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07. 騙す王妃と騙される白雪




 城へ戻ったガブリエラ王妃は、早速例の商人を呼びつけた。


「では見せて頂ける? 美しく実用的な櫛が、できるだけたくさん必要なのよ」


 もちろん物足りないのは当たり前である。

 ガブリエラの新しい記憶には、椿油仕上げのつげ櫛や、透かし彫りの飾り櫛などがあるのだから。


「もっとお得感が欲しいのよね。効能にも幅を持たせて、形もいろいろあるといいわ。材質や櫛目の幅にも、バリエーションが必要よ」

「それがなかなかに簡単にはいきませんで……」


 商人は揉み手をしながら、またもや資金援助が欲しいと訴える。


「ならば、国中の櫛職人を集めて下さる? 前回同様、3人一組で競わせて。ああ、ついでだから言っておくけれど、14日後にはリンゴも必要になるの。国中のりんご農家を集めて競わせて、これぞ国一番の美味しそうなりんごと言えるものを、献上させてちょうだい。分量はちょうどこのかごいっぱい。もうやり方はわかるわよね? 中途半端な品物で駆け引きするの面倒なの。次の分の資金も渡しておくから、一発で決めて! 任せたわよ?」

「もちろんでございます。必ずや期待に応えて見せましょう」


 最近丸くなったと評判の王妃だが、短気なところは相変わらずなのである。 

 なんとなく身の危険を感じた商人は、本腰入れてやったろやないかい、と闘志みなぎる顔つきで帰っていった。


 そんなこんなで、7日後である。

 無事出来上がった櫛と、瓶詰の毒薬をかごに詰め込むと、王妃は再び小人の家へ向かった。

 途中、寄り道したフルカライネ湖に護衛を置いて、家の手前で老婆に扮し、再び小人の家のドアを叩く。

 ちなみに、今回の老婆は上品仕様だ。


「はい。どちら様でしょうか?」


 答えてくれたのは、前回よりもやや警戒心の増した白雪の声だ。

 そうそうその調子よ、と微笑みながら、ガブリエラは作り声を出す。


「始めまして、お嬢様。わたくし、隣国の物売りでございます。この度、新技術を取り入れた櫛を開発しまして、是非お手に取って見て頂きたいと、この辺のお宅を回らせて頂いております」

「……でも、1人の時にはドアを開けてはいけないの」


 知ってる、とガブリエラはほくそ笑んだ。前回のことで、小人たちからたくさん注意を受けたのだろう。弱みを見せず、隙を与えず、受け答えを事務的にしようと努めているようだ。

 えらいえらい。だがもちろん、勝負はここからである。

 どんな状況からも丸め込むのが、詐欺師というものなのだ。


「では、おうちの方に、せめて試供品だけでもお渡し頂けますでしょうか」

「ええ、それくらいなら……でも、どうやって受け取ればいいかしら。わたし、本当に絶対に、絶対にドアを開られないのよ」

「ならばここへ置いていきます。どんな櫛がお好みですか? 材質となる木材と、浸透させるオイルによって、様々な効果がありますの。繊細な金髪の広がりを抑えるもの、男性の固い髪をしなやかに整えるもの、重くなりがちな黒髪に艶とまとまりを与えるもの……飾り櫛として使うなら、象牙やべっ甲の櫛もおすすめですわ」


 押してだめなら引いてみる。相手の欲しい物を自分が提供できることを伝える。

 それがセールストークというものなのだ。


「そんなに多くの種類があるのね。うーん、わたしは黒髪だけれど、小人さんたちは男性用の櫛がほしいかしら?」

「でしたら両方置いていきます。後日お伺い致しますので、お好みに合わないならばそのままお返し下さい。お代は発生いたしません」

「まあ、いいの?」

「ええ、その代わり、続けてお使いいただけるなら、後日お支払い頂きますわ」

「ありがとう、楽しみだわ」

「わたくしが帰りましたら、どうぞすぐにご利用くださいませ。今から使えば、おうちの方に効果を見てもらえますわ。ええ、そのくらいすぐに良さがわかるものなのです。お気に召すといいのですけど」


