Life 49 She is too kind to deal with trouble. 女子かしまし物語
人事部長への昇進が決まった彼女(奥様)は、残りの日々を引き継ぎと残務に費やしていました。しかし、彼女は後任の後輩たちが、職場の人間関係に悩んでいることを知り、居酒屋に誘います。
職場の悩み
後輩たちは、職場の男性社員からの「ちやほや」や、セクハラまがいの言動に悩んでいました。彼女は、持ち前の塩対応でそれらをあしらってきましたが、異動後は後輩たちだけで対応しなければなりません。優しくて真面目な後輩は、それをどうすればいいのか分からず不安に感じていました。
それぞれの恋愛観
お酒を飲みながら、3人はそれぞれの恋愛観を語ります。彼女は、僕との出会いをロマンチックに話し、後輩たちを羨ましがらせます。そして、恋愛経験の少ない後輩に「自分の価値に自信を持って、いい人を見極めるように」とアドバイスします。一方で、彼氏との結婚に悩むもう一人の後輩には、自分から行動を起こすことの大切さを伝えます。
彼女の決意
居酒屋での会話を通じて、後輩たちは「自分たちも頑張るから、先輩も頑張ってほしい」と彼女に伝えます。彼女は、後輩たちからの温かい言葉と、僕と娘からの支えを思い出し、昇進への不安を振り払い、頑張る決意を固めます。
帰宅した彼女は、僕と娘に「覚悟が決まった」と伝え、三人でこの生活を続けていくことへの喜びを噛みしめるのでした。
「おはようございます。先輩。2度目ですよ。しかも本編ですよ。私?」
「朝から何訳の分からないこと言ってるの。引き継ぎ事項が多いんだから、あんまり無駄なことは考えないでよ。」
「は~い。先輩は今日もしっかりしてるなあ。」
彼女はキャリア10年の32歳。新卒で、この部署に配属されてから、ずっと一緒に働いている。愛嬌のある顔をしてる。
私に転部の話が出て2ヶ月。と言っても、日々の業務は後輩二人に任せて、私は黙々と引き継ぎ資料と、塩対応を繰り返すだけだった。
「おはようございます。先輩。もう、2週間しかこの部署にはいないんですよね。」
「そうねぇ。あなたは、やっぱり不安?」
「当たり前じゃないですか。色んな人に可愛がられるのはいいですけど、私は世間話に付き合えるほど、余裕がないです。」
「あ~、そうねぇ。私がいなくなって、問題になるのはそこかもなあ。」
彼女は新卒で入って2年目。24歳。女子アナにいそうな、清楚系の可愛い子。だから、変な虫がつかないように、私もフォローし続けてた。
前にも説明した通り、備品管理を目的とするのがこの部署。3人しかいない。課長待遇だけど、私はここの長ということになっている。
後輩の教育という側面もあるけど、やっぱりこの部署で一番問題になるのは、備品の受け渡しの時に発生する、ちょっとした会話なのだ。
私が塩対応をしつつ、ストレスを貯める原因。それは、聞きたくもない世間話や、明らかに口説きに来てるような輩の相手。無論、一般社員とは、ちょっとした会話ぐらいしてもいいとは思うんだけど。
「だけど先輩、もう彼女を守れなくなっちゃいますよね。本当なら、そこを軽くあしらう度量も必要ですけど。」
「あら、あなたがやればいいじゃない。塩対応のやり方なら、ずーっと見てきてるでしょ?」
「私ですか?だって、私のキャラで塩対応とか、無理ですもん。ま、これもお努めだと思ってますけど。」
「そうよねぇ。しばらくこの部署に人は入ってこないし、私もしばらくは総務部にいるものだとずっと思ってたから。」
「あ、そう言えば、新卒の子が一人入ってくるそうですよ?先輩の替わりですかね。」
「その子が、元地下アイドルとかだったら、対応は完璧なんでしょうけどね。しかし、この部署、よく法務部からパワハラ認定されないわね。」
