青春の蒼い牙 ⑤
「ブルートゥース!?」
「はい」
待て……根っからの機械音痴であるおれだが、ブルートゥースとやらは知っている。機械と機械とを無線でつなぐ技術だったはずだ。おれが小学生だったころはまだその言葉もあまり聞かなかったのに、今ではなにもかもがブルートゥースブルートゥースだ。
言い換えれば、それは我々にとってはものすごく身近なものだということだ。
「ブルートゥースって、あのブルートゥースか? もっとこう……なぞの最先端技術じゃねえのか?」
「Bluetoothだって最先端技術じゃないですか」
「そうだが……」
あまりにも事態が呑み込めない。自分が後輩の携帯電話と無線で繋がっているという事実を……
「だからわたしのスマホから先輩の制御を奪うこともできたんです」
「出来てもするんじゃねえ」
「でも先輩を窮地から救ったじゃないですか。ちゃんと感謝してください」
「窮地?」
「はい。たまたま先輩の視界を覗き見してたらちょうど『あの』来栖宮先輩とトラブルを起こしていたところなので、ささっと意識を乗っ取って乗り切っちゃいましあだだだだだっ!?」
おれは両拳で富良野の頭を挟んでぐりぐりとしてやった。結局全部おまえじゃねえか。
「あだだだっ! 痛い痛い! 暴力反対! 暴力反対です!」
「人の体で好き勝手しやがって! 川に飛び込んだのもてめぇだな!」
「あれはだって子猫を助けるためじゃないですか!」
「てめぇで飛び込め!」
開放してやると、富良野は弱った顔でひーん……と声を上げて頭をさすっていた。ざまあみやがれ。
「ひどいじゃないですか! いきなりグリグリするなんて! わたしは対話至上主義者なので!」
「どこの対話至上主義者が他人の体乗っ取るんでぃ」
となれば気になる点が一つある。来栖宮の秘密についてだ。こいつがいつでもおれの視界を覗き見ることができるのだとすれば、来栖宮の誰にも知られたくないというあの秘密についても知っているかもしれない。だとすれば、富良野にも秘密を保つように説得しなくてはならない。
「なあおい。おめぇ、おれと来栖宮が渋谷で待ち合わせした日はどうしてた」
「あの日は夕方まで寝てたので……渋谷で来栖宮先輩とデートしたんですよね! どうだったんですか!?」
「教えるわけねえだろ」
「えぇ~~けち~~」
「これっぽっちも悪びれねえな」
まあいい、来栖宮の秘密は守られた。あの件についてはこれ以上詮索しないでおこう。
「というか先輩、わたしものすごく怒っていることがあるんですけど!」
「あぁん?」
むっとした表情でおれを睨む富良野には一片の迫力もない。こうしてみると来栖宮と一つしか歳が違わないとは到底思えない。
「なんでわたしがせっかく解いた答案を消しちゃったんですか? 絶対満点だったのに!」
「てめぇの実力でもねえ満点が取れるかよ」
「というか先輩、解けなさすぎです」
「うるせえ。……おめぇのほうこそよく二年生の問題をあんなすらすら解けんな」
「あんなの楽勝です」
謎の機械をいとも簡単におれに取り付けたり、淀みなく上級生の数学の問題を解いたり、こいつ……もしや特別な才能の持ち主なのか?
小さな鼻を膨らませて自慢げな表情の富良野を見て、おれは首をひねった。とてもそうは思えないような阿呆面だ。
「とにかく、今後は勝手におれの体を操作すんじゃねえ。視界を覗くのも禁止だ」
「えぇ~~……」
「『対話』してえか」
「……むぅ。せっかくあと13か所も操作できるポイントがあるのに……」
「なんだと」
聞捨てならないセリフだ。13? そんなにあるのか?
「先輩がばらばらになった時、ちょうど15か所に体が分かれたんです。そのそれぞれに装置を取り付けたので、操作可能部位も15か所あるというわけです」
「どこだ」
「秘密です~」
「てめぇ……」
「例えば左目とかはそうですよ。わたしが覗き見できるのも左目だけです」
「なに」
試しに後頭部を拳でぽんと叩いてみると、おれの左目が眼窩から弾き飛ばされて地面に転がった。片目が地面からおれを『見上げて』いる。
「こいつは参ったな……」
「装置が付いているとはいえ先輩の目玉ですから、あんまり雑に扱わないほうがいいですよ」
「……」
目玉を拾い上げて顔の前まで持ち上げてみると、苦い顔のおれが映った。左目が空っぽだった。
目玉についたホコリを制服で拭いてやってから、おれはそれを左目にぽっかりと空いた穴にはめ込んだ。
「先輩、取引をしませんか」
元通りになった視界の中心で、真剣な顔をした富良野が立っている。夕日を受けて輝くその瞳には、いつか雨の屋敷で見たような決意の色があった。
「わたし、好きなのです」