Life 39 Identity of the anomaly. あなたが妙だったわけ
大衆喫茶での夕食後、僕たち3人は、酔い覚ましを兼ねて日暮里駅から家まで歩いて帰ることにします。
谷中銀座の夜
少し酔った彼女(奥様)と娘を連れ、夜の谷中銀座を歩きます。娘は、初めて訪れた谷中銀座の夜の雰囲気に新鮮な驚きを感じます。僕と娘は、彼女の不機嫌な様子が仕事のストレスによるものだと察し、優しく寄り添います。
母親としての顔
家に着き、お風呂を済ませた後、3人で夜の定例会を始めます。彼女は、酔って娘と僕に「アンタたち」と言ってしまったことを謝ります。娘は、今まで怒られたことがほとんどなかったことに気づき、彼女は「怒ったって私だもの。怒られたらどういう気分になるかわかるから」と話します。そして、僕も娘を怒る機会がないのは、娘が良い子を演じているからか、本当に良い子なのか僕には分からないが、娘が常に僕のために行動してくれているからだと話します。
彼女の不調
翌朝、彼女は体調不良で会社を休むことにします。前夜の不機嫌は、もしかしたら体調不良から来ていたのかもしれないと僕は考えます。彼女は僕に謝りますが、僕は「無理しないでゆっくり休んで」と優しく声をかけます。
この出来事を通して、僕たちは、家族それぞれが抱える弱さや悩みを共有し、支え合うことで、絆をさらに深めていくのでした。
「で、どうする?歩いても帰れるけど。」
時間は20時半ぐらいだった。日暮里駅前。まあ、それほど遅いわけでもない。
「酔い冷ましに歩いて帰ろう。ちょっと、コンビニにも寄りたいし。」
「んじゃ、夜中の谷中銀座でも通って帰るか。」
「なんでもいいわ。ちょっと、ビール1杯なのに回り過ぎて辛いわ。」
左に僕、右に娘を携え、奥様が若干よろけるような感じで歩いている。
「普段、ビールよりアルコール度数低いやつしか飲まないから、こんなになってるんだよ。」
「大人にはお酒の力を借りたい時があるらしいよ。僕はそんなこと一切ないままだけどね。」
日暮里の西口から少し坂を上がると、セブンイレブンやら、ルノアールやら、あとは地元のパン屋や甘味処もある。この時間だと、セブンイレブンがやってるぐらいだ。
そこから若干のゆるい坂を降りていくと、谷中銀座といえば、な階段。この辺には、のんきに夜の散歩を楽しむ外国人と、人懐っこい猫がウロウロしている。
「あら、可愛い猫ちゃんいる。餌付け出来るようなアテでもあれば、ちょっと分けてあげるのにな。」
「そんなことしたって、猫は懐かないよ。奴らは谷中銀座ではアイドルだから、苦労せずに餌がもらえる身分だよ。」
しかし、今日の彼女は本当に感情の起伏が激しい。よほど会社で何かあったんだと思うんだけど、さすがにそれまで分かるほど内通してる人間じゃないからね。
「あ、この看板見たことあるよ。これが谷中銀座の入り口なんだ。」
「あれ、意外にも来たことなかったっけ。」
「初めてだよ。良く、おねえちゃんとお惣菜買いに来るって話は聞くけど、来るのは初めて。」
「そっか。ごめんね。灯台下暗しとはこの事だった。あとで昼間にも来てみようか。」
「約束だぞ。それにしても、やっぱり、いつものオトーサンに戻っちゃったね。」
「思い出話に花を咲かせるような歳なんだろうな。僕の話を、君たちが聞いてくれてると、やっぱり気分が乗ってくるのかな。」
ほとんどの店が閉まっている谷中銀座を進む。やっているのは、目の前に見えるどらっくぱぱすと、その手前にあるお弁当屋さん。たまにお弁当屋のお惣菜も買うけど、しかしこんな時間までやってる店じゃなかった気がするよなあ。
「大丈夫?」
「私は大丈夫。この娘もいるし、いつ倒れても、あなたがおぶって帰ってくれるでしょ?」
「そういう問題じゃないんだけどなぁ。知らないよ、またお風呂入ってシラフになった時、恥ずかしくなって悶えるんだから。ま、そういうところも、年甲斐もなく可愛いところ。」
「オトーサン、もう置いて帰ろう。なんか帰る気がなさそう。」
