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昭和39年に行ってきました!

作者: きる

休日、友人のA氏に誘われて秋葉原に来た。


彼はパソコンが壊れたのでCPUの部品を買いたかったらしい。


「ごめんな、こんなヲタクの街に付き合わせて」

「まあこんなことでもないと来ることないしね」


駅を降りると狭い高架下にたくさんの電子部品やらラジオやらを置いた小さな店が並んでいた。


道路には不要不急の外出は控えましょうと呼びかけているアドトラックが走っている。


令和3年の夏は緊急事態宣言下だった。


A氏はCPUを物色しながら中央通りを渡り別の店を探した。


「ちょっとラジオデパートをのぞかせてくれ」

「ふーん・・・」


よくわからないまま俺はふと横の路地を見ると小さな看板が見えた。


「なあ、あれなんだ?」


俺がその看板を指さすとA氏も立ち止まった。


「時間旅行社・・・?こんなメイドカフェばかりのところになんで旅行会社があるんだ?」

「なあ、ちょっとのぞいていかないか?」


俺は好奇心とパーツ探しの退屈から逃れたい気持ちでA氏を誘った。


「んー・・・まあいいか。付き合わせて退屈だろうし。」


ふたりで小さな看板の出ている雑居ビルの地下へ降りていった。


「いらっしゃいませ」


ドアを開けるとテーブルの向こうにスーツ姿の男が座っていた。


テーブルの横には、パンフレットが入ったラックがあった。


そこには「平成」「昭和」「大正」「明治」などと書かれたパンフレットが置かれていた。


「どの時代をお探しですか?」


男がにこやかに問いかける。


「あの、どの時代とは・・・?」


俺は困惑しながら答えた。それはそうだろう。まさかタイムマシンで過去に行くなんてことはないんだから。


「我が社は時間旅行を専門にしてますので」


まさかの言葉が男の口から出た。


「え、じゃあビックバンにも行けるんですか!?」


A氏がノリノリで聞く。


「はい、可能ですがお勧めはしません」

「え?」

「ビックバンのときは素粒子レベルの広さの空間しかなかったという話ですよね?そんなところに行ったら死んでしまいますよ」

「確かに」


俺も興味がわいてきた。


「それじゃあ、恐竜時代とかも行けるんですか?」

「可能ですが、やはりお勧めはしません」

「え?」

「恐竜の生態などご存じないでしょう?うっかり寝てたら恐竜に踏みつぶされてしまいますよ」

「まあ、確かに」


ちょっと残念そうな俺たちに、男は言った。


「なので、100年くらいまでの過去をお勧めしてます。価値観などがそう違わない時代のほうが安全に楽しめますので」

「うーん、じゃあ戦後とかどうだろう」


A氏は提案した。


「昭和30年くらいに行って、特急つばめの展望車に乗るとか」

「いいねえ・・・あ、でもマイテ49だろ?それなら山口線に行けば乗れるしなあ」


俺たちは鉄ヲタだ。


「それなら昭和35年とかは?今はなきパーラーカーに乗るとか」

「それいいね!どうせなら昭和39年の9月とかは?」

「お、それいいね!昭和39年9月、ふたり分お願いします!」

「承知いたしました。ありがとうございます」


男はにこやかに頭を下げた。


「あ、でも切符とかどうする?」

「行程を教えていただけたら、こちらで手配いたしますよ」

「いいんですか!?」

「ええ、旅行会社ですから」


俺たちは出発日を決めると手付け金を払って外に出た。


「いや、わくわくするなあ。今は乗れないあんな列車やこんな列車に乗れるなんて!」


帰りの電車でA氏は興奮していた。


「家に帰れば昭和39年の時刻表の復刻版があるから、行程考えようぜ」


俺はA氏を家に呼んで、わいわいいいながら行程を組み立てていった。


出発日、俺たちふたりは店に向かっていた。

既に行程表はメールで送っている。残金もクレジットカードで支払い済みだ。

3泊4日でひとり20万円

決して安くはないが本当だったら価値はある。

店に入ると男がにこやかに出迎えてくれた。


「こちらが切符と、あちらで使えるお金です」


男が封筒をふたつ手渡してくれた。


「それではこちらへ」


奥のドアを開ける。大人4人くらい入れる何もない暗い部屋だった。


「私がドアを閉めたら3つ数えてドアを開けてください。それではいってらっしゃいませ」


ぎぃと軋んでドアが閉まる。


「いち に さん」


暗闇の中でA氏が数えるとドアを開けた。


高い天井

そしてそこに響く行き交う人々の声や列車の出発を知らせるアナウンス

東京駅の改札前のドームの中だった。


「いらっしゃいませ、ようこそ昭和39年へ」


スーツを着た男がにこやかに立っていた。あの店の男ではないが、雰囲気はそっくりだ。


「私がこちらのアテンドを致しますが、お客様は終日自由行動でございますのでお出迎えとお見送りをさせていただきます」


俺たちは「清掃道具」と書かれたドアから出た。


「よろしくお願いします」


俺たちはお辞儀をした。


「お帰りは4日後の17時です。それまでにこのドアの前まで起こし下さい。もし遅れますと・・・帰れません」


にこやかだが断固とした口調で男は言った。


「わかりました」


ちょっと背筋が冷たくなりながら俺は答えた。


「それでは、お楽しみください」


にこやかな男に見送られて、俺たちは改札の中に入った。


それからの俺たちは、列車に乗りまくった。


大阪まで在来線特急の特別1等車・・・パーラーカーという今のグランクラスに相当する豪華な車両は快適だった。、

それから今は博物館にしかないブルートレインに乗ったり、現役のSLが牽引する客車で地方のマッチ箱みたいな小さな列車が走るローカル私鉄を訪ねたり、ホームで立ち売りしてる駅弁を買って食べたり、固いボックスシートの夜行普通列車で本物の夜汽車を体験したり、充実した4日間だった。


4日目、俺たちは最後に品川から山手線に乗って東京駅へ向かった。

101系というこの頃の最新型の通勤電車だが、当然令和には既に居ない。だが車内の雰囲気はつい最近まで走っていた埼京線の電車とほとんど変わらない。


つり革にふたりで並んで立つ。


「なんだか懐かしいな。」


A氏が呟く。


俺もなんとも不思議な気持ちになった。


「あ!新幹線だ-!」


目の前で窓枠にかじりついて外を見ていた小学生くらいの男の子が叫ぶ。


開業目前に試運転をしてる新幹線と併走していた。


俺たちにとっては見慣れた光景だ。

3分おきにのぞみが時速275キロで走るなんてたぶんこの子には想像できないだろう。


ふと周りを見ると、大人達も振り返って新幹線を見ている。

さすがに表情は何気ない感じだが、みんな目を輝かせていた。


東京駅に着いてホームに降りる。


「さて、帰りますか」


改札口に向かって歩くがA氏の気配がしない。

立ち止まって振り返ると、A氏はホームの真ん中に立ちすくんでいた。


「・・・帰りたくない」


A氏はぼろぼろと泣きながら呟いた。


俺は目の前のキオスクで冷えたラムネを2本買うと、1本を黙ってA氏に押しつけた。


俺だって帰りたくないさ。

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