作戦の指揮
ベスの元に入ってくる情報は多く、結構な時間を情報の整理に使っているとベスが一度中断して話しかけてくる。
「エド、助かりましたわ。アンを送るなら帰った方が良いですわ」
「確かに暗くなる前に送った方が良さそうだ」
「明日も手伝ってくれると嬉しいですわ」
「分かった。ところでこの情報は協会で話しても問題ないのかな?」
「お祖母様にも伝えてあるはずですし、問題ありませんわ」
明日も来る約束をして、アンを送った後に協会へ戻る。協会の中に入るとやはり受付の周りに魔法使いが多くいる。集まっている中にエレンさんが居て声をかけてくる。
「エド、出かけていたのですか」
「はい。辺境伯の屋敷とエリザベス商会に行ってきました」
「それならば色々と情報を知っていそうです。情報を交換しませんか」
「協会がどう動いたかも知りたいのでお願いします」
エレンさんや周囲の魔法使いも集まって情報交換をすると、被っている部分もあるが港側の詳しい情報などを聞けた。協会の魔法使いが港を監視しているのもあって港側の地理に詳しいと教えてくれた。
「やはり貧民街が怪しいようですね」
「エレンさんもそう思いますか」
「協会の魔法使いで貧民街に出入りしている者も居るので、その伝手を使って調べているようです」
「なら明日以降は貧民街の情報をお互いに交換しましょう」
話はこれで終わりかと思ったら、エレンさんが俺たちの分担があると言う。
「エドたちは協会の魔法使いでは戦える方なので、必要があれば前に出て戦って欲しいそうです」
「俺たちって戦える方なんですか?」
「ダンジョンで戦っている協会の魔法使い自体そこまで居ませんから。属性流派の魔法使いはダンジョンに行って魔法を研究したりしますが、本格的にダンジョンに行っている訳ではないので、実践経験と言われると微妙なところです」
「そうだったんですか」
「年齢的にエドたちを前に出すのはどうかと言う意見もあったようですが、魔法使いが何人もすでに殺されているようですから、そんなことも言ってられないようです」
凶悪犯を追いかけていた魔法使いたちは腕に覚えがあった人だろうと予想できる。そんな人たちを殺しているのだから、油断はできないと協会も慎重になっているようだ。
「エレンさん、対人戦はやはり難しいんですかね?」
「正直今回の相手に関しては、エドと私で経験の差はそうないと思っています。相手は偶然に魔法使いになっただろうと言われているので、どのような魔法を使うかが分からないのです」
「魔法を見た事がある魔法使いは殺されているから、どのような魔法を使うかわからないんでしたか。そうなると戦う時は注意しないとダメなんですね」
「ええ。それもあって協会は数で制圧するつもりのようです」
エレンさんから、なるべく複数人で行動して、一人では絶対に行動しないようにと注意される。潜伏している場所が分かれば呼び出すので、場所が分かったとしても勝手に動かないようにとも注意された。
エレンさんはまだ待機するとのことで、俺たちは荒野から帰って会えていなかったジョーに会いにいく事にする。
「ジョー」
「こんな時間に来るとは、エドたちも大変そうじゃな」
「ジョーもやっぱり大変なの?」
「戦闘に使える魔道具や魔法薬を作っているんじゃ」
ジョーは作っている物を見せてくれる。弓や剣などもあるが、ほとんどは魔法薬を量産しているようだ。
ジョーは外に出ないで魔道具や魔法薬を作り続けるようで、必要な物があれば言ってくれれば作ると言うので、俺は魔道具の矢をダンジョンで全て使ってしまって、今は部屋にあった予備をアンが持っている事を伝えると、ジョーは魔道具の矢を作っておくと言ってくれた。
「今はそのくらいかな」
「分かったんじゃ。そう言えばエド、オークの骨で作った汁を忘れておらんか?」
「あっ」
「やはり忘れておったか。食堂の料理人に処理をお願いして辺境伯の屋敷からも分けて欲しいと言われたので、分けておいたぞ?」
「すっかり忘れてた。ジョー助かったよ」
「それと協会の料理人が、辺境伯の屋敷の料理人に作り方も教えておったぞ」
「レーヴェの好みだったらしいから、それで聞きにきたのかも」
今作った分があるのに、更に大量にオークを狩ったので、またオークの骨が大量に運び込まれていそうだ。ジョーにオークの骨の事を伝えると、料理人に汁を作って貰うついでに骨を処理しておくと言われる。しかしそんなに汁を作っても処理に困るのでは?
