10. 楽しい晩餐と辻褄合わせ
そして、次の週末。
王城で、慎ましくも賑やかな晩餐が開催された。
贅を排し、しかし心を込めて準備されたおもてなしは、来客たちをほどよくリラックスさせた。
王族3名に、7人の小人に森番を加えた計11名は、みんなよく食べ、よく飲み、よく笑った。
食事の中ほどで、小人たちと森番への褒美として、上質な葡萄酒を1樽と希少な香辛料をひと包み、よく切れる手斧とよく釣れる釣り竿を1人ひとつずつ与えらえることが告げられると、皆は手を叩いて喜んだ。
その様子に満足した王は、傍らの王妃に話しかけた。
「白雪も、ずいぶんよい仕事ができるようになったものだな」
「ええ、そろそろ視野を広げてもよい頃合いかもしれませんわ」
「お父様、ありがとうございます。お母様、視野を広げるといいますと?」
「仕事の幅をと言い換えてもいいわね。我が国の姫君として、慰問やお茶会の他にもやれることを考えて取り組んでみればいいと思うの」
「左様。ドレスや宝石、お菓子の流行を作るのでもいい、城下で何か見つけてもいい。過去には学問の発展や農地開発に携わった姫もいたと聞く」
「そう……ならわたし、森がいいわ!」
小人たちも森番も、食事の手を止めた。
王族親子の微笑ましい会話を酒の肴にしていたら、ふいに自分たちのテリトリーの話になったのだ。
内心焦るに決まっている。
「白雪、森で何をするのだ?」
「森って素敵なところなのです。それをみんなに知って欲しいの! まだ考えは形にならないけれど、わたしは森を拠点に何か国に役立つことをしてみたいと思います」
「ふむ……」
王は短く整えられたあごひげをさすり、少しだけ考えこむと、来客たちへ視線を向けた。
「森番ケイン、小人の方々、お主らはどう思う?」
「わ、わたくしは……先代より、森は自然な形で育むべきものと教えられて参りました。その教えに従ってさえ頂けるなら、喜んで姫様のお手伝いをさせて頂きます」
「わしらも、これまで通り暮らせればそれでよいですじゃ。姫様が時々顔を出してくれたら、毎日の仕事にも精が出るってもんです」
「妃はどうだ?」
「何事も経験ですから、わたくしは賛成です。ただ、何を成すかが問題ですわね」
「ふむ。では白雪よ、近日中に具体案を固めて、稟議書を提出せよ。最終判断はそれを見て行おう」
「ありがとうございます、お父様お母様! それに森のみんなも!」
白雪姫は、瞳を輝かせて喜んだ。
大好きな森の仕事だ。
絶対勝ち取ると、上気した頬を両手でそっと抑えながら決意する。
「問題は警備よな。獣相手であれは騎士2名で充分だが、国境というのが気にかかる……」
「恐れながら申し上げます、陛下。森の動物たちは皆、白雪姫様になついておりますので、そこまでのご心配は不要かと」
「人もめったにきませんですじゃ」
「ごくごくたまにやってくるのは」
「迷った旅の者くらい」
「先日来たのも」
「自分磨きの最中だという」
「実に感じの良い人で」
「見目麗しい青年じゃった」
「あっ」
その時、突然王妃が声を上げたので、皆は一斉に彼女を見る。
ガブリエラはそっと口を押え、失礼を詫びながら切り出した。
「そう言えば、わたくしも褒美について、1つ考えていたことがあったのを思い出しましたわ。陛下、今この場で申し上げてもよろしいですか?」
「ああ、構わんが、何だね?」
「ええと、頑張った白雪にも、何か用意できたらと思ったのです」
「まあ、お気遣い感謝いたしますわ、お母様。でもわたし、貴重な経験ができただけで十分です」
瞳を潤ませて感謝を述べる白雪に、ガブリエラの良心がチクりと痛む。
自身が残忍な継母とならなかったことで、どこぞの王子と白雪姫との出会いを潰してしまったことに、今更ながら気づいちゃっただけなのだ。
「いえ、あのね。聞けば貴女、森にいる間ずっと、小人さんたちのベッドを借りていたって言うじゃない。きっと白雪は、今後も時々顔を出すことになるはずでしょう? だったらいっそ、きちんと用意した方がいいかと思って」
「まあ、嬉しい! それならとても助かるわ」
「でしょう? それでね。そのベッドを、ガラスで覆えるようにしたらどうかしら、と思って」
「ほう……?」
「ガラス?」
「ええ。例えばね、ガラスで覆われていたら、家の外でも使えると思わない? 外の景色は見られるけれど、急な雨や刺してくる虫からは守られるでしょ?」
「すごい! 素敵だわ。わたし、実を言うと家の中だけのお留守番が、ちょっと退屈だったの」
白雪は肩をすくめてそう言うと、恥ずかしそうに笑った。それから白雪のガラスベッドについて、小人たちや森番と共に、寝返りしたり手を伸ばしたりできるようにスペースは広く取るべきだの、外から開けられないよう頑丈に、でも内側からは容易に開く方がいいだの、楽し気に意見交換した。
快適さを重視するとある程度のサイズが必要であり、そうするとガラス製のために重量が増し、屋内外の移動が大変になってくる。
皆がああでもない、こうでもないと話していたら、それまでにこにこと黙って聞いていた王が言った。
「室内用の普通のものと、屋外用のガラスのもの、両方とも用意したらよかろう。しかしそうすると小人の方々の屋敷が手狭になるゆえ、白雪の部屋は増築すればよい。ついでに必要な家具も揃えよ」
無駄金の使い方……!
何だかんだで、やはり王は、姫には甘いままなのである。
一方ガブリエラは、ほっと胸をなでおろした。
生きている白雪を、どうやってガラスの棺に横たわらせるべきかのミッション――どうにか解決である。
これできっと、いつかまたどこかの王子様が、眠る白雪に目を留めてくれることになるはずだ。
***
数日後、2種類のベッドは無事に完成した。
ガラスベッドは小人の家の裏手、ブナの木のそばに据え付けられている。
増築された姫の部屋の窓からは、その様子がよく見えた。
「外からも、部屋の中の姿見が見られるようにレイアウトしてあるの。こうすれば、外でのお昼寝の後、窓越しにさっと身なりを整えられるでしょ」
「それは姫様らしからぬ横着と言いますか……実に王妃様的な時間の使い方ですな」
「小人さんたち、さすがだわ! これはお母様の案なの」
「やはり。ならば納得ですじゃ」
王妃がせっかちなことは、小人たちが一番知っている。
なんせ姫の育成の成果を、1週間ごとに要求されたのだから。
「では、ワシらは仕事に行こうかの」
「行ってらっしゃい。わたしはここで、ゆっくり昼寝でもするわ」
「まだ朝ですがな」
「細かいことはいいのよ」
白雪がベッドに横たわり、小人たちがそっとガラスのふたを下ろす。
ブナの木陰がベッド全体に涼やかな影を落とし、微かに聞こえる葉ずれの音が、さわさわと心地よく眠りを誘う。
遠くで聞こえる、小鳥のさえずり。
森に携わる計画について、思いを馳せながら目を閉じる。
ガラスベッドは白雪姫のお気に入りの場所となった。
ぽしゃった出会いを再演出、の巻。
次回は、「王子様退場」




