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04. 悩める騎士団と新しい絆




 そのころ王城では、騎士団が過去最大の難事に頭を抱えていた。

 王妃に、国家反逆の疑いが浮上したのだ。


 始まりは、王妃の謁見に立ち会った、2名の騎士からの上申だった。

 2名の騎士――小柄で身軽、剣は軽いが斥候技術が光る3年目のシリルと、それに似た体格にも関わらず、パワーで押しきる荒々しい剣を振るう5年目のドニ。

 彼らは、末端ながらも貴族籍を持ち、見目がそこそこ整うために、王城内で要人の警護につく機会も多い。

 そんな彼らが、今回は、王妃と商人たちとの謁見に立ち会ったのだが……。


「気にするなと言われても無理だ。腰紐の強度や締め具合を、何度も確かめておられたのだぞ?」

「別人に化ける方法を身に着けられようとしているのも不穏だ。潜入でもするつもりか?」

「職人同士を組ませて作業を急がせているのも気にかかる」

「ああ。一体7日後に何があるんだ!?」


 本来ならば、彼らは警護対象の言動など、気にしてはいけない。

 彼らの職務は、ただ、対象を守ること。

 それ以外のことは、見てはいけない、聞いてはいけないのだ。

 だが、言いようのない不安に駆られた騎士たちは、不敬と叱咤されるのを覚悟で、騎士団副長のベルナールに報告した。


 普段は軽口ばかりのベルナールも、今回ばかりは思うところがあったのだろう。

 口元に浮かべた貴公子の笑みはそのままに、シリルとドニを連れて、すぐさま団長室の扉を叩く。


 部下たちの上申に、騎士団長アルフォンスは目を閉じて天を仰いだ。

 王族が絡む、デリーケートな案件。

 国を、王を守る者として、もちろん白雪姫をも守るべきだ。

 だが、下手をすると王妃への反逆とも取られかねない。


 アルフォンスが、節くれだったこぶしを口元に当てる。

 強面の眉間の皺が、さらに深くなる。


 白雪姫嫌いで有名な継母王妃。

 姫を亡き者とし、失意の王を繰り人形にしようと企んでいても不思議ではない。

 今回の動きを見過ごして、万が一、姫に何かあっては遅すぎる――。


――ただ、王の御耳に入れるには、まだ早すぎる。


 例え状況がどれほど怪しくても、真偽のほどは定かではない。

 王妃に嫌疑をかけるのは、慎重を期さねばならないことだ。

 

 ならば、どうするか。

 王妃に直接確認するのだ。

 事実でないならば、それでよい。

 事実であるなら、騎士団が知っていることは、ある程度の牽制になるだろう。

 

 きっと、アルフォンスは無事では済まない――だが、それでいい。

 後のことは、信頼できる(ベルナール)に頼んである。


――例えこの首、切られようとも……!


 アルフォンスは、悲愴な覚悟を決めた。

 



*




 やがてアルフォンス団長が、王妃との謁見から帰還した。

 やきもきしながら騎士団長室で待ち構えていた、ベルナール副長とシリルとドニは、わっと団長を取り囲む。


「アル、大丈夫だった?」

「申し訳ありません、私たちが余計なことを言ったばかりに……!」

「指は全ておありですか? 胸に焼き印はありませんか?」

「君たち、呪いのたぐいも確認して差し上げてね」

「……オールクリア! 五体満足です!」

「ああ団長、ご無事で何よりです……!」


 騎士たちはアルフォンスを、いつもの席に座らせて気付けの酒を用意した。

 そのごつい肩や背中をさすられながら、団長は重い口を開く。


「あああ、何から話せばいいか――そうだな、まずは、例の職人たちを組みにして競わせるやり方のことから話そう」


 己のこめかみを揉みながら、団長は言葉を繋ぐ。


「王妃殿下がおっしゃるには、歴史上の名将が掲げた兵法だそうだ。ノブナガ――と言ったか」


 つ、と皆の目線が、兵法に詳しい副長のベルナールに集まる。

 しかし彼は、眉根を深く寄せて答えた。


「……うーん。存じ上げないなあ」 

「やはりか。むろん、私も知らぬ。国内の過去の兵法においては、まずお前の右に出る者はいないし、私が騎士団長を拝命してからは、周辺諸国の軍事関係をまとめた極秘文書にも目を通す権利を得ているが」