「置いていくのはやめて。しっかり歩くから、許してよ。私。」
「都合のいい時だけ、自分だって主張しないでよ。私。」
なんか、久々に聞くやり取り。同じ人が同じ世界に二人いて、一緒に暮らしてるというだけで、話のネタにはなるけど、だれも信じてくれないだろうな。
「あれ、これで終わり?」
「そうだよ。TVなんかでやってるのは、いろんなお店に入ったりしてるから、なんとなく結構長い商店街だと思っちゃうんだろう。僕も最初に来た時、同じこと思ったもん。」
「意外。そういう理由があったんだ。結構面白そうだったけど、やってないんじゃしょうがないよね。」
「今度明るい時に来るんだろ?僕もお店はわからないから、自分でリサーチしておいてね。」
そして、突き当りはこれまたよみせ通りという通り。おそらく昔はもっと商店街してたんだろうけど、民家やコンビニなども多い。
「で、コンビニで何を買うの?」
「う~ん、酔い冷ましに軽いお酒をもう一本。」
「大丈夫?明日も平日だよ。そんなに鬱憤が溜まってるの?」
「あなたも大学で色々言われたりしない?色々言われると、はけ口が必要なのよ。」
「そうなんだ。大変だね。うちの大黒柱は。」
残念ながらよみせ通りも特に何もなく。出口の唐揚げ屋はやってそうだけど、下手につまみを買うぐらいなら、コンビニで済ませてしまったほうがいいだろう。
で、同じく出口付近にあるセブンイレブンで、彼女は追い酒を買うことに。僕らは外で待ってる。
「今日は付き合わせちゃって、悪かったね。」
「そんなことないよ。オトーサンの隠れた一面も見られたし、お腹も満足だし。」
「しかし、ちょっと立ち入った話するけど、それで体型は大丈夫なの?」
「心配してくれるんだ。大丈夫、アルバイトと大学生活は意外にカロリーを使うんだよ。」
「そうか。ならいいんだけど。」
うーん、そう言えば、最近この娘は奥様とちょっと違う成長をしている感じ。スタイルのいい大人の女性にもなったし、心なしか胸もちょっと大きくなった気がする。
あんまり娘を性的に見るのはどうかと思うけど、まあ、本人は僕を恋人と言ってるので、少し許して欲しいかな。
「おまたせ~。寂しかった?」
「はいはい、寂しい寂しい。家までもうすぐだから、しっかり歩いてよ。」
「は~い、わかりました。大丈夫、今まで転んでないでしょ。」
帰宅、そしてお風呂入って、定例会。今日は短めだろう。
「は~~~~。やっぱり生きてるって気がする。」
「それ1本だけにしたほうがいいよ。会社でボロが出ても、恥ずかしいだろ。」
急に彼女がこっちを見た。
「あ、そうか。二日酔いで会社なんて行ったことないから、考えてもいなかったかな。」
「いやいや、今気づくことじゃないでしょ。まあ、嫌なことがあれば、いつでも聞くし、褒めてあげるから、ほどほどにしてね。」
そして、僕の右隣で寄りかかる娘。珍しくスマホでなんか調べてる。
「いつ連れてってくれる?」
「あ、谷中銀座?あなたはどうする?」
「私はあんまり気にしなくていいよ。行けるなら、一緒についていくし。」
「とりあえず、休みの日ね。君がバイト休みの休日。いつになる?」
「ちょっとシフトずらせるか相談してくるね。」
「ところで、あなたが僕らのことを「アンタたち」って呼んでて、ちょっとびっくりしたよ。」
「いい加減二人共いい大人なんだから、つまらないことでケンカしないで欲しいかな。でも、「アンタたち」は確かに口が悪かった。ごめんなさい。」
「いや、いいんだ。ちょっと僕らに怒ってたんだよね。母親はそうあるべきだよ。」
「母親...ねぇ。単に気がたってた感じで、つい口に出しちゃったのかな。もしかして、あんまり意識しないところで、いつも暴言を吐いてる?」
「そんなことはないけど、完璧主義のあなたらしくないなって。」
「なんか、そう言われると、ちょっと恥ずかしい。口は災いのもととも言うしね。ちょっと軽率だったかも知れないかな。」
娘が何かに気づいたらしい。
