魔法の理論
部屋での話し合いを終えて、船旅で疲れた体を休める事になった。疲れたと言っても船の上では体を動かせなかったので、肉体的な物ではなく、初めての船旅で精神的な疲れなのだろうが。それも一晩休むと回復した。
皆で朝食を食べながら会話をする。
「というかまだ揺れてる気がするよ」
「エドは陸酔いしていたんですの?」
「陸酔い…そうかこれが陸酔いか。気持ち悪くないから気にしてなかったよ。これも酔い止めの魔法で治るのかな」
「治ると思いますわ」
エマ師匠とドリーに教わりながら魔法を使うと、揺れていると認識していた体の違和感が消える。
「治ったよ。次からもっと早く魔法を使うよ」
「そうすると良いですわ」
俺はエマ師匠とドリーにお礼を言って。体の調子を確認すると足元がしっかりしていて、激しい動きもできそうだ。昨日は体を動かしたいが、激しく動いたら怪我をしそうだとじっとしていたのだ。
「ベス、後で体を動かしたいから相手をしてくれないか」
「急に力が伸びたことでの体の違和感も減ってきましたから、問題なく相手ができると思いますわ」
「なんかちょっと不安そうな言い方だけど、大丈夫そう?」
「エド、魔法格闘術で体をしっかり強化して欲しいですわ」
「分かった」
朝食後の軽く体を動かすつもりが、危険な運動になりそうだ。魔力は余るほどあるのだし、多めに魔力を使って魔法格闘術で体を強化しておこう。メイドさんを呼んで魔法を使って体を動かせる場所を聞くと、案内しますと言われて俺たちは付いていく。
俺とベスは訓練を始める。かなり多めに魔力を使っているが、ベスの攻撃が重いので衝撃が抜けてきそうで怖い。必死になってベスの相手をする事になった。
「凄いな。エリザベス殿下とエドはツヴィ王国の魔法が使えるのだな。しかもかなりの熟練度だ。イフリートを倒せるだけの力を持っていると納得した」
「仲間のフレッドほど使いこなせてはいませんわ。それにイフリートを倒してから私は体の動きに違和感がありますわ。エドも魔力が増えすぎて制御が甘くなっていますわ」
「そうか、イフリートを倒してから力や魔力が伸びて苦労しているのか。普通なら一気には伸びないからそんな事も起きるのか」
学者というか研究者のようにフィリップ様はベスの話を聞いている。俺にも魔力が伸びてどう困っているかなどを聞かれ答えていく。フィリップ様は俺とベスの話を聞き終わると満足した様子だ。同時に失敗したというような感じで顔に手をやる。
「エリザベス殿下、申し訳ありません。興味があることは突き詰めたい性格で、治そうとしているのですが、終わった後に毎回反省をしているのです」
「フィリップ様、気にする必要はありませんわ。聞かれたところで困るような話でもありませんし、むしろ助言を頂ければ嬉しいですわ」
「助言ですか」
魔法格闘術の使い方についてフィリップ様は説明をしてくれる。その説明はエマ師匠から以前に聞いた話に似ている。
「あの、エマ師匠。もしかして魔法格闘術を覚える時に聞いた覚え方って?」
「エドの予想通りだと思います。フィルから聞いたのです。考えた人が誰かを聞かれないために知り合いから聞いたと説明したのです」
「やはりそうなんですか」
フィリップ様は不思議そうにしているので、俺が後から魔法格闘術を教わった時に、最初に教わったのは擬音だらけで覚えられなかった。だが、エマ師匠に使い方を聞いて覚えられたと説明した。
「私の理論が役に立ったようで嬉しいですね」
「フィリップ様が考えた理論だったのですか?」
「全体を考えた訳ではありませんが、色々な文献をまとめ上げ、考え出した理論です。私はツヴィ王国の魔法を覚えられなかったので、どうにかして覚えられないかと考えたのです」
フィリップ様は自分の苦労を他の人にもして欲しくないと、ダンジョンに行ってもツヴィ王国の魔法を覚えられない人のために、理論を作り出したと言った。
「私のような人は珍しいのですがね。エドのように両方の魔法を覚えられる場合には、理論があると覚えやすい人も居るかもしれません」
俺だけでなく、ドリーとリオもフィリップ様の理論で覚えているし、二種類の魔法が覚えられる人がフィリップ様の理論を使えば覚えられる可能性は高そうだ。
