二人の悲恋
俺がドリーをツヴィ王国に連れて来たのを後悔していると、ベスが心配ないと話しかけてくる。
「私も妹同然のドリーを勝手に連れていかれるのは困りますから、ドリーの身の安全は心配ありませんわ。それに無理やり連れて行ったところでドリーは怒りますわ」
「ドリーが怒ったところでどうにかなる?」
「王族以上の魔力量がある魔法使いですわ。年齢など関係なしに手強い相手ですわ」
ドリーの見た目は小さいので忘れそうになるが、魔法使いとして俺と同等かそれ以上に魔法がうまく使える。確かにドリーなら魔法で逃げられるし、捕まえようとしてドリーが反撃すれば大変なことになりそうだ。
「それにツヴィ王国はそこまでの事をしませんわ」
「エリザベス殿下の言うとおりです。王家から何件か結婚のお誘いが来るくらいでしょう」
「フィリップ様、何件も来るのですか? 驚きです」
「そうでしょうね」
何件かって事は、ツヴィ王国は本気でドリーを王家に入れたいと言う事なのだろう。ルーシー様からツヴィ王国の成り立ちの話は聞いていたが、ドリーよりドラゴンの方が重要なのかと思っていた。
「ところでエド。エリザベス殿下の婚約者候補ですし、身分を気にする必要はありませんよ。言葉も崩して問題ありません」
「フィリップ様。私がツヴィ王国で迷惑をかけると、メガロケロス辺境伯に迷惑がかかってしまいます」
「なら、間接的にですが私の弟子ということではどうですか」
「フィリップ様の弟子ですか?」
「ええ。私の理論でツヴィ王国の魔法を使えるようになったのですから、弟子というのも間違いではないでしょう」
確かにエマ師匠経由ではあるがフィリップ様の弟子ではあるのか?
「理由があれば何かあっても問題ありませんし、せっかくですから私の事はフィルと呼んでください」
「フィリップ様、良いのですか?」
「構いませんよ」
「では、フィル師匠と呼んでも良いでしょうか?」
「フィル師匠ですか。エマと同じ呼ばれ方ですね。光栄です。是非エマに話しかけるように言葉も崩してください」
「はい」
フィル師匠は俺がエマ師匠をどう呼んでいるか覚えていたようだ。
フィル師匠は俺以外にもフィルと呼ぶことを許した。ドリーが俺と同じようにフィル師匠と呼ぶと、フィル師匠は喜んでいる。
「こんなに弟子ができるとは思ってもいませんでしたね」
「フィル師匠、本当に良かったんですか?」
「ええ、構いません。それにエドたちがダンジョンを踏破した場合は、私の弟子が踏破したと言えますからね」
フィル師匠は嬉しそうに構わないと言うので俺は安堵する。ベスとフィル師匠だけが話していた状態から皆が話すようになった。
「ところでフィル師匠は何故ベスの結婚相手を聞いたのですか?」
「エドには話しにくいのですが、実はピーターの結婚相手を探していまして、候補者がいなければ声をかけようかと思ったのです」
「ピーター様の婚約者候補ですか」
俺がピーター様というと、ピーター様がフィル師匠のように、ピーターで良いというので、ピーターと呼ぶことになった。
「フィリップお父様。そこまで急がなくても問題ありません」
「先代の辺境伯は急死をしましたから、ピーターには候補者だけでも探しておきたいのです。これは私の我儘でもありますが、結婚相手はピーターが最後には選んで欲しいです」
「フィリップお父様…再婚される気は無いのですか? 私は辺境伯にならなくても問題ありません」
「いえ。辺境伯を継ぐのはピーターです」
「フィリップお父様……結婚される前の恋人が忘れられないのですか?」
ピーターが言っているのはエマ師匠のことだろう。気まずいのだが俺はピーターに、何故フィル師匠の恋人の話を知っているか聞いてみると、有名な話だと返される。
「フィリップお父様の悲恋は有名なお話なんです。メイオラニアに住んでいる人なら大半は知っていると思います。養子になる前の私でも知っていましたから」
「そうなんだ」
俺はフィル師匠を見ると、頭を抱えている。
「フィル師匠」
「エド、言い訳をさせてください。アルバトロスに遊学した時に私は従者を何人か付けて居ました。彼らは私がメイオラニアに戻った理由を知っていたのです。ですが、私は帰って別の人と結婚しています。従者たちは状況を察して、妻の死後に噂を流したのです」
