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死体はつらいよ ①

「もう勘弁してよ! なんで二日も連続でずぶ濡れで帰ってくるの!?」


 玄関先で順風にそう怒鳴られて、おれは首を捻った。


「わからん」

「死ねっ!」


 ピシャリと居間の扉を閉じられて、おれはポツンと玄関に取り残された。もう死んでらあ。


 ★


『フランケンシュタイン』

 ご存じだろうか。

 正確には『フランケンシュタインの怪物』である。

 あの著名なディオダディ荘の怪奇談義において着想を得たイギリスの作家、メアリー・シェリーが執筆した小説に登場するこの怪物は、今なお人々に語り継がれている。


 スイスだかの学者、フランケンシュタインが『完璧な人間』を創り上げようとして死体を寄せ集め、ついには『強靭な肉体』と『優れた知性』、そして『人間の心』を備えた怪物を生み出した。しかしその容貌があまりにも醜かったがためにフランケンシュタインはその怪物を疎ましく思い、極地に放置して逃げ去ってしまう。

 怪物は優れた知性と人間の心を備えていたがゆえに孤独に苛まれ、自らの存在に悩み……そして強靭な肉体でもって自らの創造主であるフランケンシュタインに迫っていく。


 そんな筋の話である。

 この話から得るべき教訓はつまり、どれだけ肉体的優れていようが知性に溢れていようが、容姿が醜ければすべてムダだということだろう。この作品がホラーだとされるゆえんはそこにある。なんと恐ろしい話か。

 なんの話だったか。

 そうだ、大事なのはそんなことではない。

 元の話を知っているかどうかはさておき、今多くの人間が思い描く『フランケンシュタイン像』はきっと共通している。

 大柄で、青白い肌で、額には継ぎ目があって、鈍重で、そして頭には螺子が刺さっている。


「……」


 湯船に浸かりながら、おれは側頭部に刺さったままの螺子に触れた。

 死体から蘇って、さらに頭には螺子が刺さっている。これはもういやでもフランケンシュタインの怪物を思い起こさせるだろう。

 ハロウィンの時期になると吸血鬼や狼男にまじっているフランケンシュタインを見かけると、悩める怪物はどうも居場所を『そこ』に見つけたようだが、おれは違う。

 死体仲間でもいれば話は別だが、生憎まだ出会えていない。

 湯船から両腕を上げて閉じたり開いたりしてみる。表も裏も実に『ただの腕』だ。片方は着脱可能だが……

 仮に、矢鱈あたりに『実はおれは死体で、よくわからん原理で生き返ったのだ』と伝えたらどうなるだろうか? 彼もフランケンシュタイン博士のようにおれを遠ざけるだろうか?


「……」


 そんなことはなさそうだった。安いボケだと笑うだろう。だが、この着脱式の腕と頭の螺子を見たらどう思う?


「……考えてもしかたねえ」


 そのときはそのときだ。おれから言うことでもねえ。

 そんなことよりも大きな問題がある。


「誰かに操られてるみてえだったな……」


 来栖宮財閥に抹殺される寸前の状況からなぜか渋谷で待ち合わせることになったのも奇妙だし、泳げもしねえおれが神田川から子猫を救い出したのも奇妙だ。そんな話術もねえし、もちろん急に泳ぎを会得する運動神経もねえ。

 できねえことができてやがる。そしてなぜできたのかがまったく思い出せねえ。

 だとすれば何かがおれに乗り移って、おれの体を操っていると考えてもあながちおかしくねえはずだ。


 死んだはずのおれを『こう』した奴ならなにか知ってそうだが……

 これもまた生憎だが、おれがあの木の下で雷に打たれたとき周りには誰もいなかった。親切な誰かが、バラバラになったおれを『組み立てて』、それからあの木の下に運んだのだろう。

「そいつを探し出さねえと、おちおち生活もできねえ」

 自分が知らない間に記憶に残らない行動を取っているということは思いのほか恐怖だ。なんとかおれをコントロールしているであろう人間を探し出さなきゃなんねえ。

 そう、まさにフランケンシュタインの怪物のように……


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