二人の転生者
セオさんから貧民街で怪しい人物がいると、情報が入ったのは二日後だった。ベスの命令によって、協会の魔法使いと騎士が空から偵察をしたようだ。建物にいるのが魔法使いだと確認はできたが、凶悪犯かは分からないらしい。
ベスは、周囲の住民を魔法使いに気づかれないように避難させる事にしたようだ。
「テレサ、住民の避難はどうなっていますの?」
「騎士がエリザベス商会からの依頼だと言ったところ、避難はうまく行っているようです」
「住宅の保証をすると言ったのも大きいですが、エリザベス商会は貧民街にうまく溶け込んでいるようですわ」
「はい。貧民街でのエリザベス商会の影響力はかなりの物になっているようです」
「私もここまでとは思っていませんでしたわ」
ベスと俺たちは、普段炊き出しを行っている広場で待機している。作戦を考えている時に、一番最初に待ち受けるのに適していると案が出た場所がこの広場だった。
「ベスもこの場に居るってことは、ベスも戦う事にしたの?」
「迷っていたのですが、必要があれば戦う予定ですわ。貧民街近くだと安全に指揮を取れる場所がありませんでしたわ」
「騎士が探しているって報告を見たけど、やっぱり見つからなかったのか」
「そうですわ。なので作戦通りに、凶悪犯が違う場所に逃げるようでしたら、私も飛んで移動しますわ」
協会によって急ぎで量産された飛行可能な大きい杖をベスも持っており、状況次第では移動するようだ。
「貧民街の中心に近いこの場所は移動するにも良いですが、凶悪犯も逃げ込んでくる可能性が高いですわ」
「凶悪犯が来たらベスも戦う事になるのか」
「必要があれば戦うつもりですが、私が前に出るつもりはありませんわ」
ベスと話していると、飛んでいるドリーたち魔法使いから事前に決めていた合図を送っている事に気づく。
「始まるようですわ」
予定では凶悪犯本人か確認をして、確認ができたら魔法を打ち込む予定だ。うまくいけばそれで倒せるが、倒せなかった場合は逃走を上空から追う事になっている。
少しすると、魔法を打ち込んだ破壊音がこちらまで聞こえてくる。その後、連続して魔法を使ったのか音が連続して聞こえてくる。
「どうやら当たりだったようですわ」
「倒せたかな?」
「ここまで逃走してきた凶悪犯ですから逃げ出せたと考えた方が良いですわ。ここまで連続して魔法を使う予定は無かったですから、凶悪犯が魔法を使った可能性が高いですわ」
上空に居る魔法使いを見ていると、追跡をするように移動し始めた。合図も逃走中と変わり、どうやら倒しきれなかったようだ。
「やはり無理でしたわ」
「ドリーたちが、こっちに来てるね」
「予定通りですわ」
凶悪犯が入り込むまで見つからないように隠れていると、広場に凶悪犯だと思われる人が走り込んでくる。ベスが合図を出すと広場から逃げられないように囲んでしまう。
「クソ、罠か!」
凶悪犯が叫ぶがベスは気にせず魔法を撃つ合図を出す。凶悪犯に魔法が飛んでいく。
「消えろ!」
凶悪犯はかなりの魔力量のようで、制御を奪うと言うよりは、打ち出された魔法を無理やり消したようだ。魔法を撃ち続ける予定だったが、凶悪犯が魔法を使い始めた。
「水と砂により壁を作れ! ダイラタンシー!」
凶悪犯が詠唱のようなものを唱えると不思議な壁ができる。凶悪犯が唱えた、ダイラタンシーって知ってる気がするのだが? 思い出そうとしていると、エレンさんが相手の使う魔法が分かったようだ。
「詠唱ですか。はっきりとした弱点があるのですが、今までの魔法使いは何故倒されたのでしょうか?」
「弱点があるんですか?」
「詠唱が廃れた理由でもあるのですが、詠唱を真似すれば魔法の制御を奪えるのです」
「弱点を知らなかったとかですかね?」
「エドたちのようにダンジョンに特化していない限りは、そんな事はないと思いますが…」
作られた壁はかなりの強度のようで、魔法が打ち込まれても壊れる様子がない。
「確かこうでしたか。水と砂により壁を作れ ダイラタンシー」
エレンさんが魔法の制御を奪うつもりで、詠唱したのだろう。すぐに変化があると思ったが、変化はない。
「変ですね? 制御が奪えません」
凶悪犯が壁の中から魔法を唱えているのが聞こえ始めた。
「石よ飛び散れ!」
「石よ飛び散れ」
エレンさんが素早く同じ詠唱をすると、今度は制御が奪えたようで、凶悪犯に魔法を返したが、壁に阻まれる。
「今度は制御を奪えました。どういう事でしょう?」
今回と前回の詠唱で違う場所は、ダイラタンシーのように意味が分からない部分が問題な気がする。だがダイラタンシーとは何だっただろうか?