俺はドリーとリオの話を伝えて、改めて理論を考えたフィリップ様にお礼を言う。
「文献は過去に実績がある物を集めましたが、私が考えた理論が実際に使えると実証してくれましたから、お礼を言いたいのは私の方ですよ」
「いえ、理論を考え、エマ師匠に伝えていた事に感謝をしたいのです。フィリップ様が理論を考え出さなければ、イフリートで皆が死んでいた可能性が高いのです」
「それもありましたか。イフリートとの戦いはそこまで厳しい戦いでしたか」
「はい。勝てたのは運が良かっただけかと。ツヴィ王国の魔法が無ければ運など関係なしに死んでいたと思っています」
ダンジョンを踏破するならばイフリートを正面から倒す必要があるだろう。なので俺とベスは身体能力や魔力を使いこなせるようになりたいと、フィリップ様に伝える。するとフィリップ様は魔法を覚える時用の仮説以外で、文献にあった魔法の使い方を教えてくれた。
「フィリップ様の助言で動きが良くなりましたわ。ありがとうございます」
「役に立てたなら良かった。休憩した後に昼食でもどうだろうか?」
「もうそんな時間ですの。では私は汗を流してきますわ」
「エリザベス殿下、もし良かったら息子を紹介したいのですが同席させても宜しいですか?」
「構いませんわ。レーヴェにも会わせたいところですが、今は船の調整をお願いしているので居ませんわ。少し時間がかかるかもしれませんがレーヴェを呼びますわ」
「いえ。私と息子で、レーヴェ殿下に船に不足している物を尋ねに会いに行きましょう」
ベスはフィリップ様にそこまでしてもらうのは悪いというが、フィリップ様はメイオラニアの治安問題もあるので、問題が起きていないかも確認したいと言う。国際問題になっても困るフィリップ様の心配も分かる。ベスも同じように考えたのか、ベスが折れる形でフィリップ様が出向く事になった。
「レーヴェに伝えておきますわ」
「船に向かう時には連絡を入れます」
「分かりましたわ」
俺たちは風呂に入った後に昼食を取る部屋へと案内される。席に着くとフィリップ様がベスに声をかけた。
「エリザベス殿下、食事の前に息子の紹介を良いでしょうか?」
「構いませんわ」
フィリップ様が俺やベスと同じくらいの年齢の男の子を呼び寄せた。
「ピーター」
「はい。ピーター・フォン・メイオラニアです」
「エリザベス・フォン・リング・メガロケロスですわ」
ベスの挨拶に続いて俺たちも名乗った。
「ピーターは元々は甥っ子なのですが、妻と死別した時に無理を言って養子になってもらいました。一族の子供の中で一番魔力が有って将来性がありましたので、養子にならなくても辺境伯になっていた可能性が高いですが、跡目争いが起きる可能性は無くしたいと養子にしました」
「リング王国でも跡目争いは起きますからフィリップ様の憂いは分かりますわ」
「理解して頂け幸いです。しかし、ピーターには申し訳ないと思っているのです。実の両親と離れる事になってしまいましたし、辺境伯になるならば、必要な勉強量も多いですから」
フィリップ様はそう言いながらピーターの肩に手を置く。
「フィリップ様、それは本人が決める事ですわ。それに見ただけですが、フィリップ様の隣に居るのを嫌がっているようには見えませんわ」
「そうですか。私はツヴィ王国では珍しい性格をしているので不安だったのです」
ベスは本人に直接聞いてみると良いと言い、ピーターにフィリップ様の事を聞くと迷った様子ながら話し始める。
「フィリップお父様は私の事を心配して、お父様やお母様に会うのを許可してくれていますし、私が困っていたら助けてくれます」
「同じ街に住んでいれば両親にも会えますわね。それに、フィリップ様は父親をしっかりしているようですわ」
「はい。フィリップお父様は私の事を考えてくれています。それに私はフィリップお父様の事は尊敬しているんです。メイオラニアが大変だと言うのは、養子になる前の小さな頃の私でもなんとなくですが分かりました。フィリップお父様の政策で街が安全になって来ているのが実感できています」
「フィリップ様の事を随分と慕っているようではないですか」
