Life 53 Living apart 2つの生活
「え、海外留学?」
「そう。交換留学みたいな感じで、オーストラリアに短期間のステイができるんだって。」
「ふ~ん。で、奨学生で成績優秀な君は、行ってみたいと思っているわけだ。」
「まだ、詳細は知らないんだけど、一度海外に出てみるってのも面白いかなって。」
「でもさ、パスポートどうするの?」
「あ、そうか。栃木で取得しないといけないのか。」
ちょっと調べてみた。あ、今は野木町役場でも取得できるのか。
「野木の役場で取れるみたいだよ。証明写真が何枚か必要らしいよ。」
「あ、オカン。うん。...あ、はいはい。...そう。うん。それでさ、ウチの娘をちょっと泊めてあげて欲しいの。いい?お願いします。うん、分かった。伝えておくよ。んじゃよろしくね。」
とりあえず、実家に連絡しておいた。まあ、一応こんな娘でも孫だから、邪険にはしないだろうし、親父はデレデレするだろう。
「ほい。んじゃ、どうする?申請して、一度帰ってくる?」
「う~ん、一週間ぐらいかかるんだっけ。まあ、でもいいか。私もオトーサンの実家で孫生活してみようかな。」
「大丈夫かしらね。まあ、お義母さんは大丈夫だと思うけど、お義父さんよね。」
「そうだなぁ。ま、イヤならイヤって言えば、やらない人だから安心していいよ。1週間もあると、オンライン授業もあるだろうから、受けられるようにPC持っていくほうがいいよ。」
「分かった。うん、オトーサンのおとーさんとも仲良くなってくるよ。」
「悪い人じゃないんだ。声がデカくて、スケベで、気遣いがあまり出来ない人だけど。現地の足にでも使ってやってくれ。あと、おねだりしてくれたら、なんか買ってくれるかもね。」
「オトーサンって、自分の父親をなんか便利な人みたいに思ってるよね?」
「まあ、俺もそういう付き合いじゃないと、あの人とはやれないかなって。昔、さんざん虐待されたからさ。」
「...ごめん。」
「いいよ。性格の形成が若干おかしいのは、このためかなって思ってる。でも、今があって、君たちがいるなら、僕は良かったと思ってるよ。」
「あなたも子供の頃には色々苦労したのね。」
「理不尽で怒られることはしょっちゅうだったし、逆らっても更にひどく怒られるしね。あのとき、八方塞がりだったから、より自由に生きていたいのだと思う。」
「そっか。そういう理由なのね。でもそこに惹かれちゃうんだよね。あなたが時々捨てられた猫みたいな目をするのは、そういう理由なのかもしれないかな。」
「そう?やっぱり構って欲しいのかもね。」
「...で、それはそれでいいとして、私は大丈夫?」
「なに、可愛い孫だよ。孫と言っても、もう立派な大人だし、その辺は親父もドギマギするんじゃない。」
多分、悪そうな顔をしてたんだと思う。あまり見せたことのない顔だったらしい。
「恨みでもあるの?」
「いや、単にイタズラみたいなものだよwどういう対応するのかなって。」
「あなたって、その辺は大人げないのよね。でも、本当の家族だから、そういう反応もできるのか。」
「いいんだよ。なんだかんだでお人好しで世話焼きだから、もう好きなだけ使ってやってくれ。」
「それじゃ、ちょっと行ってくるね。」
ちょっとの割には、結構でかいキャリーバッグ持っていくな。
「別の意味で甘えてくるといいよ。行ってらっしゃい。」
「ちゃんとお土産渡してね。」
「はーい、行ってきます。」
「そう言えば、二人で1週間って、もしかして初めてじゃない?」
「...そうかも。案外、簡単にケンカして、一週間後にまた怒られたりしてね。」
「ま、その時はその時。でも、僕はケンカするつもりもないし、淡々と過ごしていきたいかな。」
