養子になる理由
エマ師匠とドリーが居なくなると、ベスが周囲を見回した後にリオに話しかけた。
「エドが養子と言わなければ思いつきませんでした。リオ、ドリーについては上手くやれたと思いますわ。メイオラニア辺境伯には悪いですが盾になって貰いますわ」
「僕のためだったんですか。その、ありがとうございます」
「余計なお世話だったかもしれませんが、私から応援できるのはこのくらいですわ。」
俺とベスの結婚については可能だろうと言われていたので、何故そこまで養子にしたかったのかと不思議ではあった。ベスの話からリオのためにやった事のようだと分かった。ドリーがフィル師匠の養子となれば、リオと結婚しても違和感のない地位になりそうだ。
「リオとドリーにはまだ時間がありますから、将来はゆっくりと考えれば良いですわ。私はリオにもドリーにも、後悔をして欲しくないだけですの」
「はい。後悔しないように頑張ってみます」
「リオ、その調子ですわ」
ドリー次第なところもあるが、ドリーとリオは仲良くしているし可能性はありそうだ。
「ベス、フィル師匠に秘密にして良いの?」
「伝えれば話が振り出しに戻るのは分かりきっていましたわ。実際にドリーとガーちゃんの事がツヴィ王国で知り渡れば問題になりますから、お見合い話を断るにもアルバトロスから断ると連絡するだけでも大変ですわ」
「さっき話した内容も実際に役に立つのか」
「そうですわ。リオとの関係は決まったものではないですし、知らない方が良いこともありますわ」
確かにエマ師匠とフィル師匠の関係を知っていなければ、ピーターからの話でエマ師匠に顔を向けなかったので、知らない方が良かった。ベスの話に納得すると同時に、俺はエマ師匠に顔を向けてしまった事を思い出して反省する。
「知らない方が良いことで思い出したけど、後でエマ師匠に謝らないと」
「エドらしくない失敗でしたが、結果的には話が進んで良かったと思いますわ」
「結果的には良かったのかもしれないけど、エマ師匠には謝らないと」
「後で謝っておくと良いですわ」
ベスには再び失敗だったかもしれないが、時間がない中で話が進んで良かったと言い。アビゲイルさんもベスに同意した。
「フィリップ様は悲恋の噂を嫌がるのではなく、恥ずかしがっていました。エマも同様に見えましたので、時間さえあれば二人は結婚すると考えて良いでしょう」
「確かに二人とも嫌がってはいませんでしたね」
「ええ。そうなると時間が問題となります。ですが、今回は用事が済めば帰還してしまいます」
「時間をどれだけ用意できるかが問題なのですね」
「はい」
今回は事前に情報が少ないのもあって、二人がどうしたいかも事前に分からなかったとアビゲイルさんは言う。
「情報は欲しいですが、メイオラニアの治安が問題です。フィリップ様に注意されない程度に船員に情報を集めて貰うべきかもしれません」
「そうですわね。レーヴェに連絡をしておきましょう」
昼食を食べている間に船から船員が何人か来ていたようで、ベスがレーヴェに連絡をしたいと言うと、船員がベスの書いた手紙を持って船に戻るようだ。
「これで情報が集まりますわ」
ベスが手紙を書き終わって船員に手紙を手渡した。船員が出て行ったところで、エマ師匠とドリーが丁度戻って来たので、俺たちは協会へと向かうことに。
フィル師匠が用意してくれた馬車に乗って移動する。馬車の中で俺はエマ師匠に先ほどの失敗を謝ると、エマ師匠は俺の失敗を許してくれた。
「此処がメイオラニアの協会なのか。アルバトロスの協会とは形が違うね」
「ツヴィ王国はリング王国とは魔法が違うので形も違うのでしょう」
「確かに必要な設備も違うか」
協会内に入ると、受付の人に協会を訪ねた理由をエマ師匠が話すと、すぐに部屋へと案内された。
「病気を治すのが得意な魔法使いには事前に話をしてあります。すぐに呼びますので少々お待ちください」
「はい。ところでこの場で魔法を教える事になりますか?」
「その予定ですが、問題がありますか?」
「いえ。準備をしておこうと思っただけです」
「部屋の備品は好きに使って頂いて問題ありません。魔法使いに声をかけて来ますので少し席をはずします」