「先輩がいたから、今までは法務部からスルーされてたんですよ。4月から、本格的に動くらしいですよ。そこで、先輩が人事部長の権限で、切り捨てていくってことじゃないんですか?」
「ここは組織よ。戒告処分は出来ても、会社をやめさせられるような権限まで持つわけじゃないでしょ。そこを精査するのが、私の新しい仕事なのかしらね。」
「しかし、まあ、私が先輩のポストを継いでいいんですかね。キャリア的には確かにそうですけど、私で後輩たちにブロックを作ることって出来るかなあ。」
「前にも言ったかもしれないけど、あなたは人をあしらう度量がもう十分についてる。愛想よくそれが出来るのも、特技だと思ってるわよ。」
「先輩、珍しく褒めてますね。私をそういう感じで見てたんですか。」
「問題は、効率の悪さよね。あなたの場合、愛想が言いけど、1回あたりの対応時間が長いのよ。これからは、後輩もフォローしつつ、備品管理もするのよ?」
「それは先輩の引き継ぎ資料でなんとかなると思いますけど、後輩のフォローってどうやってやるんですか?」
「え、それを今聞くのね。あなたは普段、後輩のフォローをちゃんとしてるから、そこは心配してなかったけどね。」
「褒めてます、先輩。」
「呆れてるのよ。あなたに。まったく。」
「で、二人に聞きたいんだけど、この前私が有給で休んだ時、実際に仕事を回した時って、どうやってたの?」
「備品と帳簿を照らし合わせつつ、とりあえず相槌を打つような感じです。」
「相槌を打ってるんだ。君も隅に置けないなぁ。」
「茶化さないの。でも、教えたことはしっかりやってるのは分かる。」
「あれ、私には聞かないんですか?先輩。」
「あなたはだいたい分かるけど、一応聞くべきかしらね。」
「愛想よく対応してれば、ほとんどの人は引いてくれますよ。ごく一部に当たった時が先輩の出番だったじゃないですか。」
「...あなたって実は私よりこの部署向きよね。」
「そうですか?先輩の受け売りですよ。私の仕事。」
しかし、この子がやっている事って、実は私より評判いいはずよね。どうして、私のほうがいいって輩が多いのかしらね。
「分かった。あなたはもういいわ。これで心置きなく、この部署を去れる。」
「え、私は困ります。先輩方の力がまだまだ必要だと思います。」
「心配しないで。あなたが困っても、彼女がなんの気なしに割り込んでくるはずよ。」
「それが心配なんですよ。ビシッと決めてくれる先輩がいるから、なんとかこの部署でやっていられるんですよ。」
「それじゃあ、私はしばらく備品配布には立たないことにする。あなた達だけでなんとかして欲しい。出来る?」
「まあ、先輩がそう言うなら、私がフォロー役に回ります。」
「え、私がメインで受け渡しするんですか?出来ないですよ。今でもいっぱいいっぱいですよ。」
「なに言ってるのよ。来月には新卒が一人来るのよ。きっと、あなたも教育係になるわよ。」
「不安しかない。私、本当に出来るんでしょうか。」
「...そうねぇ。昼休み、奢るから、いつもの喫茶店で相談しましょう。」
「私も付いていっていいですよね。先輩。」
「いいわよ。三人集まれば文殊の知恵と言うし、ちょっと考えましょう。」
昼休み、行きつけの喫茶店。あの人が良く言ってる、純喫茶というところ。
「あなたは何に心配してるのか、私に教えてくれない?」
「私、この会社の人って、すごく苦手なんです。別に、私は会社にもてはやされに来ているわけじゃないんですよ。」
「そうねぇ。あなた、すごく可愛いものね。人気なのも頷けるものね。」
「でも、言い寄られると、ついつい相槌を打つじゃないですか。話をするのも嫌なのに、なんでこんなことしてるんだろうって。」