「フィル師匠を思って噂を流したんですか?」
「そうです。私の望まぬ再婚を防ぐために動き回ってくれました。結果的に私は望まぬ結婚はしなくて良かったのですが、私の噂は広まり続けました。今ではメイオラニア以外でも有名な話になってしまいました」
もしかしてフィル師匠が王都に行かない理由は、メイオラニアの治安問題以外にも、自分の悲恋が有名になりすぎて王都に居づらいのかもしれない。
「エドはメガロケロスから来たのですから、フィリップお父様の恋人だった人を知りませんか?」
「ピーター、いや、えっと」
俺が何というか困っていると、ピーターが驚いた表情で俺を見てくる。
「もしや本当に知っているのですか?」
思わず俺は困った表情でエマ師匠を見てしまった。しまった! っと思った時にはピーターが驚いた声を出している。
「え! もしかしてフィリップお父様の恋人だった人ですか?」
「……そうです」
エマ師匠は諦めたようにピーターの質問に同意した。俺はエマ師匠に申し訳なくなる。
「フィル、悲恋が有名なんて、そんな話は聞いていませんよ」
「エマ、申し訳ない。流石に私も恥ずかしくて…」
「恥ずかしいのは分かりますが、少しは説明しておいて欲しかったです。エドたちも私とフィルの事情を知っているのですから、事前に有名な話になっていると聞いていなければ、返事に困ってしまうでしょう」
「申し訳ない」
フィル師匠はエマ師匠にひたすら謝っている。
しかし、フィル師匠とエマ師匠の悲恋はメイオラニアの街どころか、ツヴィ王国で有名になってしまうのは二人とも可哀想だ。
「フィリップお父様は結婚なさるのですか?」
「ピーター、エマにそれは失礼すぎると思っているよ」
「失礼ですか?」
「私は一度結婚してしまったし、随分と前の話だからね」
ピーターはフィル師匠がエマ師匠に結婚するか尋ねるべきだと言う。
「結婚できなかったのはフィリップお父様側の失敗なのですから、結婚を申し込むのはフィリップお父様の役目だと思います。結婚を断られたなら、それで良いと思うのです」
「それは…」
「それと、フィリップお父様がエマ様をどう思っているかが重要だと思います」
フィル師匠は結婚を尋ねることすら失礼だと思っているようだ。ピーターは結婚を申し込んでこそ、エマ師匠が過去との決別になると言う。俺としてはどちらも正しそうに聞こえる。だがエマ師匠がどちらを喜ぶかは分からない。
「フィル、無理をしなくて良いわ。フィルには辺境伯という立場があるのですから」
「エマ、だがピーターが言った事も理解できる。私はエマに振られるだけの理由がある。エマは一年で諦めたと言ったが今も結婚をしていないと言った。そこに私が少しでも関係しているのなら振られるべきだ」
「それこそ気にしなくて良いです。私が自分で決めた事ですから」
フィル師匠は椅子から立ち上がると、エマ師匠の前で膝をつきエマ師匠の手を取る。
「エマ、約束を破ってしまった私で良かったら結婚して欲しい」
「フィル……」
エマ師匠はフィル師匠の告白に迷った様子を見せている。
「エマ。今、無理に答えを出さなくて良い。私は十年以上待たせてしまったんだ、だから何年でも待つ」
「フィル。では少しだけ時間を下さい。メイオラニアを出る前には返事をします」
「私は何年でも待ちますから無理をしないでください。返事は手紙でも良いですから」
「いえ。フィルは辺境伯なのですから、何年も待たせる訳にはいきません」
エマ師匠は迷っている位だし、二人の関係を見ていると両思いに見えるが、エマ師匠は返事を保留したようだ。好きなだけでは、すぐには返事ができないのかもしれない。
「エリザベス殿下、急にこのような事になり申し訳ありません」
「フィル、気にする必要はありませんわ。元々エマから関係は聞いていましたから、対策は考えていましたわ」
「それで随員が随分と多いので?」
「それもありますが、私は王族としては不安な要素が多いのですわ。エドは私の補助をするようにと、メガロケロス辺境伯から要請されて付いて来ていますわ」
