更に雪山を登る
夕食を用意しながらウェンディゴについて話し合うが、寒さのせいかもしれないと言う仮説以外に答えは出なかった。話をしていると料理が完成する。皆で温かい料理を食べながら、温かい飲み物を飲んで体を温める。
「服が優秀だからそこまで寒さは感じないけど、食べると体が温まるな」
「そうですわね。魔道具も完璧ではありませんから、凍えるような事はありませんが寒いことは寒いですわね」
用意して貰った服はかなり優秀で、山の頂上に近づいてきたと言うのに、普通に行動できている。こんな雪山を移動するにはかなり薄着に見えるが、実際はかなり暖かく、服が凍りつくようなこともない。
「こんな服まで用意してくれたジョーたちのためにも雪山を踏破したいな」
「そうですわね。明日は山頂まで行けそうな距離まで来ましたわ」
「そうだね。そうだ、明日は俺がずっと最後尾にいるよ。リオとドリーには風が強すぎて難しそうだ」
「確かにそうですわね」
七合目に来るもっと前にドリーは限界だったようだし、明日は皆に守られてドリーとリオは飛ぶ事になった。
「すみません」
「リオ、体の大きさはすぐに大きくなるものではないし、今は仕方ないよ。それよりウェンディゴが出たら倒すのは任せるよ。俺も風が強いとウェンディゴを避けれるかは分からないけどさ」
「はい。頑張ります」
あまりにも風が強すぎれば俺もウェンディゴの攻撃を避けれるかは分からない。多少攻撃される覚悟でいるが、攻撃されたことで落ちないように注意しなければならない。
「食事も終わったし、明日に向けて寝ようか」
「今日はエドたちが先に寝ると良いですわ」
「分かった」
ベスの言う通りに俺たち男性組が先に眠る。昨日同様にベスに起こされて起き上がる。
「結構回復したな」
「良かったですわ。次は私たちが寝ますわ」
「見張りをしておくよ」
ベスたちが寝たところで、俺はお湯を沸かしてフレッドとリオに配る。
「感謝致す。温まりますな」
「ありがとうございます。服のおかげで快適ですけど、雪の上ですから冷えますよね」
フレッドとリオの話に同意しながら俺もお湯を飲む。山の麓や一日目に泊まった場所より明らかに寒いのだろう、体が暖かくなってくる。昨日より魔力が回復しなかったのは寒さのせいかもしれない、フレッドとリオにも魔力の回復量を聞くと、やはり昨日よりは少ないようだ。
「やっぱり魔力の回復量が昨日より少なかったのか。もしかして寒かったからかな?」
「かもしれませんな。部屋を温めれば回復量は増えるかもしれませんぞ」
「それなら調理用の魔道具でお湯を沸かしておこうか。調理用の魔道具は貯蔵している魔力をそこまで使わないから余裕があるはず」
「良いですな」
お湯を沸かしているだけなのもどうかと思って、ついでに朝ご飯になる物を煮込んでおく。酸素の魔道具を調整したり、見張りをしながら朝食に食べる肉が柔らかくなるまで煮込んでいく。
「良い匂いですな」
「つまむ? かなり多めに獲物を狩ったから余裕があると思うよ」
「では少しだけ貰えますかな」
俺が少し分けてフレッドに渡すとフレッドは美味しそうに食べている。すでにかなり柔らかくなっているし、とても美味しいとフレッドが言ってくれた。部屋を温めるついでに作った料理にしては上出来だったようだ。
「そろそろですかな?」
「料理が?」
「いや、朝がですぞ」
「ああ。外を全然見て無かったから分からなかったよ」
「外を見ても分かりませんぞ」
フレッドに言われて外を見てみると、確かに雪が降っているせいで朝なのか夜なのか全然分からない。時計を確認すると。フレッドの言う通り確かに朝のようだ。
「フレッドは時計なしでよく分かるな」
「何となくですな」
「俺は時計を見ないと分からないや」
ジョーから、時計を作っておいた方がいいと言われて作っておいて良かった。地球の知識にあるような時計とは構造が違うが、見た目は懐中時計に近く、中身は魔道具になっている。作る時にジョーに聞いた限りは地球の時計のような物もあるが、魔道具の時計の方がリング王国では主流のようだ。
「それでは拙者はアン殿を起こしますぞ」
「それじゃ俺はベスを起こすよ。リオはドリーをお願い」
「分かりました」
俺がベスを起こすと、起きた時の第一声が「美味しそうな匂い」だった。匂いに慣れてしまっていたが、寝起きだと匂いを感じるのだろうか?
