魔法協会の自室
エマ師匠は廊下をドリーの歩く速度に合わせて進んでいく。
魔法協会の建物はしっかりした作りで掃除もされているようだ。綺麗だなと俺は周りを見ながら歩いていると二階に上がったところでエマ師匠が止まった。
「この二部屋がエドとドリーの部屋よ、中は似たような作りになってるからどちらに住んでも問題ないわ」
「一応、中を見ても?」
「ええ」
エマ師匠に同意を貰ったところで部屋の中に入ってみると思った以上に広く、二人で暮らすのに十分以上な設備と広さがありドリーが驚いている。
「ひろい」
「そうだね。台所ぽいものや、トイレ、お風呂みたいなものまで付いてるし」
俺とドリーの感想を聞いたエマ師匠は苦笑しながら。
「下手な家より立派な作りよ。ただ、台所やお風呂は魔法でどうにかする作りになってるから、部屋で使いたいなら魔法を覚えてからね。トイレは普通に使えるから変なものじゃなければゴミもそこに捨てればいいわ」
「それじゃ、食事は外で済ませるんですか?」
「いえ、協会の中に食堂もあるし、大浴場もあるわ」
食堂も大浴場もあるのに、何故個室にここまで充実した設備があるのだろうか?
「ならなんで個室に、ここまでの設備が?」
「研究中の魔法使いは出不精なのもあるし、魔法によっては台所とお風呂があると便利なの」
「台所で魔法を?」
台所の魔法とは、どういうものなんだろうか?
「錬金流派なんかは小規模なら台所で十分な作業も結構あるわ、大規模な物はちゃんと研究室が用意されてるけれど」
「なるほど」
つまり立派な台所と言うよりも作業台だったわけだ。それなら大きめに作られてるのも理解できる。
納得したところで今日の食事とお風呂が気になる。
「食事とお風呂は誰でも入れるんですか?」
「寮の中に入れる人は、魔法使い以外でも誰でも使えるようになってるわ」
「それじゃ、皆で食事をしてお風呂に入れるんですか」
「食事はそうだけれど、お風呂は一つなので、男と女で時間で交代になってるからそれだけ注意ね」
「そうなんですか。そうするとドリーをどうしよう」
ドリーが不安そうに俺を見つめてくる。
「にーちゃ」
不安そうなドリーを見たエマ師匠が。
「ドリー、しばらくは私と入りましょう」
ドリーは不安そうにしながら頷いてエマに同意する。
「うん」
「お風呂の時間になったら呼びに来ますからね」
「うん」
ドリーが同意してくれたので今日はエマ師匠とお風呂に入って貰えるだろう。どうしても無理そうならエマ師匠にお願いして、お風呂にお湯を入れて貰うしかないかもしれない。
エマ師匠はドリーが落ち着いたところで俺に話しかけてくる。
「ほぼ同じですが、見てない一部屋見ますか」
「そうですね」
部屋を出て隣の部屋に移動すると、配置が微妙に違うがほぼ同じ部屋だった。
「本当に同じような部屋ですね」
「そういう作りになってますからね。どちらの部屋で暮らしますか?」
あんまりにも同じで選びようがなく考えていると、エマ師匠の部屋に近い部屋にしようかと思いつく。
「エマ師匠の部屋に近いのは、どちらの部屋ですか?」
「先に見た方の部屋ですね」
「では先に見た部屋にします」
「分かりました。それではベッドを移動させます」
エマ師匠は腰に差していた小型の杖を取り出してベッドに向けると、ベッドが浮き上がる。
「「「おー」」」
浮き上がったベッドに三人で感動していると、エマ師匠は当然のことの如く。
「移動させるので、ドアを開けてください」
「はい」
俺は慌てて部屋のドアを開けて通りやすいように移動する。するとエマ師匠はベッドを移動させる。
「向きを調整すればバラさないでドアも通りそうですね。エド、廊下に出たら隣の部屋も開けておいて」
「分かりました」
部屋を出ると先に見ていた部屋のドアを開けてベッドが通れるようにすると、エマ師匠がベッドを部屋の中に配置する。
「こんな感じでしょう」
「エマ師匠、有難うございます」「ありがとございます」
「この位すぐできるようになるので、気にしなくても良いですよ」
思った以上に魔法は凄そうで驚く。俺はエマ師匠が使っていた杖が気になる。
「エマ師匠、その杖はどういう物なんですか?」
「この杖は魔法の補助をしてくれるものよ」
「補助ですか?」
「魔法を制御をしやすくとか発動しやすくするための物なの、無くても魔法は使えるけど大半の魔法使いは補助具を使うわ」
「便利なものがあるんですね、杖以外もあるんですか?」