すると、左腕に掴みかかってきた。
「ひとりじめ。今までの分、しっかり甘えちゃうもん。」
「君は若いよね。その発想が出なかった。いいよ、期待に応えるように。」
リビングに戻る。
とは言ったもの。二人だとやっぱりドギマギしちゃう感じがある。
「どうしようか。どこかに出かける?」
「出かけるって、もう夕方だよ。デートに行くにも、ねぇ。」
「鶯谷でも行ってみるって?まあ、思い出の場所だけど、別にそれなら家でもいいしね。」
「あら、あなた、珍しく性欲がある?」
「あの娘が歯止めになってるのかもしれないよね。まあ、おじさんの性欲だから、そこまで持たないだろうけど。」
「何言ってるのよ。それは私も一緒なんだから、しょうがないよ。」
「...ごめん。夕方なのに、いかがわしい話しちゃった。」
「あら、その反応が新鮮でいいよ。別に、夜は夜で楽しめばいいじゃない。あの娘と出かけると、ちょいちょい二人で楽しんでるの、知ってるんだから。」
「お見通しかぁ。ま、でも、あの娘がいない生活って僕も数年ぶりだから、どう過ごすべきなのか分からなかったりするね。」
「まずは、夕食でも食べましょうか。買い物行きましょ。」
2日目
「...うん。」
眩しいな。朝だと思うけど。
「おはよ。」
目の前には、裸の彼女が布団を被ってる。あ、そうか。疲れて寝ちゃったのか。
「おはよう。と言いたいけど、もう少し寝ない?」
「もう。デートとか行ったりしないの?」
彼女に近づき、抱き締めてみる。
「デートもいいけど、君のぬくもりで二度寝するのも、贅沢な気がする。イヤ?」
「そんな目でせがまれたら、イヤって言えないかな。」
君の体温は本当に心地よい。君の香りも心地よい。睡眠障害の僕にとって、もしかすると一番効果があるのは、君かもしれないね。
そんな、14時過ぎ
「まったく、甘えん坊さんなんだから。」
「この一週間は、僕は甘えん坊になるよ。それぐらい、この時を心待ちにしてたのかもしれない。」
まだベッドの上で二人でゴロゴロしてる。別にエッチなことをするわけでもなく、ただずっとふたりで横になって話すだけ。
「あなたってそんな人だったっけ?なんか、キャラが変わってるような気がするんだけど。」
「いつもは父親してるからさ。でも、父親の任を解かれると、やっぱり、本当の感じが出てくる気がする。」
「甘えん坊で、寂しがりやで、独占欲が強いんだっけ?」
「独占欲なのかな。もちろん、あなたは誰にも触れられたくない。レジでお釣りを渡されるのですらイヤ。」
「それはだいぶ強いわね。でも、いつもは出てこないんだ。可愛い。」
「そりゃ、あの娘の前で甘えてるのを、あの娘に見られるのは、やっぱりイヤだよね。」
「あくまでカッコいいオトーサンでいたいわけだ。」
「まあ、そんなところかな。カッコよくなくていいんだよ。ただ、甘えるほうじゃないだけ。」
「私より、本当は甘えることを知ってるんじゃないの?確信犯的よね。」
「そうかな。でも、世の中の男なんて、やっぱりいい女に甘えたいと思うよ。」
「私、いい女?」
「極上でしょ。こんなに可愛くて、凛々しい女性を僕は知らないもんね。」
「あなたの経験でいなかっただけでしょ。なんにも出てこないわよ。」
「本当だよ。だから、運命の人なんでしょ?」
「ずるいかな。そういう返し方。私の運命の人は、そんなに甘えん坊さんじゃないと思ってたよ。」
「残念だけど、カッコよくもないし、一人だと寂しがりやの小さい男だよ。」
今度は彼女が抱きついてきた。肌のぬくもりが心地いいと感じる。
「じゃあ、寂しくならないように、私がずっとついててあげようかな。」
