援軍要請
マギーから実際に真珠貝の味見をしてみないかと聞かれ、俺は食べてみたいと伝えると、近くで売っていた物をマギーが買ってきてくれた。俺とベスが貝を食べてみると美味しかった。
「美味しいですね」
「他の貝と比べると人気はありませんが、食べると美味しいですよ」
「この美味しさで、人気がないんですか?」
「真珠を狙って貝を開けてしまうので、早く食べないと痛んでしまいます。それに生かしたまま調理した貝に比べると味が落ちてしまいますね」
なので真珠貝は調理方法がある程度決まっており、他の貝に比べると人気が落ちるのだとマギーが教えてくれた。
「貝は傷みやすそうですから、貝を開けてしまったら早く食べないとダメですね」
「そうなんです。量があれば加工品にされますが、少ない場合は露店で調理されていますね」
マギーと話をしていると、ベスから話しかけられる。
「エド」
「ベス、どうしたの?」
「騎士がこちらに来ますわ」
「騎士?」
ベスが見ている方向を同じように確認すると、確かに騎士が馬に乗ってこちらに向かって来ている。ベスに心当たりがないか尋ねると、騎士が来るような心当たりは無いとベスが答えた。
「だったらなんだろ?」
「私に用事であればこちらに来ますわ」
騎士が到着するのを待っていると、騎士は俺たちの前まできた。騎士は俺たちの前で止まると馬から降りて、ベスに手紙を渡した。俺はベスが手紙を読み終わるのを待つ。
「エド、屋敷に戻りますわ」
「分かった」
騎士が態々ベスに手紙を届けたのだから分かっていたが、どうやら急ぎの用事のようだ。俺はマギーにお礼を伝える。
「マギー、勉強になったよ。今日はありがとう」
「いえ、こちらこそ助かりました。今度は海で船を動かしましょう。船を用意しておきます」
「ああ。楽しみにしてるよ」
マギーと別れて、俺とベスは馬車に乗って屋敷へと戻る。屋敷に戻る途中の馬車で、ベスが分かっている事を教えてくれた。
「近くの領主から援軍要請が来たようですわ」
「援軍?」
「手紙には援軍要請が来た事と、屋敷に戻るようにとしか書いてありませんでしたわ。それ以上は私にも分かりませんが、可能性としては災害級の魔獣が出た可能性が高いと思いますわ」
援軍要請が来るような他国からの侵攻は、事前にある程度予測ができるので、今回のような緊急の援軍要請はほぼ無いとベスが言う。
「もしくはダンジョンが溢れた可能性がありますが、アルバトロスのダンジョンが無事な事を考えると、ダンジョンが溢れた可能性は低そうですわ」
「イフリート一体だけ溢れたって可能性はないのかな?」
「可能性はありますが、どちらにせよ災害級の魔獣であることは変わりありませんわ」
確かにイフリートも災害級の魔獣だ。どちらにせよ可能性が高いのは災害級の魔獣になりそうなのか。
「これは私の予想ですから、お父様に聞くまで分かりませんわ。もしかしたら自然災害かもしれませんわ」
「そういう可能性もあるのか」
屋敷に戻ってくると、レオン様の執務室へと通される。部屋の中にはフレッド、アン、リオ、ドリーと皆揃っている。
「来たか」
「お父様、私たちを揃えるとは余程のことですの?」
「そうだ。隣の男爵領で災害級の魔獣が出たようだ。村を破壊しながら進んでいる。しかも魔獣の進行方向はメガロケロスへと向かっているようだ。男爵領の者が魔獣を振り切って伝えに来てくれた」
災害級の魔獣がメガロケロスに向かって来ているとしたら、進行方向にある村を避難させる必要がある。被害を最小限に抑えるには魔獣を倒すしかないが、災害級の魔獣を倒すことができるのだろうか?
