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と、まあなんとかリオ様の葛藤と言う名の思考を聞きながらも、それはまあ、大変でしたね、とスープをすすった。この料理の名前はナベ、というのねナルホドなるほど。



私はお会いしたことはないけれど、リオ様のお兄様、つまりは私の義兄となったクグロフ様の秘策とは、リオ様が私に嫌われ、私からの離縁を望むこと。確かに今更子爵であるフェナンシェット家から、全てを取り消して欲しい、なんて言うわけにはいかない。けれども私から言い出したのなら別だ。


もともと父が金をちらつかせてこぎつけた婚姻だ。彼らの本意でないというのならば、協力することはやぶさかではないけれど、お父様もいつまでも私を引きこもらせるわけにはいかないと、こちらも頭を悩ませた結果だ。だから少しばかりの親孝行をしたいし、10ヶ月の法律、というものがある。



実は私が知ったのは、山ほどある書類にサインをはしらせていたときなのだけれど、実は結婚すると、10ヶ月の間は何があろうとも離縁ができない、とされている。女が子を身ごもってしまっている可能性があるから、ということだ。でもいつ離縁したところで、その可能性がつきまとうのだから正直なところ、意味のない法律なのだけれど、昔々、とってもおせっかいな王様がいらっしゃったらしい。


その王様のおかげで、貴族が婚姻する際には、あの膨大な書類が必要となってしまった。つまりペンを持つ根気が失われるようなら、その結婚は諦めた方がいい、という彼からのメッセージらしいのだけれど、本当に余計なお世話だ。


そしてその法律、現在となると、体の良い離婚の理由に使われているのである。つまり、10ヶ月経った際のその日にぴったり縁を切った夫婦とはつまり、『夜の相性が悪かった』ということになる。初夜に行うことを行ったものの、それ以降は諦めて縁を切ったカップルということだ。もちろんこれはあくまでも建前で、本当なら様々な事情での離縁はある。けれども周囲にはそういうことだから、とやかく言ってくれるな、という意味になる。らしい。



書類をカキカキしている際に、お父様の書記官がぼんやりと考えていたことだ。まさか自分にもそれが当てはまることになろうとは。


つまり、クグロフ様は、10ヶ月目丁度の離縁を提案した。それならば夜のデリケートな問題となるから、それを噂することも品のないことで、まあ仕方がないことだったのね、とふんわり見逃される。おせっかいな王様と思ったけれども、やっぱりありがとうございます。まあ、元の意味とひねくれてしまっているけれど。






とは言っても、リオ様の心情はと言うと、兄に言いくるめられたと感じている部分が大半だった。たとえこの先何があろうと、向こう10年タダ働きでも、返済を行おうと考えているらしい。気にしなくてもいいのに、と私個人としては思ってしまうけれども、そこはまあ父のものであるので、私が口を出すことはできない。


リオ様の中では、私への謝罪であるとか、領地の心配であるとか、様々なものがぐるぐると渦巻いている。でも残念ながらそれを知っているふりもできないので、そしらぬ顔でスプーンをゆっくり口にふくんだ。でも私もできているだろうか、そのそしらぬふりが。




不安に感じて、食卓についているリオ様を見てみたところ、彼はもうそれどころではないらしかった。相変わらず厳しい顔つきをしているものの、事情を知って見てみれば、ひたすらに目が泳いでいた。初めこそはこちらを見ていたものの、罪悪感から目を合わせることすらできなくなってしまったらしい。



でも彼も案外演技派だ。

彼の思考を取っ払って見てみれば、私のことを見るのも嫌で顔をそむけているようにも見える。給仕をする侍女がいないのは、嫌がらせではなくお金がないから。ところどころ部屋が薄汚れているのも、忙しいから。会話もなくただただ食事をかきこんでいるのは、この場から立ち去りたいわけではなく、本当に時間がないから。

