03. 森の小人と王妃の画策
数日後。
王妃ガブリエラが、お忍びで森へやってきた。
白雪姫は現在、雇われ猟師改め誇り高き森番と共に、森散策の真っ最中。
この隙に、王妃は7人の小人たちと、事の詳細を詰めようというのである。
大きなテーブルを挟んで向かい合う、7人と1人。
こじんまりした食堂で、ガブリエラは凛と声を張った。
「つまりね、わたくしがここへ白雪を預けたのは、彼女に危機管理意識を植え付け、育てるためなの」
「はあ」
「いくらわたくしのお使いとは言え、初対面の猟師にホイホイついて行く。これではいけないと思わない?」
「まあ」
「彼女は、王が溺愛する大切な姫君よ。しかも年ごろで美しいときたならば、ある程度の警戒心を持って過ごしてもらわなくては、夜もおちおち寝てられやしないって話よ」
「へえ」
「……ちょっとあなたたち、覇気が足りないんじゃない? そんなんじゃ姫を変えられないわよ」
王妃がジロリと睨み付ける。
元々小さい小人たちは、更にその体を縮こめながら恐る恐る聞いた。
「王妃様、その前にひとつお伺いしたいのですが」
「何かしら?」
「何ゆえ、それをワシらの元でやるんですかな」
「……というと?」
「つまり、ワシらはこれまでこの森で、静かに7人暮らしてきました。それがいきなり、森番が姫様を連れてきて、しばらく預かってくれと言う。しかも今度は王妃様、あなたが来られて姫様のなんとやらを育てろという。なるほど、姫様が純真無垢ゆえ危ういお方なのはわかりました。しかしワシらが聞きたいところは、そのお役目が、何ゆえワシらでなくてはならんのか、です」
小人の言うことにも一理ある。というか、完全にその通りである。
王妃はしばし考えこんだ。
白雪姫の童話について、話すべきか?
けれどそれは大きなタブーのように思われる。
上手く話せる自信もない。
それに何より、ある日突然やってきた人が、あなたは物語の中の人物なのだから、本来こうあるべきなのだ、などと言ってきたなら――それはもう、間違いなく危ない人だ。
「その通りだわね、ごめんなさい。肝心な説明が抜けていたわ」
だから王妃は、一か八かで説明する。
真実をベースに、おかしくない程度の脚色を――いわゆる、話を盛るのである。
「実はわたくし、魔法の鏡を持っているの。鏡は時々、未来を見通し、わたくしに適切な助言をくれる。その中のひとつに、姫についてのことがあったのです。彼女の至らない部分の成長のために、森の7人の小人の協力を仰ぐべし、とね」
「なるほど、そういうことでしたか」
納得するんかい。
魔法の鏡の万能感が半端ない。
鏡の暗示能力といい小人たちへの説得力といい、この世で最強なのは鏡かもしれない。
すると、残りの小人が言葉をつないだ。
「それなら納得いく気がするな」
「国王陛下が溺愛する姫」
「あの愛らしさを向けられたなら」
「人は冷静に指導できない」
「その点ワシらは森の小人」
「正しく姫を導けましょう」
ああ、なるほど、そういう体で。
でもまあ、それもまた正しい。
というか、むしろその理由しかない。
やるじゃん、小人。
王妃は全力で乗っかった。
「そうそう、そういうことなのよ。どうかしら、ご協力お願いできるかしら?」
「わかりました、お引き受けいたしましょう」
「ありがとう!」
小人代表は厳かにうなずいた。
続いて、方法の説明に移る。
王妃は自作の 『白雪姫の危機管理能力育成計画』をいそいそと取り出して広げた。
計画の大まかな流れを、わかりやすくフローチャートにまとめたものだ。
「こちらが、今回の計画を図で表したものです。簡単に言うと、7日ごとにわたくしがいろんな悪役に扮して姫を誘惑をしに来るから、あなた方の姫への教育は、その間にお願いしたいということなの。言うなれば、7日ごとにテストがある感じよ。結果を出すのが早ければ早いほど、あなた方にはボーナスを支給するわ。教育の内容はお任せするけど、基本の考え方としては、初対面の者を簡単に信用しないように、具体的に言うなら、たやすく扉を開けないように言い含めておいて欲しいの。そしてどうしても対面する必要がある場合は、第三者を配置するなど、必要な措置を取るよう手を打つ、そんな風に対策できたら、もう完璧ね。大丈夫かしら?」
「はい、王妃様」
「ではわたくし、本気でタマ取りに来ますから」
「た、たま?」
「言ったでしょう、姫の命がかかっていると」
「え、いや、そんな風には聞いてないですよ」
「あれ? 言わなかったかしら? じゃあ今言うけど、そうなのよ。うっかりしてたら、あの子すぐ死んじゃうの」
「死ん……!?」
「そうなの。だから、あなた方も本気でお願いね」
「いやいやいや、本当に死んでしまったら一大事じゃないですか」
「大丈夫よ、すぐ生き返るから」
「生き返るの!?」
「そうなの。3度までは生き返るのよ」
「何故そのようなことがお分かりになるのです?」
「鏡が言うのよ」
「鏡が」
「そうなの、鏡が言うの。さすが、魔法の鏡よねえ」
「はあ……」
魔法と付けばなんでもOKと思ってやしないか。
そんな風に問いただしたい小人たちであったが、なんせ相手は王妃殿下である。
「そんな訳で、次は7日後にまた来るから」