「指輪とかの小さいものから大型の杖まであって、大きいものほど補助能力が強いの」
エマ師匠が苦笑しながら答えてくれたので、何故かと思って、エマ師匠の視線を辿るとドリーがエマ師匠の杖をじっと見ていた。
「エマししょー、ドリーも杖ほしい」
「魔法を覚えるのに初心者用の杖を渡す予定だけど、早くて明日になるの、待ってられるかしら?」
「わかったっ」
物分かりの良いドリーにエマ師匠は笑顔になって頷いている。
「待っていてね、すぐ作らせるから」
ドリーの可愛い我儘に、エマ師匠が無茶をしないか心配になる。
「エマ師匠、無茶しなくて良いですからね」
「問題ないわ。私も作れるけど、錬金流派に作らせるからすぐできるわ」
「作らせるって、良いんですか?」
「問題ないわ。錬金流派は協会内でも物を壊したり怪我するから、私のような治癒をする魔法使いに頼まれたら断れないの」
錬金と聞いて怪我をすると思い付かないのだが、錬金流派は意外と物騒なのだろうか?
「錬金って、意外と物騒なんですね」
「大半の錬金流派の魔法使いはそうでもないのだけど、一部が徹夜の状態で限界を攻めて爆発したりするの」
「錬金で爆発って、怖い想像しかできませんが」
「エドは錬金について何か知ってるの?」
地球の知識から錬金で爆発となると科学的な爆発だと考えてしまい少し焦るが、オジジから薬師の免状を貰ったのを思い出し。
「一応薬師なので想像ですが、死にかけるような爆発をするんじゃないのかと」
「薬師?」
「はい、村を出る時に免状も貰いました」
荷物の中からオジジにもらった免状を取り出してエマ師匠に渡す。
「魔法使いだから詳しくはないけれど、確かにこれは正式な物だと思うわ。薬師も流派のような物があって、この免状に書かれている流派は、アルバトロスにある薬師の組合にも入れる流派だった気がするわ」
「薬師も色々あるんですね。知りませんでした」
「中には怪しいのもあるらしいから、アルバトロスでは認められた流派だけが組合に入れるようになってるわ」
「なるほど。エマ師匠は魔法使いなのに詳しいですね」
「魔法使いは魔法を使える回数が決まっているから、軽症なら薬師の薬頼みだし。錬金流派は魔法薬を作ってる人の大半が、薬師の組合にも所属してるわ」
魔法使いが薬師の組合に所属するのか不思議に思う。
「魔法使いが薬師をするんですか?」
「そうではなくて薬師の組合は薬草など調合に必要なものを販売していて、それを買うために所属するの。錬金流派は物から物に変換するけれど、近い性質の物から変換したほうが効率が良いの」
「なるほど」
俺には話を聞いていると、地球の知識と薬師の知識があるので錬金が向いていそうだ。
「エドがどういう魔法使いになるかはまだ分からないけれど、治癒を極めるにしろしないにしろ、薬師の組合に所属しておくことをお勧めしておくわ」
「分かりました」
魔法使い協会と薬師組合と入ることになるなら、冒険者ギルドはどうなのだろうか。
「エマ師匠、冒険者ギルドにも入ろうとしているんですがどう思いますか?」
「入っておいても問題ないけれど、ダンジョンに行くなら魔法を覚えてからにしておきなさい」
「猟師の真似事をして結構戦えるんですが、それでも止めておいたほうが良いですか?」
「そうね…」
エマ師匠は少し考えた後に。
「戦うようなことは出来ればやめておいた方が良いと思うわ。魔法を覚えれば格段に安全になるし、協会の中で暮らしていればお金はかからないわ」
エマ師匠の言う通り協会で暮らしていればお金は掛からないようだし、ドリーを連れて無駄に危険な事はすべきでは無いだろう。
「分かりました、止めておきます」
俺の答えにエマ師匠は頷いた後に。
「戦う以外のお使いのような依頼もあるから、ギルドに入って受けるのも手ね」
「お使いですか?」
「貰えるお金は少ないけれど、エドとドリーはアルバトロスに来たばかりだから、街を覚えるのに丁度いいと思うの」
確かにアルバトロスに到着した桟橋から協会に直接歩いて来ただけで、他の地理が全然分からない。
「それは良さそうです。ギルドで依頼を受けようと思います」
「そうすると良いわ。魔法を覚えるのは一日にそう何回もできないから、時間はあると思うわ」
「そうなんですか?」
「最初は全力に近い状態で魔法を使って発動させるから、回数こなせないわ」
聞いた話だと魔法は暴走して危ないと言われたのに、全力でやったら大変なことにならないだろうか?
