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2019年の夜会(札幌)と夏コミで添付した小冊子です。


 一


 戸田桜陽は魔法少女である。 


 カラフ王国南部に位置する第二行政区のダイハク軍港から更に南に下ったところに位置するハマと言う町は、観光資源も特産物もないただの漁村だ。限界集落に分類される程度に若い人は少ないし、賑やかさが足りなかった。もちろん娯楽なんてものはない。

 けれど桜陽にとっては、そんな寂れた漁村での暮らしが案外気に入っていた。

 見た目だけなら二十代前半で、まったく働いている様子の見られない桜陽は、村の住民からお嬢様と呼ばれ親しまれていた。長く貴族として生活して来た関係で、そういった立ち振舞は身についている。なにより桜陽は大抵の場合メイドを従えていたし、住んでいる家もかなり大きかった。お嬢様と呼ばれる条件は揃っていたのだ。


カラフ王国において、メイドとは特別な存在である。


 四年制大学卒業が最低条件な上、超がつくほど難関の国家試験に合格できる学力と、護衛として活動が出来るだけの武道を習得していることが必須である。さらに礼儀作法も国内最高水準と言われていた。そしてメイド服を着用するには国の許可が必要だ。

 メイドにはその能力に応じてランクが振られている。桜陽のような「普通」の家庭で雇うことできるメイドは、その中でもかなり下のレベルである。とはいえ、ハマのような地方の漁村においては、メイドの知識も技能も、そして戦闘力でさえ規格外である。お嬢様の護衛としては申し分ないし、メイドの存在自体がよそ者に対する牽制にもなっていた。


「失礼します、お嬢様。お客様がいらっしゃいました」


 自室のパソコンでボーカロイドの新曲をあさっていた桜陽のもとに現れたのは、この家唯一のメイドである松風ミサトだ。タイプ・スリーと言われる一般富裕層用のメイド服を来ているけれど、その実力はかなりのものだ。フェアリーズと呼ばれている女王陛下直轄のメイドに引けを取らない実力の持ち主である。それもそのはずで、ミサトは桜陽に仕えるメイドであると同時に、桜陽を監視すると言う任務を女王陛下から直接命じられていた。すでに引退したとはいえ、この国で最強の魔法少女である桜陽を見張るのだから、普通であるはずはない。

 もちろん、桜陽はミサトの本来の任務を知っている。ただ、メイドを近くに置いて於けば色々便利なのは間違いない。政治的な意味でも役に立つと思ってた。


「客なんて聞いてないわよ」


 ノートパソコンをパタリと閉じて、桜陽は応接室へ向かう。

 桜陽の家は、田舎の漁村には不釣り合いな豪邸だ。部屋数はそれほど多くはないけれど、それなりの応接室がある程度には広かった。

 部屋に入ると、いかにも役人と言う風貌の男が居心地悪そうに座っていたが、桜陽に気づくと慌てて立ちあがり深くお辞儀をした。名前を若井と言った。若くはないけど。


「おまたせしました」


 仰々しい若井の挨拶を一通り聞いてから、桜陽は若井を椅子に座らせた後、その向かいに腰を下ろした。


「で、ご用件は?」


 若井は入国管理局の審査官だった。この国は入国審査がかなり甘い。特に船舶経由の入国は基本どこからでも可能だった。しかも、事前に入国管理局に申請すれば、審査官が港まで出向いて入国審査をしてくれる程度に待遇が良かった。今回も、この田舎の漁村経由での入国申請があったから出向いて来たらしい。


「それで、私は何をすればいいのかしら」


 通常であれば、審査官がわざわざ桜陽のところまで報告に来る事などない。桜陽は立場上、入国審査のような業務には全く関係がないのである。つまり、今回の入国を予定している者は、特別待遇が必要な人物ということだろう。引退した魔法少女が対応しなければならない事案など、そう多くはない。面倒な案件だということだけは理解した。


「これを預かってきました」


 若井は鞄から封筒を取り出し桜陽に渡す。受け取った封筒には封がしてあり、差出人は国防省となっていた。入国管理局の親玉だ。大半の書類が電子化されているこの時代に、封筒というアナログな手段を取る理由は一つだけだ。

 この案件は機密扱いということだった、

 桜陽は渋々封を開ける。


「チッ」


 封筒から取り出し、手紙の内容を確認した桜陽は、思わず舌打ちをしてしまった。


「そういうことですので、対応をよろしくおねがいします」


 若井は手紙の内容を知っていたのだろう。肩の荷が下りたかのような清々しい笑顔でもう一度深々と頭を下げる若井を、桜陽は睨みつける。それから封筒ごと、その手紙を魔法で燃やして消した。 

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