そう言うと、メイオラニアの魔法使いは部屋を出て行った。準備をして待っていると徐々に魔法使いが集まってくる。全員集まったと言われたので、エマ師匠が自己紹介をした後に魔法について説明を始めた。
エマ師匠の説明が終わったところで、メイオラニアの協会長ダンフォースだと名乗った人がエマ師匠に話しかけている。
「面白い理論です。実際に魔法が成功しているのですし、実際に理論は合っている可能性が高い。問題はツヴィ王国の魔法使いが同じ魔法を使えるか、と言う事ですな」
「そうです。そのために私はリング王国からやって来ました」
「分かりました。魔法に挑戦してみましょう」
ダンフォースさんがエマ師匠の魔法を認めたところで、魔法を覚える練習が始まった。アルバトロスの協会でも覚えるのが大変で、魔法を使えるようになるのは治療を得意としている人でも、一週間近く掛かっていた。
「魔法が成功しているか分からないのがもどかしいです」
「治療をするのが効果が出ているか分かりやすいのですが、魔法で治療しても病気が再発してしまうような患者は居ませんか?」
「メイオラニアでも何人かそのような病気の者が居ます」
魔法を使って練習台になる許可を相手に取らないとダメなので、今日のところは理論を覚えて実践は今度にする事になった。
エマ師匠は更に出来る限り理論を詳しく説明していく。俺やドリーがエマ師匠を補助して、分からない人に補足をしていく。早い人でも一週間近くかかると伝えてはあるが、皆必死になって覚えようとしている。
「すごい集中力ですね」
「此処まで新しい理論は初めてですから面白いのです。あなたも理論を説明できるのだから、覚える時は楽しかったのではないのですか?」
「えっと…」
俺がダンフォースさんへの返事に困っていると、エマ師匠がこの理論を考えたのは俺だと伝えると、驚かれた。俺は魔法を作り出したのはエマ師匠だと補足する。それでも理論を考えたのが俺な事を不思議に思われたので、俺が転生者である事を説明するとダンフォースさんは納得したが、不思議な転生者だと言われてしまった。
「やはりツヴィ王国でも俺は珍しい転生者なんですね」
「メイオラニアで転生者は見かけた事がないので伝え聞いた話ですが、基本的にダンジョンに篭り切りになると聞いていますよ」
やはりツヴィ王国でも転生者は同じような存在のようだ。
理論を詳しく知ろうとするツヴィ王国の魔法使いに質問されていて気づいたが、フレッドのような話し方をする人が殆どのようだ。フィル師匠、ピーター、ダンフォースさんは、リング王国の話し方と同じで不思議に思って聞いてみると、メイオラニアはリング王国からの客人が多いので、話し方を覚えている人が多いとのことだった。
「話が通じない訳ではないですし、リング王国からの客人も気にしません。ですがメガロケロス辺境伯との付き合いが多い、メイオラニア辺境伯の一族はリング王国式の話し方ができますね」
「ダンフォースさんもメイオラニア辺境伯の一族なんですか?」
「そうです。先先代辺境伯の兄弟の家系なのでかなり遠いのですが、今代の辺境伯に兄弟がいない事と、先代が急死された事で遠縁に当たる私も辺境伯の力になれるようにと、協会長をしております」
ダンフォースさんは元々フィル師匠の側近として仕事をしていたと説明してくれた。そう説明してくれたと同時にエマ師匠を見た。俺はダンフォースさんがフィル師匠と一緒にメガロケロスに来ていた人なのだと察した。
この場で事情を聞くのはエマ師匠がフィル師匠の恋人だった事が露見してしまうと、何事もなかったようにダンフォースさんと会話を続けた。
「今日はこのくらいに致しましょう。魔法が有効だと考えられる病人に、治療がうまく行っているかどうかの、魔法の練習を手伝って頂ける人を探しておきます」
「よろしくお願いします」
「せっかくですからお茶でもどうでしょうか?」
ダンフォースさんの誘いをエマ師匠は受けて、俺たちも一緒にお茶をご馳走になる事になった。メイオラニアの魔法使いが居ない部屋へと案内されると、ダンフォースさんは、エマ師匠に話しかけた。
「エマさん、お久しぶりです」
「ダンお久しぶりです。協会長になってるとは思いませんでした」
