ピーターとの話し合い
初日は伝える暇もなく部屋が決まったので、俺とドリーに関しては同じ部屋にして貰った。同室のドリーにエマ師匠とフィル師匠の結婚を後押しする事を伝えた。
「ドリー頑張ってみる」
「正直何もしなくてもどうにかなりそうだけど」
「少し背中を押すの」
やはり俺よりドリーの方が助言をするのは上手な気がする。ドリーに任せきりには出来ないが、自分なりにやってみよう。ドリーと少し会話した後に俺は寝る事にした。
次の日、起きると朝食に誘われ食事をしていると、エマ師匠とフィル師匠は楽しそうに会話をしている。正直エマ師匠が告白を受け入れないのが不思議なんだが、何か事情があるんだろうか。
「エマ、今日も協会で魔法を教える予定かい?」
「その予定です。エドたちは急ぎアルバトロスへ帰らなければいけませんから。魔法を教え終わらなければ帰れませんから」
「分かった。また魔法を教えるのを聞きに行っても?」
「構いませんが、仕事が忙しいのでは?」
「それが偶にはゆっくりしろと言われていて」
ダンフォースさんのようにアルバトロスで一緒に行動した側近が居そうだし、事情を知ってフィル師匠の自由になる時間を作っているのかも知れない。食事が終わった後に、俺はピーター様の内心を知りたいと話しかける。
「ピーター様、少し話をしたいんですが、お時間を頂けますでしょうか?」
「良いですよ」
ドリーとエマ師匠には協会に行く準備をするようにとお願いして、俺とピーター様は部屋を移動して話を始める。
「エド、以前にも言ったが、ピーター様と呼ばなくていいよ。ピーターでもピートでも好きに呼んで欲しい」
「宜しいのですか?」
「フィリップお父様の養子になってから気軽に友達もできなくて、昔はピートと呼ばれていたんだ。言葉も崩してくれると嬉しい」
「分かりました。ではピートと呼ぶよ」
ピートはフィル師匠の遠縁の子供ではあるが、元々はそこまで爵位が高かった訳ではないと説明してくれた。フィル師匠の養子になったことは光栄だが、友人と距離が離れてしまった事は残念に思っているようだ。
「逆の立場であれば距離ができるのも理解できる。かなり幼い頃の記憶だからそこまで気にしてはいないんだけど、最初は寂しかった記憶があったんだ」
「フィル師匠の養子になってからでも友人はできそうですが」
「実際いるけど相手も立場がある貴族の子息が多いから、エドみたいな人は居ないんだ」
「確かにそうなりそうですね」
ピートは幼い頃とはいえ、立場が急激に変わったことで大変そうだなと考えていると、ピートが質問してくる。
「ところで私を呼んだ理由は?」
「エマ師匠の事について聞きたかったんです」
「それで皆を遠ざけたのか」
ピートは嫌がっている様子はなかったが、フィル師匠の前でもあったし、実際のところは分からないと、一度話を聞いておきたかったのだ。
「フィル師匠が再婚するのは嫌ではありませんか?」
「賛成だ。というか、辺境伯という立場上、フィリップお父様の年齢で再婚しないと本来はダメなのだ。なので、再婚は義務に近いな。それに、メイオラニア辺境伯の一族は人数が減ってしまっているのもある」
義務を無視できるくらいに悲恋が有名ということか。
「貴族としての義務は分かったけど、ピート個人はどうなんです?」
「私は賛成というか、大賛成だな。私もフィリップお父様の物語が好きだからな。エマ様が恋人だったのなら、メイオラニアどころか、ツヴィ王国で反対する人は居ないのではないかな?」
「歌や劇になっているとは聞きましたが、そんなに有名なの?」
「劇になったのは、一年か二年前かな? 元々は歌だけだったんだ。歌もメイオラニアだけで歌われていたし。だから少し前までは、フィリップお父様も王都からは再婚を急かされていた筈だよ」
メイオラニアで歌が流行ったのも随分前だとピートが教えてくれた。フィル師匠が再婚を逃げ回っていたから、何故再婚しないのかと周りが調べた結果歌にたどり着いたんじゃないかと、ピートは予想していると言う。
「そこまで再婚を嫌がるんだし皆調べるよ。フィリップお父様も最初から説明しておけば、ここまで有名にならなかったと思うんだけどな」
