ドラゴン対サイクロプス
日の出とともに出発するため、早朝とも言えない日が出る前に俺たちは出発の準備を始める。準備ができると、ベスの号令によって動き始める。
「ベス、男爵領に騎士が入る手続きって無いの?」
「援軍要請が来ていますから必要ありませんわ。それに男爵領に入れば、男爵の私兵や魔法使いがいると思いますの。男爵が援軍を求めたのは当家以外にもしているでしょうから、他の貴族がサイクロプスを倒している可能性もありますわ」
「男爵の周りで倒せるような貴族がいるの?」
「いないこともありませんが、一番兵力を持っているのは当家だと思いますわ」
兵士や魔法使いの数は、男爵の周囲の貴族よりメガロケロス辺境伯が多いのだとベスが教えてくれた。男爵領は地理的に言うとリング王国の中心に近く、比較的安全な場所なのだとベスが説明してくれた。
「それでもダンジョンから溢れた魔獣が住んでいる森は点在しているので、戦力はかなり持っていますわ」
「それでもサイクロプスは倒せないのか」
「集団でなければ倒せたかもしれませんが、集団となると普通の男爵では難しいですわ」
男爵にドラゴンやメガロケロスの戦力があれば勝てたかもしれないが、普通はそんな戦力を持ってないもんな。
街道を進んでいくと、クリスさんが近寄ってきて男爵領に入ったと教えてくれる。境目に特に検問のようなものは存在しないようだ。
「境目に何もないんだね」
「リング王国だとこれが普通ですわ」
「川以外でまともな道で領地を超えたの初めてだから知らなかったよ」
「当家だと国境だけ検問をしていますわ。後、人を配置して調べているのは、港くらいですわね」
男爵領を進んでいくと、進行方向から走ってくる馬がいるとベスに報告が来た。俺とベスが乗っているメガロケロスは身長が高いので、それっぽい馬が見える。ベスは目がいいので男爵領の者だと分かったようだ。
「エリザベスお嬢様、よく分かりますね?」
「男爵の紋章が見えますわ。イフリートを倒したことで視力も良くなったようですの」
「そうだったのですか」
「クリス、男爵領の兵士を連れてくるのを任せても?」
「承知しました」
クリスさんが連れてきた男性は、男爵の親戚だと挨拶をして、ベスにサイクロプスの討伐に向かうのかと尋ねてきた。
「そうですわ」
「助かりますが、このドラゴンは?」
「今回の主戦力ですわ」
「戦力…」
ベスがドラゴンを戦力と言ったことで、相手はかなり驚いているように見える。唖然としたように見えた相手は突然興奮し始める。
「こ、これは心強い! これなら確実にサイクロプスを討伐できます!」
「サイクロプスはまだ討伐されていないんですの?」
「はい。憎きサイクロプスはまだ村を潰してそこに居座っております」
サイクロプスにかなりの憎しみを抱いているようで、興奮しているのもあるだろうが、男爵の親戚は目が血走って見える。
「ではドラゴンやメガロケロスに攻撃をしないように、男爵の兵士たちに説明をお願いしたいですわ」
「承知いたしました。共に行動する許可を頂きたい」
「許可しますわ」
一緒にサイクロプスがいる場所まで向かうことになったようだ。移動中に男爵領の被害を聞くと、今サイクロプスがいる村以外で二つの村が破壊されて、住人も多くが犠牲になったと教えてくれた。
「男爵領は辺境伯領より規模が小さく、私の知り合いも犠牲になりました。私はサイクロプスを許せません」
「それは何と言っていいか…」
「メガロケロス領の皆様が気にする必要はありません。それどころか援軍要請に応じて下さった、メガロケロス辺境伯閣下には感謝しかありません」
まだそこまで感謝をされる事をしていないと、不思議に思って聞いてみると、大量の食料でサイクロプスを引き止めたり、監視をしようと提案したのはクリスさんだと言う。
「男爵領の住人には申し訳なかったのですが、それ以外に主力が揃っていない状態では出来ることは限られていました」
「クリスティン様、気にする必要はありません。進行が止まったことで村の住人を逃すことができました」
クリスさんは、出来ることを可能な限りやっていたようだ。メガロケロスを忙しく動き回っているだけあって、かなり有能な人なんだな。