借金と言う名の持参金を返済すべく、休日も返上して働きに出ねばならないのだ。


「申し訳ないが、あなたに付き合う時間はない。部屋はどこを使ってくれても構わない。勝手にしていてくれ」


そう言って、こちらの顔すらも見なかった彼の心の中と言えば、(そう言えば俺はエヴァ様とお呼びすべきなんだろうか。でもエヴァさんでもやっぱり問題ないだろうか。まさか呼び捨てなどできるわけもなく)と悶々と思考していたため、唇を必死に噛んで、吹き出しそうな自身を堪えた。





――――自分のひきこもりを脅かすものを除いて、私はなんでもいいですよ、と肯定して生きてきた。それが一番楽だった。自身のギフトを誰にも知られるわけにはいかない、ということは幼い頃から理解していた。でも他人の心情に、うっかり返答をしてしまうこともあって、それならば、と気づいたのが、なんでもイエスということ。だった。


これならば、もし間違って心の声に反応してしまったとしても、ぼんやりと生返事していた、と言い訳すればすむことだ。はいはい言っていれば、だいたい会話はなんの問題もなく進む。引きこもって生きていても、やはり人との接触は避けられないときだってある。そしてこの信条のせいで、お父様に流されるままに流されて、この屋敷までたどり着いてしまったというせいもあるのだけれど。


(でも考えてみれば、お父様が私を離れから無理に連れ出すということはなかったな)


引っ張り出そうとするのは、いつも兄たちの役目だった。不思議な気持ちになりながらも、あせあせと服を着替えて出ていこうとするリオ様に、慌てて声をかけた。


「行ってらっしゃいませ」


ぺこり、と頭を下げると、ひどく意外気な思考が流れた。行ってきます。そう聞こえたのは、心の中だ。実際の彼はそのまますたすたと大きな背中を見せて消えてしまった。それから扉と鍵をしめて、はあ、と大きくため息をついた。「緊張した!!!!」



私だって怖かった。

自分なんて、とっくに信用していない。何かしでかしてしまうのではないかとヒヤヒヤして、心臓がどきどきしている。あまり人には慣れていないのだ。あるのはにこやか過ぎる笑みの分厚い仮面だ。自分のほっぺを引っ張った。ちゃんと痛い。


「私、変な子じゃなかったかな……」


そう考えて、リオ様の思考を思い返して、そうしている自分が嫌だった。こんなギフト、なければいいのに。そう何度も考えているくせに、結局それに頼ろうとする自分がいる。「……でも、リオ様、なんだか落ち着く人だったな」 きっと常に心配事があって、頭の中がざわざわしているからだ。大きなお風呂の中で頭ごと沈んで、ぷっかりと水に浮かんでいるときとどこか似ていた。



なんにせよ、とほっぺをパチンと叩いた。



「ここは、私のお家なのよね!?」


そう堂々と言うのも気がひけるけど、間違いではない。館の管理をするのは、女主人の役目と聞く。勝手にしていい、と言っていたし! と玄関から応接、キッチン、階段とするすると視線を移動していく。「やりがいが、ありそうだわ……!」 これでも芋令嬢、侍女はおらず、土とほこりはお友達だ。さっそくホウキとちりとりの場所を発見した。


残り10ヶ月、居心地のいい場所を手に入れるくらい、きっと許されるはず。








それからリオ様が帰ってきたのはとっくに深夜も過ぎた頃だ。お帰りの時間がわかるように、と入り口近くの部屋のベッドを使っていたから、よくわかった。そのときだ。



(初夜!!!!!!!)


思考の爆音が響いた。


基本的に、私の近くにいなければ聞こえない声だけど、まれにあまりに思考が爆発すると、どれだけ距離が離れていても聞こえるときがある。


(考えてみれば、今日は初夜なのか!!!? いやしかし、まさか手を出すわけにもいかないし、かと言って、エヴァさんはそうだと思っているわけだから!? ここを逃げるとあまりにも失礼なのか!?)



なんだか混乱していらっしゃる。

せめて帰宅の時間を早めることができればよかったのに、と同僚に鬱々とした思考を吐きつつぐるぐるとしているリオ様の声を子守唄に、ウトウト眠ることにした。






翌日、食卓についたリオ様の目の下には、くっきりと大きなクマが住み着いていた。

ちょっとかわいそうだった。


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