Life 56 To be together for life. 本当のプロポーズ、そして三人
その後の2日は特になにも起こらなかった。
僕も翌朝には回復。彼女も特に甘えてくることがなかったのが残念だったかな。
「いよいよ明日か。あの娘が帰ってくるのね。」
複雑な思いの顔をする彼女。そうそう、二人きりの生活はしばらく来ない。
「一週間。なんか、色々ダメなところを見せてしまった気がして、ごめんね。」
「あなたが謝る必要はないかな。だって、そういうダメなところも知ってて好きだから。」
「そう言ってもらえると、ま、旦那冥利に尽きるかな。」
結局、毎日定例会はある。だから、右側に寄りかかられる対象がないだけで、彼女との二人、とりとめのないおしゃべりが続く。
「なんか、最近本当に思うんだけど、僕ってどこかいいところあるのかな?」
「なにか自信を失くす出来事でもあった?」
「いやさ、僕みたいな中肉中背で特にカッコよくもないし、別に気が利くわけでもないのに、一緒にいてくれるのかなって?」
「う~ん、そうね。私は、あなたを信頼して、好きになって、愛してるって言ったら、なんかカッコつけすぎかな?」
「僕の性格とか、そういうところを好いて、信頼してくれてるのはわかったけどさ、その、外見とか、やっぱりもう少し気にすべきなのかな?」
「あら、それは見た目をもう少しスッキリしようって思ったの?」
「うん、まあ、なんかこんなに可愛くて綺麗な奥様の隣に、僕みたいなのがいるのはどうなのかなって思ってさ。」
「そうねぇ。あんまり外見のことを考えたことがなかったのよね。別にブサイクというほどでもなければイケメンという感じでもないし、身長がそれなりにあるから、ある程度横に広がっててもそんな感じに見えない。普通か、中の下ぐらいか、なのかな。世間では。」
「う~ん、僕も良く分からないな。」
「でも、あなたを外見で選んでるわけじゃないから、特に気にならないのよね。ま、多少は好き嫌いもあるけど、別にあなたが料理するわけだから、嫌いなものを食べないとかはないし、気が利かないと言うレベルでもないし、何より、私達だけをちゃんと見てくれてれば、私はあなたとずっと一緒にいるつもりかな。」
「そこは、私達、なんだね。」
「女の戦いってのは、フェアじゃない時が多いのよ。でも、あの娘は私自身だから、フェアに戦わないといけないのかな。」
「うん、それだけ聞ければ十分。僕も、もう少し、あなたの隣に立つ努力をしてみるよ。」
「無茶はだめだからね。あなた、今年はちょっと運が悪い気がするし、なにか振り切れればいいんだけどね。」
「あの娘がいないうちにはっきりしておきたいけど、あの娘とは浮気をする。でも帰る場所は、あなただけだから。」
「なに、ノロケみたいね。浮気宣言って。」
「一応、申し立てしておこうと思ったの。フェアに戦うなら、僕もあの娘を恋愛対象として見てあげなきゃいけない。でも、僕の時代で、僕と同じ時間の流れにいるのは、やっぱりあなた。そこは、何事にも代えがたい事実。だって、僕らが60歳の時、あの娘はまだ今の僕らの年齢なんだから。」
「そうよねぇ。たまに、芸能人で、年の差婚みたいなのをしている人もいるけど、やっぱり、同じ時間を歩めなかったハンデは埋められないものね。」
「まだ少し早いかもしれないけど、あなたには、僕と一緒に、老いて行って欲しいんだ。でも、僕がおじいさんになっても、君は変わらないような気がしてね。」
彼女は少し言葉を失ったようだった。だけど、改めて、一言言った。
「...あなたが言った、最高の口説き文句かもね。そう思ってくれてるなら、私も可愛いおばあさんを目指さなきゃいけないよね。」
「え、あなたはもう可愛いんだから、どうなっても、可愛いまま老いてくれると思ってる。その黒髪が、きれいな銀髪になってくれる時が来ても、僕はあなたと一緒に生きるつもり。」
彼女の目に涙が浮かんで来てた。
「...もう、カッコつけすぎなんだから。あなたの奥様は、あなたと生涯を共にします。もう決めたから。」
別にもう一度プロポーズをするつもりはなかったけど、今のあなたにどうしても伝えたかった。僕と一緒に生きていくということは、そういうことなんだと思ってほしかった。そして、あなたはそれを約束してくれた。僕は、それだけで自信を持って生きていられる。この人の、生涯の伴侶として生きる。あらためて決心した。
彼女がそばに寄ってきて、首に手を掛けてきた。そして、泣きそうな小声で、
「ごめんなさい。私、今まで思っていなかったけど、あなたと生きていくということは、あなたと老いていくってことって、すごく当たり前のことを見過ごして、どこか、ずっと同じ生活が続くのかと考えてた。だけど、伴侶として生きるということは、自分も、あなたも、年老いて行くことを覚悟しなきゃいけないってことだった。」