 ガブリエラは、絹を広げて2つの櫛を並べて置いた。

 小人用には、アーモンドオイル仕上げのツゲの櫛。持ち安い長四角型で、櫛目の違う両櫛タイプは、もつれた髭も解かしやすい。

 白雪用には、椿オイル仕上げの桃の櫛。上品な半月型は飾り櫛としても使えるよう、細やかな花の彫り物が施してある。

 もちろん、白雪用はそれだけではない。即効性はあるが残留・蓄積性はなく後遺症もない、櫛を挿している間だけ作用する特殊な毒を、たっぷりと塗りこめてある。

 毒は、魔法の鏡先生直伝の方法で、ガブリエラ自身が作成したもの。

 効果てきめんに決まっている。


「では、置いていきます。半月型の方がお嬢様用の櫛ですからお間違えのないように。それではごきげんよう」


 ガブリエラは潔く立ち去るふりをして、距離を取り手ごろな茂みに身を隠した。

 向かいの茂みには、案の定三角帽子の先が見え隠れしている。


 そのまましばらく待つと、やがてキィ、と扉の開く音。

 恐る恐る出てきた白雪が、辺りを用心深く確認した後、玄関に置かれた櫛を拾い上げて室内に戻っていく。


 姿が見えなくなってから、ゆっくり10秒。


 小人と合流し、赤い屋根の家の前に立つ。

 これでもし、櫛の試供品に白雪が手を付けていなければ合格、自分に試して毒を受けていれば不合格だ。

 さあて、果たしてその結果は――。


 ノッポが扉をそっと開ける。

 促されるまま、ガブリエラが一番最初に足を踏み入れる。すると――奥の大きな姿見の前、自らの髪に櫛を挿し、倒れ伏すのは――白雪姫。


 そっと耳を近づけて、呼吸を確認する。

 娘は息絶えていた。以下略。


「ふっ、惜しかったわね」


 ガブリエラは疑似皮膚をぺりぺりはがし、かつらを外して、凝った首回りをゆっくり回す。


 今回の物売りは、前回よりやや年下設定、出身も確かな老貴婦人といったところを目指して作り上げていたのだが、白雪にはお披露目できず残念である。

 それだけ白雪が進歩したとも言えるけれど。

 ひょこひょこと近づいてきた7人の小人たちは、白雪姫を見て声を上げる。


「ま、またしても死んじまったのか?」

「おお、なんてこと!」

「ちゃんと言いつけを守っていたのに」

「油断させてそうくるなんて」

「王妃様も御人が悪い」

「まさかの道具を使った遠隔殺人とは!」

「ああ、俺たちの白雪が」

「うるさい。甘っちょろいこと言ってんじゃないわよ」


 王妃は腕組みをして、呆れた目で小人たちを見下ろす。


「全然だめじゃないの! 死んでしまったら元も子もないのよ!? 警戒心を抱けって言ってるだけなのに、そんなに難しい? 一体どういう教育したら、見知らぬ人から不用心に物もらうかな?」

「いや、重々言い聞かせたんですが……」

「ただほど高い物なんてない! その辺の常識、ちゃんと伝えてる?」

「そう言われましても、試供品なら使ってしまうかと」

「何それ、こっちの商売があくどいって言いたい訳?」

「あいや、節約家の姫だってことです」

「庶民感覚なんて王女に必要ないわよ!」

「浪費家よりいいではないですか」

「そんな単純な話でおさまるほど王族は甘くないっての! いいこと? 一国の姫なのよ。こんなに貧乏っちくてどうするのって話よ!」


 王妃が頭をかきむしる。


「いや、でもそれは、本来なら姫には護衛が付くのでしょうし……」

「言っとくけど意地悪じゃないわよ? わたくし継母だけど」

「ももも、、もちろんですとも」

「でもま、王様が甘いせいで、わたくしがより厳しくしなきゃならない部分はあるわね」

「おっしゃるとりで」

「ってことで、ここから巻き返すにも次が最後のチャンスよ。気合入れて!」

「はい、王妃様」

「声が小さい!」

「はい、王妃様ぁ!」

 