「寝顔が可愛くないけど、別にいい?」
「あなたの寝顔も、案外可愛いわよ。それに、大好きな顔だもの。いつまででも見ててあげる。」
「ありがとう。なんでかな。なんか嬉しいのに、泣けてくるんだ。」
嬉し泣きなのか、寂しさが溢れてしまったのか、とにかく涙が出てきてしまった。
「安心して。今日は、あなたのために、私が側にいてあげる日。だから、いっぱい喜んで、いっぱい泣いていいよ。」
18時過ぎ
「...ろ。」
泣きつかれて寝てしまったらしい。
「あ、起きた。」
目を開けると、まだベッドで横になっている彼女がいた。
「そろそろ、夕飯を買いに行かない?さすがに今日はなにも食べてないんだよ。」
「うん、こんな時間まで、ごめんね。」
「いいの。こうやって、旦那様を甘やかして、私は楽しいよ。」
「そう。楽しんでもらえてよかったよ。」
「でも、本音を言えば、1日中ベッドの上で裸なのは、ちょっと恥ずかしいかな。」
「別にそーっと服とか着てもよかったのに。」
「あなたがいいのは、私の素肌のぬくもりなんでしょ。そんなこと言われたら、叶えてあげたいじゃない。」
「うん、ごめん。なんか、辱めた感じがしちゃって。」
「私が恥ずかしくなっちゃうかな。そういうことは言わないの。」
「ありがとう。今日は、贅沢な昼寝をさせてもらえて、感謝してる。」
「私も。なんだかゆっくりと時が流れてるようで、すごく楽しかった。ありがとう。」
それから、服を着て、夕飯の買い出し。もちろん、今日はお酒もOKにした。
そして夕飯を食べ、ささいなことを話し、初めて二人でお風呂にも入った。中年の夫婦がドギマギしながらお風呂に入るのは、なかなか出来ない体験だった。
普段見慣れている体も、お風呂の時には綺麗に見えるのは、水分のせいじゃないと思う。スタイル維持に、きっと苦労してるんだろうなあ。
彼女の髪を乾かし、一息つく。定例会の時間だ。
「これでよしっと。」
「ありがと。やっぱり、あなたが一番綺麗に乾かしてくれる。ヘアスタジオとかでも敵わないんじゃないかな。」
「そう?下手の横好きってやつだから、まあ、そんなに褒めてくれなくても。」
なんとなく、沈黙になってしまう。お互い、若くもないのに、なんかエッチを覚えたてのカップルみたいな感じの一日だったから、ちょっと頭が追いついていないのかも。
「なんか、私もまだまだ若いんだなって思っちゃった。」
「ごめんね。なんか、そういう成り行きになってしまって。」
「楽しかったかな。不思議な一日だったけど、別にエッチするわけでもなく、ただ裸で抱き合って、寝てるだけで、楽しいんだなって。」
「ずっと寝てばかりだったけど、大丈夫?」
「う~ん、やっぱり、腰がちょっと痛いかな。こういうところだけ、現実を思い知るわね。」
「僕たち、どっちのほうが、気持ちを埋めてくれるんだろうね。エッチしてるほうがいいのか、それともただ二人で抱き合ってるだけのほうがいいのか。」
「お互いに性欲って感じでもないのかもね。たまに抱いてもらえるだけで、私は十分。でも、一緒に寝るのは、これからもずっと一緒がいいかな。」
「急に襲いかかっても?」
「あなたがそういう理性の失い方をする人じゃないことは知ってるし、どうしてもって時は、意地でもしないわよ。」
「強い奥様ですこと。でも、僕には必要だよ。あなたがそばにいてくれるだけで、僕は少しだけ頑張れる。」
「少しなんだ。すごく頑張るにはどうしたらいいのかな?」
「それが分かれば苦労しないかな。僕には、頑張る理由があっても、頑張れるのか分からないんだ。」
「...あんまり、頑張れって言っちゃいけないんだっけ?」