「クソッ、なら真似できなければ良いんだろ」
凶悪犯が悪態をついたと思ったら、先ほどまでとは違った詠唱を始めた。
『石よ散弾せよ!』
これは、日本語だ! 咄嗟に俺は魔法で氷の壁を作り出す。散弾した石は全て氷の壁が受け止めた。
「今、何と言いましたか?」
「分かりませんわ。エドよく詠唱だと分かりましたわね」
「うん」
ベスに声をかけられるが、俺は反射的に返事をしつつも、魔法の制御を奪うため、ダイラタンシーの意味を記憶の中から探し出そうとする。
『閃光と音をスタングレネード!』
『閃光と音をスタングレネード』
『炸裂し飛散せよ手榴弾!』
『炸裂し飛散せよ手榴弾』
詠唱を始めた凶悪犯の魔法が危険だと、咄嗟に詠唱を被せて魔法を奪う。咄嗟だったがうまく制御を奪えた。どちらの魔法もすぐに思い出せる武器の名称だった。魔法の威力が予想通りなら、こちら側に被害が出ると魔法を消し去る。
「エド?」
「少し待って、思い出そうとしているんだ」
皆が俺を見て驚いた顔をしているが、俺は必死にダイラタンシーについて思い出そうとする。凶悪犯が詠唱ではなく話しかけてきた。
『完全に真似ができているのは転生者か!』
『そういう君こそ転生者かい?』
『やはりそうか。邪魔するな、俺は好きに生きるだけだ』
『そうは言っても君は人を殺しすぎだよ』
思い出す時間を稼ぐのに丁度良いと、俺は話に乗る事にした。
『転生後の生活がうまく行っているお前には関係がないだろ。俺は失敗をしたんだ好きに生きる』
『失敗? どんな失敗をしたんだ?』
『魔法を使って大爆発だ。生まれた村の近くから魔法使いが来て捕まりそうになって殺したら、他の魔法使いにも追いかけられた最悪だ』
『そんな理由で殺したのか。魔法で大爆発は、もしかして神から使うなと言われた魔法を教わる前に使ったのか?』
『そうだ。あの神がちゃんと説明しないから悪いんだ!』
さらに魔法の暴走で双子の兄弟を失ったことで転生自体が失敗だと、よく分からないことを言われる。神とこの世界を憎悪しているかのように悪態をつき続けている。
『何故そんなに人を殺したんだ』
『俺を捕まえようとしたり、殺そうとするから殺し返しているだけだ。それにこの世界でどう生きようと俺の勝手だ』
『日本語を話しているのだから元日本人だろ? そんな簡単に殺すなんて、どんな倫理観をしているんだ』
『もう日本人ではないのだから関係がない!』
会話を続けていくが、言っていることが徐々に支離滅裂になっていく。そしてやっと思い出す。ダイラタンシーとは小麦粉などの粉末と水などの液体を混ぜることで固体のように硬くする流体の現象だ。
『おとなしく捕まる気は無いのか?』
『ない』
『なら仕方がない』
『何をするつもりだ!』
「水と砂により壁を作れ! ダイラタンシー!」
『やめろ!』
言葉の意味を理解して使ったからだろうか、魔法の制御が奪えた。
「ベス、今だ!」
「皆、魔法を!」
出ていた壁を素早く消すと、魔法が打ち込まれ続ける。凶悪犯は魔力で無理やり消していく。
『消えろ! 消えろ! 消えろ! 消えろ!』
後ろで待機していたアンが、弓を持って前に出て射った。
「魔法は消せても矢は消せないでしょ?」
アンの言った通りに矢は凶悪犯の体に当たる、それが切っ掛けになり凶悪犯の体に魔法が打ち込まれる。
「何とかなったか」
「エド、どういうことですの?」
「ベス、説明が難しいんだ。どうやって説明すれば良いかな」
ベスが聞きたいことは、俺と凶悪犯が同じ詠唱をしたり、会話できたことだろう。俺と凶悪犯が転生者であることを、ベスにどうやって説明すれば良いか迷っていると、ベスから話しかけられる。
「エドは転生者でしたの?」
「え? 転生者って知ってるの?」
「有名ではありませんが、貴族や冒険者ギルドの職員は知っていますわ」
「そうなのか。そうだよ、俺は転生者だ」
「お母様も私もエドは転生者ではないと思っていましたわ」
「なんで?」
自分で言うのもあれだが、結構俺は違和感がある存在だと思うのだが? シャンプーやトリートメントもそうだが、服や知らない料理まで知っている。ここまで違和感があるのに。何故転生者じゃないと思われたのだろうか?