「全力って、魔法は暴走するって聞いたんですが」
「そう最初は絶対と言っていいほど暴走するの。だから誰かに魔法を止めて貰う必要がある」
「そんな危ないことしないで、暴走しない少しの魔力ではダメなんですか?」
「それでは魔法を発動させる切っ掛けが得られないで、魔法を発動させられないらしいと伝わってるわ」
そんな危ないことをしないと魔法は使えるようにならないのなら、誰かに師事することが前提になるのも理解できる。
「それで誰かに師事する事になるんですね」
「そうよ。知らずに魔法を自力で使えば、死ぬ可能性が高いわ」
最初に魔法を発動させて、魔法を他の人にも使えるようにした人は偉大だと感じる。
「最初に魔法が使えるようにした人は凄いですね」
「伝説の人物だけれど、名前も残ってないの」
「そうなんですね」
俺が感心しているとエマ師匠は改めて注意してくる。
「二人とも約束して、私が許可するまでは魔法は私の前でしか使わないと」
「分かりました」「わかった!」
俺とドリーが返事をすると、エマ師匠は納得した様子で。
「それじゃ、今日は旅で疲れているだろうからゆっくりしていなさい」
「良いんですか?」
「魔法を覚えるにも杖も無いですし、冒険者ギルドや薬師組合は明日行けばいいわ」
「分かりました」
「私は杖を注文してくるから少し出てくるわ」
「はい」
すぐ戻ると言うと、エマ師匠は部屋を出ていく。
怒涛の展開で疲れを感じつつも、ドリーが心配になって問題ないか話しかける。
「ドリーは、エマ師匠を気に入った?」
「うん!」
「そうか。良かった」
ドリーは両親のこともあって内気気味で心配していたが、エマ師匠には懐いたようだ。先ほどまで黙って聞いていたケネスおじさんが尋ねてくる。
「エドはどうなんだ」
「ドリーのことを可愛がってくれそうだし、質問にはしっかり答えてくれるから安心できるかも」
「確かに。師匠としてしっかり説明できているから当たりかもしれんな」
俺の話した理由に、ケネスおじさんもエマ師匠のことは納得した様子だ。
疲れているが、少ない荷物を片付けたりしようと行動する。
「とりあえず、荷物を整理しよう」
「そうだな」
皆で荷物を整理し終えると、旅で汚れた服が気になる。
「そう言えば、洗濯ってどうするんだろうか」
「確かにそうだな」
地球の知識よりは服が少ないが、一枚しか服がないと言うほど布が高くはないので、俺とドリーにも一組だけ予備がある。
「エマ師匠に聞くしかないかな」
「その方が良いだろうな」
そんな話をしていると部屋のドアがノックされて扉を開けると、何かを持ったエマ師匠が立っていた。
「戻ったわ。杖は注文しといたから、明日には用意しとくって言われたわ」
「エマ師匠、ありがとうございます」
「師匠として当然のことよ。気にしなくていいのよ」
エマ師匠は手に持っていたものを台所に置いた後に、俺たちに話しかけてくる。
「紅茶をご馳走しましょう」
「こうちゃ?」
「ドリーは飲んだことがないのね。砂糖とミルクを入れて甘くしておきましょう」
そう言うとエマ師匠は紅茶を入れて俺たちに配る。
「二人は砂糖とミルクはお好みで」
この世界に来て初めて紅茶を飲む、何も入れないで飲んでみると渋みが少なく匂いが良い紅茶で美味しい。
「美味しいです」
「そう、気に入ってくれて嬉しいわ」
俺が美味しいといったことで、ドリーも飲んだ後。
「あまくて美味しい!」
「それは良かったわ」
皆でゆっくり紅茶を飲んでいると、洗濯について思い出す。
「エマ師匠、質問なんですが洗濯ってどうすればいいんですか」
「洗濯は、お願いすればやっておいてくれるわ」
「そんな事までしてくれるんですね」
「その分、魔法使いの仕事をしろってことかしらね」