 必死に声を張り上げる小人たち。

 最早主旨が迷子になりかけているが、それおかしいとか言いたくても言えない。

 相手は王族なのだから。

 王妃は、ふうっとため息をつくと、かたわらで息絶える白雪を見下ろした。

 


「全く……ほんっと、甘い子」


 加えて言うならば、自分が黒髪だとか家の人が小人だとか、余計な情報を与えるのもいけない。

 他人を疑い、常にリスク回避を考えながら行動するのが王族の務めなのである。


「……王妃様、あの、これ、今回も生き返るんですよね?」

「大丈夫。櫛を引き抜けば生き返るはずよ」


 そう言って王妃が口笛を吹く。

 馬が現れ、王妃が飛び乗る。


「櫛を抜くのは、わたくしが消えてからにしてね」

「はい、王妃様」

「じゃ、また次も7日後だからよろしく」

「はい、王妃様」

「今度は毒リンゴ食べさせに来るからよろしく!」

「はい、王妃様!」

「ラストだから! 気合入れてこ!」

「はい、王妃様!」

「じゃあねっ」


 小人たちの見送る中、王妃の馬は瞬く間に木立の向こうに消えていく。


「行ってしまわれた……」

「いつも嵐のような御方だな」

「さて、じゃあ白雪を生き返らせようか」

「ちょっときつめに怒った方がいいよな?」

「むしろ激おこプンプン丸で行くべきだろうよ」

「よーしみんな、照れは捨てろよ」

「本番用意!、3,2、1……」


 かくして王妃と七人の小人による「白雪姫の危機管理能力育成計画」は、速やかに第3プランに移行するのであった。



***



 翌々日、白雪は森にいた。

 小人たちから強めに叱られ、しょんぼりしょげ返っていたところを、森番ケインが連れ出してくれたのだ。


 とは言え、のんびり遊んで過ごすわけではない。

 午前中はがっつりケインの森仕事を手伝い、やっと遅めの昼食である。


「レモンユーカリの枝が折れたところは、新しい芽が出てきていたわ」

「それは素晴らしい。もうしばらく見守りましょう」

「それからね、西の岩だな周辺のミントだけが、すごく長いの。なぜかしら?」

「ふむ、日当たりか、水はけか、栄養か……一度刈り込んで様子を見ます。味もチェックしたいので、分けて置いてもらえますか?」


 昼食を用意する手はせわしなく動かしながら、白雪は見回りの中で気づいたことを報告した。


 森は生きものだ。

 うまく回っている時はいいが、そうでない時がたまにある。

 そういう時に、必要最低限の手出しをして、森をあるべき姿に戻す手伝いをするのが森番なのだと、何度も聞かされてきた。


 育つ間もなく、食われてしまう葉や実がないか。

 例年以上に旺盛に広がる植物がないか。

 小動物や虫が、必要以上に増えすぎていないか。

 これまで見かけなかった動植物を見かけはしないか――。


 言うなれば、森の違和感を見つけること。

 それは森番にしかできない、経験のいる仕事だ。

 だから白雪の報告は、きっと大した手伝いにもならないだろうが、それでもケインは、丁寧に話を聞き取り、指示をくれた。


「灰色リスの子どもたちも、大きくなっていたわ。でも……」

「何かありましたか?」

「数は少し減ったように思ったの。でも、仕方のないことなのよね」

「ええ。森とはそういうものですから……大丈夫ですか?」

「平気よ。でも、わかっていても切ないわ」


 白雪は気丈に気持ちを切り替え、壺からスープをよそった。

 小人の家からのおすそ分け、コーンクリームシチューだ。

 木皿の上には、森番が並べてくれた、塩漬けの豚肉、固焼きパン、先ほど摘んだばかりのびわの実が並んでいる。


「王国の豊かな恵みに感謝いたします」

「いたします」


 王国流の食事の挨拶を述べてから、各々で手を伸ばす。

 白雪ももう慣れたもので、ここでは彼らの流儀に従って、自分自身で好きなものを取って食べることを楽しめるようになっていた。


「……人も似たようなものですよ」

「人も、とは?」

「周囲にはいろんな危険が潜んでいて、子どもは親に守られ、大人は自分で自衛します。けれど万が一、悪意の(やいば)が届いてしまった場合――加害者を見つけて罰することならできます。でも、それだけです。失われた命は二度と戻りません。周囲の人間は、仕方ない、と諦めるしかないのです」