「結婚相手だった人の家族も居るし、フィル師匠としては身内の恥だから言い出せなかったんじゃ?」
「フィリップお父様がすぐに再婚しなかったからか、相手側の家族も納得しているようなんだ。身内の恥に関しては、有名すぎて気にしないよ」
俺はピートがエマ師匠をどう思っているか聞けて安心した。最後に一応歌を聞く方法はないか聞いてみる。
「ピート、物語か歌を聞いてみたいんだけど」
「歌は割とどこでも聞けるけどな」
「エマ師匠は聞きたくないと思うんだ。メイオラニアでは固まって動くからエマ師匠抜きは難しいんだ」
「それだと難しいかも知れない。フィリップお父様も自分の歌を聞くのを嫌がるから、屋敷の中では聞けないんだ」
自分が歌になるなんて俺も嫌なので、フィル師匠が嫌がるのは理解できる。その歌を聞こうとする俺も俺なのかも知れないが…
「歌を覚えさせるみたいな話も出てたけど、流石に無理だよね」
「いや、それなら可能だ。フィリップお父様は自分は聞きたくないと、私に歌や劇の仕事を割り振られるので、お金を払う事になると思うが、歌手や劇場を紹介できる」
歌や劇を何故、辺境伯で管理しているのか尋ねると、辺境伯の自伝なので間違いが出てきたら問題になるので、有名な歌手や劇場の内容を確認しているとピートが説明してくれた。
「路上や酒場で歌っているようなのは、悪意ある間違い以外は許される。だが間違っていると、兵士や民衆から間違っていると言われるようだ」
「聞いて間違いを指摘できるくらいに聞き慣れてるのか」
俺は驚きつつも、歌や劇を覚えさせると言っていたアビゲイルさんをピートに紹介して、アビゲイルさんに後の事は任せる事にした。
「エド、うまくやりましたわね」
「歌に関してはおまけのつもりだったんだけど」
ベスにピートと話したのは、フィル師匠とエマ師匠が、結婚することを嫌がらないか聞きたかったと説明すると納得された。
「問題は無さそうでしたの?」
「問題なかったよ。むしろ昨日のエマ師匠が恋人と知った時と同じ反応のままだった」
「なら安心ですわ」
エマ師匠とドリーと合流して協会へと向かうのに馬車に乗ると、今日はフィル師匠も一緒に移動するようで、エマ師匠と一緒に馬車に乗っている。
協会に着くと、早速魔法を教え始める。エマ師匠とフィル師匠の距離が近いので、メイオラニアの魔法使いにエマ師匠が恋人だった事を知られそうで怖い。注意する訳にもいかないので、後でダンフォースさんに相談した方が良いだろう。
「魔法をうまく発動できていると確信を持てる人は居ないようですね」
「今までにない魔法ですから難しいようです」
「アルバトロスでも覚えるのは時間がかかりましたから、じっくりとやるしかありませんね」
魔法の練習に付き合ってくれる病人から了承はまだ得られないようで、魔法を実際に使って治っているかの確認は明日以降になりそうだ。新しい魔法だと言われて不安になるのも分かるので、練習に付き合ってくれる人が現れるのを待つしかないだろう。
「最悪、魔法薬と薬で治せますから心配する必要はないんですが」
「魔法薬ですか?」
「ええ。メイオラニアにも持ってきてると聞いていますが」
自己免疫が攻撃することで発症する病気全般に使えると分かった、ルーシー様に使った薬について説明する。
「それは大変珍しい薬では?」
「はい。ですがアルバトロスではある程度の数を用意できるので、持ち込んでいると思います」
ドリーの薬作りの講習で出来た薬の一部を、メイオラニアに送るという話は出ていた気がするが、実際のところはどうなっているか詳しくは聞いていない。なのでベスに確認する。
「メイオラニア辺境伯宛の贈り物として渡していますわ」
「そんな珍しい物が入っていたのですか?」
「エマが言った通り、アルバトロスではある程度数が用意できますから、問題ありませんわ」
「それは凄いですね」
何故作れるかの事情は説明できないとベスが言うと、フィル師匠は尋ねる事はなかった。フィル師匠は貴重な物を送られて気づかなかった事をベスに謝るが、ベスは気にする必要はないと言う。
「アルバトロスでは今は有名ですが、元々は知っている人の方が少なかったですから、メイオラニアでも同じだと思いますわ」