「ジョーそんなに汁を作ったら余るだろ?」
「言い忘れておった。協会では豚骨ラーメンが流行っておるんじゃ」
「え?」
「前回作った分は全部売り切れてしまったんじゃ」
「忘れてたから腐りそうだし、なくなったのは問題ないけど、そんなに人気になってるの?」
「なっているんじゃ。正直ワシも驚いたんじゃ。なのでメアリーも魔道具の鍋を使うのを料理人に許可したんじゃ」
なので料理人によって俺たちが狩ってきたオークの骨は、順番に煮込まれていっているらしい。煮込まれれば骨の処理も簡単なので助かっているとの事だ。更に骨の粉が大量にできたので、骨が変異してしまっているのを皆で研究しようとしたところで、凶悪犯の知らせが来て、ジョーたちは研究を中止して必要な物を作り続けているらしい。
「これからと言うところじゃったんじゃ」
「協会どころかアルバトロス全体が緊張状態だし仕方ないよ」
「ん? そうなのか?」
ジョーに話を聞くと、ジョーは物を作り続けていたので、新しい情報が入って来ていなかったようで詳しい事情を知らなかったようだ。俺たちが知っていることを伝える。
「魔法使いを殺しているのは聞いていたが、そこまでの凶悪犯じゃったか」
「うん、だからアルバトロスの住人も外に出る人が減ってるよ」
ジョーは改めて協会から出ないと決めたようで、俺たちにも注意をしてくれる。俺たちは協会から戦力として見られていると伝えると、ジョーは気をつけるようにと心配してくれた。
次の日、朝外に出るために装備を付けて準備をしているとエレンさんが尋ねてくる。
「エド、今日は一緒に行動します」
「分かりました」
昨日頼んだ、鉄の矢が納品されているか確認すると、すでに届いているようで受け取った。何本かはジョーに魔道具の矢にして貰うのに取っておいて、後はアンに渡してしまう事にする。
アンを迎えに行ってから辺境伯の屋敷へと向かう。
「明らかに人の数が減りましたね」
道中にエレンさんが馬車の中から外を見ながらそう呟いた。俺も外を確認すると人通りがかなり減っていて、アルバトロスの住人全体が警戒しているのだと実感する。
屋敷に着いてからベスの元に向かうと、ベスはすでに忙しそうにしている。
「ベス、もうやっているのか」
「今始めたところですわ。夜にあった事の報告を整理しておりますわ」
俺たちもベスを手伝って情報を整理していく。協会で集めた情報もベスに伝えてまとめ上げる。
「情報はテレサから騎士にも伝えてもらいますわ」
「そう言えばベスが情報をまとめ上げているけど、実際に指揮をしているのは誰なの?」
「形式上は、お父様になっていますわ。元々はお父様が指揮を取る予定でしたが、凶悪犯が居ると伝えた結果、街の機能が止まってしまいましたわ。お父様が街の対応をしてるのもあって、実質的に指揮しているのは私になっていますわ。騎士たちに支えられながら何とか指揮をとっていますわ」
手伝っているのでベスが忙しいのは分かっていたが、魔法使いを探す指揮をしていたとは思いもしなかった。指揮を取っているのがベスだと、協会から戦力として数に入れられていると困った事になりそうだと、ベスに伝える。
「ベスが指揮を取っているのか。ベス、俺たちも協会から戦力に数えられてるみたいなんだ」
「分かりましたわ。それならば、騎士と協会で協力する前提で作戦を考えておきますわ」
「別々に動いているから、どちらかだけで動くかと思ってた」
「ここまでの凶悪犯でなければ、協会に普通は任せますわ。お婆様も協会の調整をしていますが、ここまでの事は過去にも無かったのか、うまく動けていませんわ。お祖母様にも会いにいくべきですわね」
ベスは、セオさんに情報が集まったか聞きに行った後に、協会に寄ってメアリー様と話す事に決めたようだ。テレサさんが戻って来たら、出かけるつもりだとベスは言う。
「ベス、指揮しているのに動いていいの?」
「指揮を円滑にするためにお祖母様の元に行きますわ。それに騎士たちには凶悪犯に偶然出会ってしまった場合を除いては、報告を優先するように言ってありますわ」
「協会と同じように数で制圧するってこと?」
「そうですわ」
テレサさんが戻ってくると、俺たちはエリザベス商会へと向かう。今日もエリザベス商会は開いているようだが、客は居ないようだし店の前に立っている男の数が増えている。