「そのアルも知らない……ってこと?」

「そうなのだ……」


 団長が天を仰ぐ。

 天井を見上げて初めて、恐ろしいほどの肩の凝りに気づく。

 首をゆっくり左右にまわすと、ごりごりと大きな音が鳴った。

 気を利かせたシリルが、団長の肩回りをほぐし始める。

 残りの皆は一様に首をひねった。


「どういうことなのでしょう」

「さっぱりわからない」

「ノブナガ――ノブナガ、か……」

「そもそも、かなり珍しい名前だよね?」

「まさか、何かの暗号、でしょうか……?」


 しばらく考え込んでも、誰も答えを出すことが出来ない。


「それでな、先日の商人や劇団員を呼んでのあれこれだが――全ては姫を成長させるための計画だということなんだ」

「姫を? 成長、ですか?」

「しかし……しかし、王妃殿下の姫嫌いは有名ではないですか」

「ああ、私もそう思っていた。だが、王妃殿下は今回、白雪姫様には国王陛下からの溺愛だけでは成長できない部分があると考え、今回の計画を遂行することにしたらしい」

「そんなことが……?」


 にわかには信じがたい話だ。

 これまで、あれほど姫に冷たく当たっていたガブリエラ王妃が?


 長く仕えている者は覚えている。

 まだ幼い姫が、夜ごと前王妃の肖像の元、愛を求めて泣き明かしていた、小さく震えるその背中を。

 そこに手を差し伸べることもせず、ただ氷のような一瞥を投げつけ、汚物を片付けるように侍女を呼ぶ、ガブリエラ王妃を。


 まったく、にわかには信じがたい。 


「――で、その工作ってなんなの?」


 ベルナールが聞けば、団長は沈痛な面持ちで答えた。


「詳細は教えてもらえなかったが――」

「なぁんだ、それなら」

「ああ、私も嘘偽りかと思ったが、小人の念書があったんだ」

「……小人?」

「ああ、森の小人だ。王妃は彼らと、『小人たちが責任をもって姫を預かり教育すること、万が一そのことで国王陛下から物申すことがあった場合は、ガブリエラ王妃が責をかぶること』という約束を交わしている」