「……」

「そうなって欲しくないから、つい厳しくなってしまうのですよ。少しきつく言い過ぎたと、小人たちも反省していました」

「小人さんたちが?」

「ええ。でも、こうも言っていました。例え同じ一日が繰り返されたとしても、ワシたちはまた同じように怒るだろう,、と。私も同じ思いです。言い足りずに後悔するよりはマシですからね」

「……いい人そうに見えたから。扉を開けずに帰してしまうのが申し訳なくて」


 白雪は食事の手を留めて、小さな声でぽつりと言った


「だから櫛を使ってみて、本当に良い物ならば、扉を開けて追いかけようと思っていたの。そして、愛想無しでごめんなさいって、言うつもりだった」

「それは姫様の優しさです――が、悪人はまさに、そこに付け込むのです」


 ケインは、固焼きパンをちぎり、スープの中につけた。そして木さじでぐいぐいと潰してたっぷりと汁を吸わせ、重たくなったところをすくって一口。

 ベイリーフの隠し味がスープを深い味に仕上げている。


「直接相対しないことを、姫様が気に病む必要はないのですよ。貴女は決まり事を守っているだけなのですから」

「……わかっているのだけど」

「できそうですか? と言うか、必ずやって頂かねばならないのですが」

「わかってる、けど」


 ケインは小さく微笑んで、どうぞ、と剥いたびわを差し出した。

 汁でぬれた指を丁寧に布巾で拭い、また話を続ける。


「今回の事は大事に至りませんでした。しかしもし万が一のことがあれば、どうなると姫様は御思いで?」

「皆、とても悲しむわよね。小人さんたちはもしかしたら、自分たちのせいだと思うかも」

「いいえ、姫様。事態はもっと深刻です。姫様をお守りできなかった罪で、私どもは確実に処刑されるでしょう」

「ま、まさかそんな……」

「それどころか、森は焼き払われ、閉鎖されるかもしれません。国中から腰紐や櫛が消えることだってありえます。高貴な方の行動には、それ相応の責任が伴います。貴女が健やかに過ごされること、ただそれだけで、多くの人が幸福でいられるのだということを、覚えておいてください」


 白雪は、黙ってびわを食べ終えると、ナプキンで丁寧に口元をぬぐった。

 スカートの上のぱんくずを払い、新しい一切れを手に取る。


「わたし、甘かったのね。覚悟が足りなかった。王女として生まれてきたことを、もっと真剣に考えるべきだったんだわ」

「姫様ならきっとそこに気づかれると思っておりました。次はきっと大丈夫ですよ」

「……次? 次があるの?」

「あ、いやその」

「……。そう、そういうこと。わたしは、試されているのね?」

「いや……」

「平気よ。聞かなかったことにしておく。ケインには決して迷惑はかけないと約束するわ」

「……申し訳ありません、姫さま」

「気にしないで。どのみちやらなきゃならないことだもの。それよりも、次こそはやり遂げるわ! 王女としての自覚をもって!」

「その意気です、姫様」

「その代わりケイン、練習に付き合ってね。貴方の知っているいろんな方法で、ドアを開けさせるよう、わたしに声を掛けてみてくれる?」

「……わかりました。本気で行きますよ」


 元はぐれ猟師の森番ケイン。

 昔はそこそこ悪だった彼にとって、これ以上ない適役である。

 心を入れ替え練習を重ねた白雪は、どんどん修羅場に強くなっていくのだった。



 

久々の森番がいい仕事する、の巻。

次回は、「王様登場」

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