昨日と同じくアンの知り合いがいたので、中にすぐ入れて、セオさんの元に向かう。
「エドさん、来ましたか」
「何か情報はありますか?」
「それが魔法使いについての情報が出回ったことで、貧民街も警戒しているのか、外に出る人が減っているようです。なので情報が集まるのが遅れています。貧民街の住民から聞けた話ですと、凶悪犯の情報が出たことで、いつも以上に周囲を気にしているので、怪しい者はすぐに噂になるのではと」
「時間はかかりそうですが、正確な情報が入ってくるかもしれないと言う事ですか」
「その可能性が高いかと」
炊き出しについては人が集まらないだろうし、炊き出しを準備する人の安全が確保できないと、中止する事に決定したとセオさんから説明された。
ベスからセオさんに凶悪犯の居場所がわかったら、すぐに屋敷に伝えるように言って、俺たちは協会へと向かう。
メアリー様の元に向かうため図書館に行こうとするが、エレンさんに止められる。
「流石にこんな時ですから、協会長の部屋にいると思います」
「協会長の部屋なんてあるんですか?」
「ええ。会議をする時にしか使っていませんが」
メアリー様は図書館が好きで、必要がなければ協会長の部屋には居ないと教えてくれる。エレンさんの案内で協会長の部屋に向かう。
「お祖母様」
「ベス、どうしたんだい?」
「辺境伯の騎士と協会での共同作戦を相談しに来ましたわ」
「ベスがかい?」
「お父様は街の機能が止まったことでの処理で手一杯になっていますわ」
「そう言うことかい」
メアリー様も協会内の魔法使いを動かすので手一杯で、情報はレオン様に渡していたが、お互いにうまく動けていなかったようだと話してくれた。ベスは共同で凶悪犯を捕まえるか殺すことを提案し、メアリー様は同意した。
「だが、どうやって動くんだい?」
「数で制圧するつもりですわ。協会も数で制圧するつもりだと聞きましたわ」
「その通りだよ。だけどアルバトロス内だと数を動かすとなれば場所が問題だね」
アルバトロスは港町で住宅が密集している地域が多く、大規模に人を動かすとなれば場所が問題になるようだ。
「私は貧民街が怪しいと思っていますが、お祖母様はどうですの?」
「港側に怪しい魔法使いは居なかった。そうなると怪しいのは貧民街だね」
やはりメアリー様も貧民街が怪しいと思っているようで、戦闘になれば周囲を巻き込む可能性が高いと考えているようだ。魔法使い同士の戦いとなれば、以前エマ師匠とエレンさんが吹き飛ばした建物以上に被害が広がろうだろう。
貧民街は密集具合が他とは比ではないので、貧民街に魔法使いが居た場合は、住民を避難させる事が先に必要になり、騎士は住民の避難を優先する事に決まった。
「避難させるのはいいが、貧民街の住民が騎士の言う事を聞くかが問題だね」
「それに関してはエリザベス商会をうまく使って、どうにかするしかありませんわ」
「ベスが作った商会かい」
「私とエドとドリーで作った商会ですわ」
「そうだったね。それで住人がうまく動いてくれるといいが」
「ダメだった場合は凶悪犯をどこかに誘導したいですわ」
「誘導かい」
どうやって誘導するか皆で考えるが難しい。誘導できないのなら好きに動いて貰って、俺たちがダンジョンでそうしているように、空から確認すれば良いのではないだろか。
「ドリーに空から凶悪犯を監視して貰うのはどうですか? 何ヶ所かに罠を張って待っているのです」
「エド、それは良いですわ」
「騎士や魔法使いが分散する事になるが、確かにそれなら避難は最低限にできそうだね」
空を飛ぶのはドリーだけでなく、戦闘が得意でなくても魔法で飛べる魔法使いが空から監視すれば、見失うことも減るだろうと、空を飛べる人を準備しておくとメアリー様が提案する。
「そうなると後は見つけるだけですわ」
「貧民街で凶悪犯を見つけられるのかい?」
メアリー様に俺たちが聞いてきた話をすると納得してくれた。今できるだけ準備をして、凶悪犯を見つけたらすぐに動けるように準備をする事になった。
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