「小人たちが、教育を……」

「王妃が、責を……」

「そうなのだ……」


 騎士団詰め所に沈黙が落ちる。

 やがてシリルがぽつりと言った。


「まさか、まさか本気で姫のことを考えておられたとでも――?」

「待って、早急に答えを出すのはよくないよ。それなら一体、これまでのことはなんだったの? あれほどに姫様を疎んじておられたよね?」


 こめかみに指を当てながら、ベルナールが慎重に言葉を選ぶ。


「でも、でももしかして、それこそが演技だったということはないでしょうか? 私達は見たのです、老婆に扮したあの姿……」

「国一番の、劇団一座の座長が認めた、と言ってたよね?」

「そうなのです。本当にすごかったのです!」

「うーん、そもそもなぜそんな演技を?」

「……まさか、まさかそれもまた、姫の成長のため……でしょうか?」

「待てシリル! 団長、自分は反対です! ありえません、あのような仕打ちが姫様のためだなんて! 現に王妃殿下は、そのことが原因で臣下からの信を――」

「言葉を慎めドニ、不敬であるぞ!」

「しかし団長!!」

「声を抑えてね、ドニ。みんなも、一旦落ち着いて考えよう。姫様と対峙して、王妃殿下に何が得られるかな?」

「敵対すると見せかける意味――ですよね・・・・・」

「……あぶり出し、でしょうか? 不穏分子の」

「もしくは、貴族間の派閥調整ということも考えられるか……」

「あ、ねえアル、もしかして、姫の婚姻から周辺諸国の力関係をも考慮しておられる、なんてことはないよね?」

「な! そんな大胆な……!」

「団長、私はあり得ると考えます。そもそも陛下ですら、気づいておられないですし」

「だとしたら、それ危ういってば。まかり間違えば陛下への不敬と取られてしまうよ」

「だからこそ、なのだしたら……? だからこそ、効果がある」

「己を賭しておられるってこと? どう転がっても、結局は王と国の利となるように?」

「だとすると……もしかして、我々に詳細を教えないのも」

「ああ、そうとしか考えられないよね。僕達が巻き込まれないようにするためだ」

「なるほど、それならば納得がいきます……!」

「これが……これが、国母……!」


 騎士たちは雷に打たれたように立ち尽くし、縋るように団長を見る。


「……全ては、7日後に明かされるのですか?」

「いや、それも第一段階に過ぎないとのことだ。私には、あのお方のお考えは掴めぬ……。だがもう、詮索はよそうと思う」


 騎士団長が一人一人の顔を見まわしながら告げると、騎士たちは神妙に頷き、それに同意した。

 だが団長の眉間のしわは、未だ深く刻まれたままだ。

 佇む騎士たち。


 だがその沈黙を破って、副長ベルナールが声を上げた。


「待って。これって意味あるかな? ノブナガ――ガ、ガ、ガブリエラ王妃……」


 ひゅっと誰かの喉が鳴った。

 詰め所の室温が一気に下がったような感覚。

 ねえよ、と誰も突っ込まない。

 それただのしりとり、と誰も注意しない。

 脳筋が4人揃うと、火のないところに煙が立つ。

 中二的な恰好付けが伝播するのである。

 不気味な沈黙のあと、意を決して騎士団長が口を開く。


「やはり……か。お前なら、きっとその答えに行きつくだろうと思っていた。私にも、どこか無理やり作った名前のように思えたのだ」


 作ってるのはお前だ、そんな指摘は誰もしない。

 皆いたって真剣だ。

 真剣なのだ・・・・・眩しいくらいに。


「正直、私は恐ろしい。王妃殿下の底知れなさが……。もしノブナガが、ガブリエラ王妃の秘密の名前であるならば――いや、しかし――我々が幾ら追い求めても、真実は明らかにされないだろう。だが、それでいい。王妃殿下はかの兵法を、騎士団に取り入れることもまた一興、とおっしゃった。組ませて競わせ、全体のレベル向上をはかる――理想的な訓練法だ。殿下が敵ではないのなら、我々はただ盲目に信じて、突き進むのみ。それが騎士団のためであるならば」

「団長……!」


 震えるこぶしをぎゅっと握りしめ、己の恐怖と戦うアルフォンス。

 いや、恐怖ではなく――壮大なる英知と対峙した、武者震いか。


 しかしこれは、恥ではない。

 全ては騎士団の、崇高なる使命のため。


「あーあ、おっきい秘密知っちゃったねえ。でもま、ぼくはアルにどこまでも付いていくよ」

「もちろん私達もお供します!」

「我ら騎士団、一心同体! この王国に栄えあらんことを!」


 ドニが秘密の共有を誓う。シリルが滂沱の涙を流す。

 やがて誰からともなく、敬礼をし始めた。

 その方向には――王妃の間。


 ベルナールがすらりと短剣を抜いた。

 傷つけた指に、深紅の血がまるく盛り上がる。

 阿吽の呼吸で羊皮紙が広げられ、次々に血判がなされていった。

 記名はない。

 なぜならこれは、どこに提出するあてもない、ただ己の決意の証だからだ。


 歴史と言う大いなるうねりの中では、名もなき騎士である彼ら。

 けれど彼らは知っているのだ。

 悪い継母王妃を演じつつも、国に尽力する王妃ガブリエラの真実を。

 

 彼らが守るは、王と王国。

 それはこれからも、変わらない。

 だがこれからは――王妃への助力が、国を守ることにつながるのなら。


 栄誉などない。

 だが胸には、誇りがある。

 身の内にたぎる熱い正義だけが、新しい絆でつながる彼らを支えていた。




騎士団は暴走する、の巻。

次回は「騎士と鏡と加速する誤解」

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