「エリザベス殿下が不安な要素ですか?」
ベスは過去にしてきた失敗をフィル師匠に説明すると、フィル師匠は驚いているが、ベスだけが悪い訳ではない内容を聞いて納得している。
「エマの問題に対して増えた随員はアビゲイルですわ。アビゲイルは母、ベアトリスのメイドですわ」
「ベアトリス殿下のメイドですか。魔法使いのメイドは珍しいですね」
「母が、辺境伯に嫁ぐ前からのメイドですわ」
「王宮のメイドですか」
フィル師匠が納得したところでベスは、状況次第では結婚について、メガロケロス家が手伝うことをフィル師匠に約束する。
「ありがたいですが良いのですか?」
「メガロケロスとしても損はありませんから問題ありませんわ。本来はこのような話し合いは結婚が決まってからする物ですが、今回は時間がありませんので先に約束をしておきますわ」
「助かります。ですがメイオラニア辺境伯としては、貰うだけでは問題があります。メガロケロス辺境伯なら貸し借りはお互いの信用のために存在していますが、今回の話は個人的に借りておきたい話ではないのです」
「結婚の話に借りは確かに良くないですわ」
メガロケロスに今欲しい物をベスが思い出していくが、見合う物が中々思いつかない様子だ。
「エド、何か思いつく物はありませんの?」
「ベス、急ぎじゃ無いならメガロケロスまで持ち帰っても良いんじゃない?」
「最悪持ち帰りとなりますが、決まっていた方がお互いに良いですわ」
俺はアビゲイルさんにトリス様に何か聞いていないのかと聞いてみると、トリス様も急ぎだったので、そこまで考えていなかったようだ。なので、アビゲイルさんも何も聞いていないと言う。
アビゲイルさん含めて、俺とベスがメガロケロスで足りていない物を考えていると、俺はエマ師匠をメガロケロスの養子にするなら、エマ師匠のような人を養子にして貰うのはどうかと思いつく。
「ベス、爵位を継がない前提で、誰かを養子にして貰うのはどうかな?」
「それですわ! エドかドリー、または二人とも養子にして貰えば良いのですわ!」
「え? 俺?」
「ダンジョンを踏破できなかった場合に、メイオラニア辺境伯の養子で、更にリング王国の爵位があれば、私と結婚するのに反対する人は居ませんわ」
確かにそれは反対する人は居なさそうだが、フィル師匠はそれで良いのか?
「フィル師匠は俺を養子にするのは問題ないのですか?」
「問題がないというか、ダンジョンの管理者になる可能性や、エリザベス殿下と結婚するのであれば、私の方が利益が多すぎる位です。ですから二人を養子にしても釣り合いが取れるか怪しいですね」
ベスはドリーのドラゴンと友人の問題もあって、ツヴィ王国の貴族として養子だとしても籍があった方が方がいいと言う。フィル師匠もベスの説明に納得する。
「確かにドリーを無理やり奪うことはなくても、秘密を知られれば凄い量のお見合い話が出るでしょう。陸からでも海からでもアルバトロスは返事が行くまでに時間がかかりますから、私が断る方が良さそうですね」
「メイオラニア辺境伯にさせる仕事ではないですが、ドリーをお願いしたいですわ」
「分かりました。それならば私がかける迷惑と相殺できそうです」
エマ師匠とフィル師匠が結婚する場合は、俺とドリーがフィル師匠の養子になることが決まったようだ。トリス様はドリーを気に入っているので良いのだろうか? ベアトリスさんも養子には反対はしていないので良いのか?
「予想外に長い昼食になってしまいましたが、昼食を終わりましょう。エドたちは午後からは何をする予定ですか?」
「午後はエマ師匠が魔法を教えにメイオラニアの魔法協会に行く事になるかと思います」
「それがありましたね。それについては協会に連絡をしてありますので、行けばすぐに対応してくれますよ」
更にフィル師匠は時間があれば自分も協会に顔を出す予定だと言う。俺たちは了承してフィル師匠と別れて部屋を出た。
協会に行く前にエマ師匠が取って来たいものがあると言うので、ベスがドリーも手伝うように言って、ドリーがエマ師匠と一緒に移動して行った。
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