「はあ……いやまあ、王妃様がそれで良いのなら・・・・・」
小人たちは腑に落ちないながらも、結局は引き下がった。
が、念のために王妃から念書を取り、万が一の時にも自分たちには責が及ばないよう手を打ったことは言うまでもない。
*
小人たちとの作戦会議を終えたガブリエラ王妃は、城へ戻ると、まず商人を呼びつけた。
「では、早速見せて頂ける? 美しい絹の腰紐が、できるだけたくさん必要なのよ」
けれど、目の前に広げられた色とりどりの腰紐は、なんだか物足りない。
当たり前である。
色とりどりは色とりどりでも、ガブリエラの新しい記憶には、マニキュアとか色鉛筆とかがあるんだから。
「なんだか地味ねえ。もっと色を増やすことはできないの? 明るい色がいいわ。光沢も必要よ」
「職人には声を掛けておりますが、これがなかなかに簡単にはいきませんで……」
商人は、揉み手をしながら暗に資金援助が欲しいと訴える。
しかし、ここで簡単に資金を提供したところで、その多くは商人のふところに入るだけとなり、商品開発はおざなりになるに違いない。
大体、揉み手する商人は悪徳に決まっていると、ガブリエラの記憶が告げている。
「ならば、国中の染め物職人を集めて下さる? 3人寄ればなんとやら、職人同士の組を作って、組ごとに相談しながら研究を進めさせましょう。資金はわたくしが直接渡します。そして満足いく結果を出せた組には、ボーナスを出すわ」
「な、で、ですが……!」
こっそり着服のあてが外れた商人は、慌てた様子で憤るが、なんせ相手は王妃である。
文句の言葉は尻すぼみに消えていった。
そこへすかさず王妃が微笑む。
「心配しなくても、あなたにもきっちり報酬はお渡します。ただしそれは、あくまでも全てが上手く軌道に乗った場合よ。あなたには、職人たちの相性を見極めて、各々が力を十分発揮できるように組ませてその作業を見守る、いわば調整役を担ってもらうわ。それがどんなに大事な役目か、あなたならばわかるわね?」
ついでに王妃は、腰紐を編む職人たちも同じように切磋琢磨するよう指示を出す。
現在の腰紐の編み方は至ってシンプル。四つ編みが主流なのだ。
これではいけない。
ガブリエラは、記憶にある限りの紐編み技術を伝授することにした。
花やハート、名前の織り入れから、透かし編み、ねじり編み。
いずれも、ミサンガ作りとかヘンプ編みとかが流行った記憶から掘り起こした技術である。
一通りの変わり編みを一旦知れば、後は職人たちが上手いことやって、今の時代に合わせたアレンジをし出すだろう。
新しい色と、新しい編み方。
言うなれば、王室御用達の新商品だ。
であれば、今後の貴族顧客数も、増加を見込めるということ。
この先も商人のふところは、十分すぎるほど潤うに決まっている。
「必ずや期待に応えて見せましょう」
商機を捉えた商人は、ホクホク顔で帰っていった。
次に王妃は、劇団一座の座長を呼んだ。
「諸事情あって、物売りの老婆に扮したいのよ。あなたの技を見せて頂ける?」
座長は腰を落として背中を丸め、肩を内側に小さく淹れて、下あごを付き出した。
「このような姿勢が基本です。あとは動作をゆっくり、おぼつかない感じを出します。体型が隠れる大きめのローブを羽織り、杖などの小道具を持つと、よりわかりやすく老婆感が伝わるでしょう」
何度か練習を重ねてみると、王妃にもそれっぽい姿勢ができるようになる。
細かい部分は鏡を見ながら自分で練習することにして、王妃は次の質問をした。
「それで、顔や手などの見える部分はどうしていて? しみやしわを描いたりするのかしら?」
「恐れながら王妃殿下、わたくし共が演じるのは、舞台の上でございます。間近で見られることはまずありませんから、そのように細かいところまでは……」
「必要ない、のね……」
でもガブリエラには、必要なことなのだ。
王妃はしばし考えて、侍女に水のりを持って来させた。
それを手の甲に薄く塗り、乾く手前で皮膚を寄せれば――。
「なるほど、お見事でございます」
「ね? これを眼尻に施せば、ある程度のしわ感は演出できるわ」
「王妃殿下、御顔に使いなさるのであれば、その成分が重要になりましょう。わたくし共の劇団と懇意にしている化粧道具屋に助言を乞うてよろしければ、皮膚の質感を変えられるような化粧道具を作らせますが」
「まあ、それは心強い。それならば是非、お願いしたいわ」
「こちらこそ御礼申し上げます。王妃殿下の、細部までも手を抜かぬ姿勢、演技への熱意……! わたくし共劇団一座に欠けていたものだと、今、気づきました。今後は王妃殿下の御心に習い、より一層精進致します」
「あらまあそんな。でもそうね、お互い切磋琢磨し、演ずることを極めましょう」
「ありがたきお言葉でございます。必ずや期待に応えて見せましょう」
こうして、王妃御用達の劇団一座が誕生した。
座長も、ホクホク顔で帰っていった。
下準備は着々と進められていく。
ガブリエラの老婆練習は、すでに手ごたえは十分。
今までにない美しい腰紐を揃えた、完成度の高い物売り老婆が出来上がることだろう。
ガブリエラは黒く微笑んだ。
首洗って待ってろ白雪。
王妃の本気、見せてやるから!
王妃はクオリティを重視する、の巻。
次回「悩める騎士団と新しい絆」