「そういえば、おねえちゃんに怒られる機会って、ほとんどなかった気がする。」
「あなたは、怒ったって私だもの。怒られたらどういう気分になるかわかるから、怒る気にならないのよね。」
「そういうことだったんだ。怒られること自体は別にいいんだけど、おかしいと思ったら怒って欲しい。」
「ホントにそういうところは素直な娘なのね。でも、私は、あなたを怒ることは多分そんなにしないと思うよ。その前に怒る人がちゃんといるしね。」
「本当に嫌な役回りだけど。まあ、僕が父親役だし、そこは僕がなんとかするよ。」
「だけど、オトーサンもそんなに怒らないじゃん。もしかして見放されたりしてるってこと?」
「逆。君を怒るようなことが、一切無いんだよ。君が悪いことをしてれば別だけど、そもそも悪いことをしないから、怒ることはないんだよ。君が良い娘を演じてるのか、素直に良い娘なのかは、君しか知らないけど、そのおかげで、僕もなんとか君を育てられた。あとは、君は、僕のために行動してるっていつも言うから、まあ、怒りづらいというのもあるかな。」
「なるほど。自分のことだけど、そこまで考えてくれてるとは思ってなかった。私はオトーサンになるべく迷惑かけないように生きてるだけだから、それが良い方向に行ってるのかもね。」
「別に迷惑を掛けてくれていいんだよ。そういうところは我慢しなくていいよ。一応、親だからさ。」
「やっぱり関係が難しいのよね。私達の関係は、誰にも理解してもらえないし、言っても信用されない。だけど、お互いにお互いを思って生きてるから、周りには迷惑を掛けているのかも知れないけど、少なくとも三人の中では、迷惑がかかっていることにはならないのかもね。」
「それはあるかもね。まあ、君の家事分担が洗濯だけ、しかも勝手に洗濯乾燥機がやってくれてるから、畳むだけ。不満があれば、これぐらいだよ。あと、今右手がだんだん痺れてることぐらい?」
「あ、ごめん。もしかして、毎日そうだったりする?」
すっと右から腕にかかる圧が引いていった。
「日によって違うけど、今日はなんか痺れてきた。ごめん。黙っていればよかったかな。」
「そういうことは怒っていいよ。どこまで優しいの、オトーサン。」
翌朝
ゴソゴソという音で目が覚める。毎朝の話だから別にいいんだけど、ちょっと彼女の様子がおかしかった。
「おはよ。大丈夫?」
「...おはよう。う~ん、ズル休みしようかしら。なんか体調が悪すぎるかな。」
二日酔いだとまずいと思ったので、小声で話しかける。
「そう。いや、もしかして昨日の機嫌の悪さって、体調不良と関係ある?」
「かもしれない。私が気づかなかっただけで、本当は昨日からずっと体調がおかしかったのかも。」
「気を張ってると、あんまり感じないところだからね。無理だと思うなら、休んだほうがいいよ。」
「ありがとう。会社に連絡して、有給を消化する。」
「そんな呑気な感じじゃなさそうだし、連絡したら、ベッドに戻って寝る。いい?」
「分かった。ごめんなさい。あなたは大丈夫?」
「僕は大丈夫。今は、自分のことだけ考えてね。それから、昨日は無理強いして、ごめんなさい。」
「謝らなくていいの。昨日は昨日で、色々楽しかったし。また体調良くなったら、連れてってね。」
まあ、多分女性特有の日が、色々機嫌の浮き沈みだったり、奇行だったりに走らせたのだろう。僕も、彼女がビールを飲むシーンなんて初めて見たしね。
こういうときは、静かに見守ってあげるぐらいしか方法がない。まあ、そこは大人だし、僕は僕で会社の準備をして、家を出るか。
「何かあったら連絡して。それから、この娘にも、ちゃんと大学行くように言ってね。」
「...わかった。本当にごめん。」
「それじゃ、行ってきます。」
しかし、こういうときに不謹慎だけど、弱った彼女は、そばに付いていたくなる気分にさせる。ずっと弱ってるとそれはそれで問題だけど、彼女が毎日強い分、今日ぐらいゆっくり休んだほうがいいかな。
朝だけど、今日ははこの辺で。