フィリップ様は、自分の失敗を自分で挽回しているだけだと言う。急死で辺境伯としての継承がうまく出来ず、しかも母親の失敗をフィリップ様が後始末しているだけだとベスが言う。
「後から考えても意味がないのは分かっていますが、もう少しどうにか出来たのではと思ってしまいます」
「聞いた限り、私がフィリップ様と同じ状況であれば、もっと酷い状態になっていますわ」
ピーターもベスの意見に同意して、フィリップ様は凄いと言う。
「フィリップ様、親子関係に問題はなさそうですわ」
「私が聞き辛い事を代わりに聞いて頂きありがとうございます」
「フィリップ様とピーター様の関係は難しいですが、気を使い過ぎかもしれませんわ」
「そうだったかもしれません」
フィリップ様の話が一段落付いたところで、昼食を食べ始める。食事中はフィリップ様とベスを中心に会話が進んでいく。
「エリザベス殿下、失礼ながら聞いても良いでしょうか?」
「なんですの?」
「エリザベス殿下の婚約者や候補は現在居られるのですか?」
「居ますわ」
「やはり居られますか。相手の名前をお聞きしても?」
ベスは居ると答えたが、俺とベスはまだ婚約できる状態ではない、ベスはどうするつもりだろうか?
「相手を教えても良いですが秘密にして欲しいですの」
「秘密に? 構いませんが…」
「秘密にしてくれるならば伝えますわ。相手はエドですわ」
「エドですか? 転生者とは聞きましたが、爵位を持っていないのでは?」
フィリップ様の疑問は尤もなので、ベスは俺が叙爵するのに十分な功績がある事と、現在はダンジョンを踏破する事で結婚する事を考えていると説明した。
「ダンジョンを踏破すれば爵位は手に入りますが、それ以外で叙爵するのに十分な功績をすでに手に入れているのですか?」
「ルシル王太子妃殿下の治療ですわ」
「それがありましたか。ですがそれだけで結婚までできますか?」
ベスは話しても良いが、再びフィリップ様に秘密にするようにと言う。
「構いませんが功績を秘密にしないといけないのですか?」
「いえ。ツヴィ王国では秘密にしたいのですわ」
「ツヴィ王国では?」
不思議そうにしているフィリップ様に、ガーちゃんたちドラゴンやメガロケロスを移動させた事をベスは伝える。
「ドラゴン!」
「ツヴィ王国の貴族であればそうなると思いましたわ」
「ドラゴンがよく言う事を聞きましたね。いや、そういえば、フレデリック殿が仲間でしたか。彼はドラゴン族ですから話せますね」
「フィリップ様はドラゴン族がドラゴンと会話できるのを知っているんですの?」
「ツヴィ王国では有名ですから。ただ、ドラゴン族としての血の濃さもあり、実際に話せるかどうかまでは分かりません。私も王家の血は入っているので、ドラゴン族である可能性があります。なので興味本位で情報を集めていました」
ベスは自分がライオンの獣人である事が分かっていたから、実際に調べた事があるのでフィリップ様の言うことは分かると言う。俺も自分がドラゴン族だったらフィリップ様と同じように調べると思う。
「勘違いさせたままでも良いのですが、確かにフレッドは通訳をしてくれましたわ。ですがドラゴンと仲良くしていたのはドリーですわ」
「ドリーと言うと、エドの妹の?」
「そうですわ。フレッドの通訳なしでドラゴンとお友達ですから凄いですわ」
「ツヴィ王国の伝説のようです」
「なので秘密にして欲しいのですわ」
「それはそうでしょう。分かりました」
俺が何故そこまで秘密にするのかベスとフィリップ様に尋ねると、ドリーがツヴィ王家から結婚を申し込まれる可能性があるので、ドリーが大きくなるまでは隠しておくべきだと二人が教えてくれた。
「ツヴィ王国にとってドラゴンというのは国の象徴で、更にドラゴンの友達であるというのは、建国の歴史からみると重要なのですよ」
「なのでドリーの事はエド以上に秘密なのですわ」
「そういう事なんですか。それならドリーを連れて来たのは失敗だったかな」
ドリーをアルバトロスに置いて来た方が安全だったのかもしれない。
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