「あなたに言ってもらう、「頑張れ」は特別。だから頑張れる。でも、世間一般の頑張れには、おそらく応えられないと思うんだ。」
「もうひとりいるか。あの娘の「頑張れ」は、もっと特別でしょ?」
「あの娘の頑張れは二人分の頑張れがこもってる。責任感の頑張れと、気持ちの上での頑張れ。だけど、僕はそれに応えられてるのかな。」
「何を言ってるのかな。当たり前じゃない。応えられてるから、あの娘もそばにいて、私達を支えてくれてる。もう、三人じゃないと生きていけないぐらい、共依存しちゃってるわよ。」
「そっか。それならよかった。」
「どうしたの?なんか、甘えん坊になってるけど。」
「今までずっと一人暮らしして、38の時にあの娘と同居し始めて、久々にあの娘と離れて夜を迎えるんだなって。」
「やっぱり、愛娘がいないって、寂しい?」
「寂しいんだろうなぁ。今日、甘えてたのも、もしかするとその寂しさを紛らわせるためだったのかも。でも」
「でも?そういうことじゃないよ。あなたが、あなたの意思で、今日の私をひとりじめしてたの。あの娘への嫉妬心とかもあったかもしれないけど、私達、そんなこと考えてなかったでしょ?」
「...そうだね。やっぱり、あなたが、僕の運命の人でよかったよ。」
「そう。あなたが、私の運命の人。そうやって、今は二人で生活しましょう。」
「じゃあ、ごめんだけど、一つお願いしていい?」
「出来ることなら聞いてあげる。どんなお願いかな?」
「また、今日も裸で抱き合って寝たい。ダメ?」
「う~ん、別にエッチなことをするわけじゃないのよね。」
「うん。情けないけど、やっぱり、君のぬくもりが忘れられない。なぜか、安心出来ないんだ。」
「...うん、可愛い旦那様の頼みだもの。ベッドに入る前に、パジャマは脱ぐね。」
「本当にごめんなさい。」
「ううん、いいのよ。それで、あなたの不安が一つ消えるなら、私の不安も一つなくなるってことだもの。」
「でも、言ってることが、なんか子供みたいで、ごめん。」
「あなたも私も、本当ならばもっと恋愛してくるべきだったのよね。でも、知らないんだから、一緒に甘えながら生活していこう。二人の時間は、いくらでも取り戻せるわ。」
その夜も、僕はあなたの胸の中で寝た。カッコ悪いけど、すごく安心出来る。明日への活力っていうけど、毎日こうしてくれると、別の活力も湧いてしまいそう。
あなたは僕を本当に甘やかしてくれる、極上のお姫様。あなたのことを愛することが出来て、そして一緒に生活出来て、僕は幸せです。改めて、一生添い遂げたいと思った。
そのころ、僕の実家では、
「おかーさん。あの二人、大丈夫かなあ。」
「そうだねぇ。あの子、浮いた話もなかったし、まともに恋愛経験もないだろうから、意外にタジタジになってるかもね。」
「自分の息子なのに、容赦ないね。」
「当たり前じゃないの。あの子は酸いも甘いも知らないんだよ。周りからも怒られ続けたりされてたわけだしね。」
「そうなんだ。私の目から見てるオトーサンって、もっとカッコよく見えるんだけどなぁ。」
「今だけだよ。そのうち、化けの皮がはがれる。人間関係はしっかりしてるけど、生活はだらしないし、それほど出来た人間じゃないよ。」
「え、ちょっと心当たりあるけど、私も人のこと言えないんだよなぁ。」
「大丈夫よ。娘ちゃんは、しっかりしてるし、これだけ私やお父さんと話してる。あなたは、あの子にも似てるけど、もっとずっと出来る娘よ。」
私、オトーサンのおかーさんに褒められちゃたよ。オトーサンの両親、本当にあったかいし、いろんな話をしてくれて、私は楽しい。一週間、ここでの生活も楽しもう。
今日はこの辺で。
聞いてもらって、ありがとうございます。また今度ね。




