑いとかもしなきゃいけないしね。」

「僕としては、やっぱり無邪気に心から笑う君を見ていたいと思うんだよね。ゲームやってる時とか、そんな感じじゃない。」

「あれは、その、なんというか。ねえ。」

「大好きなものを、大好きな人と遊べる。だからいい顔で笑える。そういうことよね。」

「おねえちゃん、助かるね。さっすが私。」

「まあ、でもこの人が言うのも分かる気がする。あなたを17から育てて、今年はもう22歳か。5年も育てて、大人の世界に早くから入ってたらね。」

「そうそう。で、君は嫌味や妬み、悪口なんかをほとんど言わない。だから、僕はすごく心配してる。例えば、バイト疲れたとでも一言漏らすなら分かるんだけどさ。」

「もう歩けないとか、出かけたときに言ってるけど?」

「それは相槌を打ってるようなものだ。君が外で感じたこと、例えば、大学の友人の話は聞くけど、肝心の大学での話も、この前の短期留学の話しか聞いたことないんだ。ちなみに、あなたは聞いたことある?」

「言われてみるとそうね。良く、カラオケで喉を潰してくることはあるし、渋谷に遊びに行ったりするのは聞くけど、肝心の大学の話は聞いたことないかな。」

「それって、聞かれないから、別に話さない、じゃ答えにならない?」

少し考えた。確かに、この娘がしっかりしてるから、僕らが聞かないだけなのも事実なんだよね。

「いや、ごめん。君がしっかりしてるのは重々承知の上で、色々な感情を吐き出してないんじゃないかと思ったからさ。」

「う~ん、吐き出すほど、何も溜まってないんだよね。みんなといると楽しいし、大学の授業も自分で勉強しなきゃいけない。バイトの愚痴ぐらいはと思っても、おばちゃんが聞いてくれるから、二人に話すほど、何もないのかな。だから、二人にはお金の援助の話しかしてない。」

「...いい環境に恵まれたんだね。僕は何も出来なくて、ちょっと寂しいけど、本当に大人になったんだね。」

自分が情けなくなって、涙が出てきてしまった。

「ごめんなさい。私も親だから、一緒に考えてあげなきゃいけないこともあったと思うけど、あなたがしっかりしすぎて、本当に何も出来なかった。」

僕に寄り添うように、彼女も一緒に泣き始めてしまった。

「ううん、勘違いしないで欲しいけど、私が本当にダメになったときには、二人に相談してる。留学の話だって、私の中でどうにもならなかったから話したわけだし、前にも学費の話もした。でも、本当は、二人に迷惑をかけたくないの。子供だから、そこは素直に生きていきたいの。」

「じゃあ、なおさら、迷惑をかけてほしかったな。いや、今からでもいい。君が思うこと、僕らにも話してほしいな。」

「そう。どんなことでもいいの。あなたが思ってることを、聞いて欲しいときには、ちゃんと言う。そうして欲しいんだけどね。」

「うん、だけど、本当に私のことで話すことなんて本当に何にもないんだ。だって、今、こうやって三人で楽しく生活してるだけで、私に不満はないんだもの。」

娘はまっすぐ見ている。嘘はないような目をしている。

「...そう。君がそういう以上、僕は聞いたりしない。だけど、本当に無理だと思った時は、ちゃんと言って欲しいんだよね。」

「私達で解決出来るかどうかはわからない、けど、あなたが思うこと、たまには話して欲しいよ。」

「わかった。話すぐらいになったときには、話を聞いて欲しい。けど、今は大丈夫だから。心配しないで。」

心からの笑顔だった。なんか、しばらく見てなかったし、今の髪型になってからは初めて見たかもしれない。

「おかえり。」

「え、どうしたの?」

「いや、久々にいい笑顔を見られたなって。」

「そういうことか。ただいま。オトーサン。」


「じゃあ、さしあたって、一つ、私から聞いて欲しいことがあります。」

「う~ん、あなたがあらたまって話をする時はだいたい金目の話と相場が決まってるのよね。」

「あ、バレた?でも、不便だから一つ聞いてほしいの。」

「まあ、聞くか聞かないかはさておき、言ってごらん。」

「PS5につなげるモバイルモニターが欲しいです。オトーサンならわかるでしょ?」

まあ、確かにこの娘がゲームをやってる時に、TVを見られないのは、不便といえば不便なんだよな。

「...ふぅ。ここは、あなたに任せる。でも、買うなら、私が買ってあげるわよ。TV占領されるのも、いい加減辛いしね。」

「だってさ。良かったね。でも、あんまり高いのを買ったらダメだからね。あと、サイズは17インチまで。」

「言ってみるもんだね。ありがとう。ふたりとも。早速アマゾンで調べる。」

「あ、それ、こっちで調べるよ。スペックいいヤツを買わないと、意味がないしね。」

「え、なんか、私がスポンサーになったら解決しちゃうようなことだったの?なんか解決しがいのない終わり方ね。」



ま、結局はまんまと娘にしてやられたとも思うけど、僕らに色々話して欲しいのは本当。話を聞いて、導いてあげるのが親の役目。

だから自分で切り開いていくこの娘に、頼もしさを覚えると同時に、少し寂しさを感じるんだよね。

でも、いい笑顔が見られた。今日はそれだけで十分かなって思ってる。


奥様には言えないけど、今の娘の笑顔、昔の彼女の笑顔そのままだったから、少し惚れ直してしまった。ロングも似合うし、あの娘はどこまで魅力的になるんだろうね。




今日はこの辺で

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