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秘密は氷の城の中 ③

「うそ……信じられない」

「もいっかい腕外して見せてやろうか?」

「やめて! ……そういう苦手なのよ」


 来栖宮はおれの左腕を抑えながら弱弱しく呟いた。


「じゃあなによ……あなた、一回死んでるってわけ?」

「そう言っただろうが」


 死人が生き返るなんて……と来栖宮は考え込んだ。


「ねえ、なんでもないように二日間も行動しているけど、これってあなたが思っているよりずっと深刻な事態よ、多分」

「生きてること以上に重要なことなんざねえ」

「単細胞ね。あなた、これが世間にばれたら大変なことになるのよ」

「そうなのか?」

「そうなの!」


 呆れたような溜息をついて、来栖宮はおれの肩を掴んだ。まっすぐと宝石のような目玉でおれを見つめてくる。


「いい? 正体をばらすのは私で最後。あなたのためにも、あなたの家族のためにも、あなたの秘密は誰にも知られてはいけないわ」

「なんでぃ……ガキに言い聞かせるみてえに――」

「返事!」

「……わ、わかった」


 あまりにも真剣な様子だったから、おれも来栖宮の言葉を呑まざるを得なかった。他人のことなのに随分真面目に言ってくれるじゃねえか……


「それよりも、あなたを蘇らせたっていう人、確かに気になるわね」

「なんとかして見つけ出してぇもんだが……」

「気持ちはわかるけど、危ないわ。そんな狂った技術をもっている人間よ、得体のしれない組織が関わっている可能性だってあるもの」

「得体のしれない組織が『その辺の死体』を使うか?」


 映画で見るような地下組織なら『自前の死体』があるはずだ。おれのように野放しにするはずがねえ。


「それも、そうだけど……」


 そうして二人で黙り込んで、しばらく雨音ばかりが部屋に響いていた。

 どこからかおれを操作してた奴は、今でもおれのことをどこから見ているのだろうか。今日はまだなにもしてきていないようだが……


「……考えてもしかたねえ」

「そうね……あなたは気が気でないでしょうけど、今はまだどうしようもないわ」


 来栖宮の言う通り、『向こう』がなにか動きを見せねえ限り、おれからできることはなにもねえ。今はまだこのままでいるべきだろう。


「わたしにばれたのがどう影響するかは分からないけど、もしその『誰か』があなたの思考を盗聴しているのだとしたら、なにか反応はあるはずね」

「それを待つしかねえや」


 そう結論付けた後、来栖宮はぐったりとソファの肘に身を預けた。


「はぁ……漫画を描くのが馬鹿らしくなって来ちゃうわ」


 目の前に本物のフランケンシュタインがいるんだから無理もねえ。だが表現者ってのは自分が見たことも聞いたこともねえような奇天烈な体験から新しい表現を生み出すもんだ。来栖宮にはおれという屍を乗り越えて強くなってもらうしかねえだろう。


「おめぇの漫画、読んでもいいか?」

「へっ!?」


 ふと思い立ってそう尋ねると、来栖宮がビクッと跳ね上がった。


「ここに置いてあったのは途中の部分だろ。全部読まねえとすっきりしねえぜ」

「そ、そんなこと言われても……」

「漫画ってのは人に読ませるもんじゃねえのか」

「そうだけど……」


 と来栖宮は呟いて、おれと漫画の間で視線を往復させた。そしてぐっとおれを睨んだ後、彼女はなにかを覚悟したようにソファから立ち上がる。


「ちょっと待ってて」



 おれが漫画を読んでいる間、来栖宮はずっとそわそわしていた。落ち着きなくおれの顔を覗いたり、立ち上がってわけもなくその辺を歩き回っていたりしている。


「……うろちょろすんじゃねえ。集中できねえだろ」

「そ、そうよね……」


 そう言ってまたソファに腰かけた来栖宮だったが、やはり落ち着かずに膝の上で指を組んだり離したりしていた。

 おれが紙芝居同好会で自分の作品を披露するときは、必ず棗先輩に対して『読む』という行為を伴う。だからこそ緊張でそわそわすることがないのだが、来栖宮の気持ちは実によく理解できる。人に作品を読んでもらうときは、得てして興奮するものだ。いい意味でも、悪い意味でも。