「これは本人の感覚の問題だから、先輩である私は、申し訳ないけど、どうアドバイスすればいいのかわからないのよね。」
「簡単じゃない。君も先輩の塩対応を真似すればいいだけ。そうすれば、相手は引き下がるんじゃないかな。」
「あなたは優しいのよね。だけど、私達からすれば、そういう輩に時間を費やすのは無駄なのも分かってるよね。」
後輩が縦に首を振った。その動作も、なにか不安そうなものを感じる。
「そうか。う~ん、真面目で優しいか。相手を無下に出来ないも頷ける。でも、私が仲介しすぎたから、不安なのよね。ごめんなさい。」
「先輩が謝ることじゃありません。」
「言いたいことはわかりましたよ。それじゃ先輩、私が、彼女にあしらい方を教えますよ。」
「教えてもらって、出来そう?」
「お手を煩わせて申し訳ありませんけど、それを教えてもらって、自衛するしか、どうにもならないですよね。」
「追い詰めるようで悪いけど、そうしてもらえると、部署としてはありがたい。でも無理してやるなら、やっぱりやめるべきよ。」
「何が正解なんでしょうね。先輩、掛け持ちとか出来ないんですか?」
「あなたねぇ。人事部長って肩書の人が、忙しくないわけないでしょ。会社が認めても、私が無理よ。」
「でも、彼女の言ってることって、今の先輩の言い分と、あまり変わらないですよ。」
そう言われてみると、たしかにそうなのかもしれない。
「う~ん、為せば成るというやつか。確かにその通りかもしれないわね。」
「あまり私のことで悩まないでください。先輩はこの先、もっと大きな悩みを持つんでしょうから。」
「真面目だから悩むのよ。隣の気楽そうな人ぐらい、世渡りが出来れば、あなたもこんなに悩まなくていいんでしょうけどね。」
結局、いい方法はなかった。慣れるしかないという、ありきたりな努力で解決するにも、彼女には難しそう。
ともあれ、今日は、一度この話題を打ち切るほうが良さそう。どんどん不安になっていく彼女が気の毒かな。
「そう言えば先輩って双子だったんですね。知らなかったですよ。」
「ん?何のこと言ってるの?」
「街で見かけましたよ。先輩そっくりの人と、先輩が一緒に池袋で買い物をしてるところ。」
「あ、そういうことか。あれが私の連れ子の娘よ。」
「ええええええ、連れ子なのに、あんなにそっくりな人なんですか?もしかして先輩って、旦那さんと一回離婚してます?」
「初婚と言ってるし、隠し子もいないわよ。でも、あの娘は他人の空似。私だって驚いたのよ。」
ああ、嘘ついてるな。でも、上手い説明が出来ない。こういう時、あの人の頭脳が欲しいのよね。
「ちょっと、写真とかないんですか?よく見たいです。」
「...一回だけよ。」
そうして、過去に見分けがつかないと言われた、あの1枚を彼女たちに見せた。
「本当に連れ子さんなんですか。私には、両方とも先輩にしか見えませんよ。」
「先輩、若いですよね。連れ子さんって何歳なんですか?」
「21歳。今は大学生よ。これは去年の娘の大学の入学式の写真。」
「...あらためて先輩が、会社でアイドルとして行きていられるのかわかりましたよ。20代の子と見た目が変わらないって、どうやったらそうなれるんですか?」
「特に何も。自慢じゃないけど、肌年齢は20代後半らしい、それが見た目に現れてるのかな。」
「先輩はそういうところまで完璧なんですね。私、いろんな意味で、ちょっと凹みますね。」
「凹む必要はないわよ。本当なら私だってオバさんになってる年齢で、色々覚悟はしてる。」
「そりゃ、先輩がいなくなるってだけで、私達が不安になりますよ。こんなに完璧な人、どこだって欲しがりますよ。」
「その話よ。裏で人事がどうこうと話してたのがバレたとしか言いようがないもの。今回の人事異動。」
