ダイ・ハード・バット・エクスプロージョン
トンカツを揚げる鍋の中みてえな夕焼けだった。
おあつらえ向き。あまりにもおあつらえ向きだ。
こんだけの据膳を、お天道様はおれに用意してくれた。
「……いや、ちげぇや」
お天道様だけじゃねえ。
矢鱈が、来栖宮が、順風が、そして富良野が、おれにこの一世一代の機械を用意してくれた。
どうしたって、無駄にはできねえ。
「棗先輩」
おれは目の前の人間にそう呼びかけた。
おれが憧れて止まない、眠れもしねえほどに惚れちまったその女性に、おれの思いを伝えるために。
「なにかな、荒町くん」
先輩は少し困惑しているようだった。突然高校の屋上に呼び出されたのだから仕方もあるまい。
そよ風が吹いて、先輩の短い髪が揺れる。
小さな顔には少しサイズが合っていない彼女の眼鏡がおれを映していた。
仏頂面だけはどうにもならねえ。だが、この際それはどうでもいい。
「聞いてほしいのです」
一世一代。乾坤一擲。
まるで『蘇った』かのように、おれは自分の胸の高まるのを感じた。止まったままの心臓が、この時ばかりは動き出してもおかしくはなかった。
「おれは、棗先輩のことが――」
夕日を受けて琥珀のように輝きだす先輩の瞳をまっすぐ見つめながら、おれはついにその言葉を口にする。
「す――」
チリリリリリリ…………
突然なりだしたスマートフォンに、おれは息を詰まらせた。
「ちくしょう……なんたってこんな時に!」
間の悪い奴もいるもんだぜ……
苛つきつつスマートフォンを取り出すと、画面には『富良野 操』と表示されていた。
「おれだ。どうした。今大事な局面だからまた後で――」
「押しちゃいました……」
電話の向こうの富良野は嗚咽交りにそう言った。
「……なに?」
「うっ……うぅっ……ぐすっ……ごめんなさい先輩……うっかり押しちゃいました……」
「なにをだ!」
そう電話口に叫んでみたものの、おれは富良野がなにを押してしまったのかが半分予想できていた。
「先輩の自爆ボタン……押しちゃいましたぁ……」
「だからツイッターの横に自爆ボタン配置するなと言っただろうが!」
おれは一瞬振り返って、怪訝そうな表情でそこに立っている棗先輩を確認すると、そのまま彼女に背を向けて走り出した。
「あ、荒町くん……!?」
背後から棗先輩の声が追いかけてくるが、もう振り返ることは許されない。
「富良野……何分だ」
「一分です……」
「そうか……」
おれは走った。
棗先輩を――全人類を爆発から守るために……
「上手くいかねえもんだなあ……」
頭に刺さった螺子が激しく振動して熱を発している。爆発まで本当に余裕がないのだろう。
どんどん棗先輩から離れていくのを背中で感じながら、おれは走馬灯のようにここ数週間の出来事を思い出していた。