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06. 第一回白雪姫危機管理能力テスト




 フルカライネ湖のほとりから本道に戻った王妃ガブリエラは、順調に馬を駆けさせ、やがて小人の家に到着した。

 日はまだ高い。

 小人たちは約束通り留守にしており、白雪だけが家仕事をこなしているはずだ。


 適当なしげみに馬を隠すと、王妃はかごから老婆グッズを取り出した。

 まずはかつらだ。

 深くかぶったフードから、いい具合にこぼれ出る長さの白髪は、ところどころグレイッシュなムラを施し、長く手入れされていない感を醸し出す絶妙な色合い。不揃いでパサついた毛先もまた、生活苦からくる不摂生さを巧妙に演出している。

 使い方はとても簡単、内側に取り付けられたピンを、自身のおだんご頭に挿して固定するだけ。

 男性やショートヘアなど、おだんごにする長さのない方には、付属品のヘアバンドを使うのがおすすめだ。

 これさえかぶれば、いつでもどこでも、哀れな老婆が出来上がる。


 次に王妃は、ぺらりと薄い疑似皮膚を取り出した。

 老婆の皮膚の特徴を、王室御用達の絵師に再現させた見事な一品だ。

 着色には、王国一の劇団も愛用する最高級化粧用色粉を厳選使用。

 土台となる豚革は、丹念になめし加工を施した極薄仕上げで、そのなめらかさは国内トップクラスである。

 その上に施される職人の細やかな手仕事は、見る者に経年とは何かを深く問いかけてくる奥の深い出来栄えだ。。

 これさえ貼り付けておけば、いつでもどこでも、皮膚への負担なく若々しさの排除が叶う。


 最後に、老婆用衣装の杖とローブである。

 杖は最新式折りたたみ型で、使わない時は手のひらサイズにおさまる優れものだ。杖先にはクラッカーが仕込まれており、白雪がきちんと対応できた暁には、景気よくパーンと鳴らして祝えるサプライズ仕様である。

 ややオーバーサイズが特徴の黒いローブは、侍女が懸命に着付けてくれた大人可愛い乗馬服の一切を、すっぽり隠すことができる。ローブのフードは深めで便利な留め具付き、万が一の突風にも勝手に脱げることはない。あえて引きずるほど長く仕立てた裾部分には、年季の入った使用感を演出するビンテージ加工が施されている。ローブ全体に薄っすら焚き込められた香は、名だたる調香師たちが分析した加齢臭を余すところなく再現しており、どんな嗅覚にも死角はない。

 

 ガブリエラは注意深く白髪かつらを装着し、疑似皮膚を手と顔、デコルテに貼り付けた。

 広げた黒いローブに袖を通し、杖をシャキシャキと伸ばして持つ。そして練習を重ねた小さくて丸い姿勢を作れば、果たして立派な老婆が出来上がった。


 全ての準備を整えて、ガブリエラは小人の家へ向かう。

 小道の脇には野の花。

 優しくそよぐ春の風を受けながら、目指すは見晴らしのいい丘の上、白壁に赤い屋根の小さな家だ。 


 老婆らしくよろつきながら扉の前に到着したガブリエラは、かごの中身を栄えよく並べてから小人の家のドアを叩いた。


「はーい。どちら様?」


 7日ぶりの白雪の声だ。

 元気な様子にほっとしながら、ガブリエラはしわがれた声を発する。


「こんにちは、お嬢さん。綺麗な腰紐はいかが? 新しい色と編み方の、とても素敵な腰紐だよ」

「新しい色と編み方の? いえ、でも、1人の時にはドアを開けてはいけないと言われているの」


 ガブリエラはほくそ笑んだ。自分が指示した最低限のことを、小人たちは滞りなく教え込んでくれたようだ。

 だが勝負はここからである。

 簡単に引き下がらないのが、押し売りというものなのだ。


「なら、家の人への贈り物にしてはどう? 珍しいものだから喜ばれるよ」

「まあ、珍しいものなの? ああ、でもだめだわ。よくよく注意するよう言われているの」

「わかるよ。それなら腰紐だけでも見てみるかい? ドアは開けなくて構わない。ほんの少しの隙間があれば、そこから一本差し入れてあげるよ」


 ドアは開けなくていいと言いながら、ほんの少し開けろと言うこの矛盾!