「色々とありました。本当に色々と」
「フィルから話は聞きましたが大変だったようですね」
「はい」
フィル師匠が話さなかった事情をメイオラニアの協会長は話してくれた。先先代辺境伯が先代辺境伯の妻にリング王国以外の貴族を選んだ事で、先代辺境伯は常識の違いに苦しみ、子供もフィル師匠一人しか生まれなかった事を話してくれた。
「そもそも先代辺境伯の妻になった方は、偶然魔法使いとして生まれただけなのです。しかもその国では、子供を一人産んだら後は側室に子供を産ませるのが一般的だったようです」
「リング王国もツヴィ王国も側室を持つ事は普通ではありませんね」
「そうです。よほどの事情がない限りは側室を持ちません。その時点で関係が破綻しかけているのですが、貴族が離婚することは普通ではありませんから、婚姻関係を続けるしかありませんでした」
先代辺境伯の妻は常識を変える事を嫌い、ツヴィ王国の常識を受け入れなかった結果、フィル師匠はリング王国と同じ魔法を使うようになってしまったと説明してくれた。
「どちらの魔法を使おうとも関係はないのですが、フィリップ様が選んで魔法を覚えたならまだしも、気づいた時には魔法を使い始めていたことで、先代辺境伯と、その妻の関係は破綻しました」
フィル師匠は先にリング王国の魔法を覚えてしまい、普通は両方の魔法を覚えられないので、フィル師匠はツヴィ王国の魔法を諦めるしかなかったのか。
「関係が破綻しても離婚は普通ではありませんから、別々に暮らすようになりました。諦めに近い形で、先代辺境伯とフィリップ様は近づかないようにしていたのです。ですが、フィリップ様の結婚の話が出た時に問題が起きました」
「それについては聞いています。私が爵位を持っていないのが問題だったようですね」
「はい。しかもエマさんの命を狙っているという話が出て来てしまい、連絡すれば身の危険があるとなってしまい連絡ができませんでした」
フィル師匠はエマ師匠を諦めて結婚したが結婚後に相手が亡くなってしまい、再び結婚の話が再熱してしまい、困ったところで悲恋の話をダンフォースさんたちが流したと言う。
「エマさん、色々と申し訳ありませんでした」
「フィルとの悲恋は流石に気にしないとは言えませんが、必要だったからやった事ですから理解はしています」
「理解して頂けるだけで十分です」
エマ師匠はフィル師匠から王都でも有名な話だと聞いたと、ダンフォースさんに言うと、実は歌や劇になっていると話してくれた。
「……歌や劇」
「はい…」
噂を作って流した人に才能があったのか、随分といい話になっており民衆受けが良すぎたと説明された。
「フィリップ様と結婚する気があるのならば民衆は喜ぶでしょうが、そうでないのならエマさんがフィリップ様の恋人であったことは、秘密にしておいた方が良いです」
「屋敷の昼食で知られてしまったのですが…」
「不味いかもしれませんね。本当に有名ですからメイドの噂話が広まる可能性があります」
屋敷のメイドは口が硬いが、メイオラニアで大変有名な話だからメイドさんも話を漏らしてしまうかもと、心配そうな様子でダンフォースさんは話している。
エマ師匠が更にフィル師匠から告白されたと協会長に説明すると、協会長は喜ぶが、同時に不味いことになるかもしれないと注意してくれる。
「フィルも恥ずかしがっていないで、しっかりと説明してくれれば良かったのに…」
「フィリップ様は自分の話が大きくなりすぎて、随分と恥ずかしがっています」
「私も流石に恥ずかしいです」
ダンフォースさんは、再びエマ師匠に謝っている。
確かにこれは恥ずかしいだろう。自分の話が歌や劇になっているのだ。しかも人気だと言うのだから、フィル師匠が頭を抱えていたのが理解できる。
エマ師匠との話が終わったところで、アビゲイルさんがメイオラニアで動くのに情報が欲しいと、メイオラニアの協会長に交渉して情報を聞き出している。
特に意味はありませんが、このお話で100話目になるようです。100話で54万文字と1話5000文字なので4万文字ほど多いようです。
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