魔法の指向
魔法の訓練を始める前にエマ師匠が、今日からの訓練内容を教えてくれる。
「今日からは、魔法に指向を付けます」
「指向ですか?」
「簡単に言えば進め止まれ、ある場所まで飛んで行けなどの、方向や目的ですね」
「今は水の玉が浮かんでいるだけなので、動かすんですね」
水の玉が『浮いている』って?
「って、あれ水の玉が浮かんでいる?」
「エド気づきましたか、水の玉が浮かんでいるのは変ですよね」
「今更ですが、何で水の玉が浮かんでいるんですか?」
「最初に浮いている水の玉を見せたから想像がそのように固定されて、魔法の水は浮いているとエドたちは勘違いしたのです」
「えっと?」
「実はエドたちは既に、魔法の水の玉に『浮いた』という指向を持たせています」
難解だ。今まで無意識に行なっていたことを、意識的に変えていくという事は分かるのだが、頭の中がこんがらがるような気分だ。
ドリーやベスの様子を見ても難解そうな顔をしている、そんな俺たちを見たのかエマ師匠は簡単に説明してくれる。
「理論的に説明するとややこしくなるのですが、魔法は想像通りに動くと思っていれば問題ないです」
「想像通りにですか」
「言葉での説明より、一度少なめの魔力で試してみましょう」
「はい」
俺、ベス、ドリーは同時に魔法を使って水の玉を出すと、エマ師匠が指示してくれる。
「まずは、水の玉を投げるつもりで飛ばしてください」
「「「はい」」」
エマ師匠の指示に従って、俺は水の玉を投げる想像する。
「「「あれ?」」」
俺は水の玉を投げ飛んでいくと、自分からの距離が遠くなるにつれて制御が効かなくなってしまい、落ちてしまう。
ベスとドリーを確認すると、同じように水の玉が落ちてしまったようだ。
俺はエマ師匠を見ると、説明してくれる。
「魔法は遠くなると制御が効かなくなります」
制御が効かなくなると感じたのは、正解だったようだ。
なら距離を伸ばす方法を聞いてみる。
「距離を伸ばす方法はないんですか?」
「制御できる距離を伸ばすには、使用する魔力が多いほど距離は伸びます。ただ代わりに制御は難しくなります」
「距離は伸びるけど、制御が難しくなるんですか」
「そうです、個人の技量によっては倍以上伸ばせる人もいますが、普通はそこまで距離が伸びない人の方が多いですね」
魔法の距離を伸ばす方法は有るようだが、万能では無いようだ。
魔法の距離を伸ばすのが、ダンジョンなどで先制するのに良いかと思ったが、魔力を多く使うのなら、ダンジョンで魔力を節約することを考えると微妙かもしれない。
「もう一つ注意することは、魔法を変えたり、目的や向きを変えると、魔力は徐々に減っていきますので注意してください」
「今までも消したりしてましたけど、魔力って減ってたんですか?」
「目に見えるほど大幅には減りませんが、複数回変えると徐々にですが減っていきます」
「そうなんですか、でも徐々にだったら、そこまで問題はなさそうですが」
「錬金など一定量の魔力が必要な時もありますし、治癒でも少し足りなかったなどあるので注意です」
そういえば錬金は、魔力の量が決まっている場合があると言っていたのを思い出す。俺とドリーは魔法薬を作ることになりそうだし重要な話だ。
「わかりました、注意します」
「ただ魔力が減るからと言って、攻撃魔法の場合は、威力が減るわけではない場合もあるので注意して下さい」
「減らないんですか?」
「単純に見れば減っていると言えるのですが、速度の速い魔法と、遅い魔法では速い方が威力はありますし、他にも条件次第では強くなります」
「そう言うことですか」
位置エネルギーと同じことが魔法でも起きるのだろう。
他にも条件があると言うことは、魔力をエネルギーとして変化しているから、変換効率によっては威力が上がると言うことだろう。
魔法で空気中の水分を水に変換しても、明らかに変換した水の方が多いので、魔力は効率が良いのだと予想する。
変換効率について考えていると、エマ師匠が心得について話し始める。
「後は、魔法使いとしての心得になるのですが」
俺は考えることを止めてエマ師匠をみると、エマ師匠は一度話を区切って俺たちの顔を見た。
「この魔法の訓練が終われば、魔法使いと名乗っても十分な技量を得ます。同時に魔法使いとしての責務も負うことになります。ベアトリス様から聞いた魔法使いの悪人が出た場合は、どうなるかという話を覚えていますか」
「はい」
「魔法使いの悪人が出た場合には、協会の魔法使いは悪人の処理を担います」
