四
相手の居なくなった桜陽は、ミサトとともに十四番の様子を伺う。けれどまったく心配などしていない。なぜなら十四番は桜陽と同程度の力を持っているからだ。この程度の相手では、大した脅威にはならないだろう。たとえ相手が八人でもだ。
十四番はいつの間にか海を背にして、半円形に囲まれいていた。円形に囲まれるより有利ではある。そして十四番は、どこからともなく取りだした杖をふる。魔法の杖は桜陽にとっても憧れのアイテムである。
足元に魔法陣が形成され、十四番の衣装が魔法少女のそれに変化した。
皇国の魔法少女が現れた。
桜陽とは違う系統の魔法少女だ。
彼女は小さく白いウサギを従えている。いわいる妖精というやつだろう。あれが力を貸す形で十四番は魔法少女に変身できる。変身後の桜陽と同程度の力である。
変身した十四番は、いくつか魔法を無詠唱で発動させて襲撃者を牽制するが、流石にその程度でひるむ相手ではなかった。何人かは銃火器を所有していたため、十四番も防御のためにシールド魔法を展開して対抗している。そのせいで有効な反撃は出来ていないようだった。
「お嬢様、お客様をお助けしなくてもよろしいのですか」
ミサトが心配そうに訪ねてくる。一見劣勢に見えるからだろう。
「あなたは、何を言っているの」
桜陽には、ミサトの言葉が理解できなかった。
確かに屈強な男八人に囲まれている女子中学生は救済に値するだろう。だが、その囲まれた少女は明らかに魔法少女の服装を着ている。コスプレではない。本物だ。
「ですが」
「あれは魔法少女なのよ」
メイドであるミサトならば、魔法少女がどういう存在か理解しているはずである。メイドの宿敵とも言えるそれは、普通ではないのだ。
簡単な攻撃魔法を連発して対処しているが、十四番の魔法の本質は、そんなチンケなものではない。
「この世界を治めし神よ、御身に我が魂を捧げん。我が魂に共鳴し、かの者をこの地に具現化したまえ」
シールド魔法を展開したまま、十四番は少し長めの呪文を唱える。目の前に大きな魔法陣が出現し、光りだした。
「いでよ、堕天使」
十四番が最も得意としているは召喚魔法だ。桜陽と同じ始まりの魔法少女であっても召喚魔法を使える者は居なかった。そして十四番が召喚するのは『堕天使』である。
魔法陣から黒い塊が飛び出して、空高く舞い上がったかとおもうと、空中で一回転してから、十四番の目の前に着地した。
身長は二メートルくらいで三等身。大きなスカイブルーのツインテールの根本には四角い髪飾り。白を貴重としたノースリープのシャツに、ミニスカート。両腕にはシルバーのアームカバーをつけていた。一番の特徴は顔である。世界で一番下膨れていた。
魔法陣から飛び出したそれは、腰を低くして相手を威嚇する。
それから武器を具現化した。
木製のバットだ。
それにはたくさん釘が打ち付けてあった。
堕天使はそのバットを振り回す。一振りで五人の男が息を引き取り、残りの三人はとっさに距離を置く事しかできなかった。効果は抜群だ。
「なんですかあれは」
ミサトが顔をしかめる。
「あれこそが、十四番の、皇国の魔法少女の本領よ。あれ程の召喚魔法が使えるのは、世界中であの娘だけ、素晴らしいわよね」
桜陽も見るのは始めてだ。けれど噂以上のヤバさである。本気で敵対していなくてよかったと胸をなでおろした。桜陽ではあれには勝てない。
生き残った三人は撤収を選択する。賢い判断だった。あの堕天使を倒すには、槍や鉄砲程度では無理である。それこそミサイルか核爆弾でも持ってこないと相手にならない。
そのことを、彼らはすぐに理解したらしい。
けれど、十四番がそれを許すはずなどない。彼女は見た目の可愛さ以上に無慈悲で冷酷だと知っている。
「古より、この世界を守りし北限の神よ、御身に我が魂を捧げん。我が唱と混じりて顕現し、すべてを凍てつかせよ。ダイアモンドダスト」
背中を向けて走り出した男たちは、一瞬で氷の塊と化した。十四番の魔法である。通常は無詠唱で繰り出せるが、詠唱により強力な魔法を発動できる。それも桜陽たちとは異なるスキルだった。十四番が得意なのは、雪や氷の魔法である。
堕天使が、凍りついた三人の男をバットで砕き散らした。その後ゆっくりと十四番に向き直ると、満足げにうなずいてサラサラと消えていった。
それを見届けてから十四番は変身を解き、何事もなかったように微笑んだ。
その笑顔は無性に可愛かった。
地面にはスプラッタ状態の遺体が五つ、半分に切られたものが一つ、首のないのが一つ、凍ったまま粉々になったものが三つ転がっていた。
それをバックに微笑む十四番は、とても恐ろしく見えた。
召喚したのは 雪ミクダヨーです。