「でも、先輩なら、人事部長になっても、ちゃんと仕事をこなしそうです。社長のお墨付きですし。」
「いやぁ、真面目にどうしてこうなったのか、説明は受けたけどさ。到底納得できるものじゃないから。」
「で、社長にはなんて?」
「単純な話よ。20年近く会社にいるし、備品係で窓口をやってるから、大体の人間の評価基準が分かるんじゃないかという期待だけらしいから。」
「この会社、相変わらず社長まで闇深い会社ですよね。まあ、優秀な人手が不足してるし、コストカットもしたいだろうし、血の入れ替えをしたいんでしょうね。人を見る目はありますもんね。先輩。」
「そんな理由で、人事異動の末、出世なんておかしいと思わない?常識からかけ離れすぎてるのよ。」
「この会社は、人だけがブラックですしね。先輩なら、その厄介な人たちを相手に出来るって会社からの期待が強いですよね。」
「そうなのよ。なまじ、世間より働き方はホワイトだから、より厄介な問題に直面してるわよね。」
「ま、いいじゃないですか。確かに、先輩ほど、この会社の人材に詳しい人も、実際にはいないでしょうしね。」
「でも、私のせいで、会社倒産なんてことになったら、あなた達に顔向け出来ないしね。どうするべきなのかしらね。」
しかし、大真面目に、早期退職募集とか、やるにしても予算もないから、備品係の情報網を使って戒告処分をする気なのだろうか。それこそ、逆に労基から訴えられそうだわ。
業務終了後、午後の窓口を任せた二人と、自身のストレスの解消のために、居酒屋へ連れて行った。
あの娘には、ちゃんと連絡して、了解を得た。娘に体の心配をされちゃう子供なんだけどな、私。
「「「かんぱーい」」」
一杯目、一口目のビールって、なんでこんなに美味しいんだろう。
「いやー、他人のお金で飲むお酒って、なんでこんなに美味しいですかね。」
「先輩、大丈夫ですか。割り勘でも私は大丈夫ですよ。」
「あなたがいろいろ心配してるから、誘ったの。悩みを聞かせてくれるだけでいいわよ。」
「本当ですか?私の彼氏の話を聞いてくださいよ。」
「アンタの悩みは聞いてない。」
「先輩の彼氏って、いい加減結婚を切り出してくれないっていう、あの人ですよね。」
「へぇ~。じゃあ、結婚願望はあるんだ。」
「もちろんですよ。私だってもう32ですよ。いい加減、女の幸せってものを味わいたいじゃないですか。」
「ま、もう彼とも長いし、そろそろ追い詰めて行きなさい。そうしないと、タイミングがなくなるわよ。」
「いいなぁ。私は彼氏いないんで、結婚とか想像出来ないです。」
「あら、あなたはいい子だし、逆に選べる立場の人間よ。ダメ男に捕まらないように、しっかり見極めなさい。」
「先輩、今日はこの子の悩みを聞きに来たんでしょ?それじゃあ、そっちを聞いてあげないとダメですよ。」
「アンタが自分の恋愛話するからでしょうが。で、ごめんなさい。どういう事が心配?」
「お昼にも言いましたけど、人からもてはやされる、ちやほやされるのが嫌なんです。普通、企業に就職出来たら、そういうことはないと思っていました。」
「よく我慢して、2年も続けてくれたわ。まあ、ウチの会社は、体質が昭和だから、ある面はホワイト、ある面はブラックなのよね。入社してそうそう、この部署に入って、2年も続けてくれただけでも、私は感謝してる。」
「そうそう。その前の子達は結構辞めたり、人事異動申請したりで、定着しなかったですもんね。」
「...アンタがそれを言う?ま、もっとも、アンタはどういうわけか、馴染んだわよね。」
「先輩の教育も良かったですし、何よりみんな守ってくれたじゃないですか。」
「昔は総務部と同じパーテーションだったから、変な虫が寄り付かなかったものね。まあ、それでも強行突破してくるツワモノも多かったけど。」
