緋色の大地⑥
「血の日曜日」と言われるようになったあのデモ行進の日から、ベルファストの町は昼夜を問わず銃声や爆発音が響き、硝煙が漂い、悲鳴や怒号が度々聞こえてきた。カーテンの影から外を覗くと、夜中であるにもかかわらず武装したイギリス軍が銃を構え、通りの何カ所かに立っていた。
子供部屋でミアが寝息を立てている姿を確認し、ダイニングの椅子に戻ると、ウルフは髪を掻きながらため息をついた。
グレッグとイネスの重なり合った骸を振り向きもせず立ち去ったキアランは、ウルフの知らない男だった。ウルフの思い出の中のキアランは、小さなゼルダを優しく抱き上げたり、傷ついたウルフの傍らに黙って座っていた少年だった。だからこそ、キアランが「黒きナイフ」と言われていると情報筋から知らされ、信じられなかった。キアランがゼルダを襲った男を迷わず撃ったとき、そしてグレッグとイネスを射殺したとき、後姿で表情は分らなかった。ウルフの頭の中は子供の頃の彼の姿と、ここに戻ってきてからの彼の後姿がないまぜになって頭痛のように頭を締め付けた。
コンコン
玄関のドアをノックする音が聞こえた気がして、覗き穴から外を見ると、ゼルダが立っていた。ウルフは慌ててドアを開け、彼女を部屋に入れた。
「ゼルダ!どうしたんだい、こんな時間に。どうやってここまで来たんだ?」
ゼルダはウルフの姿を見て安心したのか、ぼろぼろと大粒の涙を流し始めた。
「ウルフ・・・お願い、お兄ちゃんを止めて・・・!」
彼女は震える両手をギュッと祈るように握り、泣きながらもウルフに伝わるよう、はっきりと話した、
「お兄ちゃん、昨夜帰ってきてから一睡もしないでじっと考え事をしているようだったの。でも、夕方目の色が左右違う男の人が訪ねてきて・・・。話をしている声の端々しか聞こえなかったけど、ムーアのことを言っているようだった。男の人が帰ってから出かけようとしていたから、わたしお兄ちゃんを止めたの。でも・・・『エリンで少し飲んでくるだけだ。心配するな』って・・・。」
ゼルダは小さく首を左右に振り、続けた。
「・・・ちがう、あの顔は・・・何かを決めた時のものなの。多分、一人でムーアを助けに行くつもりなのよ・・・。」
ウルフは混乱した。確かにゼルダが言うように、ウルフの知っているキアランなら無言でムーアを助けに行くだろう。しかし、それはグレッグを裏切者とみなし射殺した行動とは相反する矛盾した動向だ。だが・・・自分を信じるなら・・・キアランと言葉を交わさなくともその考えが何となく分かっていた頃の自分なら・・・ウルフは自室に行き、銃を上着の裏に隠した。
いま止めなければ、一生後悔する気がした。もし、キアランが自分が考えているような状況なら、あの菫色の瞳が見ているものは、まだ取り返しがきく未来になるかもしれない。だが・・・
ウルフはゼルダを伴い、戒厳令が敷かれている真夜中のベルファストの街へ走り出した。
次回がとにかく長いので、今回は短くなっています。
さあ、とうとうオリジナルのクライマックスへ・・・。