三
気づいたら桜陽たち三人は、十人の屈強な男に囲まれていた。彼らは完全な敵意と強い殺気を放っている。どの男も普通の人間ではなかった。桜陽が言うのなんだけれど、人間とは言えないような巨大な力を感じた。帝国が誇る改造人間だとすぐにわかった。
そのうちの一人がゆっくりと桜陽に向かって歩いてくる。十人の中では一番背が高く細身であるが、油断のない動きで、その強さを感じさせた。多分この中ではリーダー的な存在だろう。輝くような金髪は、帝国民では代表的な特徴だった。白い肌と引き込まれるような青い瞳。スッキリとした美しい顔立ちの男で、桜陽はその容姿にどことない懐かしさを感じた。
「はじめまして、あなたがエースですね」
男はやや離れた位置で立ち止まるとそう言った。
「その名前は好きじゃないのですけれど」
桜陽もそれに答え、それから周りの様子を伺った。
かなりの巨漢が一人、ミサトと対峙していた。残りの八人は十四番を囲んでいる。桜陽とミサトについては足止めで、本命は十四番だろう。桜陽にしてみれば十四番がどうなろうか知ったことはない。それに、多分この程度の人数で十四番を倒すのは、最初から無理だとわかっていた。
「そうですか? では東条玲香さんとお呼びしましょうか」
その名前を聞いて思い出した。この男の正体に。
「マイク・ランド?」
桜陽は、東条玲香と言う名前で空手の選手として活躍していた。男女混合無差別級の世界大会の決勝で対戦したのが、マイクだった。
「それは曽祖父の名前ですね。もうずいぶん前に死にましたよ」
魔法少女は一般人と違う時間軸を生きていることを少しばかり忘れていた。桜陽が魔法少女になったのはずいぶんと前のことである。
「そうか、彼は死んだのか」
目の前の男はマイクの子孫だ。どおりで似ているはずだった。
「では行きます」
男は空手の構えをした。別にこの男に付き合う必要も義理もない。けれど桜陽は何故だか昔のように戦ってみたかった。普通に拳を交えてみたかった。
「仕方ありません。お付き合いしましょう」
桜陽も同じく構えた。
先制してきた男の攻撃を軽くかわす。桜陽の身体能力は、当時より上がっている。だから余裕かと思ったけれど、男は桜陽の動きに着いてきている。いや、桜陽と互角とも言えた。さすが改造人間である。帝国の秘密兵器である。
「こうやって戦うのは久しぶりですけど、やっぱり楽しいですね」
桜陽は余裕だった。なぜならまだ奥の手があるからだ。
魔法という奥の手があるからだ。
けれど久しぶりの拳だけの戦いは楽しかった。終わらすのは簡単だったけれど、もうしばらく続けていてもいいかと思った。ただ、男には少し焦りが見えてきていた。足止めであれば焦る必要もないだろうに。
けれど、楽しい時間は唐突に終わりを告げる。
眼の前で、男の頭が突然とんだ。
そして体が崩れ落ちる。
男の後ろに居たのはミサトだった。日本刀を振り抜いたミサトだった。ミサトの相手は、きれいに二つに割れていた。
「あまり遊んでおられても困るのですが、お嬢様」
ミサトは、少し怒っていた。