「処理って…」
「殺すことになるでしょう」
「他に方法はないんですか?」
「残念ながら魔力は毎日回復してしまうので、無効化する方法がない現状は捕まえておく事が不可能です」
「そんな…」
俺が絶句していると、エマ師匠は心配ないと言ってくれる。
「リング王国内であればそこまで心配する事はありません、魔法を使えるものは協会に、貴族からそうでない人まで全て所属しています。国外から来るものが心配ですが、港は協会が見張っています、魔法使いが入ってくれば身元を確認します」
「そうなんですね」
エマ師匠の説明に俺は安心するが心配もある。自力で覚えることも可能性が無いわけでもないし、秘密に教えられたら分からない。
「自力で覚えたり、秘密に教えられたりしないんですか」
「私の周りでは聞いた事がないですね、魔法使いを排除している国ならあるかもしれません」
「そうなんですか」
「だとしても、魔法使いというのは見れば分かってしまいますよ」
「そう言えば、そうですね」
そう言えば、魔法使いは魔法使いを見れば分かってしまうので、隠そうと思って隠せるものではない筈だ、だがエマ師匠が俺の考えと違うことを言う。
「一応隠すというか、誤魔化す方法なら有りはするのですが」
「あるんですか?」
「ベアトリス様がやっていますね、魔力を均一化するんです」
そう言えば貴族の大半が魔法使いだと言うのなら、トリス様も魔法使いだろうが、魔法使いだと認識したことがない。
「あれ、そう言えばトリス様を魔法使いだって思った事がないかも?」
「次に会った時に確認させてもらうと良いですよ、ベアトリス様ほど魔力を誤魔化すのが上手い人を私は見た事がないので」
エマ師匠も驚く技量らしい、でも均一化なんてどうやるんだろうか?
「ちなみに、どうやって魔力の均一化ってやるんですか?」
「身体に沿って魔力を均等に揃え、波立たせないようにするのです」
「均一に、波立たせない?」
俺は自分の魔力でやってみようとするが上手くいかない、エマ師匠がお手本を見せてくれる。
「私もそこまで上手くはありませんが、こうです」
エマ師匠の魔力が、均一に波立たなくなっていく。
「ちょっとだけ、分かり難くなりました」
「私だとその程度ですが、ベアトリス様はもっと上手ですよ、違和感がありません」
「今度、お願いして見せてもらいます」
エマ師匠がそれほど上手いと言うなら、今度是非見せて貰おう。
しかしトリス様は貴族なのだから魔法使いの可能性が高いのに、今まで気づかせないのは凄い。
感心していると、エマ師匠が今日の訓練について再び話してくれる。
「それでは今日は魔法を色々な方法で試して貰うのですが、魔力は全て使い切らないでください」
「使い切らないのですか?」
「鍛錬をして傷だらけになっているのを、自力で治してもらいます」
「はい…」
魔法の訓練をした後に、ベスの鍛錬に付き合っているが、実は擦り傷だったり、傷だらけになる事が多く、終わるとエマ師匠やエレンさんに治して貰っていた。
それを自力でやれと言う事らしい、鍛錬後にやるとなると大変そうだ。
「では、各自で好きなように、魔法を使ってみて下さい」
「「「はい」」」
俺は魔力が減っていくのを確認したくて、目的や向きをひたすら変えて魔力の減りを見たり、距離を伸ばすのに魔力を増やして魔法を使ってみたり、色々試して行く。
ベスやドリーも似たように、色々試しているようだ。
俺たちは、魔力が八割くらい無くなったところで、中止することにした。
その後、テレサさんから鍛錬を受け普段通りに傷ができると、エマ師匠から説明を受ける。
「さて治癒の魔法を使うわけですが、治すことを想像して魔力を魔法に変換して貰うのですが、今回は自分の体に魔法を使う関係上、杖を通さないで治ってしまう場合もあります」
俺は息も絶え絶えの中、なんとか質問する。
「杖要らないんですか?」
「杖を通した方が、杖が補助してくれる分、簡単だったり効率がいいのです。ですが自分から出した魔法を、自分に掛けるのが違和感ある可能性もあります」
そう言えば、杖には魔法を補助してくれる機能が有ったなと思い出す。
「今回は最初で、魔力を使い切っても時間がかかっても、問題ないのでやってみて下さい」
俺は息切れする中、なんとか集中して魔法を使おうとする。
地球の知識から傷が治っていく過程を想像しながら魔法を使うと、杖を通す前に魔法が発動してしまった。
「エドは治ったようですね」