「朝食を作ってたから、後で食べよう」
「楽しみにしていますわ」
お湯を沸かして、起きた三人に渡した。魔力量の回復について尋ねると、昨日に近い回復量だと言うので、部屋を温めたのは正解だったようだ。事情を説明するとベスに感謝された。
「ついでに朝食を作ってたんだ」
「それでこの匂いなんですの」
「美味しく出来たと思うから食べようか」
俺は皆に煮込み続けた料理を配る。皆が美味しいと言って食べているのを見て、俺も食べ始める。肉を口の中に入れると、肉が解けていき繊維状になっている。調味料もそこまで多くは入れてないが、とても美味しい。
「美味しいですわ」
「思った以上に美味しいな。偶然煮込むのに肉が合ってたのかな?」
「味は違いますが、屋敷で出る料理に近い気がしますわ」
確かに屋敷でこのように肉が崩れるような料理を食べた記憶がある。野営中に屋敷で食べたような料理を作れるとは思わなかった。美味しいので皆で会話も少なく食べ終わる。
「寝ている時に調理をしておくのは良いですわね」
「次から調理してようか。調理用の魔道具は魔力効率が良いし」
「煮るだけなら私でも魔法薬で練習しましたし、出来ると思いますわ」
ベス以外も同意してくれたので、煮込んで何か料理を作っておく事にした。魔獣の警戒は必要だが暇な事もあって丁度良さそうだ。片付けをして、魔道具の魔力を貯蔵している部品の交換をする。
「ここからは本当に未知の領域だ。無理だと判断したらすぐにでも言って欲しい、引き返して作戦を立て直す」
「一人が倒れれば大変な事になりますわ」
「そうだね。助けられない可能性もある。限界まで我慢しないよう余裕を持って行動しよう」
酸素を供給するマスクをして動作確認を皆でした後に、部屋に酸素を供給していた魔道具の動作を止める。外に出て酸素の濃度が丁度良いか皆に確認をする。
「高度が上がれば上がるほど空気の酸素の量は減る。違和感を感じたら酸素の供給量を増やすんだ」
「ドリーとリオは特に注意した方が良いですわ」
「まだ魔力を貯蔵している部品は余裕があるから、節約を考えないで使っていこう」
外は雪の上に立っていても凄まじい風のため、飛び始めた時に風に飛ばされないように注意をしながら飛び始める。フレッド、ベス、アンでドリーとリオを守りながら進み始める。風や雪が強くなっていき、どちらに進んでいるかが分からなくなってくる。
「進む方向どころか地面との境目も分からなくなってきた」
「私が分かりますわ」
「拙者も分かりますので、安心して欲しいですな」
ベスとフレッドの案内で吹雪の中を進む。吹雪は凄まじい状態になっていき、目の前にいる人が見えなくなってきた。俺は徐々に皆との距離をつめていく。
「一度離れたら大変な事になりそうだ」
「固まって飛びますわ」
俺たちはほぼ一塊になって飛び続けていると、俺の後ろからウェンディゴの気配を感じる。一塊になっているので逃げる訳にもいかないと、俺は無理やり後ろを振り向きながら攻撃をする。ウェンディゴに攻撃が当たったのは見えたが、同時に俺も攻撃された。
「エド!」
意識が途切れそうになったところで、皆に掴まれて落ちるのは回避できたようだ。飛ぶ事を意識してなんとか飛び続ける。薬を取り出さなければと思うが目が回ってうまくいかない、薬を取り出す事を意識すると落ちそうだ。
「エド、早く魔法薬を!」
「目が回って薬を取り出せない」
俺の言葉を聞いたのか、リオが薬を俺に渡してくれた。マスクに隙間を作って魔法薬を一気に複数錠飲む。目がまわるような眩暈から回復するが気持ち悪くなる。慌てて自分自身を魔法で治療をする。
「皆、助かった」
「危なかったですわ」
「この状態じゃウェンディゴを避けれなかったよ」
凄まじい風が吹いており、俺たちは声が届くか届かないかの中で帰るべきか話し合う。降りて歩くという方法もあるが、昨日の雪を考えるとドリーとリオには身長を考えると難しいという話なった。風に流されるように移動しながら話をしていると、フレッドが声をかけてきた。
「エド殿、今一瞬ですが向こう側が見えましたぞ」
「吹雪いている場所を抜けるには早くないか?」
「吹雪いているのが一合分から二合分と考えれば、そこまで距離はないのかもしれませんな」