男爵の親戚だという男性から今わかっている事を教わりながら、サイクロプスがいる村へと進んでいく。途中で男爵の兵士で騎乗している者は一緒に行動する事になる。サイクロプスがいる村までたどり着くと、サイクロプスを監視している者たちからベスが状況を聞く。
「サイクロプスはどうなっていますの?」
「サイクロプスは村の中です」
「分かりましたわ」
サイクロプスは全て村の中にいると確認ができたところで、ベスがサイクロプスの討伐を始める。
「騎士たちを展開させますわ。エド、飛びますわよ」
「分かった」
ベスの後ろに俺が乗って、空に飛び上がる。ドリーとリオも俺たちに続いて、一緒に空を飛ぶ。
事前に決めていた事で、俺、ドリー、リオは逃げられそうなサイクロプスを上空から魔法で狙い魔法で足止めする。フレッドは前衛で、アンは弓を使って逃げられないようにする予定だ。
「サイクロプスは村の中央で何かを食べていますわ」
「サイクロプスがまだ村に居て良かったよ」
「周囲を警戒していないようですから、騎士が展開するまで待てますわ」
ベスは事前に決めていた合図を送ると、地上にいる騎士たちから了解の合図が帰ってくる。時間はあるので騎士たちの展開が終わるのを待つ。
「イフリートに比べると確かにサイクロプスは弱そうだな」
「そうですわね。魔力量がかなり違いますわ」
「ドラゴンを見たら逃げるって言った意味も分かるかも」
「そうですわね」
会話をしながら俺とベスはサイクロプスが何体いるかを数えていく。二人で別々に数えて同じ十五体となり、ドリーとリオにも確認して同じく十五体だった。サイクロプスの数は十五体だと確定した。合図を伝え間違えれば大変なことになるので、ドリーがサイクロプスの数を地上に伝えに戻って行った。
「ドラゴンの約二倍か。メガロケロスもいるし、サイクロプスは逃げるかな?」
「ガーちゃんの話からすると、その可能性が高いですわ」
森から出てきたドラゴンの数はガーちゃん含めて七頭で、メガロケロスはもう少し多く九頭だ。メガロケロスに関しては走って満足したのでドラゴンの補助に回ると、ドラゴン経由でフレッドが通訳してくれた。なのでサイクロプスに対する主力はガーちゃんたちドラゴンになる。
サイクロプスを注意してみているが、気づいた様子がない。
「サイクロプスは空を飛んでいる俺たちに気づかないね」
「サイクロプスが私たちに気づくようでしたら、ガーちゃんたちドラゴンに気づいていますわ」
確かにサイクロプスは身長が高いので、ガーちゃんたちに気づいても良さそうだ。だがガーちゃんたちに気づいた様子もなく村の中で寝たり食料を食べたりと、自由に動き回っている。
地上の展開が終わるまで、ベスとサイクロプスが逃げたら追うのが難しそうな場所や、サイクロプスを追い込むのに良さそうな場所を確認していく。
「準備が終わったようですわ」
「それじゃ始める?」
「ええ」
ベスが合図をすると、ドラゴンとメガロケロスたちが動き始めた。土煙を上げながらドラゴンとメガロケロスが走っていく。上から見ていてもドラゴンとメガロケロスは凄い迫力だ。
「凄いな」
「味方で良かったですわ」
「それはそうだね」
ガーちゃんと敵になるという想像を、ドリーとガーちゃんが友達になってから考えた事がなかったが、確かに走っているドラゴンとメガロケロスの前には立ちたくはない。
「サイクロプスが気づいたようですわ」
「逃げ出すかな?」
「向かっていくようでしたら、ダンジョンから溢れた魔獣の可能性が高いのでしたわね」
上からサイクロプスを見ていると、気づいた様子のサイクロプスが、寝ているサイクロプスを叩き起こしている様子が見れる。サイクロプスがどうするか注意してみていると、サイクロプスはガーちゃんたちと反対方向に逃げ始めた。ベスが地上に逃げ始めた事を伝える。するとドラゴンと走っていたメガロケロスが別れて広がり始めた。
「ダンジョンから溢れた魔獣じゃないみたいだ」
「ダンジョンが溢れていないと分かって良かったですが、サイクロプスの足止めをする必要がありますわ」