「はい」
テレサさんもドリーへの鍛錬は手加減して教えているので、俺のように息も絶え絶えと言うわけではないが、ドリーは弓などを打つため、指に擦り傷ができているので、それを治そうとしている。
「できた!」
「ドリーも出来ましたか」
「うん!」
最後のベスを見ると、難しい顔をして唸っている。
俺には地球の知識があるし、ドリーには薬師としての知識があるが、ベスにはどちらも無いため難しそうだ。
そんなベスに、エマ師匠が助言する。
「私が、ベスの傷を治している時を想像して下さい」
ベスは助言通りに想像したのか傷が治って行く、その様子を見てエマ師匠がベスに話しかける。
「治りましたね」
「難しいですわ」
「エドとドリーと違って薬師の知識がないですから、感覚を掴むのが難しいのは仕方ありませんね」
「何か方法はありませんの?」
ベスの質問に、エマ師匠は悩んだ様子の後に。
「治癒流派の本格的な勉強用の資料なら有りますが、見てみますか?」
「本格的と言うことは、大変ではありませんの?」
「どこまで深く勉強するかによります。ですが人体の解体書なので、見るだけならすぐ終わるとは思いますよ」
「じ、人体ですの?」
「ベスの反応も分かりますが、治癒流派には必要な知識なのです。昔は拒絶反応もあり、禁書だった過去もあるものですが」
「禁書だった理由は察しますわ」
エマ師匠とベスの会話に出てきた解体書に、俺は興味を持つ。
「エマ師匠、俺は解体書を見てみたいです」
「分かりました、ベスはどうしますか」
「エドが見ると言うのなら、見ますわ」
「では次回に、協会から持ってきます」
「お願いしますわ」
何故かベスは、俺に釣られて見ることになったようだ。
「今日は終わりなので解散しましょう、魔力が残っていても問題ありません」
「「「はい」」」
別れて風呂に入った後に部屋に集まると、俺はエマ師匠に今後の魔法について相談する。
「エマ師匠、今後の魔法についてなんですが、錬金も触ってみたくて」
「確かに、エドとドリーは魔法薬を一度作ってみるべきでしょうね」
「エマ師匠か、エレンさんに教わればいいんですかね?」
「私はそう得意ではないです、エレンはどうです?」
「私も錬金は教えられはしますが、薬師になってる人に教えれるほどではありませんね」
エレンさんも錬金はそこまで得意ではないようで、エマ師匠は悩んだ後に。
「では私が、協会で薬師に教えられそうな人を探しておきましょう」
「エマ師匠、お願いします」
「任せて下さい」
エレンさんが、他の流派を教えると声をかけてくる。
「私は属性流派と自然流派が得意なので、今の訓練が終わったら、基礎だけでも教えようと思っています」
「エレンさんは、二つの流派が得意なんですか」
「リング王国の魔法使いだと珍しいのですが、集団で行う大規模な攻撃魔法が得意なので、攻撃魔法と集団で行う魔法については教えられます」
「あれ、よくありそうな組み合わせなのに珍しいんですか?」
一番攻撃力があるし、参加させられても困るが、戦争などに必要そうに感じるが、違うのだろうか。
「意外と使い所がないんですよ、災害級に相当する魔獣に使うくらいですかね」
「戦争で使わないんですか」
「戦争は大規模魔法はあまり使いませんね、強すぎて効率が悪い場合が多いのです」
「強すぎる?」
「大規模魔法は、城壁を壊すのに使ったりはします。ですが人に対してなら、個人で魔法を使っても十分に威力がありますから」
俺が想像した以上に、大規模魔法は威力がありそうだ。
「ちなみに軍の魔法使いは大規模魔法を訓練していますが、それも魔獣に対しての対策が主ですね」
「軍でも使わないんですか、思った以上に威力がありそうです」
「そうですね。威力がありすぎるので滅多に試せませんし、試すのに山奥に行ったりもしますから」
前にエマ師匠から自然流派は遠出すると言っていたが、試すのも大変そうだ。
「なので普段は大規模魔法を練習する場合は、建築系をお手伝いしていますね」
「なるほど、そうやって大規模魔法を練習するんですか」
「そうです」
今後行くであろうダンジョンで、災害級に出会うかは分からないが、大規模魔法も練習しておいて損はないだろう。
そして、属性流派は攻撃魔法が得意だから覚えておいた方がいいだろう。今後エレンさんから魔法を教わるのは重要そうだ。
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