「お父様、私たちを呼んだという事は、私たちに戦えという事ですの?」
「そうだ。軍、ギルド、協会から援軍は用意するが、ベスたちが主戦力となるだろう。災害級の魔獣を倒すには膨大な魔力が必要になる。大規模魔法を扱うのにも元々の魔力量が多い方が制御が安定する」
「確かにアルバトロスで私たちほどの魔力を持った魔法使いは居ませんわ」
俺たち以上に魔力を持った魔法使いはアルバトロスで見たことがない。レオン様とベスの話に俺も同意しようとしたところで、ドリーの呟きが部屋に響いた。
「ガーちゃんは?」
「………」
ドリーの発言によって静寂が起きた。俺は視線をレオン様に向けると、レオン様は固まっていた。
確かに俺たちよりガーちゃんの方が魔力量は多いのだが、正直俺でも思いつかなかった。俺とガーちゃんの付き合いの長さで思いつかないのだから、レオン様だったら思いつかないのも当然だ。
「……ガーちゃん。ドラゴンか」
「思いつきませんでしたわ……」
思いついたところで、ガーちゃんたちが手伝ってくれるかは分からない。ダンジョンについては手伝ってくれると言っていたが、それ以外の事を手伝ってくれるのだろうか?
「だがドラゴンが手を貸してくれるだろうか?」
レオン様も同じ疑問に行き当たったようだ。一度ガーちゃんに相談してみるしかなさそうだ。だがその前に災害級の魔獣が何か知っておきたい。
「レオン様、ガーちゃんに手伝ってくれるか、相談するしかないと思います」
「そうだな。断られたら当初の予定通りにやればいい」
「それと、その前に災害級の魔獣が何か教えて欲しいのですが」
「言ってなかったな。魔獣はサイクロプスだ。しかも集団で動いていると連絡をしてきた」
サイクロプスはイフリートより単体で考えれば弱いが、集団で襲ってくる事でイフリート以上の脅威だとレオン様が教えてくれた。俺はサイクロプスの大きさを尋ねると、個体差があるが五メートルくらいで、人間の三倍以上あるとレオン様に言われる。
「イフリートに比べればサイクロプスは小さいですけれど、かなりの大きさですね。それに、集団だと考えたら倒すのが難しそうです」
「そうなのだ。正確な数までは分かっていないが、十体以上は居たと聞いている。それを騎士の魔法で一気に仕留めるのは難しそうだと考えた。エドたちに数体倒して欲しいのだ」
「分かりました」
レオン様にサイクロプスの弱点を聞くと、単眼なので視野が狭い事と、人型なので急所は人とほぼ同じだとレオン様に教わった。
「弱点は弱点と言って良いかも分からないな。逆にサイクロプスの強さは、人のように魔法が使える事と、力の強さだ。比較的頭も良いようだ」
「かなり強そうですね」
「災害級の魔獣はどれも強いが、サイクロプスは強い上に弱点らしい弱点がないので、倒すのが難しいようだ」
魔力量で倒すしかないのか。数も多いようだし大変な戦いになりそうだ。
「サイクロプスと戦うとなったら、こちらに被害が出ますね」
「そうだな。騎士が前に出ることになるだろうが、どれだけ耐えられるか分からん」
「そうなると、やっぱりガーちゃんに相談してみるべきですか」
「うむ。手を貸してくれるのだろうか?」
「分からないです」
「そうだよな」
ガーちゃんが手伝ってくれるか、予想していても仕方がないので、聞きに行こうと俺が言うと、皆同意してくれた。レオン様が側近に後は任せると言っている、一緒に来るつもりのようだ。
俺たちは馬車に乗ってガーちゃんたちが住んでいる森へと移動する。
「ドリー、ガーちゃんはお願いを聞いてくれると思いますの?」
「聞いてくれると思う」
「ドリーがそう言うなら可能性があるかもしれませんわ」
森に入る前にレオン様が森を警備をしている者たちに、ドラゴンが森から出てくるかもしれないと注意している。確かに急にガーちゃんが出てきたら驚くもんな。
話が終わったレオン様と一緒に森の中に入っていく。
「ガーちゃん!」
いつも通りにドリーがガーちゃんに抱きつく。ドリーがガーちゃんに説明をしているが、正確に伝えたいのでフレッドにも説明をお願いする。
「拙者も驚きなのですが、手伝ってくれるようですぞ」
「手伝ってくれるんだ」
あっさりガーちゃんが手伝ってくれると言うので驚く。一応フレッドに詳しい事情を聞いてみて欲しいとお願いする。フレッドとガーちゃんが会話をしているのを俺たちは眺めている。
「ドリー殿とエド殿が心配なのが一番大きいようですな」
「俺とドリーの心配だったのか」
「それと、ダンジョンが溢れる可能性があるので、手伝う事にするようですな。もしかしたらダンジョンから出てきた魔獣の可能性があると言っていますぞ」
「やっぱり、その可能性もあるのか」
ダンジョンから出てきた魔獣かどうかは、ガーちゃんが確認すればすぐに分かるとフレッドが教えてくれた。
「後はガーちゃんとメガロケロスの個人的な事情だと言っていますな」
「個人的?」
「女性というかメスのドラゴンとメガロケロスが気が立っているようですな」
「え? どう言うこと?」
「メガロケロスは子供がいるのだと思いますが、ドラゴンがどう生まれるのかは知りませんな」
そういう時期なのか。ドラゴンの子供は数回見たことはあるが、メガロケロスは確かにもう少し後に小鹿がいた気がする。そうか子供か…あれ?