「先輩は、どうやって克服したんですか?最初から塩対応してたわけじゃないですよね。」
「う~ん、私が新卒の頃って、彼女が言った通り、まだそれほど大きな組織じゃなかったの。備品係ではなく、総務部の管轄だったのよ。」
「どういうわけか、会社の規模は変わらないのに、オフィス移転して、今の場所になった時に、総務部と備品係が分かれることになっちゃって、それからですよね。」
「それまでは総務部の人も、私や彼女をちゃんとガードしてたのよ。大体、普通は備品管理にこんなに人を割く会社なんてないからね。私達も総務の仕事をしてたし。」
「備品係用のパーテーションが出来てからですよね。面倒な対応が増えたのは。」
「あれって、どういう話だったかしら。まあ、突然そういう話になって、備品係に彼女と二人で配置されて、厄介事が増えたのよ。」
「総務部の窓口に、キレイな人と世間話したいって言う男性社員が、途切れることなく来て、総務部が仕事にならなくなったんですよ。直接の原因は、先輩ですよね。」
「ふ~ん、そうだったんだ。じゃあ、私がいなくなったら、総務部に復帰出来るのかしら?」
「多分無理です。ま、所属はたしかに総務部ですけど、私達は別働隊ってやつですからね。で、隊長が先輩だったから、成り立ってたんですよ。」
「気になってたんですけど、先輩って、どうやって今の塩対応が出来るようになったんですか?」
「う~ん、まず、情を捨てたかな。備品目当てじゃないのは分かってるし、邪険に扱ったって、諦めない人しか来ない。あなたが優しいのが、仇となってるパターンよね。」
「気分良く備品を提供するのが仕事って思ってましたから、そんなこと考えたことなかったです。」
「真面目で優しい。なんで、イイ男を捕まえないんだろう。まあ、それはともかくとして、ある意味、私達の仕事は、心を折りに行く仕事に近いのよ。」
「言葉が強いなあ。先輩が対処してる人たちって、なんであんなに鋼のメンタルなんでしょうね。」
「あんまり気持ちの話はしたくないんだけど、厄介な相手はただ世間話をしたいだけなの。ちゃんと備品を貰いに来る社員さんは、事務的なことしか話をしないでしょ?」
「そうですね。私もそういう方々の対応は、まったく問題ないんですけどね。」
「結局はそこの応用かな。何を言われても、無視を決め込む。そして備品を渡したら、すぐに自席に戻る。これだけでいいわ。」
「分かりました。私も、それを実践してみます。先輩がいなくなる前に、会得しておかないと、新卒の子に教えてあげられませんから。」
「あー、うん、そんなに気合を入れることじゃないのよ。そういうのを喜ぶ人もいるし、本当なら無心でやれると、一番いいわ。」
「それで無理だったら、私がフォローしますよ。というか、私が窓口に出ればいい事なんですよね。」
「でも、アンタは結局、長話しちゃって、この子が他の人の対応に回ることになるじゃない。非効率なのよ。」
「う~ん、真面目に、新卒が地下アイドルとか、元接客業とかだとありがたいですよね。初日から窓口立たせても、物怖じしないでしょうし。」
「そんなの、万が一ぐらいのレベルぐらいで考えなさい。ま、あとは、新卒の子が、世渡り上手なことを祈るしかないわね。」
「...先輩、あまり戦力になれなくて、申し訳ありません。」
「謝ることじゃないし、謝って、あなたが明日から窓口対応完璧ですってなるならいいけど、そうはならないでしょ。だから、無理そうだったら、助けを求めていいのよ。」
「そうそう。先輩だけじゃなくて、私もいるし、あんまり気にしなくて大丈夫。」
この子は、私よりも集団をまとめるだけの度量があるし、後任を任せるには最適の人材よね。問題部署で悪いけど。
