表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

 翌日、入国管理局の審査官である若井が指定した時間に合わせて、戸田桜陽は松風ミサトを連れて漁港の桟橋へと向かった。家からは徒歩で十分もかからない距離である。若井はすでに到着していて、部下と思われる若い女性と入国審査の準備を終えていた。


 沖には軍艦が一隻停泊していた。その軍艦の艦橋には、カラフ王国の南に位置する皇国の国旗が掲げられていた。本来ならこの時点で、入国管理局どころか王室直轄のメイドが対応してもいい案件だとおもう。どうして桜陽が対応することになったのか、わからないでもない。だけど納得はできなかった。


 軍艦から降ろされた小型船が、桜陽たちの待つ港に向かって移動を始めた。

 その船首には少女が立っていた。


 やや白味がかった青いツインテールは足元まで伸びていて、白と青紫色のつば広の帽子を深々とかぶっている。服装はノースリーブの白いワンピースで、胸には黄色いネクタイという、ちょっと変わったデザインだった。外見だけ見れば十四歳位の美少女である。

 小型船が着くと同時に、その少女は、軽やかに桟橋へ飛び移った。そのたち振る舞いもなかなかの美少女っぷりである。彼女は若井たちの簡単な入国手続きを済ませると、まっすぐ桜陽のもとまでやってきた。


「やあ、久しぶりだね。エース」


 魔法少女である桜陽にはエースというコードネームが付いている。始まりの十三人の魔法少女の中で最強を意味し、一番を意味する魔法少女につけられる愛称である。引退した今となってはそう呼ばれることはほとんどない。だからとても久しぶりで、そしてとても不快だった。その呼び名は好きではないからだ。嫌な思い出しかない。


「そうね。できれば一生会いたくなかったわ。十四番」


 桜陽の目の前にいる美少女は、皇国の要人だ。ただし、十四番というコードネームしか桜陽は知らなかった。そもそも十四番の本名など、世界中探しても知っている人など居ないだろう。彼女はそういう存在なのだ。もちろん十四番も桜陽の名前を知っているのかは微妙だった。別に隠しているわけではないけれど、きっと興味もないだろう。それはお互い様で、その程度の付き合いである。


「忙しいところ悪いわね。今日は観光に来たのよ。どこかいいところ無いかしら」

「生憎と、ここには何も無いですよ。事前に調べて無いのですか」

「いやぁ忙しくてさ。仕方ないね、とりあえずあなたの家に行くとしますか」


 桜陽はとっさに若井を探した。できればこの少女の相手はしたくなかった。なんとか彼らに押し付けたかった。けれど若井達はさっさと荷物をまとめて、すでに撤収を完了していた。もはや桜陽が相手をするしか無いらしい。後ろで控えているミサトに視線を送ると微笑を返された。つまり女王陛下もご存知ということだ。王家のメイドが対応しないのはそういうことかと納得した。正直、はめられた感が半端なかった。


「わかったわ」


 仕方ないので十四番を連れて家へと向かう。面倒くさい対応はミサトがしてくれるだろう。桜陽はこの美少女のご機嫌取りをしていればいい。

 そう覚悟を決め、家に向かって歩き始めた直後、行政無線から警報が鳴り響いた。

 メイドのミサトも何やら連絡を受けているようである。


「どうしたの?」


 通話を終えたミサトに、桜陽が問いかける。


「太平洋上に展開する帝国の潜水艦からICBMが発射されたようです」


 物騒なことだ。戦争でも始めるつもりなのだろうか。

 東の帝国は昔からカラフ王国と対立していた。もともとこの国を占領し、傀儡国家として西の共和国に対する前線基地にするつもりだった帝国は、カラフ王国の独立時に戦乙女に大敗を期してから、直接的な攻撃はしてこなかった。小競り合いは時折あったけれど、ICBMを撃つなど前代未聞だ。

 一体どこを攻撃するつもりなのだろう。


「目標はこの漁港のようです」


 冷静にミサトがそう報告する。さすがメイドだ、どんなときでも慌てたりしない。


「こんな田舎に何があるっていうのかしらねぇ」


 そんな疑問を口にした桜陽は、不意に十四番と目が合った。その瞬間に理解した。


「そうですか、あなたでしたか」


 ICBMの目標は明らかに沖に停泊している軍艦だろう。いや、本当は眼の前にいる美少女が目標だ。標準をミスったか。町ごと消す気なのかはわからない。


「帝国と皇国はマブダチだと聞いていましたけれど?」


 両国は安全保障条約を締結している。対外的には仲良くしているはずである。


「実は、結構邪魔者扱いされているのよ」


 十四番は皇国の兵器である。そしてその中でもつば抜けて戦闘力が高かった。それは帝国にとっても脅威なのだ。国を離れたこの機会に抹消してしまおうという算段に違いない。それに皇国も便乗したのだろう。十四番は国内にも敵が多いらしい。


「皇国も一枚岩ではないと?」


 兵器が裏切ったら国が危うい。それは、桜陽も過去に体験したことだった。


「ま、そゆことかな」


 十四番は、小さく舌を出して首を傾げる。

 超可愛かった。


「で、どうするのですか」


 照れ隠しがてら、桜陽はミサトにそう問いかける。こういうときの判断は彼女に任せよう。そのためのメイドなのだから。そのための女王陛下とのパイプなのだから。


「問題ありません」


 自信を持ってミサトが答える。

 遠くの空にミサイル見えてきた。軍艦に着弾するのは時間の問題だ。けれどミサトが問題ないと言うなら問題はないのである。メイドの言葉は絶対だ。世界はそういうふうにできている。

 だから桜陽はそのまま待った。十四番と一緒に空を見ていた。

 ミサイルが停戦ラインを超えた瞬間、宇宙から二条の細い光が降ってきて、ミサイルの制御部と燃料部に寸分の狂いもなく直撃した。ミサイルは失速し、そのまま海のもくづと消えていった。


「流石だね」


 十四番が感心してつぶやいた。

 それは国防を担う戦乙女のまとめ役である伊集院蘭が操る衛星兵器『キュベレイ』からの放たれた光だった。この衛星兵器のおかげで帝国はこの国を攻めあぐねていると言っていい。ミサトの言う通り名の問題もまなかった。

 あとは外交上の話だ。戦争になることはないだろうが、帝国には、国際社会からペナルティーが課されるだろう

 けれど、これで終わったと思ったのは、浅はかだった。考えが足りなかった。

 ミサイルは単なる合図だったのだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