キング・クリムゾン ②
どんな拷問を受けるんだろうか。
そんなことを考えながら、おれは音も立てずに歩く来栖宮の後ろをついて歩いた。
石抱きだろうか、もしかしたら水責めかもしれねえ。いや、来栖宮は確かイギリス人とのハーフだったから、鉄の処女とやらに入れられるのかもしれねえ。
ゆらゆらと揺れる二つに束ねた彼女の金髪が恐ろしいもののように思えてならない。
「どこまで行くんだ」
「……」
おれの言葉に、彼女は答えなかった。
そのまま、おれたちは人気のない校舎の一角にたどり着いた。
日も差さないし埃っぽい。なにか後ろ暗いことが行われるにふさわしい場所だった。
「せめて、最後に妹と母親に合わせてくれ」
「……は?」
振り返った来栖宮は、おれの言葉に怪訝そうな顔をした。おれの願いなど論ずるに値しないということだろう。
「……あなた、まず言うことがあるんじゃないの?」
二つ名の通りの氷のような声音で、彼女はそう言った。
「今更命乞いなんてしねえやい」
おれはそう答えた。
もとより一度トラックにはねられて失った命。一日でも延命できたのが明神様のご慈悲ってもんだ。
拷問を受けるよりも、いっそのことこの場で首を落とされた方が潔いくらいだ。
「だが、もうひと目だけでも妹と母親に会わせてくれねえか」
「言っていることがよくわからないのだけど……」
「……無慈悲な女だ」
こうなればもはや頭を下げるしかねえ。命乞いなど無様だが、やはり背は腹に替えられねえってもんだ。
少し曲げた膝に手を当てて、おれは頭を下げた。
しかし、『もう一日だけ生かしてくれ』と告げようとしたとき、おれはなぜか猛烈な倦怠感に襲われた。
視界が急激に狭まり、意識が薄まっていく。
これは、一体……?
疑問に答えが出る前に、おれは頭を下げたまま気を失ったのだった。
★
意識が戻ったとき、おれはまだ頭を下げたままだった。
どうやら一瞬意識が飛んじまったらしい。荒町家の男児が恐怖のあまり気を失うなど情けねえ。いっぺん腹括ったなら退かねえことだ。
目を見て延命を頼もうと思ってぐいっと顔を上げると、なぜか来栖宮は頬を赤らめておれを見下ろしていた。明らかに狼狽している。
「そ、そこまで言うなら仕方ないわね……」
「……?」
状況が分からなかった。『そこまで言うなら』?
おれはまだなんも言っちゃいねえが……
「約束したわよ。明日、昼十二時に渋谷駅、『明日の神話』前」
「??」
明日? 渋谷?
この女は一体何を言っているんだ?
「いい? あなたから誘ったんだからね? 遅刻なんてしたら――」
頭が混乱してまったく思考が追いつかねえ。追いつかねえが……
「――わかってるわよね?」
「わ、わかってらあ……?」
殺人的な眼差しと声でそう問われると、もはやそう答えるのしかないのであった。
「……服のことはもういいわ。教室にもどりましょう」
「お、おう……?」
さっさと踵を返して教室へ向かう来栖宮の背中を眺めながら、おれはいつまでも疑問符を浮かべ続けていた。
★
「お前! ようもどってこれたな……!」
「なにがなんだかわかんねえことになっちまった」
青くなっている矢鱈に、おれは混乱のままに事態を伝えた。
「明日渋谷で待ち合わせることになった」
「なんやて!?」
自分の声で教室の連中の視線がこちらに集まったことに気が付いた矢鱈は慌てた様子で声を潜めた。来栖宮だけが反応せずに前を向いている。
「ど、どういうこっちゃ……公開処刑か?」
「それがどうもそういう雰囲気でもねえ」
「ええ雰囲気やったら……そらお前、デートやないか」
「……」
デート。その言葉におれは沈黙した。馬鹿な、ありえん。茶をぶっかけちまってから五分後にはデートの約束なんて、イタリアの色男でもできるわけがねえ。
ただ、頭を下げてからのほんの数十秒ほどに自分が何を口走ったのかがまったく思い出せない。記憶のその部分だけ穴が空いたようだ。
眉間に皺を寄せて考えていると、ガラガラと教室前方の扉が開かれて教諭が入って来た。始業の時間だ。
「とにかくなにかあったら俺に連絡しいや?」
矢鱈が声を潜めたままおれにそう囁いた。渋谷まで助けに来てくれるということだろうか。情に篤い奴だ。
「こっそり大阪帰るからな」
「見捨てる気じゃねえか」