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神田雷雨慕情  ~トラックに散りぬ~ ①

「こんちきしょう……今日もだめだった」


 どんよりと曇った空の下で、おれの気持ちは空と同じようにどんよりとしていた。


「とんだ意気地なしだぜ……自分が情けねえ」


 今日も今日とて臍を噛む。こんな家路はもう何度目か数えきれない。


「棗先輩……」


 去年の四月、間違えて入った『紙芝居同好会』の部室でとーんときちまってから早一年。今日こそは今日こそはと意気込んでも「惚れた」の一言が喉に詰まって出て来やしねえ。

 おれも今や高校二年生、のんべんだらりとしてりゃあ、棗先輩だって卒業しちまう。


「女々しいぜ、まったく女々しい」


 この荒町万事(あらまちばんじ)、これほどに情けないとは思わなかった。死んだ親父が知ったら拳骨が降ってくらあ。

 『迷うくらいなら惚れるんじゃねえ』とは親父の格言の一つだ。聞かされた時はなんだかわけがわからなかったが、こうなりゃあもうにっちもさっちもいかねえ。


「……明神様にでも参るか」



 神田川を渡ってふた曲がりすれば、そこは神田明神だ。吉事があったときも凶事があったときも、おれは明神様の鳥居をくぐり続けてきた。


「大黒様、ふがいねえおれを叱ってくれ……縁結びの神様に頼るしかねえこのおれを……」


 いくら大黒様が縁を繋いでくれても、おれがモノにしなくちゃあ意味がねえ。それは分かってる、分かってはいるんだが……


「……」


 境内には人もまばらだった。平日の、天気の悪い日なら仕方がない。だが、正月にしか明神参りをしねえような不信心な連中とおれは違う。お天道様に恥ねえ生き方を貫いて来たはずだ。だから、大黒様だってきっとおれを見ていてくれる。


「……わかったぜ。明日だ」


 社の奥に、おれは語りかけた。


「明日こそ、気持ちを伝える」


 深々と二礼して、俺は境内を後にした。



 しかしどうしたものか。

 明日気持ちを伝えると言っても、棗先輩と目を合わせると心臓が浮き上がっちまって話すどころじゃなくなっちまう。一朝一夕で克服できるもんでもあるまいし、これは難しい問題だ。

 考え込みながら、おれは再び帰路についた。


「目を見ずに『惚れた』と言うか? 馬鹿な……」


 目ん玉ってのは心の内を映し出す鏡、本気で惚れたと伝えるのに目を見て言わねえなんてのは論外だ。棗先輩だって目の泳いだ輩から告白されても迷惑に違いねえ。


「上手くいかねえもんだな……」


 先輩にサングラスでも掛けてもらうか? そうしたら目が合っているとも思えねえからすらりと告白もできそうなもんだが……いや、これから気持ちを伝えようって時に相手にサングラスを掛けてもらうってのは不躾が過ぎる。それにおめぇ、サングラスをかけた棗先輩て言ったら――


「可愛すぎやしねえか……?」


 想像しただけでくらくらしてきた。

 目を合わせる合わせない以前に、サングラスをかけた棗先輩を前にしゃんと立っていられる気がしねえ。

 まいったな……こいつぁ八方塞がりってもんだ……

 そんなことを考えていると、おれは自分の真横になにやら巨大な気配を感じた。

 ふいっとそちらに目を向けると、見上げるような10トントラックがまさにおれに向かって突っ込んでくるところだった。


「ぬ!?」


 どうやら、ぼんやりしているうちに横断歩道に差し掛かっていたらしい。慌てて前方を見るも、信号は青だ。

 もう一度首を捻ってトラックの方を睨んでみると、ガラスの向こうの運転手は鼻提灯を膨らませているところだった。

 なんでぃ……寝てらあ。

 わりいのはおれじゃねえってこった。

 時間が止まったかのようだった。トラックがおれにぶつかりそうなのは分かっているが、足は鉛のように重い。

 そうこうしているうちにも、おれの脳裏には棗先輩との思い出が次々に現れては消えていく。なるほど、こいつが噂の走馬灯ってもんか。


「……大黒様、こりゃあんまりだぜ」


 そんなことを最後に呟いた気がする。

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