「薬師でもないと詳しくは知りませんか」
「ええ。それに薬師でも魔法薬があるとは思いませんわ。アルバトロスで最近できた物ですわ」
メイオラニアの魔法使いたちが魔法薬の話を聞きたそうにしているので、ベスが俺とドリーに説明するようにと言う。俺とドリーは説明だけになるがと前置きして、作り方を説明した。
一日中魔法の話をしたところで、俺たちは解放された。協会を出る前にダンフォースさんと話をして、エマ師匠とフィル師匠の事を協会の魔法使いに注意して貰う事をお願いした。
屋敷に戻るとレーヴェから連絡があり、出航までは最低でも一週間はかかるとの事だった。それと追加の船員が送られてきて、アビゲイルさんが対応していた。あれは歌や劇が得意な船員なのだろうか。
次の日も同じように協会で魔法を教えていると、病人が魔法の練習に付き合うと言ってくれたようで、場所を移動し始める。
馬車で移動している時に道順を覚えていると、俺は違和感を覚える。
「この方向は…」
「エド、どうしましたの?」
「これ、フィル師匠とダンフォースさんに近づいたらダメだって言われた場所だ」
「よく気づきましたわね。私は分かりませんでしたわ」
「なるべく道を覚えるようにしていたんだ」
逃げるにしても道順を覚えなければ逃げようがないので、今いる場所を覚えるように意識していたのが、危険な場所にいる事を認識できたようだ。ベスが護衛についている者たちに警戒するようにと伝える。
「これだけ魔法使いが居るのですから襲われても問題はありませんが、戦った場合が問題ですわ」
「俺は魔法を使わないようにするよ。使っても魔法格闘術にしよう」
「そうですわね。普通に魔法を使ったら建物を壊しそうですわ」
魔力の調整はできてきているが、魔法を使えば貧民街の時のように周囲の建物を壊してしまいそうだ。相手が魔法使いでないのなら、魔法格闘術で取り押さえた方が被害は少なくなるだろう。
病人の居る家へと到着したところで、俺とベスは馬車を降りてリオとドリーの元に行く。俺たちは別れて馬車に乗っていたので皆に注意を呼びかけて、使うなら魔法格闘術を使うようにと話した。一緒に聞いていたフィル師匠が話しかけてくる。
「エド、よく危険な地域だと分かりましたね」
「フィル師匠。説明されたのを覚えていただけです」
「あの説明だけで、そこまで理解できるのですか」
フィル師匠の説明に俺は地図を覚えただけだと言うと、メイオラニアは大きい都市なので一度見たくらいで覚えられないと言われる。転生者としての記憶力の良さが関係あるかもしれないと、フィル師匠に伝える。
「転生者とは凄いですね」
「もしかしたら、地図や地形はダンジョンでも覚える必要があるので、管理者が記憶力をよくしているのかも知れません」
「ありそうですね」
俺はドリーにも危険な地域だと分かるか聞いてみると、ドリーも分かると言うので、管理者が記憶力を上げている可能性が高くなった気がする。
ダンフォースさんが近づいてきて、危険な地域ではあるが、病人が居る家はメイオラニアでも有数の豪商が持つ家なので、家の中は安全だと保証してくれる。
「ここも店ではありますが、倉庫のように使われているようです。本店はフィリップ様の屋敷の近くにあり、こちらは商人の孫が家にしているようですね」
「商人のお孫さんが病気なんですか?」
「いえ。孫の更に子供なので、ひ孫に当たりますか」
俺たちは家の人に案内されて病人が居る部屋へと向かうが、流石に皆入れるほど広い部屋ではないので、エマ師匠に説明を任せて俺たちは部屋の外で待つことにした。
別室に案内してくれると言うので、俺はアルバトロスに帰る前に、お土産を買えないかと考え、もし良かったら店の物を見せてもらえないかと交渉する。倉庫なのでそこまで良い物が無いと言われながらも、見て回る事を許可してくれ、しかも店の人を付けてくれたので、倉庫の中を見て回る。
倉庫にはそこまで高価な物はないがアルバトロスでは見かけない物もあって、見かけない物を中心にお土産を選んでいく。
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