5.堕天の戦鎚 勇者グレゴリオくん
1.ウーア帝国・ゼクス領・郊外
「悪魔大元帥アイリスよ! 10年越しの因縁……今日こそ蹴りを付けさせてもらう!」
ガンッと斥力を纏った戦鎚で殴りつけられて私は吹き飛んだ。
違うと言ってますよね? 魔王軍元帥のアイリスです。ちゃんと覚えて下さい。
勝手に役職を盛ると宰相くんが静かにキレるので本当に勘弁して欲しい。
「この場で叩き潰すのだから名前なんぞ関係無いわ!」
素早く私に駆け寄って上から戦鎚を叩きつけてきたグレゴリオくん。私は地面にキスをした。
長生きして欲しいので帰って頂けませんか?
立ち上がりながら停戦要求をする。
2番目に年嵩の勇者にダブルスコアを付けてのぶっちぎり最高齢勇者のグレゴリオくんを私は気に入っていた。
前線で戦う様な年じゃない。
間に3つは国を挟んだ赤の他国を助けに来てしまう。
異形の化物に影の触手で打たれても打たれても立ち上がる。
アホ程頑張るお爺ちゃんなのだ。
正に勇者。年相応に耄碌してる部分もあるがここまで立派な武人を私は他に知らない。
「堕とせぇっ!」
ゴンッと上空より重力波が落下し私が立っていた場所を中心に円柱状に地面が陥没した。
叩き潰された私はぺっしゃんこになり地面の黒い染みと化した。
まぁ結局ノーダメージな訳なのですが……このまま死んだ振りしてやり過ごせ無いかな?
うーむ、駄目だな……まかり間違えて魔王軍元帥討ち取ったりみたいな報じられ方をすると魔王軍の士気に関わる。
私はシュルシュルと元の女性体の姿に戻りながら格好をつける。
勝手に人の形を変えるのは止めて頂けませんか?
「ぬぐぅ……無傷か……」
ガンッと頭をぶん殴られる。
少しは怯め! 言ってる事とやってる事が違う!
必殺技を直撃させたのに相手が飄々としたら普通打つ手無しでしょ!?
聞いて聞いて。私、今回は一人しか殺して無いんです。最初の老魔法使いね。ついうっかりなの。
さっきまで戦ってた騎士くんたちも致命傷は与えて無いのよ?
なんなら今からごめんなさいして回復魔法かけるから戦いは止めよう!
争いは何も生み出さないよ。
ほら、お酒でも飲みにいこ? 臨時収入もあったし奢るよ?
「堕とせぇっ!」
友好の意を伝えるも虚しく私は地面の染みになった。
仕方が無い……疲れて動けなくなるまで付き合うか……
シュルシュルと体を復元し、ついでに影から戦鎚を創り出す。
お迎えが近くなっても知りませんよ。
ガンガンッと鏡合わせの様に戦鎚同士がぶつかり合う。
極まった武人の一撃には言外の意思が宿る。
これも一つの逢瀬の形か……
自分を納得させようとした所横槍が入った。
ドスッと物理的にも横腹に入っている。
「グレゴリオ様を掩護しろー!」
様子見をしていた騎士兵士諸君が掩護攻撃を始めたらしい。
散発的に投槍、矢弾、魔法が飛んで来て私の身体を抉る。
二人きりの時間を邪魔された私はキレた。
失せなさい!
現影流体に炎属性をエンチャントし戦場全てに行き渡らせた。
ガンガンッと戦鎚同士が打ち合う音だけが戦場に木霊する。
支援は、もう、無い。
2.魔王城・アイリスの自室
テーブルの上には堕天の戦鎚が鎮座マシマシしていた。
殺して無いよ?
気絶している間お借りしているだけ。
勇者は神器を手元に召喚出来る。なのでグレゴリオくんが起きるまでに実験をしておきたい。
こんな機会は滅多に無いからね。
とは言ってみたものの、もう実験はやり尽くした感があるのも事実だった。
長生きしてれば神器に触れる機会などいくらでもあった。
物理的衝撃を与えたり魔力的衝撃を与えたり、良く分からない薬品に漬け込んだり火山に投下したり海溝に沈めたり宇宙空間に放り捨てたり。
洗脳を試みたり演説をしたり脅迫をしたり絵本を読み聞かせたり子守歌を聞かせたり本当に色々やった。
コンコンッとノックの音と共にニルバーナちゃんが返事も聞かずに部屋に入り込んてきた。
ノックという文化は中の人の返事を聞かなければ意味が無いのだよ?
「そうでした」
輸入文化だから仕方がないよね。
ノックをした方が可愛いと言うだけの理由で個人的にしてもらってる事なので厳しい事は言えなかった。
魔大陸にノック文化は無ければ扉に鍵をかけるという概念も無かった。
私のこの部屋にも鍵は付いていない。
魔族が開かない扉に向き合ったら壊して入るだけだからだ。
実はそんな事はどうでもよかった。これを見て欲しい。
私は体をずらしてテーブルの上の堕天の戦鎚が見える様にした。
神器を求めて蜂起した魔族に神器を見せたらどんな反応するだろう実験である。
「おっきなハンマー……?」
そうだね。おっきなハンマーだね。しかしこれはただのハンマーじゃないんだ。
神器だよ。堕天の戦鎚。この前模倣してみせただろう?
あれのオリジナルさ。重力を司る神器だ。
「……?」
駄目だ理解が追い付いて無いぞ。想像を絶したか…?
と思ったらニルバーナちゃんはフラフラとゾンビの様に手を突き出しながら戦鎚へと近づいていった。
ガッシリ両手で戦鎚を掴み、天高く突き上げる。
「勇者ニルバーナ!」
そうはならんやろ。