俺がベスに同意しようと口を開いたところで、イフリートが打ったような光線が一体のサイクロプスの上半身に当たった。光線の当たったサイクロプスの上半身は消えている。
「…何が起きた?」
「ドラゴンが魔法を打ち出したようですわ」
「ガーちゃんたちって、こんな事できたの?」
「知りませんわ」
俺は唖然としながらもサイクロプスを確認する。サイクロプスたちは恐慌状態になったのか、散りじりに逃げ始めた。
逃げ始めたサイクロプスを事前の作戦通りに足止めが始まった。ガーちゃんたちが足止めされているサイクロプスに二回ほど光線を打って、サイクロプスを二体倒した。
「本当にガーちゃんたちは光線を打てるのか」
「意味が分かりませんわ」
意味は分からないが、イフリートの打った光線と似ているかと思ったが、何回かみた事で違うことが分かった。イフリートは炎が元になっていたようだが、ガーちゃんたちは光に近い気がする。
「ドラゴンが魔法を変えたようですわ」
「次は植物なのかな、サイクロプスを巻き上げてるね」
「光線は人に当たらないようにしていてくれたようですが、山や森を削っていましたから、こちらの方がありがたいですわ」
「ガーちゃんが魔法を変えるように止めたのかもね」
実際のところは分からないので、後でガーちゃんに尋ねてみるかな。ドラゴンによるサイクロプスの蹂躙は続く。上空から俺たちが魔法を使うなんて作戦があったが、これは必要がないかもしれない。
「サイクロプスじゃドラゴンには絶対勝てないって言った意味が分かったよ」
「魔力量の差もありましたが、それ以上に力量差があるようですわ」
ドラゴンだけで十分そうなのに、メガロケロスまでいる。メガロケロスは、サイクロプスの足止めを地上の騎士たちと一緒してくれており、サイクロプスは包囲から逃げられないようだ。
「指示する事がありませんわ」
「それはそれで良いんじゃない?」
「そうですわね」
一緒に空を飛んでいたリオとドリーが近づいてきて、リオが話しかけてくる。
「やる事がありませんね」
「リオ、私も最初に指示をしただけで、今は指示する必要もありませんわ」
「そうみたいですね」
ドリーが俺に話しかけてきた。
「にーちゃ、魔法使わない方がいいよね?」
「ドリー、要らないと思うぞ。足止めもメガロケロスが手伝っているようだし、戦うのはドラゴンだけで十分そうだ」
「うん、分かった」
上空から地上を見ていると、ドラゴンによって次から次にサイクロプスは倒されていく。ドラゴンによって最後の一体までサイクロプスは倒されたようだ。立っているサイクロプスは居なくなった。
「終わったね」
「終わりましたわ」
男爵領まで距離があるので移動の方が長いのは当たり前だが、サイクロプスは短時間で倒されてしまった。サイクロプスが起き上がらないか注意しているが、サイクロプスが動く様子もない。
「ベス、地上に降りる?」
「そうですわね」
ベスが地上に降りると、クリスさんが近づいてくる。
「エリザベスお嬢様、サイクロプスの全体の死亡を確認しました。サイクロプスの討伐完了しました」
「クリス。確認、助かりますわ」
「いえ、正直これしかやる事がありませんでしたから」
「私もやる事がありませんでしたわ」
クリスさんがこちらの被害状況についても説明してくた。怪我をした者がいるようだ。
「怪我人についてはドラゴンの攻撃に驚いて転んだ者や、馬が暴れたのを押さえて負傷した者が大半です」
「魔法で治療すれば治りそうですの?」
「はい。完治するかと」
ドラゴンの攻撃に驚いたのは俺も同じだし、騎士や馬が驚いたのは理解できる。というか馬はドラゴンやメガロケロスと並走して男爵領まで来れた時点で、十分馬が優秀なのは理解できる。
「サイクロプスからの攻撃で被害を受けた者は居ませんの?」
「今のところは確認されていません。死者が出たとも聞いていませんので、サイクロプスからの被害は無い可能性が高いようです」
サイクロプスから攻撃をまともに貰えば騎士でも死ぬ可能性が高く、死者が出る可能性を考慮していたが、死者はいなかったようで安堵する。
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