魔法使いは思った以上にやる事が多いのかもしれない。そんな事を考えていると、エマ師匠が何か気づいたようで話しかけてくる。
「そういえば、服の予備はあるかしら?」
「一組だけあります」
「もう少しあったほうが良いわね。協会員の制服はあるんだけれど、普段着にするものではないし、二人の体の大きさだと既製品では大きすぎる」
「制服あるんですね」
「受付の人が着ていた物ね。協会員としての仕事の時に着るものだから、エドとドリーにも今度作ってもらいましょう」
「分かりました」
制服を貰えるのは良いが、服の予備はどうしようかと悩む。
「予備の服は買いに行った方が良いですかね?」
「出来ればそうした方が良いけれど、今の二人には服は高いわよね」
俺とドリーの服は布を買って自作しているので、布を買って作れば安いので布を売ってるところを聞いてみる。
「布から服を作れるので、布を売ってるところを知りませんか?」
「服を自作できるの?」
「俺とドリーの服は俺が作ってます」
エマ師匠は驚きドリーに服を見せてと言って、ドリーが了承してエマ師匠は服を見た後に。
「普段着なら十分ね」
「そう言ってもらえると安心します」
「布といえば、ちょっと待ってて貰える?」
そう言うとエマ師匠は部屋を出て行って、すぐ戻ってくる。
「この布は余ってるから、使っていいわ」
そう言って、俺に模様が入った布を渡してくる。
「良いんですか?」
「魔法の研究に使った布だから少しだけど効果が付いてるわ」
「そんな物を良いんですか?」
「失敗作で効果が微妙なの」
「どう言うものか聞いても?」
「本来は傷が徐々に治るつもりで作ったけど、失敗して筋肉痛が徐々に治るのよ」
地球の知識で言うと筋肉痛も筋肉の損傷なので傷が治ってはいるが、そう言うことではないのだろう。
「えっと」
「はっきり言って大丈夫よ、微妙でしょ」
「安ければ活用方法はありそうかなって」
「魔道具に分類されるから、あんまり安売りはできないわね」
布についてフォローしようとしたが、退路を断たれた気分で困っていると。
「だから、その布は自由に使って」
「分かりました」
「それと布を切るのはこのナイフを使って、普通の布より切りにくいから」
「分かりました。お借りします」
布から切り出し方を考えていると、エマ師匠がドリーを誘う。
「それじゃ、ドリーは私と一緒にお風呂に行きましょう、大きいお風呂だし、蒸し風呂や水風呂も有って楽しいわよ」
「わあ! うん!」
ドリーはエマ師匠の誘いに乗ってお風呂に行くようだ、着替えと自作の石鹸を持たせて送り出す。
布を切り出して黙々と縫っていると、エマ師匠とドリーが帰ってくる。
「にーちゃ、楽しかった!」
「それは良かった、俺もこの後入ろうかな」
ドリーは喜びながらエマ師匠に抱きついていて、エマ師匠に随分と懐いた様子だ。
「エド、お風呂は交代でもう少ししたら入れ替わりだから、時間になったら教えるわ」
「分かりました」
ドリーのお風呂の感想を聞きながら服を縫っていると、エマ師匠が時計を確認して。
「時間ね。お風呂に行ってらっしゃい」
「分かりました。ドリーをお願いします」
「ええ」
俺と猟師のケネスおじさんはエマ師匠にお風呂の場所を聞いて向かう。服を脱いで風呂場の中に入ると、ドリーが喜ぶのもわかるほど立派なお風呂があった。
「これは凄い」
「確かに」
二人でゆっくりとお風呂に入る。お風呂から出て、部屋に戻ると、エマ師匠に洗濯の出し方を教えてもらう。その後はエマ師匠に食堂に案内されて、食事を済ませると、エマ師匠から今日は早めに休むようにと言われて、俺たちは言う通りに眠ることにした。
ケネスおじさんにベッドを一つ使ってもらい、俺とドリーは一緒に寝た。
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