 だがこれが、付け入る隙を見せた者が掛かる言葉マジックなのである。

 一度見つけたカモは、簡単に手放さないのが不審者というものなのだ。


「少しの隙間?」

「そう、ほんの腰紐一本分の隙間だよ」

「そうね、それくらいなら……」


 ほら、案の定である。

 白雪姫は、扉の鍵を外してしまった。

 ほんの一筋、扉が開き、そこから愛らしく輝く瞳が覗く。


「見てごらん、綺麗だろう?」


 さっと面を伏せつつ、ガブリエラが隙間から差し入れた腰紐は、白雪の好みを元に選んだ渾身の一本。

 淡いクリーム色をベースに、つたやいちご、青い小鳥の刺繍が散りばめられた愛らしいものだ。

 これで釣れないはずがない。

 細やかな気遣いで細部まで手を抜かないのが、ガブリエラ流である。


「まあ、なんて可愛い……!」

「他にもあるよ。楚々と咲くバラは好きかい? 華やかに舞う蝶は? 刺繍以外にもいろいろある。ほら、これなんかは複雑な編み込み技術が使われているよ」


 老婆ガブリエラは、並べて見せる。

 色とりどりの自慢の腰紐を、あえて少し見えにくいかごの中に。


 もっとよく見ようと身を乗り出した白雪は、少しずつドアを開け、ついに家の外に一歩踏み出した。


「まあ本当、なんて素敵なの! 鮮やかな色、複雑な模様、こんな腰紐は初めてだわ……!」

「そうだろう、そうだろう。染め物の職人たちを競わせて新しく開発した、この世に一つとない鮮やかな腰紐なんだ」


 嬉しそうに自慢の商品をなでる、老婆の弱々しい手。

 自身の商品を愛すその様子に、白雪の警戒心は消え失せた。

 老婆からかごを受け取り、覗き込んでは一緒になって声を弾ませている。


「本当に素晴らしいわ。どれだけ眺めていても飽きない」

「そうだろう、そうだろう。どれ、試しに締めてあげよう」


 老婆はさっと背後にまわる。

 そして選んだ一本を、娘の細腰に巻きつけた。


「ああ、とっても似合うじゃないか」


 満足そうに笑んだその刹那、ひもをギリリと引き締める。


「ちょ、苦しいわ、おばあさん、やめ……」


 白い手が幾度も空を掻く。

 老婆は無言で締め上げる。

 やがて脱力する白雪を、ガブリエラはそっと支えながら寝かせた。


 そっと耳を近づけて、呼吸を確認する。

 娘は息絶えていた。


 雪のように白い肌に、黒檀のように黒い艶髪がはらりと掛かっている。

 血のように赤い頬と唇は、まるで今にも動き出しそうに見えるのに。


 びっしりと並んだまつ毛は、そのなめらかな肌に濃い影を落とすばかり。

 規則正しく上下すべき胸は、ぴくりとも動かない。


「ふっ、ちょろいわね」


 ガブリエラはすっと立ち上がると、曲げていた背筋を伸ばした。

 疑似皮膚をぺりぺりはがし、続いてかつらのピンを外して、凝った首回りをゆっくり回す。


 と、その時。

 ガサリ、とかたわらの茂みが不自然に揺れた。

 振り返ると、とんがり帽子の先が見え隠れしている。

 白雪が心配で隠れて見ていたのだろう。

 ガブリエラは、フードを落としながら、そちらへ向かって声を張った。


「隠れていないで、出ていらっしゃい」


 ガサリ、もう一度、茂みが揺れる。

 やがて観念したように、7人の小人が現れた。

 そろりそろりと近づいてきて、王妃越しに倒れた白雪姫を覗き込む。


「ほ、本当に死んじまったのか?」

「おお、なんてこと!」

「あんまりだ、あんまりだよ」

「こんな悲しいことがあるなんて」

「でもごらん、あの愛らしい顔」

「まるで眠っているようじゃないか」

「ああ、俺たちの白雪が」

「あーはいはい、そういうのいいから」


 王妃は腰に手を当てて、白けた目で小人たちを見下ろす。


「全然だめじゃないの! ちょろすぎるのよ、 一体どういう教育したら見知らぬ人間相手に、不用心にドア開けるかな?」

「ちょろ? いや、重々言い聞かせたんですが……」

「出来なかったら意味ない! 命の危険、ちゃんと伝えてる?」

「そう言われましても、元々こういう御方ですから」

「何それ、こっちの育て方が悪いって言いたい訳?」

「あいや、優しい心根の御方だってことです」

「優しさだけじゃ生きていけないわよ!」

「愛くるしい方ではないですか」

「愛嬌で万事おさまるほど世の中甘くないっての! いいこと? 一国の姫なのよ。こんなに無警戒でどうするのって話よ!」


 王妃が頭をかきむしる。


「いや、でもそれは、生来生まれ持ったものでしょうし……」

「言っとくけど遺伝じゃないわよ? わたくし継母だし」

「ももも、、もちろんですとも」

「でもま、王様がちょっと甘やかしすぎた感はあるわね」

「おっしゃるとりで」

「ってことで、ここから巻き返すにはあなた方の力が必要なの。気合入れて!」

「はい、王妃様」

「声が小さい!」

「はい、王妃様ぁ!」

 

 必死に声を張り上げる小人たち。

 なんだか気の毒な気もするが、そもそも無理難題を押し付けるのが王族というものである。

 王妃の依頼を受けた時点で、小人たちが振り回されることも決まっていたのだ。運命だ。

 王妃は、ふうっとため息をつくと、かたわらで息絶える白雪を見下ろした。

 


「全く……ほんっと、馬鹿な子」


 優しくて可愛くて、心の美しい純真無垢な娘。

 誰からも愛される彼女は、他人を疑うことを知らない。


「……王妃様、あの、これ、本当に生き返るんですよね?」

「大丈夫。腰紐を切れば蘇るはずよ」


 そう言って王妃が口笛を吹くと、ほどなくして立派な青鹿毛の馬が現れた。

 道に迷った老婆を装っていたため、白雪には見られぬよう隠してあったのだ。

 王妃は慣れた手つきで手綱を取って、ひらりと愛馬に飛び乗った。


「紐を切るのは、わたくしが消えてからにしてね」

「はい、王妃様」

「じゃ、次は7日後だからよろしく」

「はい、王妃様」

「今度は毒の櫛を売りつけに来るからよろしく!」

「はい、王妃様!」

「気合入れてよ!」

「はい、王妃様!」

「じゃあねっ」


 小人たちの見送る中、はいやっ!と王妃は馬を駆けさせた。

 見事な手綱さばきで、瞬く間に木立の向こうに消えていく。


「行ってしまわれた……」

「いつも風のような御方じゃな」

「さて、じゃあ白雪を生き返らせようか」

「ちょっと泣いた方がいいよな?」

「むしろ滅茶苦茶泣くべきだろうよ」

「よーしみんな、本気出せよ」

「本番用意!、3,2、1……」


 かくして王妃と七人の小人による「白雪姫の危機管理能力育成計画」は、速やかに第2プランに移行するのであった。




本気王妃、見参する、の巻。

次回は、「騙す王妃と騙される白雪」

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