「色々と理由はあるのですが、その話をすると時間がかかりすぎます。話をする前に凶悪犯の生死を確認しましょう」
「そうだね、同じ転生者だったから最後くらいは見ておきたい」
「やはり凶悪犯も転生者でしたか」
「うん」
フレッドが前に出て俺たちを守りながら進んでくれる。俺とベスも魔法格闘術を使うべきだろうと話して、魔法格闘術を使いながら進んでいく。
『失敗したな』
『まだ生きていたのか』
『死にかけだ、魔法を失敗した時より酷い状態だ。ここまでされてやっと自覚できたよ、俺は人を殺しすぎたな。分かってはいたが後悔は先にできないな』
『回復魔法をかけるか?』
『いや、やりすぎた自覚はあるんだ。助かったとしても処刑されるだろ。拷問なんてあるか分からないが、死ぬなら今死にたい』
隣国は探し回っていたようだし、実際助かったところで魔法使いなのもあって処刑される可能性が高いだろう。俺は魔法で治療をするか迷っていると、絞り出すように凶悪犯は声を出した。
『ああ、失敗した……』
そう言ったきり動かなくなった。脈を確認すると止まっている。本人の意思通りに心肺蘇生法などしないでおく。
「死んだようだ」
「そうですか。最後はなんと?」
俺は最後に言っていた言葉や話した内容をベスに説明する。
「今更言っても無駄なのですが、止まれるところで、止まるべきでしたわ」
「そうだね」
俺もちゃんと転生していれば彼のように無茶をしたのだろうか? そんなことを考えていると、ドリーが空から降りてくる。
「にーちゃ」
「ドリー、空からの合図助かったよ」
「うん。にーちゃは怪我はない?」
「怪我はないよ。広場はすごい事になってしまったけどね」
「直さないと炊き出しできないね」
「そうだな。直してしまうか」
「うん!」
ベスも同意して皆で広場を直してしまう事にしたようだ。周囲の建物はそこまで壊れなかったが、魔法を大量に打ち込んだので広場は地面が穴だらけになっている。魔法を使って整地していく。
凶悪犯の死体に関しては、隣国の問題もあり確認をするため一度凍らせてしまうそうだ。死体は馬車に積み込まれて何処かへと運ばれて行った。
運ばれていく死体を見送りながら、俺と彼の違いを考えているとベスに声をかけられる。
「凶悪犯が隠れていた建物の方はかなり崩れてしまったようですわ」
「最初に魔法を打ち込んだ騎士は無事なの?」
「怪我をしていたようですが、すでに治療は済んだようですわ」
「良かった」
「ええ。一番危険な任務でしたから安心しましたわ。壊れた建物を片付けるのを手伝いに行きますわ」
移動していくと、建物が広い範囲で崩れているのが見えてくる。広場以上に家屋が崩れてしまっているのでは?
「酷いな」
「避難ができて良かったですわ」
「ここまでの被害だと、かなりの人数が死んでてもおかしくないね」
「騎士は反撃され、かなりの魔法を打ち込まれたようですわ」
「よく無事だったね」
「家が崩れたことで身を隠せたそうですわ。代わりに広範囲で家が崩れたようですわ」
騎士にとっては運が良かったが、住んでいた住民からするとたまったものでは無いだろう。エリザベス商会とレオン様がどうにかするとは思うが、かなりの人数が家を無くしてしまったようだ。
壊れてしまった家の片付けをするが、出るゴミを捨てる場所がない。一箇所にゴミを集めているが道が入り組んでいるのもあって、大量のゴミを処理が大変そうだ。ゴミのことを考えなくても、すぐに終わるような量ではなく、片付けはかなりの日数かかりそうだ。
「エド、お母様とお父様から一度帰ってくるように言われましたわ」
「報告するのにってこと?」
「そうですわ。それとエドにも話を聞きたいらしいですわ」
「転生者のことか。分かったよ」
片付けを騎士と協会の魔法使いに任せて、俺たちは辺境伯の屋敷へと向かう事になった。
ダイラタンシーについては本来ここまで万能の力ではないと思うので、魔法で強化されているってことで。
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