「納得しかけたけど、だったら森から離れない方が良いんじゃ?」
「拙者もそう聞いたのですが、暴れた方が気が紛れるようですな。ドラゴンとメガロケロスは人間とは違うのですかな?」
「俺に聞かれても分かんないな」
レオン様やベスに一応聞いてみるが、当然のように分からないと返された。
「それでガーちゃんからお願いがあるようですぞ」
「ガーちゃんから?」
「以前に体を綺麗にしてもらったのが良かったようで、綺麗にして欲しいようですな」
「ターブ村からアルバトロスに移動した時にやってた事か」
あれくらいで手伝って貰えるならやるべきだが、俺がやっていた訳ではないので、レオン様に事情を説明する。
「それぐらいで手伝って貰えるなら騎士に命令しよう」
「お父様、あの時の騎士なら命令なしでも喜んでやりそうですわ」
「そうなのか?」
「騎士が勝手にやっていた事ですわ」
実際ベスの言う通りなので、命令なんてしなくても手伝ってくれそうだ。テレサさんが、メガロケロスやドラゴンの面倒をみた王宮の騎士が、メガロケロスに移りたいと言っていたくらいだし。
旅を思い出していて、思い出したがテレサさんを最近見ていない?
「あれ? 今更だけどテレサさんってどうしてるの?」
「ベス、エドに言っていなかったのか?」
「伝えはしたと思いますの」
「もしかして、こんなに長期間だとは思わなかったと言うことか?」
「かもしれませんわ」
ベスがテレサさんがどうしているか教えてくれた。テレサさんはまだダンジョンで警備をしているらしい。俺たちが見かけなかったのはテレサさんは人員の管理をしているので、実際の警備には出てくることが少ないらしい。
「私もベスの護衛にテレサを戻す予定だったのが、騎士からベスには護衛が要らないのでは? と言う話になったのだ」
「護衛が要らない?」
「不意打ちを喰らったところで、今のベスならば勝てるだろうと騎士たちに言われてな。何というか、騎士基準でもベスは強くなりすぎた」
「確かに今のベスが不意打ち貰うところが想像できませんね」
王女に護衛の騎士が居ないと言うのも体面が悪いので、テレサさんは護衛のままだが、忙しいうちはダンジョンや森で人員の管理をしていてもらう予定だと、レオン様が説明してくれた。
災害級の魔獣が出たのに話を逸らしてしまった。俺はレオン様に謝る。
「気にするな。ガーちゃんたちドラゴンとメガロケロスが手伝ってくれるのなら、サイクロプスの討伐に不安はない」
「では、ドラゴンとメガロケロスの体を綺麗にすることを報酬にお願いするんですか?」
「ああ。フレッドすまないが、伝えてくれるか」
フレッドがガーちゃんに話していると、ドラゴンやメガロケロスの一部が動き始めた。
「まずいですな」
「フレッドどうしたの?」
「メスのドラゴンとメガロケロスが、今すぐにでも森の外に行く気になっておりますぞ」
「ええ?」
というかフレッドと話している間にもドラゴンとメガロケロスが移動を始めた。フレッドとガーちゃんが引き留めているように見えるが、動きは止まる様子がない。
「レオン様、これは諦めて行った方が良さそうな気がします」
「そうだな。魔獣の討伐は最優先、ドラゴンとメガロケロスが人目に付くのは気にしていられないか」
フレッドに森に残るドラゴンやメガロケロスは居るのか尋ねると、オスのドラゴンやメガロケロスが残るとフレッドが教えてくれた。
「ガーちゃんは一緒に行って暴走しないか確認すると言っていますな」
「それは助かるかも。俺たちじゃドラゴンとメガロケロスは止められない」
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