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死体はつらいよ ③

 渋谷駅の馬鹿でかい絵の前に、果たして来栖宮は待っていた。

 例の月光のような金髪に彫刻のような美貌だ。通る奴ら全員の視線を集めてる。

 岡本太郎画伯の超大作よりも目立ってやがんな……


「おい。来たぞ」

「……レディを待たせるなんて」


 近付いて行くと、来栖宮は氷のような眼差しをおれに向けた。


「それに、なによその格好は……下駄?」

「あぁ?」


 軽蔑したような顔で、来栖宮はおれの服装に言及した。


「なんの文句があるんでぃ……シャツにズボンじゃねえか。てめぇこそなんだその動きにくそうな服は……なめてやがんな?」

「は、はぁ!?」


 極めて心外だと言わんばかりの来栖宮に、おれは閉口させられる。

 白いワンピースだかなんだかを着ている来栖宮は、どうみても果し合いを想定しているとは思えねえ。それともなんだ、返り血をわかりやすくするためだってか? ますます嫌な女だぜ。


「お洒落じゃないこのワンピース! 目が腐っているの? ……それとも日本のデートってドレスコードが違うのかしら……?」

「? なんでぃモゴモゴ喋りやがって……人が多くて聞こえねえぞ」

「うるさいわね! 来なければよかったわ……もう……」


 なんだと? この女、神聖な果し合いを一体何だと思ってやがる……!

 おれがどんな覚悟でこの場に臨んでいるのか、この女はしらねえ。

 ふつふつと沸いてくる怒りを抑えるのに必死なおれをよそに、来栖宮は溜息をついた。


「もうなんでもいいわ、はやく始めましょう。時間が勿体ないわ」

「望むところだぜ」


 腕まくりするおれを見て、来栖宮は怪訝な顔をした。


「……もしかして、なにも考えてないことはないでしょうね?」

「考えて来てるに決まってらあ」


 てめぇがどんな手を使おうが、おれは負けるつもりはねえ。あらゆる事態は想定してきている。


「じゃあ、エスコートはお願いするわ」

「?」

「どんなレストランに連れて行ってくれるのかしら?」

「??」


 飯?


 ★


「ちょっと、どこまで行くつもりなのよ」

「黙ってついて来やがれ」


 おれたちは横並びになって渋谷を歩いていた。黒灰の雲が空を覆っている。あとで一雨降りそうだった。


「あなたが下駄でガランゴロン音を立てながら歩くから目立って仕方ないじゃない」

「てめぇがお天道様みてえにギラギラ輝いてやがるから目立つんでぃ」

「な、なによ……急に褒めたりしないで……」

「?」


 白くなったり赤くなったり縁起のいいやつだな……と思っていると、おれは目的の店を見つけた。古い店構えだ。


「そら、蕎麦でも手繰っていくぜ」

「ソバ?」


 おれの横で立ち止まった来栖宮が雨降りの鶏みてえに首をかしげる。

 木目の滲んだ店構え。蕎麦を喰うならこういう店に限る。


「こんなお店でお昼を食べるの?」

「こんな店だと?」

「ええ……ボロボロじゃない」

「こりゃ風情ってんだこの野暮天が」

「誰がサボテンよ!」

「『野暮天』だ」


 キッと『氷の姫君』らしくない熱のこもった視線を、彼女は向けてくる。


「金持ちのお嬢さんにゃ庶民の『味』ってのがわかんねえってか?」

「そんなことないわよ! 食べてやろうじゃない、ソボ!」

「蕎麦だ」


 ★


 当然の話だが、蕎麦屋の中の来栖宮は夜空にぽっかり浮いた月みてえに目立っていた。先に店にいた爺さんやら親父やらがじろじろとこちらを見て来やがるからギロリと睨み返してやると、みなバツが悪そうに首を引っ込めた。蕎麦喰うときゃ蕎麦だけみてりゃいい。

 おれの向かいに座った来栖宮本人も居心地が悪そうだった。壁に貼られたメニューやら床に置かれた信楽焼きやらをちらちらと見ている。


「きょろきょろすんじゃねえ。みっともねえぜ」

「う、うるさいわね……初めてなのよ」


 来栖宮は顔を赤くしておれの方に体を乗り出した。視線を戸惑いがちに信楽焼きに向け、声を潜める。


「ね、ねえ、荒町くん。あの狸の、その……」

「金玉袋か?」


 バシッとおれの口を手でふさぎながら、来栖宮は声を潜めたままに猛抗議した。


「頭がおかしいの!? お店でなんてこと言うのよ!?」


 来栖宮の手からは甘い香りがした。おれはその手を払いのけると信楽の狸を指す。


「なにも間違ったこたあ言ってねえじゃねえか」

「それでも時と場所をわきまえなさいよ! ……そ、それでなんであんな……あんなもの置いているのよ、この店は……」

「狸ってのは『他を抜く』ってんで商売に縁起がいい。よく店先に置かれてんだ」

「へぇ……ウィットね」


 アレが大きい理由はわからないけど……と来栖宮は黙った。

 ちなみに狸の金玉袋が大きく表現されるのは、江戸時代の金職人が金を伸ばして金箔を作る際に狸の玉袋を使っており、その際に狸の玉袋がよく伸びたためにそれが転じて狸の金玉が大きいものだと言われるようになったかららしい。風もないのにぶらぶらするというから狸も難儀なものである。

 何にするかい? と店主に聞かれて、おれは


「ざる三段」


 と答えた。続いて「お嬢さんは?」と聞かれた来栖宮が戸惑うのを見て、おれは


「こいつは二段で」


 と返答した。


「ちょっと! 勝手に……」

「初めて喰うならざるに決まってら」

「そうなの?」

「あたぼうよ」


 ふぅん……と、大人しく納得する来栖宮を見て、おれは学校での彼女の様子との違いに違和感を覚えた。

 誰も寄せ付けないようなあの雰囲気はどこだ。

 立ち振る舞いはやはり他の高校生とは一線を画すほどに成熟しており大人びているが、しかしその両目は好奇の光に満ちている。

 どちらが彼女の本当の姿なのだろうか? 

 ……どうでもいいじゃねえか。計画通りに事が運べば、今日で彼女と会うのは最後ということになる。


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