「分かりました。その時は頼らせてください。ありがとうございます。」
本当に律儀で優しい子。この子を人事部に引っ張ってくる算段でも立てようかな。
「ところで、そろそろ話してくれてもいいんじゃないですか。先輩の結婚生活。」
「私も聞きたいです。すごくロマンチックな話ですよね。」
「どこから聞いてきたんだか。ま、でも少しは話そうか。」
それから、私の旦那様との馴れ初めの話、連れ子と言ってる娘こと私の話、普段はどうしてるのかという話をしてあげた。
「じゃあ、あの連れ子さんって、先輩と遺伝子レベルで100%一致してるってことなんですか?」
「理由はどうあれ、私と同じ両親から生まれてるから、そうなるわよね。」
「それを旦那さんが育ててた、ってのもなんかおかしな話ですよね。」
「親に見放されちゃったらしいのよね。私もその頃の両親は知らないし、すでに二人共亡くなっているから。」
「聞いちゃいけない事ですよね。すみません。」
「気にしないで。関係を聞かれた時、私もはっきりと説明するのが難しいのよ。でも、一応娘ってことで、あの娘とは暮らしてるの。」
「で、旦那さんは、それでもいいって言ってるんですよね。」
「あの人も変な人で、物好きなのよね。それに、普通ならオバさんになった同級生と結婚するって考えにならないでしょ。」
「いやいや、先輩だから結婚したんじゃないんですか。旦那さんの思いも、先輩の思いも、神様が叶えてくれたんですよ。」
「...アンタ、いい事いうのね。心に響いたわ。」
「でも、いいなあ。中学時代の同級生との約束が、25年越しに実を結ぶとか、本当にロマンチックですよね。」
「そう言えば、あなたはどうなの?下世話でパワハラかもしれないけど、聞いてみたいわね。」
「私ですか?特に何もありませんでしたよ。未だに男性とお付き合いしたこともないですし。」
「そっか。私もね、何も知らない時に、お付き合いした人がいたのよ。とんでもない人だった。体の関係しか求められなくなって、最後に捨てられたの。」
「それは初耳。先輩ってそういうところも完璧だったと思いきや、ですね。」
「そういうアンタはどうなのよ。アンタならパワハラにならないでしょ?」
「その発言がパワハラ。でも、私も可もなく不可もなく、高校時代から、何人かとお付き合いはしてますよ。今の彼氏は6人目かな。」
「恋愛強者ね。でも、今の彼氏がいい加減プロポーズしてくれないと。」
「そうそう。私だって好きなのは知ってるんですから、いい加減覚悟を決めてほしいんですよね。」
「アンタの場合、もう自分からプロポーズしちゃったらいいんじゃない?多分、ズルズルとその関係が続く気がするわよ。」
「いやあ、出来れば男性からして欲しいものじゃないですか。そこは、まだまだ夢見る乙女というか。」
「う~ん、いや、優柔不断なまま、もう半年以上膠着してるんだから、アンタから動いたほうがいいわよ。浮気もされるかもしれないし。」
「浮気って発想がなかったですね。さすが先輩。」
「それはともかく、あなたにもいい男性がいれば、心の支えになってくれそうよね。一人じゃしんどいほうの人でしょ?」
「はい、でも、私は実家ぐらしなので、家族が支えてくれてるんです。」
家族、もしかして、私とそんなに変わりない年齢の人が、この子の両親だったりするのかな。
「じゃあ、ご両親も悲しませないようにしないとね。それに、私の経験だけで言うけど、待ってるのもありなのかなって。」
「それは、先輩には、旦那さんとの約束があったからじゃないですか。」
「アンタは少し黙ってなさいよ。まったく。ごめんなさい、オバさんがロマンチックな話をするのはどうかと思うのだけど、あなたには、必ず探し出してくれる、いい人がいると思うの。私の勘なんだけどね。」
「私みたいな人間ですか?」