判断が難しく、フレッドが見えたと言う方向を皆で確認していると、一瞬だが雪が薄れて確かに向こう側が見えた。皆も同様に見えたようで、気のせいではないようだ。どの程度距離があるか分からないが、先に進んでみる事にする。
「ウェンディゴが怖いな」
「魔力を待機しておけませんの?」
「剣を杖代わりにしてやってみるか」
メガロケロスの光るツノを使った剣は腰に下げてあり、剣の柄を握っていなくても杖の代わりとして機能させられる。魔力を待機させたまま進んでいく。雪はそこまで変わらないが風が凄まじく吹いている。
「どんどん風が強くなるな」
「今、なんと言いましたの?」
呟いた言葉をベスが聞こえたようだが、何を言っているかは分からなかったようだ。ベスに顔を近づけて風が強くなってきたと話す。
「確かに進んでいるのか流されているのか分かりませんわ」
「前に進めていると信じよう」
俺たちは今回用意できなかったが、砂漠の時に使ったような方向を示す魔道具を用意した方が良さそうだ。周囲が白すぎてどちらに進んでいるか一切わからない。俺では空と地面との境目も分からないのだが、フレッドやベスは吹雪の中でもしっかりと分かっているようだ。
「引き返して準備をし直すべきだったか?」
「エド、もうすぐ吹雪を抜けますわ」
ベスの声に反応して進んでいる先を見ると、全てが白い空間の中で光が差し込んで光っている場所が見えてきた。どうやらもう少しで吹雪いている場所を抜けるようだ。
「もう少しか」
前に意識が行っていた状態でウェンディゴの存在感が再び後ろからする。後ろを確認する前にウェンディゴに対して魔法を使う。ウェンディゴが落ちていくのが存在感で分かる。
「エド!」
「今回は攻撃される前に倒せた!」
俺は再び魔力を待機状態にしてウェンディゴに対して警戒をする。連続でウェンディゴが襲ってくるような事はなく、徐々に吹雪の向こうに見える光が近づいてくる。
「抜けましたぞ!」
フレッドの叫び声が聞こえたと思ったら、周囲が白い世界ではなくなった。山頂が見えるが、ウェンディゴが見える状態で多数飛んでいるのも見えて、俺は絶句する。
「ウェンディゴがあんなに」
「気づかれる前に移動しますぞ」
吹雪を抜けても雪は無くなっただけで、凄まじい風なのは変わらず風に流されながら俺たちは一塊になって移動する。どこに向かったとしてもウェンディゴは居るようだ。
「洞窟のような穴を見つけましたぞ」
「こんな場所に都合よく穴?」
フレッドが見つけたのは、人が一人通るには十分な大きさの穴で、俺たちはその穴の中に順番に降り立つ。急いで穴の中に避難した事で、ウェンディゴに気付かれなかったようだ。皆安心したのか、杖を片手に洞窟の壁に背中をつけている。
「あんなにウェンディゴが居るとは思わなかったよ」
「拙者も驚きましたぞ」
「しかも透明になってなかった。山頂では透明じゃないのか?」
皆でウェンディゴについて話して、山頂に普段は居るような魔獣なのかもしれないと言う結論になった。透明でないのも山頂から降りる場合は攻撃するために透明になっているのかもしれない。
「私はウェンディゴの数が気になりますの」
「確かにウェンディゴが透明になってない状態だったから、ウェンディゴの存在感が凄くて大量にいるように感じたけど、実際はどの程度いたかは分からないな」
「実はそこまで居ない可能性がありますわ」
穴の中から身を乗り出して空を飛んでいるウェンディゴの数を数えていく。見える範囲を実際に数えてみると、ベスの言う通りそこまで数は居ないようだ。
「やはり数はそこまで居ませんでしたわね。ウェンディゴは動きが遅いですから倒すのも簡単だと思いますわ」
「ベスはよく気づいたな」
「存在感があれだけあれば慌てるのは当然ですが、冷静になってみると違和感がありましたわ」
カクヨムで新作を12/1投稿し始めました。新作の題名は『妖魔の宴 警視庁妖魔局陰陽課』です。12/1の活動報告に新作のリンクを用意しました。
カクヨムでもPNは Ruqu Shimosaka で活動します。読みにきて貰えたら嬉しいです。
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