「うん、僕も歳を取るのが正直怖くなってきたけど、君と歳を取って行くなら、いいかなって思ってる。お願いだから、僕と歳を取ってほしいです。」
「当たり前でしょ。一緒にいるんだもん。あなたが年老いたって、あなたはあなた。そして私は私よ。これからも、どうぞよろしくね。」
二人で嬉し泣きをしていた。遠い未来まで、一緒に生きるという約束をした。これがどんな約束になるか分からないけど、僕らは、それを共有して生きることにした。
「なんか、泣き疲れちゃったね。」
「言葉に出してしまったけど、君が受け入れてくれて、本当に嬉しかった。僕も、もう自信を持って生きていく。」
「そうよ。あなたは、私の自慢の旦那様。どこに出しても恥ずかしくない。もっと主張していいんだぞ。」
とりあえず、二人での最後の夜。僕らはまた抱きしめ合いながら眠りについた。
そして翌日の夕方。
「ただいま~っと。」
「あ、おかえり、オトーサン、会いたかったよ。」
ドタドタと走って玄関まで来る娘。やっぱり、娘なんだよなと思ってしまった僕がいた。
「君こそ、おかえりなさい。どうだった?僕の実家は楽しかった?」
「うん、おとーさんも、おかーさんも、私を娘だと思って接してくれて、すごく嬉しかった。あと、スマホの使い方とか、色々教えてきたよ。」
「ちゃんとリモートの授業は出た?」
「もちろんだよ。約束だったもんね。」
「で、肝心のパスポートは?」
「見て驚けよ。これです。」
おお、娘がパスポートの写真になってる。あ、今更ながらに気づいたけど、随分髪が伸びてきたんだな。もうセミロングぐらいか。
「よかった。また戸籍で揉めるんじゃないかと思ってたけど。」
「いや、揉めたのは揉めたの。でも、マイナンバーカードの登録情報上で戸籍は確認されてるし、顔写真も私だったから、役場の人も観念したよ。」
「迷惑は掛けてないだろうな?」
「全然。かけるわけ無いじゃん。」
「ならよかった。パスポート申請が実際に出来るのかと言うのは、ちょっと心配だったんだよね。」
「あ、でも、私、今21歳ですけど、戸籍上は41歳なんだって。二人と同級生なのは、変わってなかったよ。」
「同級生...というより、君の場合はややこしいよね。本当に同級生で、同級生の記憶もあるけど、年齢が離れてるからね。」
「でも、思い出なんて、これから作っていけばいいんだし、早速だけど、オトーサンには週末、デートして欲しいんだ。」
「留学に関すること?」
「残念、それはおねえちゃんに頼もうかなって思ってる。それより、PS5に付けるSSDを選んで、取り付けてほしいんだな。」
「...あ、うん。PS5もSSDもお金出さないけど、バイト代貯めたの?」
「ようやくね。これで、しばらく使ってたPS4からデータ移行したするから、それも手伝って欲しいの。」
「分かった。あ、じゃあ、SSDはアマゾンでちょっと見繕うから、そっちで買っておいたほうがいいかもしれない。」
「はーい。約束ね。」
やれやれ、ヨドバシにでも行けば在庫あるんだろうか。PS5はもう良く分からないな。しかし、やっぱり元気がいい。この娘の取り柄はいくつもあるけど、やっぱり元気なのがいい。
「で、夕飯は?」
「う~ん、どうしようかな。あの人と相談してなかったんだよね。ま、最悪出前で我慢してくれ。」
「どうしたの?今日は金曜日だよ。なんかいいことあったの?」
「じゃ、君がパスポートを取った記念日。これでいい?」
「こじつけっぽいけど、記念日だからしょうがないね。出前で我慢してあげる。」
いや、我慢はしなくていい。別にコンビニでメシを買ってきてもいいけど。
「ただいま~。」
「あ、おねえちゃん、おかえり。」
「おお、帰ってきてたんだ。我が愛娘。」
「愛娘はちょっと恥ずかしいな。でも、ちゃんと帰ってきました。」
「おかえりなさい。今日は褒めなくていいのかな。」
「ただいま。少しだけ褒めて。」
「よし、君は今日も頑張ったね。でも、家ではいっぱい甘えようね。」
「褒めてないかな。もう甘えられないじゃない。」
「なら、甘えさせてあげる時間を作ってあげるよ。これでいい。」
「うん、ありがと。」
「なんか、ふたりとも雰囲気が少し変わったね。本格的に、夫婦って感じがするよ。」
「そう?特に一週間で、なにかやったわけではないんだけどね。」
「ま、お互いに一つ山を登りきったってところかしらね。」
「そっか。おかーさんと話してたけど、二人は大丈夫って言ってたの、本当だったんだね。」
「え、なにが大丈夫なの?」
「聞き捨てならないわね。ダメなところが逆にあったのかな?」
なにが大丈夫なのかは、僕も彼女も分からなかった。でも、娘にはその大丈夫という言葉の意味が分かっていたみたいだ。それは、僕のオカンも分かっているのだから、自然と僕らも分かってくるのかな。
なにはともあれ、また三人家族に戻った我が家。にぎやかに、楽しく幸せに暮らしていこう。
今日はこの辺で