 原稿を読み終えてテーブルの上にもどすと、来栖宮は息を詰まらせながらおれのことを見つめてきた。元々目がデカいから眼力もさるものだ。


「絵が上手い。おれも野暮天だから芸術のことはよくわかんねえが……絵が上手い」


 おれがそう言うのを訊いて、来栖宮は顔を真っ赤にした。笑っていいのか真面目な顔をしていいのか分からないと言った風だ。照れていることに照れている。


「ま、まあ……小さい頃に油絵を習っていたから……かしら……」

「人も骨格から描けているし、背景も妥協しちゃいねえ。どのコマにも己の不得意を隠そうという『ごまかし』がねえ」

「……あぅ」


 来栖宮はぱたぱたと自分の顔を仰ぐような仕草をした。緩みそうになる口元を努力して押し上げようとしているらしかった。

 もはや赤いのは顔だけにとどまらない。キャミソールから覗く腕や胸元までが紅潮している。


「だが話がつまんねえ」


 来栖宮が崩れ落ちた。


「……………………」


 ソファの縁に覆いかぶさるような姿勢で、彼女はしばらく動かなかった。


「話がつまんねえ」

「二回も言わなくていいわよ!」


 ガバッと起き上がった来栖宮がおれに食ってかかる。


「言い方ってもんがあるでしょう! 温度差で死ぬかと思ったわよ!」

「こういうのは直截な方がいいって思ったからよ」

「程度ってものが――もういいわ……格好悪いもの」


 来栖宮はげんなりとした様子でソファに座り直した。


「自覚はあるのよ。話を作るのを苦手なのは」

「絵が上手けりゃいいんじゃねえのか」

「そうもいかないわ。どっちも『ものすごく上手』以上じゃないと、漫画家にはなれない」

「……」


 複雑な感情の混じった顔で自分の原稿を見つめる来栖宮だが、決意の色ばかりは濃かった。


「時間がいくらあっても足りないわ。インプットしているときはアウトプットをしたくて焦っちゃうし、アウトプットしているときはインプットの足りなさを自覚するの」


 焦燥感というものだろうか。彼女は一人で課題に向き合うことに必死なようだった。


「……」


 これもまた、棗先輩と同じだ。おれが入部した時、彼女も作品作りのありように悩んでいた。

『自分の作品は自分にしか作れないけど、作品を作る自分は、他人がいないと作れない』

 そんなことを棗先輩は言っていた。思慮深い彼女のことだから、おれが理解しているよりもずっと深い含蓄があるのだろう。だが、目の前の来栖宮にもこのことは伝えるべきなのではないだろうか。


「良ければ、おれも手伝おう」

「……どういうこと?」


 原稿から視線を上げて、来栖宮は戸惑い気味に返答した。


「時間が欲しいなら、漫画を手伝ってやる。おれも部活で絵を描く」


 おれも原稿を手に取ると、その綺麗な絵をまじまじと見つめた。


「さすがにこれほど上手くは描けねえが……黒いとこ塗りつぶしたりするくらいなら問題ねえ」

「そんなの……いえ、とても嬉しいけど……」

「せめて読んで感想を言うくらいならできる。読んでくれる奴がいるってだけで随分気は楽だろう」

「……そうね」


 来栖宮は静かに首肯する。


「悪いけど、描き上がった作品を読んでもらってもいいかしら」

「構わねえよ」


 気が付けば、ずっと降り続いていたはずの雨が止んでいた。時間も時間だ、晩飯までには帰ると順風にも言ってあるから、もうここを出なくてはならない。


「服も乾いた頃だろ。おれは帰る」

「ええ」


 立ち上がってランドリールームへ向かおうとして、おれは立ち止まった。そういえば訊いておきたかったことがあるのだった。


「来栖宮、一昨日のことなんだが」

「? なにかしら」

「あの時、おれはお前になんと言ったんだ?」

「私が墓場まで持って行くから二度と訊かないでちょうだい」


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