「あなたも、自分の価値がわからないほうなのね。ウチの旦那もそうだったけど、あなたは、この部署で働いてるだけで、すでに価値がある。だから、周りからちやほやされる。そこは知ってほしいのよ。」
「それは、私の外見ですよね。本当はちやほやされたくないんですよ?」
「でも、逆に考えるの。ちやほやされてるってことは、人の目に付きやすい。そんな中で、あなたを本当に好いている人がいるかもしれない。まあ、会社じゃなくてもね。」
「あまり当てがないですね。」
「それを広げていくのが、今のあなたに必要なことなのかもね。友人関係でもいいし、私はお見合いとかでもいいと思うのよね。」
「お見合いって...先輩、そんなの昭和で終わってますよ。」
「でも、お見合いって案外うまく行ったケースが多いらしいわよ。両方とも、紹介で始まるし、なにより周りが吟味してくれるから、失敗も少ないし。あと、お見合いの人は、圧倒的に控えめよね。」
「それって、私の理想のような気がします。控えめなお相手と、慎ましやかに生きていきたいです。」
「いい子よねぇ。私の養子にならない?」
「先輩が親というのも悪くないですけど、私には両親がいますので。」
「振られちゃった。冗談よ。」
「先輩も冗談を言うんですね。皮肉しか言えないのかと思ってましたよ。」
「アンタといると、皮肉のほうが先に出ちゃうのね。ま、全然気にしないけど。」
「パワハラで法務に訴えますよ。人事異動とかなくしちゃいますよ。」
「それならそれで、また三人。4月から4人か。備品係やればいいんじゃない。私としては、そっちのほうが望むところよ。」
「先輩が私のこともちゃんと考えてくれてるって思いは伝わりました。信じてなかったわけじゃないんですけど、ごめんなさい。」
「私もこういう機会を作ってあげられなかったし、それが人事異動前にしか出来なかったこと、本当にごめんなさい。」
「君も、こう言われたんだし、もっと自信持って対応しよう。先輩の真似なんて、どうせ出来ないから。」
「分かりました。でも、今日は貴重な話が聞けて、嬉しかったです。」
「そう。よかった。私も心残りなく、あとの時間を引き継ぎ資料と、残務に当てられる。明日からも頑張りましょう。」
「はい、明日からも、よろしくお願いします。」
「でも先輩、自分だけ対応なしってのは、今日だけですよ。明日からも、また壁として守ってくださいね。」
「はいはい、アンタは守らないわよ。」
こうして、なんか色々な話をしたけど、かしましい会は終了した。
なんだかんだで、私の周りは頑張ってくれている。私は、なんで昇進の話で、あんなにオドオドしてたんだろう。
とりあえずは、残りの備品係の日々を、私なりに頑張らなきゃね。
ガチャ
「ただいま~」
「あ、おかえり。」
彼が私を見て、一瞬止まった。何か変かな?
「いつもと雰囲気違うね。覚悟でも決まった?」
「そんなところかな。今日は褒めてもらわなくても大丈夫。」
「頼もしい。僕の奥様は、そうでなくちゃね。」
ドタドタドタドタ
「おねえちゃん、おかえり。ちゃんとお酒の量は控えてきたんだよね?」
「私を見てもらえれば分かるでしょ。今日は普通のテンションかな。」
「うん、大丈夫そうだね。まったく、いきなり飲み会って言うから、またヤケでも起こしたかと思ったよ。」
「心配かけてごめんなさいね。でも、できるだけ、家族の時間でしょ?」
「分かってるならいいよ。さ、もう遅いし、おねえちゃんもお風呂に入って。」
家族か。家族と言うには、少し歪な関係だけど、私はこの中にいる限り大丈夫。
二人がちゃんと道しるべを持ってくれている。私も、もっと二人と生きていこう。もっと楽しくて、もっと幸せになろう。
今日はこんなところかな。長くなってごめんなさい。